休日の昼下がりのゴールドジム。
「賛成・・・ウッ、どう思ウッ?」
玉澤はハードなトレーニングをしながら、となりでダンベルをあげている賛成に問いかけた。
「いや・・・フっ・・・正直・・・フっ・・・よくわかりま・・・フっせんね!」
「だよな?…フゥ。俺もダンベルにしよっと。
堀辺クンはどういう意図であんなことを言い出したのか…。
やっぱり裏があって…ウッ、キツイな…、プチに近付いてきたのかな?」
「裏、ですか…?」
想像しようにもJYファンドに怪しい所はなく、自分らが考えすぎなだけな気もする。
「うん…ク!」
ドンッ!玉澤がダンベルを落とした。
「あー、キツイ!もうやめやめ!賛成、今日はこの辺にして飲みにいこう!」
「はい、今日は結構疲れたなあ。最近忙しくて来れてませんでしたもんね?
でももうちょっとだけやっていきます!
玉さん、先にあがっててください。すぐ出ますんで!」
久しぶりの休日、昼間からジムで汗を流し気分転換、のはずが、会社のことが頭を離れない。
ロビーで賛成を待つ間も吉田からのメールをチェックする。
吉田にはJYファンドについて調べさせているが、特にこれといった進展はないようだった。
メールの〆の一文、
”社長、無理かもしれませんが休日くらいはプライベートをお楽しみください。
僕もこれから日帰りで温泉に行ってきます…”
(プライベート、か。フリーになっちゃったしな…。いまは恋愛する気力もないぜ…フ)
そんなわけで玉澤は四六時中プチの事を考えている。
そう、俺は社長だから!
・
玉澤と賛成はジムを出ると、近くのハードロックカフェでビールと軽いブランチを取った。
「ひゃあー!運動のあとのビール!」
「くぅぅぅ!痺れるぜ!!!」
「ぷはぁあ!最高っすね!!」
「にしても…堀辺の提案には驚きました・・・」
フライドポテトをつまみながら賛成がそういうと、玉澤も一気に仕事モードに戻った。
「ああ・・・。ほんとだよ。紀村君をうちに―なんてさ?やっぱ思考がさ、アメリカ人なんだろうな?」
堀辺の提案、それは―――、
新プロジェクトに紀村俊を参加させる、という衝撃の提案だった。
「紀村君だってやりにくいだろー?普通はそう思って口にすらしないよな?」
「…玉さん、新プロジェクトの話、ご破算にすることもできますよ?」
賛成の言いたいことは玉澤には充分伝わっている。
玉澤が提案したエンタメビジネスだ、別にホワイトナイトの条件なわけではない。
この話はナシで、と一言いえば済む話だ。
「…ああ、分かってるよ、でもさ、俺が言い出した事なんだよ?」
言いだしたことを引っ込めることは玉澤の主義に反する。それに、新しいことにチャレンジしてみたいのだ。
「まあそうですけど・・・そしたら俺、堀辺さんに聞いちゃっていいですか?
玉さんのこと知ってるはずなのにそんなそぶり一切見せなかったし、やっぱ釈然としないんすよ、なにか隠してるような・・・」
「俺もあえて聞かなかったが、もしタンザニアで面識があったのなら、それはそれで気になるよな…」
「やっぱり思い出せないんですか?」
番組のロケとはいえ、タンザニアでボランティアとは強烈な思い出だと思うのだが。
「うん…テツコさんに日本人の少年を紹介されたような気はうっすらと…。
でもあん時はテツコさんの事で手一杯だったからな。記憶があいまいなんだよ」
玉澤のその言葉と目に少しだけ、なにか甘いものが含まれていたのを、賛成はめずらしく見落とさなかった。
「え?!え?!」
まさか?!
賛成はビールを噴出した。
「にゃ?」
「玉さん・・・・まじすか・・・・・・まじでテツコさ・・・さすがっすね・・・・・・」
「んー?んふふー?俺も若かったからな~。すみましぇ~ん!ビールおかわりください!ジョッキ二つね!」
そうして日曜日のハードロックカフェで男二人のコイバナが始まったのだった。
//////
同じころ堀辺もまた、ホテルのジムで汗を流していた。
ジョージからすっとタオルが差し出される。
「ああ、ありがとう。ジョージ、父さんの様子はどうだ?体調が良くなさそうだけど」
「ハイ、でもプチテレビの事がイッケンラクチャクしたので安心されてます。
車椅子でですが庭にも出たりするよになりましたシ…」
外の空気を吸いたがるのは良い傾向だ。
「ジョージ、僕はね、プチテレビの人たちにすべてを打ち明けようと思うよ。本当に信頼できるいい人たちだし。
ただね、ぼくの友人のことだけが心配なんだ」
「ハイ、キムラさん、デスネ?」
「ああ。さすがジョージだな。すべてお見通しってわけだ?」
「イヤそれほどでも…」
ジョージは創にほめられ少し照れた。
「すべてをウチアケルことはアナタにとっての解放でもある…そうですねMr.H?」
「自分勝手な理屈だけどね…」
どちらにせよ友人である俊の今後。そして玉澤や黄桜に話す前に話さなければならない人がいる。
「明日プチテレビに行くよ。そして話してくる」
創の決意にジョージは優しく微笑んだ。
////////
クリスタルベリクリニック、サヤ子の診察室。
日曜日は休診だが、用事があり病院に来ていた。
昨日の深夜、スーパードクターから”右太郎の膝の手術を受ける”という嬉しい返事があったのだ。
病院に置いてある右太郎のカルテやCTをまとめて送る為、病院に寄った。
ドクターのもとへ発送する手配を終え、サヤ子はコーヒマシーンでコーヒーを淹れる。
椅子に腰かけ一息つく。
誰もいない休日の病院はとても静かだ。
机の上にはリラックマのペンやメモがたくさんあった。
右太郎が病院に来るたびにサヤ子や看護師に菓子と共に差し入れるのだ。
こんな子供じみたものは好まなかったのに――サヤ子は黄色い小鳥のペンを見ながら微笑んだ。
右太郎とは順調だ。
しかしサヤ子はふと、思い出していた。
・
数日前、
成田空港に右太郎が現れた日。
確かにあの日、サヤ子はスーパードクターに会うために成田空港に行った。
“龍ヶ崎とモナコに行かなかった” それももちろん事実だ。
しかし―――
(・・わたしは、先生に、会ったの)
最後だと思った。
最後にどうしても先生に会いたくなった。
成田で落ち合い、先生が乗ってきたリムジンに乗りこんだ。
先生のフライトまで数時間。
先生はもう、サヤ子に”来い”とも”やり直そう”とも言わない。
一緒に来ない事はわかっているから。
リムジンのシートに少し距離を置いて座るサヤコの頭に先生は手をのばすと、強引に自分の方へ引き寄せた。
右太郎とは正反対の強引さ。
こちらの意志などおかまいなしのこの行動に――サヤ子の心のどこかがまた震えた。
サヤ子はまさか自分が涙を流すなんて予想もしていなかった。
それでも、先生にもたれるとやはり様々な出来事が走馬灯のように押し寄せ、胸が痛い。
哀しさではなく切なさ。
切ないという感情を今地球上で一番感じているのは絶対に自分だ。
先生はサヤコの頬を両手で救うように包むと、髪から、ひたいから、まぶたから、
順番に口づけをしていった。
僕の作品、サヤ子。
永遠にその事実だけは消えない。
そしてこれは最後の、二人の秘密だ。
先生のフライト時間まで一緒に過ごした。
成田に着くとサヤ子は車から降りた。
先生のほうを一度だけ振り返り微笑む。
先生は、窓から顔を見せにっこりと微笑み返すが、すぐにリムジンのウィンドウを閉めてしまった。
黒い窓がその笑顔を遮る。
あの窓の向こうで先生が今どんな顔をしているのか。
サヤ子はそれを考えないように、バッグから右太郎のカルテの入った封筒を取り出すと、
スーパードクターとの待ち合わせのレストランへ足早に向かっていった。
・
右太郎に対し申し訳ないと思う気持ちがない私はどこかおかしいのだろうか――。
その時、机の上に置いていた携帯がメールを受信した。
”もうすぐ病院の前に着くよ。何食べようか?ウタ(^_-)”
もうすぐウタが来る。
愛しいウタが。
私は龍ヶ崎と会ったことをウタに打ち明ける気はない。
なにもかもをさらすことが愛だとは思わない。
それでも私は右太郎を愛していると断言できる。
サヤコはコーヒーを飲み干すとウタに”イタリアンがいいな!”とメールを返信した。
//////
あくる日のプチテレビ副社長室。
賛成と堀辺が会っている。
「堀辺さん、新事業のプランです」
賛成がまとめた書類に堀辺はざっと目を通す。
「ん!さすがエンタメの雄・プチテレビですね。おもしろい!放送とPanstagramの連動も斬新だ。彼がますます必要です!」
「――紀村俊?」
「ええ」
やはり。
彼の紀村推しは尋常ではない。
「堀辺さん、それについては社長と共にじっくりと検討しています。
そのためにも、ひとつ聞いてもいいですか?玉澤社長、紀村俊、その二人とあなたの関係について…」
「ええ、僕もそろそろ話したいと思っていたところです。ただ――」
「ただ?」
「先に伊藤くんと話をさせてもらえませんか?」
「伊藤?アナウンサーの伊藤純保ですか?」
「そうです、彼です」
「・・・ええ・・・わかりました」
わけがわからない賛成だ。
//////
伊藤はハルナとスタジオにいた。
本番が終わり、アナウンス室へ帰るところだ。
「ハルナ、いまから言おうとおもうんだけど…」
そう、彼らは上司に婚約を報告するつもりだ。
ハルナはうっとりとした顔で純保を見つめた。
「先輩…」
そのときディレクターが純保に声をかけてくる。
「伊藤くん、副社長から伝言で、収録が済んだら第2会議室へ来るようにって」
え?賛成?
「なにかな…。ハルナ、ちょっと行ってくるね」
「はい!先輩、アナウンス室で待ってますね!あ…ちょっと待って!」
ボタンが外れてますよ、とハルナは純保の第2ボタンを閉め始めた。
至近距離になったハルナに純保がささやく。
「…ハルナ?報告しちゃったら、結婚、やめられないよ?」
「先輩こそ、前みたいに気が変わったとかナシですよん?」
フフフ。
二人は笑い合った。
「行ってくるね?待ってて…」
「はい、待ってます!」
・
純保は第二会議室へ入る。
窓辺にだれかが立っていた。逆光でよく見えないが、きっと賛成だろう。
「賛成?レイちゃん出社してたね?」
その声に反応したシルエットがこちらを振り返る。逆光でよくみえなかった顔が、徐々に見え始めた。
「あ…」
それは賛成ではなく、テレビでみたホワイトナイトこと堀辺創だった。
「あの、副社長に呼ばれてきたんですが…」
「はい、ぼくがお願いしたので」
堀辺は純保に椅子に座るよう、うながした。
初めて間近でみる堀辺はテレビの印象以上に優しい雰囲気で、そのほほえみは天使のようだと純保は思った。
子供の頃に孤児院の礼拝で想像していたエンジェルが、そのまま成長した姿のようだ。
-いや、天使は成長しないしな?
そんなことを大の男のひとに対して想像してしまった自分が、少し恥ずかしかった。
会議用の白いテーブルを挟んで二人は向かいあって座る。
「初めまして。堀辺創です」
「もちろん知ってます。伊藤純保です」
「はい、ぼくも知っていますよ?」
「え?」
そんなに有名かな、俺。
このひと日本に来たのは最近だって思ってたけど…。
「伊藤くんの事、よく知っていますよ。君が僕を知る、ずっと前からね」
「はあ・・・」
どういう意味なんだろう?
「これをあなたに渡したいんです」
堀辺は包みに包まれた何かを純保の前に差し出した。
たいした大きさのものではない。純保はいぶかしげにその包みを開く。
なかから出てきたのは一枚のCDだ。
普通の、よくある、CD−Rだ。透明のケースでCDの白い面にも何も書かれていない。
「あの、これは…?」
そう質問した純保に、堀辺はゆっくりと返事をした。
「…あなたのお母さんの演奏が、それに入っています」
純保の鼓動が一瞬静止し、そのあと激しく音を立てて脈打った。
「え…?」
-28話につづく-
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