PM7:00に2PMの事を考える

クリームソーダ的宇宙

アナウンサー!冬物語chapter.17

2014-04-22 12:00:00 | アナ冬

(16話あらすじ:右太郎に誘われるがままダンス・スタジオへ来たサヤ子。

スタジオで踊る謎の少女。その少女を見つめるもう一人の男、それは再会を避け続けてきた玉澤竜二だった…。)


 

サヤ子の世界から瞬間、すべての音が消滅した。

窓のない部屋に閉じ込められたような、今にもめまいを起こしそうな圧迫感。

―なぜ、玉澤竜二がここに?

事あるごとに、玉澤をサヤ子に紹介したいという右太郎のセッティングを、

なんとかぎりぎりのところで交わしてきた。

ずっと会わないのは無理かもしれないが、それまでに出来ることがあるはずだ。

たとえば玉澤に連絡をして、自分は右太郎の恋人だと打ち明け、他人のふりをしてほしいと頼むとか、

あるいは右太郎にすべてを吐露してしまうとか。

しかし―、

時すでに遅し。

玉澤竜二が今、ゆっくりとサヤ子に向かってくる。

ふたりは向き合った。

”なぜここに?”

お互いの顔にそう書いてある。

「き・・・」

玉澤が何か言いかけたその時、

「しゃちょう~っここにいたんすか!」…右太郎だ。

「ああ…、張本…」

 

右太郎が玉澤の両肩に手を置き、それは甘えるような仕草で、玉澤に心からなついているのが見て取れた。

サヤ子はそんな光景を目の当たりにし、激しい罪悪感を覚えた。

「社長、紹介します!恋人のサヤちゃ・・サヤ子です。

サヤちゃん、玉澤社長。とっても世話になってるんだ」

サヤ子は玉澤にむかってお辞儀した。

目は合わせられなかった。

―きっといま私は顔面蒼白だろう。

「……、…玉澤です。よろしく…」 

「…サヤ子です」

小さくつぶやいた。

「紹介できてよかった!そういえば、社長、どうですか?南原先生。

なかなか教えるのうまいと思いません?」

右太郎はもちろん微妙な空気などには気が付いていない。

「…あ、ああ、そうだな。ああ・・・。俺はダンスはよくわからないから、本人に決めさせるよ…」

「南原先生はおすすめですよ。きっと愛ちゃんの才能を引きだしてくれます!」

―愛ちゃん…?あの少女の名だろうか?あれは玉澤の関係者なのか?

レッスンを終えた少女はスタジオからこちらに歩み寄ってきた。

「パパ!私、ここでダンス習いたい!いいでしょう?」

「ああ、いいよ、愛。」

サヤ子は一瞬耳を疑った。

パ?

パパ?

「パパ…?!」

「サヤちゃん、あの子はね、社長の娘なんだよ」

右太郎がニヤリと笑って、小声でサヤ子に耳打ちした。

「え…!むすめ!!??」

少女と話す玉澤の横顔は優しくほほ笑んでいる。

それは確かに、父親の表情だった。

 「内緒だよ。あんな大きな娘がいるなんて知れたら大変だからね。

さ、ブランチしにいこう、サヤちゃん」

右太郎に手を引かれ出口に向かいながらもサヤ子は玉澤の横顔から目が離せない。

瞬間にすべてを察知して空気を呼んだ男の包容力の様なものを感じ、なにか、ここちよい心残りがある。

―私はすべてを割り切れるのか。

レイにアドバイスされたとおり、知らん顔して右太郎と向き合えばいいのか。

サヤ子は考えている。

サヤ子は嘘を付けない女だ。

多分それは、右太郎のことを本当に愛しているからだと思う。

大切に思っていないなら、どんな嘘だってつける。

―だって女ってだいたい、うそつきだから。

ああ、それともうひとつ。

右太郎のまっすぐな愛情を、知ってしまったから。

彼から向けられるそれがもし、少しでも打算的だと感じられれば、

サヤ子は躊躇なくこの小さな嘘をつきとおしただろう。

そして、サヤ子はある決心をした。

 

―つづく-


アナウンサー!冬物語chapter.16

2014-04-04 11:00:00 | アナ冬

ダンス・スタジオ。

中に入り通路を進むと、いくつかのレッスン室のうち、

一番広いレッスン室で見覚えのある男が、

少女にマンツーマンでレッスンをつけていた。

レッスンの様子は通路からも見えるようになっている。

確かあの男は、右太郎にも個人レッスンをつけていた講師…

そう、南原。

これが右太郎がサヤ子に見せたいものなのか?

「ウタ、わたし南原さんなら知ってるわよ?前に紹介してくれたじゃない?」

「ん…いや…南原さんじゃなくて…」

右太郎は曖昧に返事をし、レッスン風景を熱心に目で追っている。

その目が追っているのはレッスンを受けている少女だった。

サヤ子はその少女を見た。

身長はさほど高くないが顔が小さく手足が長く、バランスがよい。

体のラインはまだまだ子供、たぶん、中学生くらいだろうか?

南原の動きに合わせて彼女は踊った。

のびやかに、長い髪を揺らして。

ダンスのことなどまったくわからないサヤ子だが、少女には人の目を惹くなにかがあるようだ。

「誰なの?あの子」

「ふふ、誰だと思う?」

右太郎はイタズラっ子っぽい笑顔を浮かべた。

「―きれいな子ね。大人びて見えるけど、まだ若いでしょう」

「今度中2。ふふ、ねえ、サヤちゃん、あの子の父親、誰だと思う?」

「父親?有名なひと?」

「有名っていうか…驚くよ?来てるはずなんだけどな…」

右太郎はそう言うと、スタジオの通路を進み、別のレッスン室を覗いたりした。

すると…

「あ!社長!!」

右太郎の大きな声。

その先にはこちらに背を向けて立つ男の姿が…。

「社長!お疲れ様です!」

右太郎の声にゆっくりと振り向く、その男―、

玉澤竜二。

予期せぬ対面に、サヤ子の心臓が激しく脈、打つ。

 (つづく)


「アナウンサー!冬物語」は下記からの続編です。

「アナウンサー!春物語」 第1話はこちらから→

 

 http://blog.goo.ne.jp/ktam7pm/e/df22f4138795fe59124c72c361afa9bc

 

つぎに「抱きしめて!聖夜(イブ)」 第1話はこちらから→

http://blog.goo.ne.jp/ktam7pm/e/7637959c3f1ee9d122d1df584f237758

 

カテゴリーの「アナ春」からも読んでいただけます(^o^)

※この物語はフィクションであり実在の2PMとは一切関係ありません。


アナウンサー!冬物語chapter.15

2014-04-03 14:00:00 | アナ冬

(前回の続き・18年前の黄桜邸)

 

黄桜良子。

屋敷の主、黄桜幹二朗の妻であり賛成の母である良子は、元・女優だ。

その美貌は女優を引退し、賛成を産み、

10年余り過ぎた30代後半の今も衰えることなく美しい。

日々の贅沢や美食、(それはこの家にとって特別なものではないが、)

若いころとはまた違う成熟した色気が良子の美貌を豊満に輝かせていた。

 

杏子は、映画でしか見たことのなかった良子の姿に魅入り、同時に強烈な畏(おそ)れを覚えた。

自分と赤ん坊を見る良子の瞳。

夫の若い愛人と、その間にできた赤ん坊を見る目は、深い憎しみに満ちていた。

 

杏子は我が身を振り返る。

17歳で女優として芸能界デビューした杏子は20歳で幹二朗の愛人となった。

そして今、22歳。

生まれた子供は男の子。

認知もなにも望まない。

ただ静かに暮らせたら…。

その願いはむなしく、幹二朗はこの男子を正式に黄桜の籍に入れたいという。

良子が、愛人と隠し子の存在を執事の黒井から知らされたのはほんの10日前のことだった。

半狂乱になった良子は部屋にこもった。

 

杏子を屋敷に呼べと黒井に命令した良子が

いま久しぶりに部屋から出てきて杏子の目の前にいる。

ネグリジェ代わりの絹の白い長いドレスをまとった良子の顔は無表情だ。

「…奥様、わたし」

杏子が静かに話し出す。

「わたしは、この子の認知など望んでいません。

黄桜家の名前も、お金もいりません、もう旦那様とも…、会いません。」

良子は何も言わない。重い沈黙が空間を支配する。

居間には良子と、杏子と、黒井の3人だけだ。

見守る黒井の気配と、わずかにもれる赤ん坊の声だけが生の音と響き、

ここが現世だと証明している。

それほどに良子の表情は冷たく色がなかった。

「奥、様…」

「―あなたの意志などきいてはいません。」

良子が口を開いた。

「主人と会わない?認知もいらない?あなたは自分の意思が通るとでもお思い?選択する権利があるとでも?」

良子は杏子を一瞥する。

「それは…」

「…その赤ん坊をお渡しなさい」

「いえ!いえ、それは!」

杏子の目から一気に涙がこぼれた。

結局、良子はすでに、黄桜の人間なのだ。

夫の不貞はつらい、しかし黄桜家の利益と意志を尊重する。夫の意志ならば。黄桜のためならば。

杏子は赤ん坊をかばうように抱きしめ部屋を出ようとするが、良子はそれを許さない。

奥様、どうか、どうか、、そう言いながらも杏子は、良子に圧倒され足がすくむ。

蛇ににらまれたカエルの様に彼女は身動きが取れないでいた。

黒井は何かおかしいと思う。

良子があまりにもおとなしすぎる。おかしい。

そして予感は的中した。

窓から入った光がギラリと眩しく光り良子の手元のなにかに反射した。

「奥様!」

黒井は良子に近寄るが、時すでに遅し、

絹のドレスのひだの間に隠し持ったナイフが、杏子をめがけて突き刺された。

 「…あっ…!」

杏子は声にもならない声をだしその場に倒れた。

黒井は良子の手からナイフを奪うと、

大きな声でメイドを呼び、良子を押さえさせる。

「救急車を!早く!」

杏子の体から流れる真っ赤な血液はみるみるうち床に半円を描いてゆく。

黒井はうつ伏せに倒れる杏子の傷口を手でふさぎながら、その腕に抱える赤ん坊を受け取ろうとするが、

もうろうとする意識の中でも彼女の赤ん坊を抱える力が弱まる事はなかった。

「杏子様、大丈夫ですから…だれもあなたからこの子を奪いませんから…さあ、この黒井に」

「…」

杏子に聞こえたかどうか、分からない。

しかし腕の力がゆるみ、黒井は赤子を受け取った。

一方メイドにおさえられながら、良子は半狂乱になっていた。

「お放しなさい!」

良子の声が屋敷に響く。

その時、扉が開いた。

 「ママン…?いるの、お風邪、なおったの?」

開けたのは、母の声を10日ぶりに聞きつけた10歳の賛成だった。

賛成様、見てはいけない―!黒井は扉を閉めようと歩み寄るが、遅かった。

「マ…」

「賛成ぼっちゃま、見てはなりませぬ!」 

賛成は見た。

ママンの、蒼白な、夜叉のような顔。

白い絹のドレスに散った赤と、倒れた女性から流れ広がる赤い液体。

それは深紅のインクのようにマホガニーの床を伝い広がってゆく。

黒井は賛成の目を手でおさえた。

しかしその行動もむなしく、既に賛成はすべてを目に焼き付けた。

耳にきこえる、ママンの半狂乱の声と赤ん坊の泣き声。

血の匂い―。

 

 

「それから賛成ぼっちゃまは一切の言葉を発さなくなりました」

黒井の話はそこで終わった。

賛成は深いため息をついた。

この部屋で―、自分はみていたのか、そんな修羅場を。

しかし、黒井の語った話をにわかには信じられなかった。

なにせ自分の記憶には、なに一つ残っていないのだから。

賛成はしばらくすると屋敷を後にし、黒井にも何も言わず屋敷を出、ホテルへと戻った。

 

ホテルの暗い部屋。

レイは賛成から語られる話を静かにきいた。

黄桜家の重さは理解しているつもりだったが、

幼い彼の見てしまった鮮烈な血の記憶は、その繊細なこころをどれだけ傷つけたのだろうか?

想像するだけで胸が痛んだ。

「…それから僕はしばらく話すこともできず、学校にも行けず、ずっと部屋に閉じこもっていたそうだよ。

病院にいっても何も改善せず、結局、叔母が住んでいたニューヨークへ療養を兼ねていかされることになったらしい。

父は赤ん坊を―成哉を引き取ることを諦めたそうだ。

まさかあんな修羅場にまで発展するとは考えていなかったんだろう、

母も、杏子さんという人も、きっと業の深いひとなんだね…」

「ニューヨーク...」

「あちらでなにがあったのかは黒井もしらない。

だけど夏が終わって日本にご帰国したとき僕はすっかり元に戻っていたそうだ。

いや、ちょっと違うね、元に戻ったんじゃなくて…」

「記憶をなくした」

「きれいさっぱりとね」

レイは今朝見た賛成の本を思い出した。

レイの脳裏に、小さな賛成が自室にこもってあの本のページを赤く塗りつぶす景色が、ふいに浮かんだ。

賛成はやがて思い出すだろう。

消し去りたいほどつらかった記憶、

母親の夜叉の様な顔と殺意。

そして賛成はまた傷つくだろう。

しかし―、そんな近い未来が見えたところで、レイに出来ることはただ傍にいることだけだ。

自分で乗り越えるしかないないのだ。一体にはなれない歯痒さを、レイはいま感じていた。

 

 

あけて土曜日。

右太郎は、午前中で診察が終わるサヤ子を病院まで車で迎えにきた。

毎週のおきまりだ。だいたい、このままブランチに行って週末を一緒に過ごす。

車を病院の前に停め、3回クラクションを鳴らす。

”サ・ヤ・コ”の合図だ。

少しして、黒いミニのノースリーブのワンピースに、ジャケットとバッグを脇に抱えたサヤ子が病院の玄関からでてきた。

「ごめんなさい、待った?」

「ううん!乗って?」

サヤ子が助手席に乗り込むと、右太郎はじっとサヤ子の肩の辺りを見る。

「・・・・」

「ウタ、なあに?どこ見てるの?」

「いや…、あのさ…、その服、セクシーでいいんだけど…ヒモが…」

「え?」

「ブラのヒモがちょっと見えてるから、気を付けて?」

「これは見せてもいいやつで…」

「だめだよ、ほかの男にみられちゃ・・?ジャケット羽織るとか?」

サヤ子は仕方なくジャケットを羽織った。

右太郎はなかなかに、古風な男なのだ…。

そして右太郎はサングラスをかけ、エンジンをかけ、後方確認をすると車を走らせる。

春の陽気だ、きもちがいい。

サヤ子は車の窓を少し開け風の匂いをかいだ。

「あー、おなかすいた。今日はウタ、何食べようか?」

「メシのまえにちょっと寄りたい所があるんだ。」

寄りたいところ?

右太郎が上機嫌に言うので、サヤ子はそれ以上きかず、任せることにした。

 

車は30分ほど走り、サヤ子にも見覚えのある場所で停まった。

そこは―、

右太郎が通う、ダンススクールだった。

「ここ?ウタ、まだダンスは出来ないでしょう…?」

「いいから、来て!」

サヤ子の手を引き、スタジオへ入る。

 

 (つづく)

 


「アナウンサー!冬物語」は下記からの続編です。

「アナウンサー!春物語」 第1話はこちらから→

 

 http://blog.goo.ne.jp/ktam7pm/e/df22f4138795fe59124c72c361afa9bc

 

つぎに「抱きしめて!聖夜(イブ)」 第1話はこちらから→

http://blog.goo.ne.jp/ktam7pm/e/7637959c3f1ee9d122d1df584f237758

 

カテゴリーの「アナ春」からも読んでいただけます(^o^)

※この物語はフィクションであり実在の2PMとは一切関係ありません。


アナウンサー!冬物語chapter.14

2014-04-01 12:00:00 | アナ冬

久々の更新になってしまいました(p_-)

(自身がどこまでUPしたか忘れ、過去エントリー読み返たというw)

冬は終わりますが無関係に進行しますのでよろしくおねがいします~!

更新しない中、コメントくださったりツイッターフォローしてくださった方々、本当にありがとうございます。書く支えになります。

では、どうぞ。

 


(chapter.14)

 

右太郎、玉澤、ハルナとの食事会を終えたレイは、定宿としている六本木のホテルへと戻った。

酒宴は盛り上がり、3人は二次会へ繰り出したようだ。

玉澤がハルナにちょっかいを出しそうな雰囲気があり、それがレイは気になったが、

賛成から飛行機をキャンセルしたというメール以降、連絡が取れないことのほうが気になった。

時計は深夜零時を回っている。

賛成はもうホテルの部屋に帰っているだろうか?

心配だ。

部屋のドアを開ける。

室内は真っ暗だ。

灯りを付けようとすると、部屋の奥からレイ、と、自分を呼ぶ賛成の声がしたような気がして、

レイはそのまま灯りも付けず、薄いレースのカーテンごしに入る外の鈍い光だけを頼りに部屋の奥へと進んだ。

「賛成…?いるの…?」

賛成はベッドの上にあおむけになっていた。

左手の手のひらを天井に向け額の上に置いている。

暗くて良く見えないが、半分眠っているのだろうか?

レイは毛布を掛けようと近寄った。

すると、

「レイ」

賛成の手がレイの手首を掴んだ。

「…起きてたの?」

「うん…」

賛成の瞳はうつろに天井を見つめている。

「電気もつけないで…どうしたの」

「…うん…」

その瞳の奥は空虚だ。

実家でなにか、大変なことがあったんだ

レイは体験的にか、本能的にか、そう思った。

「話せる…?」

「ああ…」

賛成はゆっくりと起き上がるとベッドに腰掛け、頭の中で、今日屋敷で聞いたことを反芻する。

執事の黒井から聞き出した、自分と瓜二つな姿の異母兄弟・成哉の、出生の秘密。

18年前のある日、黄桜家で起きた出来事について…。

整理しきれていない出来事をポツリポツリと言葉を選びながら口にする…。

 

―18年前、冬―

白い雪が舞う中、黒塗りのベンツが黄桜家の玄関に停まった。

玄関前には若き日の執事・黒井が傘を差し立っていた。

運転手がベンツの後ろのドアを開けると、そこから赤ん坊を抱えた小柄な女性が出てきた。

突然車にのせられたのかこんな寒さの中、コートも羽織っていない。

黒井は赤ん坊の顔を覗き込んだ。

女性の細い両腕に自然と力が入る。

あたたかいおくるみに包まれたその赤ん坊は、濁りのない白目にくっきりとした大きな黒い瞳を縁どらせ、黒井を見つめ返した。

強面に見える黒井だが、その表情は意外にも優しく、女性は意外だな…と思った。

―黄桜の顔だ。

黒井は思う。

そして黒井は無邪気な赤ん坊を見つめながら、

これからこの赤ん坊に待ち受けるであろう、重い枷(かせ)について思いをめぐらし心を痛めた。

 ・

彼女は赤ん坊を抱えたまま屋敷へと招かれ、リビングへと通された。

ひとめで年代物とわかるシャンデリアや皮のソファ、その他手入れの行き届いた豪奢な家具や調度品…。

古いものほど手間も維持費もかかる。

おおきな暖炉はパチパチと音を立てながら部屋を暖かく潤していた。

彼女は部屋をじっくりと見渡す。

そして思い出していた、かつて自分が女優だったころ演じた、「鹿鳴館」の顕子役のことを。

豪華なドレスをまとって華族の娘を演じていたあの頃。

あれはこんな屋敷を舞台に繰り広げられる物語だった。

女優をしていたのはたった2,3年前のことなのに、それは遥か昔のことに感じられた。

そう、この屋敷の女主人・黄桜良子同様、

彼女もまた、女優だった。

(イメージ画像)

「わたくしは執事の黒井と申します。どうぞ、こちらにお座りください」

さっきの強面の男が名乗った。

「あの…、わたし…」

「杏子様、ご心配はいりません、さあ…」

杏子―、それが彼女の名前だ。

ソファに座るように促されるが、杏子は目線をすこし送っただけで、赤ん坊を抱え立ったまま窓の外をみつめた。

広い庭は英国式だ。

朝からチラチラと降る雪におおわれ一面うっすらと雪化粧をまとっていた。

常緑樹の緑に白が映える。都会の真ん中にあってここだけが、なにかの物語の一部のようだった。

―こんな屋敷がこの世に存在するのか。

それは寓話的な美しさに満ちていて、彼女の感受性を刺激する。

腕のなかで赤ん坊がキャっと声を出して笑った。

そして我に返る。

―この子を守らなければ。

この大切なものだけは守らなければ。

その時、応接間の扉が静かに開く。

そこには表情のない黄桜良子が立っていた。

 

(つづく)

 

 


 

「アナウンサー!冬物語」は下記からの続編です。

「アナウンサー!春物語」 第1話はこちらから→

 

 http://blog.goo.ne.jp/ktam7pm/e/df22f4138795fe59124c72c361afa9bc

 

つぎに「抱きしめて!聖夜(イブ)」 第1話はこちらから→

http://blog.goo.ne.jp/ktam7pm/e/7637959c3f1ee9d122d1df584f237758

 

カテゴリーの「アナ春」からも読んでいただけます(^o^)

※この物語はフィクションであり実在の人物とは一切関係ありません。