掲載画像はアイザック・ニュートン著「プリンキピア(自然哲学の数学的原理)」の原本である。
力学の3法則や万有引力の法則、惑星の運動についてのケプラーの法則などをはじめて数学的に証明した近代物理学の原点とされる名著だ。たった一人の人物がこれだけ壮大な理論を築いた足跡を知るという意味で現代の科学者にとっても有益な「知の宝庫」というべき書物である。
もともとはラテン語で書かれ、初版は1687年、第2版は1713年、第3版は1726年に出版された。日本史で言えば綱吉(5代将軍)から吉宗(8代将軍)の時代に相当する。
第3版からわずか3年後の1729年にはAndrew Motteによって英訳されたおかげでプリンキピアは英語圏全体に広まり、学者でなくても「最高の知性」に触れることができるようになった。500ページほどの大著である。理解できたかどうかは別として、当時の貴族たちの間でも競って読まれたベストセラーになった。Andrew Motteによる英語版プリンキピアは現在でも1700円ほどで販売されているし以下のサイトで無料公開されているので誰でも読むことができる。
Mathematical Principles of Natural Philosophy By Sir Isaac Newton
http://archive.org/details/newtonspmathema00newtrich
ラテン語版はこのページで公開されている。
http://www.gutenberg.org/etext/28233
古典力学は微積分を使って解くのが今では当たり前だし、何といってもニュートンは微積分の発明者なのだ。それにもかかわらずプリンキピアにはほとんど数式は使われていない。証明はすべて幾何学を使って行われているのだ。仮に彼が微積分など数式を使って出版しても、当時ニュートンや一部の学者しか微積分は理解できなかった。できるだけ多くの人に読めるように知識人の教養科目である幾何学を使ったわけだ。
とはいえこの本は現代人にとっても難解な書物であることには変わらない。幸いなことにニュートン研究で著名な物理学者の和田純夫先生が今年の5月に手軽に(?)読める入門書を出されていたので、まず僕はこれを読んでみた。
プリンキピアを読む: 和田純夫著 (ブルーバックス)(Kindle版)
プリンキピアから代表的な命題をピックアップし、用語やニュートンの証明手順を現代の私たちにもわかるように解説した本だ。微積分などのレベルの数式も使っていないから(意欲的な)中学生なら読めると思った。力学の問題を幾何学で証明するとはこういうことなのかと納得できた。
質量や絶対空間、絶対時間は前提にしたとしても、そこから距離の2乗に逆比例する万有引力や楕円形を描く惑星の軌道が幾何学だけからどのように導かれるのかを知るのは素人でも興味をもつ人が多いことだろう。
この本を読んでいるうちに「本物」を見てみたいという気になった。日本語版のプリンキピアも(きっと数千円するには違いないが)販売されているのだと思っていた。。。。が、あろうことにすべて絶版で古書でしか入手できないのを知って唖然。。。。
各国のアマゾンのサイトを調べてみると、英語、フランス語、ドイツ語、中国語では通常の値段で(つまり新品で)販売されている。人類にとって貴重な財産といっていい書物、物理学の聖書にもたとえられる書物なので、販売されているのが当然だと僕は思うのだ。というわけでプリンキピアの内容そのものより、この偉大な書物がこれまで日本でどのような扱いを受けてきたのかということを思わずにいられなくなった。そして僕は日本語プリンキピアが受けてきた不幸な事実を知ったのである。
プリンキピアはこれまで3度翻訳されており、それぞれ翻訳者と出版社が違う。書籍としては4種類あり、うち2種類は同じ翻訳者によるもので片方が廉価版。
1)プリンシピア、ニウトン著、岡邦雄訳(昭和5年)
春秋社版(世界大思想全集6)
発売当時の定価:非売品、現在の取引価格:1500~3500円
サンプルページを見る
2)自然哲学の数学的諸原理、ニュートン著、河辺六男訳(昭和46年)
中央公論社(世界の名著26、ハードカバー、箱入り)
発売当時の定価:650円、現在の取引価格:1000~2000円
サンプルページを見る
3)ニュートン、自然哲学の数学的諸原理、河辺六男訳(昭和54年)
中央公論社(中公バックス世界の名著31、ソフトカバー、内容は2)と同一)
発売当時の定価:1500円、現在の取引価格:1500~2500円
サンプルページを見る(2)と同じ)
4)プリンシピア、アイザック・ニュートン著、中野猿人訳(昭和52年)
講談社(大判、ハードカバー、箱入り)
発売当時の定価:6800円、現在の取引価格:2万5千~3万円
(中野猿人先生は海洋学の権威、東海大学教授、気象大学校長)
サンプルページを見る
Kindle版: ここをクリック
神田神保町の古本まつりで4)を見かけたのが購入のきっかけだった。買おうかどうしようか30分ほど迷った挙句に決断したのだが、これを逃すとまたいつこの値段で巡り合えるかわからないと思ったら手ぶらで書店を出るわけにはいかなかった。レジで本を渡すときドキドキしたのは久しぶりだった。(笑)3万円渡して5千円のお釣りをもらった。
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2014年9月に追記:
4)の講談社版が7340円で復刊された。Kindle版は売り切れの心配がない。
Kindle版で復刊: 日本語版プリンキピア(自然哲学の数学的原理):アイザック・ニュートン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a5ce0252019a5d9b63c20200f019e199
Kindle版発売:Kindle版をお求めの方は「こちら」からどうぞ。
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1)はヤフーオークションから、2)と3)はアマゾンのマーケットプレイスから買えた。どれも1000円台なのは意外だった。特に1)は昭和初期の貴重な本であるはずなのに。。。。
それぞれの本が手元に届くと、その理由がすぐわかった。「サンプルページ」をご覧いただくとわかるように1)から3)はすべて縦書きで印刷されていたのだ。
これは読みにくい!!そりゃ安いわけだ。。。。
縦書きになった理由はすぐわかった。1)から3)はどれも「ナントカ全集」の形で定期的に配本されていたうちの1冊だったからだ。こういう全集は人文科学系の縦書き本がほとんどなので体裁は全集に組み込まれた段階で決まってしまう。翻訳の良し悪しではなく、縦書きの読みにくさゆえに多くの読者が春秋社や中央公論社のプリンキピアで挫折したことだろう。
僕は思うのだが、そもそもナントカ全集を買うような輩は居間に飾るインテリアとして買うか、インテリぶるために買うかのどちらかである場合がほとんどだ。当時から単品でも買えたかもしれないが「縦書きプリンキピア」はきっと読者の熱意をそぎ、ただでさえ難解なこの書物のハードルを引き上げていたことだろう。案の定、僕が購入した2)も全く読まれた形跡がない。しおりの糸がきれいにたたまれたまま本のページの中におさまっていたのだから。
というわけで日本語版プリンキピアとしてまともに読めるのは横書きで印刷された講談社版の4)だけなのである。しかし、この本はもちろん絶版で高い。。。これじゃせっかく和田先生の「プリンキピアを読む」で興味を持った読者も入手をあきらめてしまうことになる。
僕は気がついた。この偉大な書物が日本語で紹介されたのが昭和5年。英語版に比べれば致命的に遅すぎる。それにもかかわらず4)が出版されるまで47年間、一般の読者はほとんどプリンキピアを読める状況になかったのだと。ごく一部の読者は縦書き本を苦労して読破したのかもしれないが、あくまでそれはごく一部なのだ。ほとんどが「全集」の中に埋もれて読まれないまま古本屋さんへ。。。本にとっては不幸としか言いようがない。
そしてせっかく登場した4)も既に絶版になっている。この本はとても読みやすい。ぜひ講談社には復刊してほしいところだ。同じ体裁で復刊すると物価の違いから9千円くらいになりそうなので、できれば文庫本3冊くらいに分けてこの歴史の遺産を復活させてほしいものだ。もちろん横書きで。表紙のデザインを本物に似せて出版し、新聞広告でも出せばきっと収益もでることだろう。
読者数を見込める本ではないが、この本を常に現在のものとして入手可能にしておくことは「知的財産継承」という時代の持つ責任のひとつなのだと僕は思うのだ。
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2018年9月:
本物のプリンキピアとついに対面することができた!
[世界を変えた書物]展(上野の森美術館)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/67cec3d33c33810b91d0f7591bfbc2ee
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2019年6月9日に追記:
講談社がこの記事を読み、僕の願いをかなえてくれたのだろうか?ブルーバックスから復刊されることになった。原書は全3巻だ。ブルーバックスも全3巻に合わせたようだ?表紙の金文字と装丁は原書の重厚感を思い起こさせる。
ニュートンの『プリンキピア』がブルーバックスで復刊!
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a85d47fe8132a97c7180c444a816b196
「プリンシピア 自然哲学の数学的原理 第1編 物体の運動」(Kindle版)
「プリンシピア 自然哲学の数学的原理 第2編 抵抗を及ぼす媒質内での物体の運動」(Kindle版)
「プリンシピア 自然哲学の数学的原理 第3編 世界体系」(Kindle版)
(Kindle全3冊合本版)
全巻: 書籍版を検索 Kindle版を検索
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なお、プリンキピアに書かれた内容を現代の数式を使って解説した格好の本がある。ニュートンの業績をきっちりと学んでみたい方は1998年に出版されたこの「チャンドラセカールの「プリンキピア」講義」で勉強されるとよいだろう。
ところで以前このブログで紹介した「ニュートンの質点定理の証明(証明1や証明2)」、つまり大きさのある球体の場合でも距離の2乗に逆比例した万有引力の法則が成り立っていることは、プリンキピアでは命題71定理31の「1ページ目」と「2ページ目」に渡って証明されている。ニュートンはこの証明の後、大きさのある2つの球体の場合の証明や球以外の場合の引力についても幾何学だけを使って求めているのだ。
関連ページ:
Kindle版で復刊: 日本語版プリンキピア(自然哲学の数学的原理):アイザック・ニュートン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a5ce0252019a5d9b63c20200f019e199
ニュートンの『プリンキピア』がブルーバックスで復刊!
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a85d47fe8132a97c7180c444a816b196
古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e808487b7e9d668967f703396e32d80a
[世界を変えた書物]展(上野の森美術館)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/67cec3d33c33810b91d0f7591bfbc2ee
ニュートンの「プリンキピア」や手書き原稿をウェブで公開--ケンブリッジ大
http://japan.cnet.com/news/society/35011815/
Cambridge Didital Library: Newton Papers
http://cudl.lib.cam.ac.uk/collections/newton
ニュートンはすごい!
http://d.hatena.ne.jp/rikunora/20090201/p1
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私も古本祭りに行きましたが、見かけませんでした。
すでにとねさんに買われた「後の祭り」だったか…
もっとも見かけても私は買わなかった(買えなかったの間違い)と思います。
それだけ高いと他の本がたくさん買えると思ってしまって…
2)を持っています。少しちらちら読んだ程度ですが。
「なんとか全集を買う輩」ではありますが、バラ売りを買ってるだけなので堪忍してください。
「インテリぶるために買った」どうかは微妙なところですね。
読むのはミエもありますから(笑)。
4)は学生時代に売られていたのを覚えています。当時は天文学に関心がありましたが、さすがに手がでませんでしたね。
今明倫館のオンラインサイトを確認したところ、僕が買ったのと同じ値段で4)1冊ありますよ。煽ってますね。(笑)
ミエからはじまる「本当」もあるのではと僕は思います。きっと僕はそのタイプなのでしょう。今回はミエで4冊も買ってしまいました。。。
和田先生の「プリンキピアを読む」にしてもすべて納得というわけにはいきませんでした。これはこれで数式を使った数学とは別世界なのだとよくわかりました。
> 昔は分からないことを楽し余裕が
> なかったのでしょう、今はじっくり
> 考える時間が何よりの幸せです。
全く同感です。若い頃は日曜日が暇だとつまらないなと思っていましたが、今では時間こそが最大の贅沢なのだなと思います。お金ももう少しあればと思いますけどね。(笑)
息子さんと過ごす時間もアトムさんにとってはとても楽しいもののようですね。どうかその時間を大切になさってください。
ますます名著が増えましたね。ちょっとした図書館ができるのでは。
そういえばファインマンさんも独自に幾何学的なアプローチで楕円軌道の導出を行っていますね。
やはり天才は天才を知る、ということなのでしょう。
凡人の我々であっても、この圧倒的な幾何学的証明を見て「すごい!」と感動することはできます。
できればこの感動を周囲に知らせたいものです。
プリンキピア入手困難、古本で見つけた人はラッキーだったのですか。
出版する側にも事情はあるのでしょうが、こういうところには補助金とか付けても良いのではないでしょうか。
あとは、とねさんのような人が買い支えるとか。
僕の本棚の物理学書もだいぶ増えてきました。本棚増設しようか思案中です。
もともと幾何学は好きではありませんが、今回の件でその威力を思い知りました。使う人が使えばということなのですね。
> こういうところには補助金とか
> 付けても良いのではないでしょうか。
民主党に仕分けされて補助金却下が目に見えていますね。スパコンの予算、どうにかしてほしいものです。
彼(ピープス)は英文学では日記作者として結構有名です。彼について記事を書いたことがあります。
http://blog.goo.ne.jp/slide_271828/e/eb86d9a6ca4ff97ecef11b4b2e96747e
映画『チャーリングクロス街84番地』は本好きなら泣けます。
プリンキピアが世に出るためにピープスのような人の協力があったわけですね。271828さんの記事を読ませていただきました。僕も昔 CP/M ユーザーでZ80 CPUで動かしていました。マシン語の勉強に少し使ってみたという程度でしたが。
私もCP/Mにお世話になったことがあります。これで年が分かってしまいます。
さてニュートンは『世界の名著』シリーズで持っていますが、確かに読みにくいですね。
またリンゴの話はウラジーミル・アーノルドの『『数理科学のパイオニアたち』(シュプリンガー)を読むと一発で与太話であることが分かります。やはり出来る人は凄いと思いました。