PM7:00に2PMの事を考える

クリームソーダ的宇宙

アナウンサー!春物語 第19話 後編

2013-08-31 21:00:00 | アナ春
「サヤ子、乗って」
 
 
 
龍ヶ崎の運転するコルベットは、スピードを加速して海沿いを走る。
助手席にはすこし怒った顔のサヤ子がいた。
それもそうだろう。
乗車を躊躇するサヤ子を、龍ヶ崎は強引にひっぱり助手席に押し込み、車を急発進させたのだから。
「この道・・・」
「そうだよ」
龍ヶ崎は唇の片端を少しあげる。
 
葉山の別宅に向かう、懐かしい道だった。
「なに考えてるの、誘拐だわこれは」
サヤ子は助手席で怒り狂ってるけども、龍ヶ崎にはそれがポーズだということがわかる。
だってサヤ子は俺が作ったんだもん。俺の作品だもん。
「彼、なんかいってた?昨日のこと」
龍ヶ崎がサヤ子に問いかける。
「なぁに?!風が強くてきこえない!」
・・まあいいか。
張本右太郎。サヤ子の彼氏。いいヤツそうだけど、サヤ子には似合わないよ?
 
 
別宅に着いた。
緑に囲まれた中庭をゆっくりとコルベットが進むと、やがてシンプルな外見の建物が見えて来る。
車を停めると龍ヶ崎がサヤ子に目で降りろ,と合図した。
サヤ子は、仕方ない、と諦めた表情を浮かべ龍ヶ崎にいざなわれるがまま家の中に入った。
ここは結婚2年目に龍ヶ崎が建てた別宅だ。ふたりの想い出の家だった。
内装は外見とはうらはらにデコラティブなヨーローッパ風だ。
 石膏の彫刻を取り入れ一見派手だが、全体の部屋のトーンをくすんだ白を基調としているため、ふしぎと落ち着く。
耽美ではあるがやりすぎない、まさに龍ヶ崎自身のような家だ。彼の美意識の結晶だ。
「先生、私、ゆっくりはしていられない。診察予約が入ってるし」
「ーモナコにスパを兼ねた大型の美容施設をつくるんだ」
「え?」
「しばらくモナコを起点に、ヨーロッパに行きっぱなしになる。サヤに一緒に来てほしい」
「何言ってるの」
「一緒に夢見よう。俺にはやっぱりサヤしかいない」
「先生」
 いつもこうだ。こっちのペースなどお構いなしだ。
「わたしたち、離婚したのよ?」
「あんな紙キレなんでもないよ」
「・・・帰るわ」
「サヤは」
龍ヶ崎がサヤ子の行く手を阻む。
「俺のもんだよね?」
 
この目・・・。
サヤ子はまた自分の意志をどこかに置き忘れそうな感覚に捕われた。
「わたしは・・・」
「サヤ」
「・・・わざとでしょう?右太郎の番組にでたの」
「わざとじゃないよ?会いたかったんだ」
「会いたかった?ウタに?」
「サヤ子を抱いてる男に」
「先生・・・もうやめて。もうやめて・・・」
龍ヶ崎は強引にサヤ子の唇を奪った。
サヤ子は必死に拒否したが結局は諦めてされるがままにさせた。
この唇に、どのくらいのあいだ、何度、愛されてきたか。
使い込んでくたくたになったお気に入りのブランケットのように、
この唇はしっくりとサヤ子の唇になじむ。
龍ヶ崎のしるしはしっかりと刻印されていて、きっとそれはどんなことがあっても一生、消える事はないだろう。
たとえウタがわたしに何度キスして、何度抱いてもー。
 
しかしサヤ子は唇を許しながらも、その心をほどくことはできなかった。
強く抵抗はしないが、このまま龍ヶ崎にすべてを預ける気持ちにはなれず、
どこか目の覚めたような気持ちすらした。
「サヤ子、行ってくれるね?モナコ、楽しいよ、F1観戦。」
「・・・先生、病院に戻るから、送って」
「いやだ」
 
「行くって言うまで帰さない」
「・・・じゃあタクシー呼ぶわ」
龍ヶ崎を押しのけ,帰ろうとする。
「だーめ!」
また強引に抱き寄せてきた。
いつもの私ならここで降参していただろう。だけど。
「先生、さっき言ったわよね。離婚したけど、あんなの紙キレだって。結局そういう事なんでしょう?
あなたは私と結婚をしたのに、それだってあなたにとっては、ただの紙キレだったんでしょう?もうやめましょう?」
「やめる?なにを?ハ!お前、・・・,マジでおれから離れられるとでも思ってんの?」
「離れられるわ」
龍ヶ崎は、そう言いきるサヤ子を信じられないという表情で見た。
「・・・モナコに賭けてるんだ。サヤ、一緒に叶えてよ、オレの夢」
「ごめんね。できない」
「サヤ・・・」
サヤ子は龍ヶ崎に背を向け歩き出す。
 
ハイヒールのコツコツという音が天井の高い邸宅に響き、サヤ子の凛々しい後ろ姿のBGMとなる。
龍ヶ崎自身の美意識を最大限に表現したこの邸宅の装飾が、サヤ子の姿を浮かび上がらせ一枚の絵画になっていた。
 
たしかにサヤ子は龍ヶ崎の作品だった、龍ヶ崎から去る、最後の瞬間まで。
 
龍ヶ崎はとりあげられたおもちゃがどれだけ大切なものだったか、一瞬にして感じとったけど自分の手を離れたそれが、あまりにも美しかったから、圧倒されて、もうなにも言えなかった。
 
 
 
//////////
プチテレビ。
 
ミーコは重い足取りで受付に降りた。
俊にどんな顔をして会えばいいのかー。
 
「よ!」
しかしいつも通りの俊。
ミーコの胸はズキズキと痛んだ。
 
二人は近くのカフェにゆき、向き合って座った。
いつもどおりに見えたはずの俊は・・・なぜか無口だ。
あたたかいカフェラテが運ばれてくる。
久しぶりに俊に会ったというのに、会えた嬉しさより後ろめたさが勝り、
ミーコはなにも言えないまま覚めてゆく目の前のカフェラテを見つめていた。
 
 
俊が口を開く。
「よかった、元気そうだ。なかなか連絡が取れないから心配したよ・・・。
でも、ちょっと、顔色わるいかな?」
 
「ひさしぶりだよね。忙しかった?」
「うん・・・」
「明後日。大丈夫だよね?迎えにくるから、楽しみにしてて!」
「・・・ごめん、明後日、わたし、行けないかもしれない」
ミーコの声が小さく震えている。
「どうして・・・?仕事なの?」
ミーコは答えずうつむく。
 
俊は昨日からずっと同じ事を思っては否定することを続けていた。
 
ーミーコに限ってそんなことがあるはずがない。どうしてなの?
やっとデートの約束をして、僕はサプライズを準備してるんだよ?
行けない理由ってなに?仕事?いや、なんでもいいよ、僕が引っかかってる最悪のシナリオじゃなきゃ。
 
そう心の中で叫ぶ俊。
すべてをマイナスに考えてしまうのは、自分の心に木枯らしが吹いてるせいかな。
 
俊は、何度否定しても、たったひとつの悲しい可能性を最後まで完全に打ち消すことはできないでいた。だからー
 
100日まであと2日。
 
このまま曖昧なのにこらえきれずプチまで押し掛けたのだ。
迷惑なのはわかってる。ほんとはプチには来たくない。
だけどあんなーーあんな場面を見て、こうしないでいられるだろうか?
 
 
「玉澤か」
 
「玉澤だろ?」
ミーコが青ざめた。
「俊、知って・・・」
俊の顔はミーコの表情をみて、どんどん深刻になっていった。
「昨日、キミを驚かせようと迎えに来て・・・」
ミーコのタクシーを追ってしまった。
「キミが豊洲のマンションに入って、
1時間経っても、2時間経ってもでてこなくて、電話じゃ銀座なんて嘘つくし。
もう帰ろう、もう帰ろう、って思っても、その場を動けなくってさ。
そうしたら、1時間位してーー君がマンションから出て来た」
 
 
それから信じられない光景を見た。
ミーコを追ってマンションから出て来たのは、天敵/玉澤。
あろうことかふたりは抱き合って、キスをした。
俺のミーコと、玉澤が。
 
「なにかの間違いだよね?ミーコ?」
無言。
「ミーコ・・・説明して?俺に理解できるようにさあ、・・・説明してくれよ・・・」
怒りか哀しみかーミーコを信じたいと語りかける目が潤んでいる。
俊はそれを悟られまいと、のどの奥で涙を堪え、ハットで顔を半分隠す。
 
どうしようー。
いつも明るい俊に、こんな顔させてる。
でも、うまく説明することも、すっかり嘘をつく事もできない。
悪いのは全部私。
「玉澤に、誘われたのか!?あいつ、調子いいからな?」
「・・がうの。ちがうの。好き・・なの。玉澤さんに、わたし、抱かれたの」
その瞬間、俊の顔は完全に無表情になった。
哀しみも怒りも、軽蔑すらその顔から消えた。
「俊、お願い、説明させて」
「ミーコ。初めてキミをクラブで見たとき君の目が生きてるって思った。
生命力?躍動感?こんな世の中で、キミだけが僕のミューズだって思った。
キミと偶然再会して、運命だって思ったよ。正直で、まっすぐで、情熱的なところに、おれは心底惚れた。
欲望に忠実で嘘をつかない所が大好きだった」
「俊・・・」
「でも、・・・今回は、嘘をついて欲しかったな」
そういい席をたつ俊。
「俊、待って?おねがい、話をきいて?説明させて!?」
「なにも聞きたくない!」
俊の顔は真剣だった。
「キミからこぼれる言葉は、すべて嘘に聞こえる・・・」
「俊!」
最後にもう一度だけミーコを見つめると、カフェをでていった。
「俊・・・」
ミーコが俊を呼び止める言葉はむなしく宙に浮き、もうどこへも届かなかった。
 
 
 
///////
成田空港
 
ハルナがハワイから帰国した。
成田に到着すると、すぐに純保に電話をかけてみる。
しかし留守電になってしまった。
(仕事中かな?)
早く先輩に会いたい。
 
きゃわいくはしゃぐ先輩・・・。
 
かっこいい先輩・・・。
 
 
何度かコールするが、やはり留守電のままだ。
ハワイでは、結局wifiの調子は悪いままで、一度電話で話したきりだった。
ボクサーショーツ、マカダミアナッツ、ハワイアンキルト・・・お土産もたくさん買った。
かわいくてもかっこよくても、どっちでもいいから、早く会いたいよお!
 
到着ゲートを出ると、ハルナを突然、無数のフラッシュが襲った。
「ハルナさーん、伊藤さんの件でコメントいただけますか?」
「もう伊藤さんとお話されましたか?」
フラッシュの光にようやく目がなれると、目の前にいたのは、マイクをこちらにむける無数の芸能レポーターだった。
「な、なんなんですか?」
え?伊藤さんって言った?先輩になにかあったの?
・・・付き合ってるのは周知の事実だし。
まだプロポーズはされてないし?むふ。
 
「東京PMスポーツです、コメントを下さい、ハルナさん」
「えっと?・・・あの、よくわからないんですが、なんのことでしょう?」
「今回2度目のスキャンダルですよね?しかもハルナさんとお付き合いしているうえでの。」
「は?スキャンダル?」
 
 
ざわ…ざわ…ざわ…
スキャン
ダ?
る?
スキャンダル?
 
記者のひとりが、きょとんとしたハルナにとどめの一発を刺す。
「伊藤さんが女性のマンションから出てくるところを撮られたんですよ!」
「えええええ!!!!!!」
ハルナはその場でめまいを起こし倒れた。
 
 
この日から、プチテレビの株価は一気に下落してゆく。
サイパー.comは、機を見るに敏で、株を大量に買いに走る。
あっという間に敵対的TOBを成立させる寸前まで買い占めていた。
それは子鹿を狙うジャッカルのような、ペンギンを狙うホッキョクグマのような、はたまた笹の葉を食べるパンダのような、容赦のない動きだった。
 
ー20話につづくー
 
 

アナウンサー!春物語 第19話 前編

2013-08-30 00:00:00 | アナ春

豊洲の玉澤のマンション。

泣きつかれたミーコを乾いた服に着替えさせココアを飲ませる。

なんとか落ちつきを取り戻したようだが、その後もミーコは無口だった。

 

ベッドルームに寝かせ、玉澤はデスクに行きPCを開いた。

ニューヨークから来たシュウコのメールを再読する。

 ------------------

差出人:Shuko Ariga

件名:Re:愛の住所

玉澤さん

なかなかメールを打つ暇がなくて返信が遅くなりました。ごめんなさい。

住所ありがとう。近いうちに行ってきますね。 

ところで、私がすぐに返信できなかったのには理由があるの。

こんな話信じてくれるかわからないけど。

空港についてすぐ、私は軟禁されました。

驚いた?でも詳細は割愛させて。長くなるし、とりあえず危険な事はなかったし、これから話す事の方が重要だから。

私はある屋敷に連れて行かれ、Mr.Hと名乗る、30歳くらいの男に会ったわ。

彼が何者なのかは、さっぱりわからない。でも変な人じゃなさそう。

その男の話だと、サイパー.comの紀村俊が、プチテレビを買収しようと暗躍しているっていうの。

先月からすごい勢いで、かなりの株を取得してるらしいわ。

やりくちが強引で、それに反感をもつ株主から情報が漏れ始めてるとも聞いた。

だけど寝耳に水よね?なにか知ってる?

あなたが社長に就任して以降、株価は高値で安定してるでしょう?

だからここ1,2週間は動きが止まってるらしいんだけどね。

…わたし、サイパーってのが気になるわ。

ただの企業買収というより、あなたへの恨みっていうか…あんなことがあったし…。

勿論、そう思われる原因はあなた、っていうかプチにもあるから、紀村の気持ちもわかるんだけど。女の執念より、ひょっとしたら男の執念の方が怖いんじゃないかなって。

それがパワー、、あー、この場合お金?を持つ男なら、なおさら。パワーと恨みが重なると最悪よね…。

鵜呑みにするわけじゃないけど、すごく気になるの。

 

それでね。

うちの事業部に紀村の彼女がいるの、知ってる?

まさかとは思うけど、紀村のスパイ…なんてね?

黄桜君の彼女の部下よ、ちょっと話聞いてみたほうがいいかも?

それじゃ、私はCNNと会食に行かなきゃいけないから、このへんで。

ニューヨーク、暑い!でも、毎日exciting!

後押ししてくれて感謝してます。それじゃ。

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玉澤は2度メールを読み返すと、PCをシャットダウンした。

メールは少し前に来ていたのだが、

シュウコの新しいドメインが迷惑メールに設定されていて何日か気がつかなかった。

さっきスイスから帰ってきてメールチェックをしたとき、やっと気が付いた。

 

なかなか混乱する内容だ。

 

そこに来てさっきの賛成の電話。

 

 (なめちゃ、だめだな)

即、調査せねば。 

 

玉澤はーーミーコのさきほどの取り乱しが、まさかメールを盗み見した事と関連しているとは露ほども思っていない。

 

(女の子は気まぐれだからホルモンのバランスで不機嫌なのかな?)

猫の目のようにクルクル変わる女心が、実は玉澤の大好物でもある。

彼は現代のドンファンなのだ。

 

…しかし女慣れしすぎた結果、本意に気がつかない、結局は女心に疎い玉澤なのだった。

 

///////

ダンススクール

 

右太郎と龍ヶ崎の対談が放送された次の日。

サヤ子は、右太郎が趣味で通っているダンススクールに寄った。

趣味とはいえ右太郎は有名なダンサーに、個人的なレッスンを受けている。

この日サヤコは初めて、右太郎のダンスを生で見た。

その躍動感あふれる動きと生き生きとした表情に驚いた。

この日はプロ級のダンサーと共にレッスンを受けていたのだが、

その面々も、一体どれが先生だか分からない位の、ダンスやくざぶりだった。

この人はアナウンサー。

だけど、進む道をまちがえてるんじゃないかしら?

サヤ子ですらそう思ってしまうほどの色気が、

ダンスをしている右太郎にはあった。

リズムにのり激しいダンスを踊る滑らかな肢体。

古代ローマ彫刻の創作物かと思うほどに美しい。

いつも間近で右太郎を見て…いや、見て、どころか、サヤ子はその筋肉に直に触れてさえいるのに、踊る右太郎は別人のようにセクシーだ。

飛び散る汗がきらきらと弾け、サヤ子は思わずその汗を一粒一粒キャッチしたい衝動にかられる。

(いや、キャッチはしなくていいわね…汗は汗…)

まだ正気を保っているサヤ子だ。

 

ダンスは続く。

右太郎が、最近伸ばしている前髪をかきあげたその時ー

サヤ子は再び、右太郎に青く強く深くフォーリンラブした。

(右太郎・・・好き!)

しかしーー

最後のポーズ、ジャンプして床に着地したその瞬間ー、

右太郎の顔に苦痛の表情が浮かんだ。

「っう!」

これか?レイの言っていた、膝の後遺症ー。

 

サヤ子は右太郎の表情から痛みを想像すると、もう見ていられなくて、

ロビーのソファに腰掛けて右太郎を待った。

 

 

レッスンを終えた右太郎がロビーにやってきた。

「サヤちゃん、来てたの」

汗びっしょりだ.

「うん。初めて見た、真剣に踊ってるところ。」

「惚れなおしたでしょ?」

「まあね・・・」

すると、指導していたダンサーがこちらに来た。

「ウタ、次のレッスン、11日でいいか?」

「あー、南原先生、その日はやめとく。サヤちゃんの誕生日だしね」

南原先生と呼ばれたのは、先ほどスタジオで最も高度な技術を披露していた人だった。

「そうか、じゃあ連絡して。」

南原先生はスタジオに戻った。

「ねえ、私はいいわよ?レッスンしてから食事にいきましょうよ」

「ん、でも、ちょっとな…」

右太郎は自分の膝を見ながらつぶやいた。

「膝…かなり、痛い?」

「え。サヤちゃん、なんで膝の事知ってるの?」

「ごめんなさい、レイさんに聞いたの。膝の怪我、後遺症が残ってるって教えてくれた。

ねえ、もう一度一緒に検査受けましょう?私の知人にもたくさんいるわ、いい医者…」

「・・・行ったよ。女子医大にも、慶応病院にも、いいと言われてるとこにはいったよ。

なかなか複雑らしくてね。ヘタに手術すると、もっと悪くなるかもって。

いいんだ。別にプロになるわけじゃないし?」

悲しそうな笑顔だ。

こんなに踊れる人が、今後踊れなくなるとしたらなんて悲しいことだろう。

「最近は結構、痛むんだ。とくにムーンウォークは・・・・」

「だから昨日もしなかったの?」

「え、…見たの?」

昨日の龍ヶ崎との対談。サヤ子も見ていた。

対談の最後、右太郎は龍ヶ崎にムーンウォークをみせろとせがまれたが断固拒否した。

「別に?あれは膝、関係ない。ただ踊りたい気分じゃなかった」

「先生、見たかったっていってたわよ?」

「えっ」

「サヤちゃん、龍ヶ崎と、連絡、まだ、とりあってる、の?」

「え?ええ…」

だって先生は先生だから…。

別れたから連絡を無視するなど、サヤ子の考えには全くなかった。

しかしそれが右太郎には面白くないようだ。

たしかにそれが一般論かもしれない。別れた男とは連絡を絶つーー?

「ふうん。シャワー浴びてくるっ」

タオルをとり、シャワー室へ向かう右太郎。

「ウタ!…私が先生と、連絡とるの、いや?」

「…べつに全然。そんなこと気にしないし」

 そういい背中をむけるが、またすぐに踵を返してこちらに戻ってきてサヤ子に接近する。

「うそ。絶対いや。連絡とられんのいや。やめて、サーヤ」

「わか…った」

「こんどやったらお仕置きだよ?」

かわいいウタがいきなり男らしく強引になる。

サヤ子はこれに遭遇するたび、感電したかのように体の奥がじんと痺れる。

年下のくせに、わたしをこんなに惑わすなんて…。

かわいいとかっこいいを行ったり来たりするウタに、サヤ子はもう首ったけなのだ。

 

 

 

そんな強気な発言をキメた右太郎はしかし、内心ビクビクしていた。

初めて会った、サヤ子の元旦那。

龍ヶ崎光志。

インタビュー自体はそつなくできた。

視聴率もよかった。

プロの自覚がある二人が、公衆の面前で隙を見せるわけがない。

しかし、龍ヶ崎の圧倒的な存在感におされるとともに、右太郎の脳裏にはどうしてもサヤ子の旦那だった過去がちらついた。

この男にサヤ子は抱かれてたんだ。

この胸に、腕に、指に、唇に。

龍ヶ崎の話や仕草からは,自信に裏付けられた強引さが感じられた。

—それは龍ヶ崎を恋敵と見てしまう右太郎の勝手な解釈で、

多分”カリスマ性がある”という言葉が適切なのだろうが。

その強引さは右太郎には持ち得ないもので、多分サヤ子は、この男のこういう部分に衝動を感じるんだろうな、と、生の龍ヶ崎に向き合う事で、わかってしまった。

こいつがサヤ子の好きなタイプの集大成なんだーきっと。

「ムーンウォーク、見せてくださいよ」

龍ヶ崎は軽くいうが、なんだか、いやだった。

こんな気持ちじゃ、ダンスはうまくおどれないー。

「すみません、ちょっとオシてるんで!」

思わず拒否してしまった。

だが拒否してしまったことで,結局は自分の子供っぽさを露見してしまう感じになったな、と今更悔やむ。

本番が終わり、スタジオを出る時、龍ヶ崎が右太郎に近寄って小声でつぶやいた。

「・・・俺、まだサヤ子にのぼせてるんですよ」

「・・・・・・」

何も言い返せなかった。

おれ、龍ヶ崎に、ビビってる。

自信もてよ、俺。

いまサヤ子と付き合ってるのは、俺なんだぞ?!

浴びていたシャワーを冷水にする。

(ああ、俺だってサヤ子にお熱だよ。インフルエンザ並みに高熱で、しかもずっと下がらないときている。

でも、ねえ、サヤちゃん?君はどうなの?正直いま、何度くらい?)

男女の想いは常に均等ではない。

でも、できればサヤちゃんと、恋愛の温度が同じくらいだといいな。

冷水を浴び身体を覚ましながらも、どうしても覚めない熱を心に宿し、強く願う右太郎だった。

 

 

///////////////////

プチテレビ、事業局。

ミーコは体調が優れないため午前半休をとり、午後から出社した。

昨日雨に濡れたのが原因か。

今日は早めに帰らせてもらおう。

 

ハルナはまだハワイで、この際思い切ってレイに相談してみようかとも思った。

しかし挙式の準備で残業を控えているレイはいつにもまして忙しそうで、

話しかけるタイミングがなかった。

しかしなんとか勇気を出してレイのデスクにいく。

「どうしたの?ミーコ。顔色があまり良くないわね」

PCに向かいながらレイがミーコを見て言う。

「はい、なんだか・・・」

「うん?どうした?なにかあった?」

その時受付から呼び出しの電話が鳴った。

レイが受話器を取る。

「はい、はい。え?あ、はい」

電話をきったレイの表情が少しこわばっていた。

「ミーコ、受付にお客様」

「どなたですか?」

「・・・紀村さん」

「え・・・」

二度と足を踏み入れたくないであろう、プチテレビの受付に、俊が来ている。

ミーコの表情が堅くなった。

 

//////

クリスタルベリクリニック

 

サヤコは院長に頼んで右太郎のカルテを見せてもらう。

 

膝・・・。

 

かなり難しい手術が必要な事は、専門ではないサヤ子がみても明らかだった。

外国にならいるかもしれない。スポーツ医学の権威とかーー

誰かに相談をしたい。

「ねえ、今日の午後の予約、どうなってる?」

看護士に訊く。

「今日は、16時までは予約は入っていません」

「・・・ちょっと出てくるわ?」

サヤ子は白衣をぬぐと右太郎のレントゲンやカルテ一式をまとめ、病院を出た。

するとー

玄関を出た道に、ど派手なコルベットが止まっていた。

それはーー

 

「サヤ子、乗って」

 

ーー龍ヶ崎光志だった。

 

 

-19話後編につづく-

 

 

 


アナウンサー!春物語 第18話 後編

2013-08-24 21:30:00 | アナ春

賛成のマンション。

 

夕食を終え、レイが食器を洗い始めると賛成がふいに後ろから抱きしめてきた。

「貸して。僕が洗うよ。」

「大丈夫よ、たいした量じゃないし。」

賛成はレイの左肩に顔をのっけて腕をまわし、スポンジをレイの手から離すと、

自分の手で洗剤のついたレイの手を擦って水で洗い流した。

その手をレイがきゅっと握り返す。

レイが顔を左側に少し向け賛成を見つめ微笑むと、

唇と唇が自然に近づいてふたりは目を閉じくちびるをあわせた。

 

蛇口から流れる水の音だけが響く。

 

ほんの5秒ほど、この一瞬のひとつひとつが、永遠にきらめき、

生きる力になる事をレイはわかっていた。本能的に。

万が一、賛成と離れる時が来てもーー

 

唇を離す。

「賛成、ありがとう。」

「お皿くらい、」

「私を好きになってくれて、ありがとう。」

「レイ・・・」 

「ほらほら、社長に連絡するんでしょ?その間にお皿洗っちゃうから。仕事終わらせて?」

賛成がまたキスをしようとするから、レイは仕切る。

「んー。わかった、電話してくるよ。レイはしっかり者の奥さんになるね?ーー今度、食洗機も買わなきゃな?」

「うん」

賛成はリビングに戻りソファに腰掛けると、玉澤にコールした。

今度は2コールめで電話に出た。

『おう、どうした?賛成』

Jから聞いた話をあらいざらい話した。

紀村が敵対的TOBを進行中だと話すと、一瞬妙な間があったものの大して驚いていないように感じた。 

『とにかく明日ラジオ・プチにもヒアリングしてみるよ。』

「お願いします。ところで玉澤さん、今、どこですか?なんか後ろ、うるさいですけど」

『あ?近所のスーパーだよ。閉店間際のタイムセールでうるさいんだ。』

「スーパー?へえ・・・。長いフライトでお疲れのところ、遅くにすみませんでした。」

「ああ」

電話を切った。

スーパーか。

 

 

「社長、つかまった?」

食器を洗い終えたレイが賛成の隣に腰掛けた。

「うん、話できた。でもなんか今、スーパーだって。んー、彼女でもできたかな?」

「えっ?彼女?!」

「ああ、玉さんってね、普段は全然料理しないんだけど、彼女ができると凝ったもの作り出すんだよ」

「彼女、ねえ・・・」

ミーコ、だよね。

「あのひと女の子には基本的にマメなんだけどさ、遊びと本命の違いはそこ。

料理ふるまうかふるまわないか!」

「ふうん。ふうーん。」

レイは返答に困り、目の前のテーブルにあったリモコンを押しテレビをつけた。

プチテレビにチャンネルを合わせると、

丁度、右太郎のニュース22が始まる所だった。

張本右太郎は今日も感じ良く、真夏の熱中症対策について伝えている。

「そういえばこの前、うーたんの彼女が会いに来たのよ。」

「彼女?」

できたのか。それでレイを吹っ切ったのか?

「そう。ほら、うちのアナ達が御用達にしてるクリニックがあるでしょ?クリスタルベリ。

あそこに最近来たお医者様なの。サヤ子さんって、きれいなひとよ」 

——あれからふたりはうまくやっているだろうか。

画面の右太郎を見るレイの肩を、賛成が抱きよせた。

「今日帰り、会ったよ。・・・ウタ」

「ウタ?ふふ、なあに、その呼び方」

「仲直りしたんだよ、俺たち。ウタに・・・レイを頼むって言われた。

俺が言うのもへんだけど、って」

「頼む、かぁ。そういうこと言うんだね」

それはテレビの右太郎とは違う一面。

レイの知っているうーたんとも違う一面。

人間にはいろんな面がある。成長ともいえよう。

賛成がレイの肩を抱いたまま訊く。

「ねえ、レイはウタのどんな所が好きだった?聞かない方がいいのかな、こういうこと。

でもレイの好きな人ってどんな人なんだろうって・・・知りたいんだ。俺、変かな?」

ものうげにレイをみつめる賛成。

アンニュイな眼差しはかわらずレイを惹きつけるーー。

「——うん、たしかに、変かも・・・」

過去の恋人の好きだった所。

普通はそんなこと、言わない方がいいだろう。

でも賛成がとても真剣な表情だから、レイは真剣に考えて答えた。

「そうね。ウタの、どんな所かな。・・・気分屋だけど、決めた事は絶対やり遂げる所。

芯が強くて大事なことを譲らない所。好きって思ったものには一直線な所。そういう所が好きだったな。」

「ふうん」

賛成は自分で聞いてきたくせに、面白くなさそうな表情を浮かべていた。

「そして・・・私の好きな人は、ちょっとナイーブだけど人の気持ちを理解しようと一生懸命で、

恋人の元カレが事故にあったら夜中でも車で送ってくれて、

お皿を洗うのを変わってくれようとする人・・・」

賛成の肩にもたれた。

肩を抱いていた賛成の手がレイの髪に移動し、優しくなでる。

「レイ・・・。レイ・・・言葉が見つからないな。

僕はね、レイの事が好きすぎて、おかしくなりそうだよ」

もう一方の手をレイの前髪にのばした。

前髪を指でもてあそぶと額を少し出してそこにキスをした。

レイの髪からうっすらと花の香りがして、肌から立つ彼女自身の香りと混ざりあう。

大好きな匂い。

何度も吸い込んでいるから、それはもう賛成のものになっていて

懐かしくやすらかな気持ちにさせていた。

 

賛成の香りもまた、レイに安らぎを与えている。

ふたりの香りは交じり合って、やがてひとつの香りになるのだろう。

きっと長い年月をかけて。

「——レイ、寝室いく?」

「うん・・・」

テレビを消そうとすると、画面の右太郎の顔が引きつっていた。

視聴者には分からないレベルだろうが、長年見て来たレイには一目瞭然だ。

「ちょっと、待って・・・」

コーナーは”旬感Just a feeling”、ゲストのコーナーだ。 

 

”それでは、今日のゲストをお招きします。

美容整形の意識改革に始まり、現在では飲食、不動産、介護など

幅広く事業を拡げているギャラクシーグループ代表、

”先の見えない時代の代弁者”、龍ヶ崎光志さんです。お入りください!”

 

「え、この人って」

「どうした?」

賛成が問いかける。

「あの、この龍ヶ崎ってひと、うーたんの彼女の、元、旦那なの・・・」
 
「え・・・」これが?
 
画面では龍ヶ崎というその男が拍手とともに右太郎の前に座った。

”どおも、龍ヶ崎です。”

ミステリアスで自信満々な感じの男。

そして右太郎の目は挑発的に彼に向けられていた。

 

「大丈夫かな。」

「なんかウタくん、表情が固まってる?」

賛成とレイが心配になるレベル。

 

 

「——笑顔がぎこちないね」

「うん・・・いっぱいぴいっぱいだね」

20分のコーナー、生放送。

ハラハラしながら,賛成とレイは結局最後まで見守ってしまった。

 

 

 

//////

玉澤のマンション。

キッチンの椅子に座る玉澤の太ももの上にちょこんと腰掛けたミーコは

耳を唇で塞がれると、そのままひょいと抱きかかえられ、

隣室のリビングのソファに運ばれた。

スイス出張中お互いを確認し合えなかった分、待ちきれずに、

ふたりは急くように激しく抱き合う。

「ミー、逢いたかった。ミーは?」、「いないあいだ、いい子にしてた?」

矢継ぎ早に色々と問いかけられるのだけれど、

玉澤のその唇がミーコの耳から首筋をつたってどんどん下がってくるものだから、

ミーコは漏れる吐息以外なにも言葉を発する事が出来ない。

 

玉澤もそれをわかっているから、何も答えられないミーコを弄ぶかのように

次々質問を浴びせている。

 

唇の動きを止めるつもりなんて毛頭ないのだ。

 

「ミー、どうなの?答えられないの?」

「や・・わた・・・ッ」

答えようとするやいなや,ミーコの全部を知っている玉澤は、

言葉を失わせる一番効果的な方法でその言語を奪ってしまう。

 

やがて玉澤の言葉もなくなり、ふたりはただお互いに集中した。

 

ベッドにふとり寝そべるミーコ。 

チーズフォンデュに使うナツメグを買い忘れた、と言って玉澤はスーパーに向かった。

ナツメグなんていい、というミーコの言葉を背に、

シャツとジーンズをさっと身につけサイフだけ持ってマンションを出る。

男の料理ほど細かい事に拘る。

 

ミーコは起き上がると、着てきたワンピースをするりと身に纏った。

リビングの端にはデスクがあり、玉澤が仕事で使う資料が少しと、PCがおかれている。

そこに小さな壁掛けのミラーがあった。

自分の顔色を確認したくなり(熱くてきっと赤くなってる)、デスクに近寄った。

 

ミラーを覗くと肌はなめらかに、瞳は黒く光っていた。

愛する男に抱かれるってこういう事なのね

・・・自分の美しさに見とれてしまう。

ふと首筋に目をやると、たった今玉澤のつけたしるしがあった。

これはずっと消えなくてもいい。でも明日はスカーフを巻いていこう・・・。

 

そのとき、デスクのパソコンのマウスに手が触れた。

パソコンは起動しっぱなしだったようだ。画面が表示された。

メールボックスの受信メール一覧が表示されている。

 

差出人:Shuko Ariga

件名 :Re:愛の住所

 

 

有賀シュウコ・・・。室長・・・。

ニューヨークに行ったシュウコ室長と玉澤の関係はミーコも知っていた。

社員で知らないものはいないだろう。噂では結婚も考えていたとか。

いや、過去の話で、玉澤がニューヨークから帰って来てからは復縁していないはずだ。

(でも、もしかしてまだ切れてないのかもしれない。

だいたいこの件名は何なの?愛の住所って?)

 

猛烈に気になる。 

メールは既読だった。

開いても、ばれない。

 

魔が差した。

 

ミーコはメールをクリックした。

 

 

(まさか・・・・そんな・・・・・)

メールを読んだミーコの表情が青ざめる。

 

その時、玄関が開く音がした。玉澤が帰って来たのだ。

急いでパソコンを閉じる。

玉澤はリビングに入ってきた。

「ミー、ハーゲンダッツ買ったよ。あとでお風呂で食べよう、・・・どうした?」

「べつに」

玉澤はキッチンに戻ると冷凍庫にアイスを入れながら話し続ける。 

「なあ、ミー、・・・紀村クンと、最近会ってる?」

「わたし帰る」

「え?どうした?」

「すみません、帰ります!」

ミーコは取るものも取らず、部屋を飛び出した。

「ミー?!」

背後から玉澤の声が聞こえた。

 

・ 

 

外に出ると雨が降っていた。

濡れる事も気にせずにフラフラと歩き始めた。

(俊が、プチを、買収・・・?)

 

”会社をやめてくれ””ベッキンガムは見送りだ。20億必要になった”

いくつかの俊の言葉がフラッシュバックする。

 

ーとにかくサイパーはかなりの株を買ってるわ。その気になればTOBが成立するー

ー紀村俊と個人的に付き合っているうちの社員にきいてみたらどうかしら?ー

ーたしか事業局にいたでしょう、知っていても本当の事を話すかはわからないけどー

 

今読んだシュウコ室長からのメールにふたたび混乱した。 

(ああ!社長が私に近づいたのは、俊の事を調べるためなの・・・?!そんな・・・!)

 マンションのエントランスから外に出て、行く方向も分からずにふらふらと歩き始めた。後ろから自分を呼ぶ声がする。

 玉澤が後を追って来たのだ。

 

ミーコは走ろうとするが力が入らなかった。

涙が流れていて目の前もよく見えない。

すぐに玉澤に追いつかれると、腕を掴まれた。

「どうしたんだよ突然・・・!」

「や!放して!」

泣きじゃくっているミーコ。

「だめだ!離さない!」

玉澤がミーコを抱きしめる。

ミーコは必死にその腕から離れようと抵抗するが、力が抜け、大きな腕の中におさまってしまった。

「おちついて、ミー」

背中をさする。

「わけのわからない状態のコを帰らせるわけにはいかないよ?

だいたいキチンと服も着てない,雨も降ってる」

ミーコは背中をさすられながら徐々に落ち着いてきた。

「どうしたんだ?びっくりしたじゃないか?」

「・・・」

雨が二人を濡らしてゆく。

「ねえ」

ミーコは顔をあげると、玉澤を見つめた。

「・・・わたしのこと、・・・好き?」

「どうした?」

「ねえ、好き?」

玉澤の黒い瞳がミーコを見つめ返す。

「好きだよ」

「・・・キスして」

玉澤は臆せず、ミーコのほっぺたを両方の手のひらで包みこむと唇と唇を重ねた。

「中、入ろう」

ミーコはこくんと頷き、ふたりは部屋に戻った。

 

 

同時に、マンションの向かいにずっと止まっていた黒塗りの車がエンジンをかけ、その場から去っていった。

 

 

///////

六本木

 

シュウコの部屋はミッドタウンからすぐの乃木坂だという。

雨は小雨になり、濡れたままの二人は腕をからめたまま、言葉少なに歩いた。

空を見あげると黒い雨雲はじきに去りそうだった。

雲の切れ間には綺麗な夕焼けが少し見えはじめ、純保を少しだけ憂鬱な気分にさせる。

 

いっそ夜になってしまえば、うんと気が楽なのに。

せめて小雨だけは、もう少し止まないで欲しい。

それはきっと、・・・罪悪感から来るいいわけ。

 

純保はそれが罪だと気がついているけど、今この瞬間だけは

この雨のように流されてしまいたいとも思っている。

 

 

マンションに着くとエレベータに乗り3階で降りた。

シュウコがクラッチ・バッグに手を入れ部屋の鍵を探す。しかし純保はその時間すらもどかしい。

玄関が開き中に入ると、ドアが閉まる音と同時に靴を脱ぐ間もなく、

純保はシュウコをうしろから抱きすくめた。

強い力で腰に両腕をまわしシュウコの左頬に自分の右頬をつける。

「・・シュウコちゃん」

「純、クン・・・」

シュウコは、頬に、腰に、背中に、ぴたりとくっつく純保の、熱い体温を感じている。

「わたし、すごく、熱い」

「・・・こんなに、びしょ濡れなのに?」

純保の濡れたシャツがシュウコのむき出しの肩に張り付き、

その薄い生地一枚がシュウコには邪魔でたまらない。

はやくじかに感じたい、純保をーー。

(そう伝えたいけど、どうすればいいのかな・・・。あ・・・)

シュウコは自分の腰にまわされている純保のたくましい白い腕に、

そっと自分の指をはわせた。

そうして純保の左手の指を、自分の頬まで持ってゆくと、

今度は純保の意思でその指が動きだし、シュウコの唇をなぞり始めた。

もう一方の腰にまわされているほうの腕に、ぐっと力が入るのがシュウコに伝わる。

シュウコはもう、どうにかなりそうだった。

 

唇におかれた純保の指はシュウコの下唇から上唇をゆっくりとなぞりはじめる。

何度目かに人差し指が下唇に触れると、次は舌先をさがして口の中に入って来たー。

指。

ああ、わたし、もう——

そう思った瞬間、シュウコはふわりと空中に浮いていた。

純保に持ち上げられているのだ、軽々と。

「あ、純クン、靴、ぬぐ・・」

「いいから」

 

純保は自分の靴だけを脱ぐと、シュウコを抱きかかえそのまま部屋に入り

ベッドにポンとほおり出した。

ベッドに横たわったシュウコの足の方に腰掛けると、

ピンクのヒールを片足ずつ脱がせてゆく。

 

左足のヒールを脱がせると、汚れないよう横向きでラグの上に置いた。

右足も同じように脱がせると、今度はそのまま細い足首を掴む。

その手を、徐々に上に這わせてゆくー。

ゆっくりとゆっくりと、すねからふくらはぎ、そして膝へと。

 

ベッドの上で仰向けになっているシュウコは、純保にされるがままだ。

視界に入る天井のライトがーそれはお気に入りの、ちいさなシャンデリア風の照明なのだけど―風もないのにキラキラと揺らめいてとてもきれいだ。

ふと視線を下にすると、純保がちょうどこちらを見ていて目が合った。

 

その眼差しに、さらに、感じた。

「純クン・・・」

「シッ」

イタズラっぽく笑う顔。

シュウコは体の芯が、今日何度目かに熱くなるのを感じた。

(純クンって、意外)

正直、私はかっこいい男の子に弱い。けっこう、惚れっぽいかも。

だって男の子は、かっこよくても・・・かわいい。

私の、ひとつふたつの言葉でその気になって、すぐに追ってくるから。

いつも誘ってる訳じゃない。でも、このコ!と思ったらがんばる。

 

伊藤純保。

 

初めて会ったときから、わたし、どうしても彼が欲しかった。

だけど仕掛けたつもりだったのに、このヒョウみたいな眼差しは、計算外。

もしかして私が仕掛けられてる・・・?

 

(ああん、もーどっちでも、いいや)

また天井でシャンデリアの光りがきらめいた。

純保の右手は膝からその上の腿に到達して、シュウコの、より柔らかな場所を探し進んでゆく。

やっぱりヒョウみたい。貪欲に獲物を探す、ヒョウ。

純保の頭はもうシュウコのお腹のあたりにあって、

それを手でくしゃくしゃすると純保は「ん?」と一瞬我に返ってシュウコを見る。

その一瞬我に返る感じがたまらなくって、狂いそう。

シュウコはわざとまたくしゃくしゃする。

「なに?やめなよ」と言われるのだけど、キツい言葉とはうらはらに、こちらを見る表情がたまらない。

早く。

 

そんなことをしてるうちに純保の顔はシュウコの目の前まできた。

でもまだキスはくれないで、じらすように、肩や胸すれすれの、肌が露出している部分を唇で弄んでいる。

シュウコは目を閉じて純保の感触と温度を感じた。

でももう、限界ーー

 

そして純保の左手はついにシュウコの黒いベアトップを胸元からをゆっくりと下げようとした。

 

その時・・・。

 

純保のパンツの後ろポケットに入っている、携帯のバイブが鳴った。

 

アナウンサーなので緊急召集用に電源は切れない。

 

「純、クン・・・」

「・・・ごめ、ちょ、まっ、て」

純保も苦しそうだ。それでも携帯を見る。

着信、どこか分からない番号だがーー。

「もしもし・・・」

『ーーー・・ーーい?・・・い』

電波が悪い。とぎれとぎれにしかきこえない。誰だ?

『ーーぱい、純保先輩!ーーハルナです!』

 

 

ハルナ!

 

 

『先輩?きこえます?ハルナです。よかったー!やっと繋がった!

ホテルがwifi入りづらいうえに、部屋がダブルブッキングでばたばたしてました!

やっと繋がったー!!よかったーーー!!』

 

 

ハルナ・・・

 

 

『先輩?聞こえてます?もしもーし。もしもーし。あれ?なんかこれもだめかな?』

「きこえてるよ。」

『あー!やっと声きけたー!!あーん!!』

 

 

ハルナ・・・

 

 

『先輩?今日オフですか?』

「うん、・・・ハルナは?何してる?」

『それがね、さっき、ロケに行こうとホテル出たら、ペンギンがいたんですよ!

ハワイなのにペンギンですよ?すっごいかわいいの!先輩に見てほしい!

そう思ったらなんか淋しくなって・・・それで、お腹痛いって嘘ついて

wifi入るカフェに来ちゃったんです。えへ。」

「・・・だめじゃん。ちゃんと仕事しなきゃ。」

『そうですよね・・・すみません。後で画像送りますね・・・でもね、もうひとつだけいいですか?』

「な、なに?」ばれた?

ハルナは、一旦受話器から離れスピーカーをどこかに向けているようだった。

純保が耳を澄ませると、ハワイの植物をゆらす風の音が聞こえるような気がした。

そうして、なにか動物の鳴き声がした。

 

『アロハーっ!アロハーっ!』

 

ひっ!なんだっ?!

 

『きゃ!先輩、聞こえました?!オウムです。ずっとアロハアロハ言ってるんです。

フフフフ!これ聞かせたかったんですー!

あー・・・私は先輩に・・・会いたいです・・・』

 

ずっと前のめりに話していたハルナの声のトーンが突然低くなった。

後ろではまだ、オウムがアロハアロハ鳴いているのが聞こえる。

 

純保は何か大切なことを思い出した。

「ハルナ」

『はい?』

「ハルナ」

『はい!!』

「ハルナ」

『・・・先輩?』

「会いたいよ。いますぐ会いたいよ。」

『先輩・・・』

 

ハルナ、か。

シュウコは一気に恋の酔いから覚め、ベッドから起き上がった。

しばらく電話は続いた。

 「仕事、しっかりな?うん。わかった。・・・んだよ、いやだよ。

はいはいはい、じゃあ・・・・ペーン(笑)!・・・切るぞー。」

電話は終わった。

 

「純クンいまの」

「・・・ごめん。シュウコちゃん、行くね。」

「え」

「君は魅力的だから・・・夢は綺麗だから・・・。でも目が覚めたら、夢とはサヨナラしなくちゃ」

「・・・どうして」

「彼女なんだ、電話。・・・わかってたでしょ?最初から」

 「ハルナでしょ。わかってたよ・・・わかってた。

でも純クンだってわかってたでしょ?私がそれでもいいってーーー」

「シュウコちゃん」

言葉をさえぎられる。

「僕に、恋しないで。未来はないから」

「ひどい・・・」

(そんなこと分かってるよ。でも声にしなくていいじゃない・・・。)

「帰って・・・帰って!」

純保は、部屋を出た。

 

 

ひとりになったシュウコはベッドに横たわり天井を見つめる。

もうシャンデリアは綺麗じゃなかった。

ふと視線を落とすと、さっき純保が脱がせたハイヒールが転がっていた。

みじめだった。

「わかってたよ、最初から。それでも好きなんだ、もん・・・」

悔しいから、絶対に泣かない・・・。

 

 ・

 

純保はマンションを出てまた通りを歩く。

ギリギリのところで踏みとどまった。

ひとりの女の子を、酷く、傷つけて。

(俺・・・サイテーだな・・・ごめん、シュウコちゃん)

 

雨はまた強く降りはじめていた。 

 

 

ー第19話につづくー

 

 


アナウンサー!春物語 第18話 前編

2013-08-23 18:00:00 | アナ春

紀村俊はプチテレビの社員通用口が見える場所に車を止め、待ち人を待っていた。

(まだかな、ミーコ)

約束はしていないけれど、たまにはこんな不意打ちもいいだろう。

ゆりひよこ湾岸駅を通勤に使っているミーコは、俊の車に気が付くはずだ。

 

来週くる100日記念日の仕込みは、ほぼ完了していた。

念願の宇宙旅行は準備期間が短く実現できなかったが、

セブ島近くの小さな島を一つ買った。

なかなか良い所だ。

ハンモックでミーコとピナ・コラーダを飲みながら昼寝!最高だろう。

 

そんなことを考えていると、ミーコが社員通用口から出て来た。

俊は笑顔で車からミーコを呼ぼうとしたのだが・・・。

なぜかミーコは、駅とは逆の方向に向かっていった。

俊は声をかけるタイミングをのがし、そのままミーコを目で追った。

ミーコはタクシーを止め乗り込む。

俊は反射的にエンジンをかけると、アクセルを踏みこんだ。

タクシーを尾行する。

本能が、深追いするなと言っている。

それでも俊はアクセルを踏む足を緩める事ができない。

 

 

タクシーは、豊洲のタワーマンションの前に停まった。

俊はエントランスが見える少し離れた場所に車を停め、

車の中から様子をうかがった。

ミーコは慣れた様子でマンションの玄関で暗証番号を押し、

弾んだ足取りで中へ入って行く。

(……)

俊の脳裏に嫌な気持ちが蔓延した。

 

誰の家なんだろう。

社用だよな。

友人宅かな。

なんでもないさ。

沸き起こってくる疑念を、必死で否定するが、

考えても考えても或るひとつの疑惑に辿り着く。

しばらく 車の中でフリーズしていた俊は、

ふとスマフォを取り出すと、ミーコの番号を押した。

何度かコールが続いたあとミーコが電話に出た。

「もしもしミーコ?」

『…どうしたの?』

「おれいま、プチの近くにいて…いまミーコ、どこ?」

『…いま?ーー銀座。銀座の代理店で打ち合わせ。』

「銀座?銀座。終わるころ迎えに、行こう、か?」

『ううん、いい!たぶんそのまま会食になると思うの…』

「そ…っか、わかった。じゃ、あのさ…来週、大丈夫だよね?」

来週の、100日記念日。

僕らの記念日。

うん、大丈夫よ。

そう言うとミーコは——電話を切った。

俊は携帯を見ながら、おおきなため息をついた。

(ミーコが、嘘を、ついた)

(男ーーそんな!そんなことない!)

俊はもう一度大きくため息をつくと、ハンドルに顔を埋めた。

 

 

//////////

豊洲タワーマンション、玉澤の部屋。

 

「誰?」

玉澤はキッチンに立ち、バゲットをサイコロ状に切っていた。

「んー…」

ミーコは巧いこと返事ができなく、適当にごまかした。

ケータイをバッグにしまう。

バゲットを切り終えた玉澤は野菜をゆでるために特大のルクルーゼの鍋に水をたっぷりと注いた。

逞しい腕で大きな鍋を火にかけエプロンをとり、キッチンの椅子に腰かける。

「ミー、おいで」

玉澤が自分の太ももをポンポンと叩き、ミーコを呼んだ。

ミーコは言われるがままその頑丈な太ももの上にちょこんと腰かけた。

「ミー、心配しないで。いざとなったら、俺が紀村とハナシつけてやる」

玉澤には今の電話が何か、全部わかっている。

ハナシをつける…、それは、俊に全てを言うということに他ならない。

(でも私、どうしたいんだろう)

ミーコは玉澤と結ばれてからずっとそれについてー俊への気持ちー

考えることを放棄し夢の中で生きていた。いや、逃げていたのだ。

自分の膝の上でぼんやり空(くう)をみるミーコの頬に玉澤がそっと口づけた。

そのままくちびるはゆっくりと移動し、ミーコの耳へ辿り着く。

右耳を奪われたミーコはその柔らかな感触に陶酔し、ふたたび考えることから逃げだし、夢の世界にたゆたった。

 

////////

プチテレビ、副社長室。

黄桜賛成は毎日の習慣、東京経済新聞の夕刊-電子版‐に目を通していた。

内線が鳴る。

『副社長、東京経済新聞社の城之内さんがお見えです。お約束はないとの事ですが…。』

「城之内?…知らないな。」

『至急の件で、お会いしたいと…副社長とは旧知の仲だと…』

旧知?誰だろう。

賛成はいぶかしく思ったものの、東経新聞ならまあ大丈夫だろうと、秘書に面会を許可した。

秘書が客を案内し、副社長室をノックする。

扉があくと、そこには…

 

「城之内です!ははは!驚いたか?」

懇親会で再会した、Jだ。

「っだよ!城之内って!…そういやJ、そんな名前だったかな?

なに、おまえ東経新聞なの?!」

あのJが…。

あの社会勢力と相容れなかったJが…。

「東京経済新聞社、文化部記者の城之内彰(じょうのうち・あきら)です。

よろしくおねがいします、黄桜副社長!」

わざと敬語で名刺を差し出してきた。

懇親会ではたいして話す時間もなく、彼の勤め先すら訊いていなかった事を思い出す。

「お前が新聞社か」

「ふ、意外、か?」

賛成はJとした数々の悪さを思い出す…。

 ・

服社長室のソファに向かいあって座るJと賛成。

「それじゃこないだの懇親会も東経の取材か?」

「ああ、韓国のエンタメビジネスの取材の一環だよ。まさか賛成がいるとは思わなかったけど。」

お互い、不良時代のまま時が止まっているのだ。

「あー、賛成、俺がわざわざ来たのは、な?」

コーヒーを一口のみ、Jが本題を切り出した。

「…うちの経済部の記者に気になること聞いてね?」

「気になること?」

「ああ。サイパーの紀村がプチの株を、大量に、しかも秘密裏に買い集めてる」

「…まさか?」

「ああ、まさかとは思うが…敵対的TOBかもしれない」

 

「にわかには信じがたいんだが。…これをみてくれ。」

Jが差し出したのはここ3か月のプチの株売買取引データだった。

「この資料は極秘なんでね、持ち出したのがバレるとオレの首が飛ぶ。」

「ジェ…城之内、そんな危険を冒してまで…」

「Jでいいよ賛成。まあ大丈夫だとは思うが、気を付けろ?

何が起こるかわかんねーぞ?用心に越したことはないだろ」

 

このプチを創業2年足らずの会社が買うなんて。

日本の常識ではありえない。

しかしJの言うとおり、市場論理からすればそれは不可能ではないのだ。

 

「すぐに調べるよ、…ありがとう。」

「よせよ、他人行儀だな?」

二人が互いにギャング時代を回想しているのは、明白だ。

 

”あの頃、オレたち怖いもの知らずだったよな…”

”ああ、後ろ指さされようと、楽しかった”

”おれたちには確かに絆があった”

”Jとやんちゃしてた頃は疑う余地なくオレの青春だよ”

青春時代の思い出を共有しているもの同志の無言の会話ーー。

 

「さ、そろそろ行かないと!」

Jはソファを立つと、またな、と言って部屋から出て行った。

 

 ・

 

賛成はJが置いていった極秘資料に目を通す。

なるほど、かなりのスピードで大量の株が既にサイパーに渡っているようだ。

これほどの資金力がサイパーにあるとは。

すぐに玉澤さんにしらせないと。

ケータイをならすが、応答がなく、留守電を残す。

賛成は思慮にふけった。

”敵対的TOB”——成立させるのは難しいだろう。

今のうちの株価、サイパーの資金、どう考えてもこれ以上買いを進めるのはムリだ。

とはいえ、予防策として出来る限りの事はしておくべきだろう。

賛成はいま副社長としての責任をひしひしと感じていた。

 

 

その時、賛成の電話が鳴った。

 

「もしもし?」 

『サンセイ?』

レイだ。

「レイ、いまなにしてる?」

『仕事が終わったから、ちょっと引き出物を見に和光に来てるの』

「そっか。言ってくれれば一緒に行ったのに?」

『ちょっと時間空いたから下見だけよ。ねえ、賛成、夕飯なにがいい?』

「そうだな、レイの作ったものなら何でもいいけどね」

『それじゃあわかんない~』

「えー、じゃあー。あれがいい、肉じゃが!」

『またー?私洋食とかも作れるよ?スコッチエッグとかどう?』

「あの肉じゃがのタマネギがしんなりしてるのが好きなんだよ。スコッチエッグって真ん中に卵が入ってるやつ?

『そーだよ。賛成好きそうだと思って』

「スキスキ!でもレイの方がスキだよ」

 

「あと、あれ作って。ポテトサラダ。リンゴが入ってるやつ。」

『わかったー。ほかにはー?』

「うーん、じゃあ、レイ!」

(—以下内容に重要情報は含まれないため、省略(ご自由に想像ください)—)

 

賛成は電話を切ると、PCを開きプチの株価をチェックした。

それから経営状態の確認をするため、常務など幾人かの中枢メンバーにもメールをいれた。

会社をしっかり運営しなくてはならない。レイの幸せのためにも。

 

 

 

////////////

六本木リステア

 

純保はリックオウエンスのシャツに着替えると、会計を済ませ、リステアを出た。 

夏の日は長い。

ようやく日暮れだ。

徐々に日没し、六本木の街は蒼く染まってゆく。

「わあ、まだ外は暑いね?」

シュウコは羽織っているカーディガンを脱いだ。

 

むき出しの肩があらわになる。ミニ丈のベアトップの黒いワンピース。

カーディガンをとってしまうと、シュウコの体を隠す布地は、ほんの少しだった。

「ほんと、蒸すね」

純保はそう言って冷静をよそおいつつも、となりを歩くシュウコに見入ってしまう。

 

うなじから背中、ワンピースの生地と肌の境界線をくるりとたどって、視線は胸元へと移動する。

胸元から鎖骨。鎖骨から首筋。そのまま半周して再びうなじに戻ると、また背中…むき出しの肩甲骨…。

永遠に終わらない知恵の輪。解けない愛のパズル。

 

 

日暮れとともに没していた純保の衝動が、再び地平線から顔を出すまでに、

たいした時間はかからなかったーー。

 

「純くん、このあと、どうする?」

「ん、ああー?どうしよっか?おなか、空いてる?」

シュウコが突然こちらを見るので、彼女の胸元を見ていた純保目線を悟られたかと、途端に気まずい気持ちになった。

この衝動を悟られないよう平静を装い、視線を必死にずらす。

その時、

 

 

 

ポツ

 

 

 

ポツ

 

 

 

 

雨だ。

 

 

空を見上げると灰色の雲がこちらに向かってきていた。

一粒、二粒、最初はポツリポツリと落ちていた雨粒は

あっという間に無数になり大粒の雨のしずくがコンクリートを一気に色濃く染めてゆく。

「まずいな、このままじゃ濡れねずみだ!シュウコちゃん、こっち!」

差し出す純保の手をシュウコは握り、二人は適当な軒先を目指し小走りで避難する。

しかし、すでにびしょ濡れだ。

「すごいね。バケツの底をひっくりかえしたみたいだ」

今日は夕立はないって、めざましテレビでアマタツが言ってたのに…

「純クンもびしょ濡れだね…」

シュウコが不意に純保の前髪に手を伸ばしてきた。

自然に正面からシュウコを見ることになる。

茶色い髪もアイラインをきれいに引いた顔も濡れ、無数の水滴が首筋を伝っている。

そうして粒は最後、彼女の胸元に吸い込まれてゆく。

これを見るなというほうが、無理だ。

純保の買ったばかりの薄手のシャツもびしょ濡れだった。

薄い生地は肌にピタリと張り付いている。

「私の家、この近くなの。このままじゃ、風邪ひいちゃうから…来る?」

…風邪、引けないしな。アナウンサーだし、俺。

「そうだ…ね」

小降りになってきた雨がまた二人を濡らす。

 

 

///////

ふたたびプチの副社長室

 

(レイの手料理っと)

賛成はPCを閉じ、副社長室を出た。

玉澤からの折り返しはない。もうスイスからは帰国していい時間だが——

後で携帯にまたかけてみるか。

 ・

賛成が一階に降りてゆくと、玄関口では張本右太郎が撮影中だった。

「張本さん、レモン、もうちょっと顔に近づけてください。

酸っぱい感じで。あ、いいですね!」

ああ、レモン。

ザ・テレビジョンか。

 

賛成は撮影を横目に通り過ぎる、と、背後から「キザ…!」と呼び止める声が聞こえた。

振り向くと、右太郎ががこちらに向かって歩いてくる。

ケンカ以来の再会だ。

 

「えっと…キザク…フ、副社長」

「ーー別に、黄桜でいいよ。」

 

「ああ、そう、、」

右太郎はとてもバツが悪そうだ。

「いや、副社長。これは仕事の話なんで…。

あのですね、変な外人に、といっても外資系証券マンなんですけどね?

株に——気を付けろって言われたんですよ。」

「え?株?」

「うちの株を大量に買い集めてる会社があるって」

「…それ、いつごろの話?」

賛成はこの奇妙なタイミングに嫌な予感がしていた。

「合衆国のころかな、ジョージって外人が教えてくれて」

「ジョージ?何者?」

「んー…なんだろ…」

右太郎の話は的を獲ないが、今日のJの話と妙にリンクする。

胸騒ぎがする。

険しい顔で考え込む黄桜をみて、張本が弁明を始めた。

「や!すぐ報告するつもりだったんですけど、誰に言うべきかとか、

そもそもその外人いま連絡取れないし、

迷ってるうちに今になっちゃった、ってゆーかぁ」

「わかった、情報は助かるよ。ありがとう。」

礼を言いその場を去ろうとした。

すると、

「黄桜!」

再び右太郎が声をかけてきた。今度は呼び捨てだ。

「え?」

「…悪かったよ。この前のこと。」

「俺も殴ったし、すまなかった。お互い様だ」

「まあ、そうだけど。ってゆーか。えっと、俺が言うの変なのわかって言っていいか?レイを、幸せにしてくれ!以上!」

「張本・・・」

右太郎の一生懸命さがじんじん伝わる。

「えっと、いまのは、会社とか関係ないから、黄桜って言わせてもらった!」

「フフ。うん、わかってるよ」

「ん。あ。じゃ、帰るとこ呼び止めて、すみませんでした、副社長!」

「おい!」

撮影にもどろうとする右太郎に、今度は賛成が声をかけた。

振り向く右太郎。

「俺もーー次から張本のこと、ウタって呼んでいいか?!」

 

「黄桜…お、おう!もちろんだよ!」

そうして賛成と右太郎は照れくさそうに笑い合った。

 

 

 ・

右太郎が撮影に戻ると、

この後の生放送「ニュース22」のスタッフが声をかけてきた。

「張本さん、すみません。今日の"旬感あなたにJust a feeling"のコーナーなんですが、

ゲストに予定していた宮崎監督が急遽NGになりまして…。」

「ああ、そうですか。コーナー自体とばします?小田原のオダちゃんの話ふくらませましょうか?」

「いえ、それがラッキーなことに以前からラブコールしていたゲストが、

今日なら都合がつくってアナウメできたんです。ビッグですよ。これゲストの資料です。

いやあ、災い転じて…とはこの事ですね。視聴率稼ぎましょう!じゃ!」

スタッフは右太郎にゲストの資料を渡し、現場に戻っていった。

一体だれだ、宮崎監督よりスタッフが興奮するゲストって。

 

右太郎は渡された資料をめくる。

ゲストは…

”ギャラクシーグループ代表 龍ヶ崎光志”

サヤ子の前夫だった。

 

‐第18話後編につづく−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


金曜サスペンス「名探偵マイケル~愛と嫉妬の京都鴨川納涼殺人事件~大文字焼きに消えた男」6

2013-08-23 11:00:00 | うよん JWY

ウーはロビーでマイコ―の連絡を待つ。

しかし、あの男…

 うむ…。

 

そうなのか、サリー?違うと言っておくれよ、サリー!

しかし、心の叫びとはウラハラに、ウーにはわかっていた。

 

100%黒。

 

ひゃくぱー、くろ

 

 

あいつがサリーの…パパだ。血縁のないほうの、な!ハハハ!ちゃんちゃらおかしいぜ!

 …頭に血が上る。

 いや、まて、俺。うーん。

カネだけだ。

俺が・あいつに・かなわないのは・カネだけだ。

 

サリーは高くつく女。湯水のように出費して贅沢三昧。

外車に乗れ、ダイアをくれ、って俺にもうるさく言ってくる。

でも惚れた弱みかな?今度は毛皮を買う。

 

俺だって結構稼いでる方だけど、

それじゃ足りないんだろ?

SASUGAにマンションは買ってやれない。

 

ちょっと心を落ち着けよう。

なに、ATMの残金的にはあの男に負けるかもしれないけど、

俺の方がかっこいいだろ?

それにこれから長い目で見てくれれば、オレの方が稼ぐぜ?

え?

そこまでカネカネ言っても、まだサリーに執着するのかって?

 

 

オーケー、認めよう、俺はサリーに…Zokkonラブだ。

 

よし、こうしてても仕方がない。

今夜かならずサリーを奪還する。

俺の部屋に連れて行く。

セーを付けるためにも、気分転換のためにも、ここで新聞読んでるよりちょっくらモーニングでも食べてくるぜ。

 

 

ウーはモントレーを後にすると、高木珈琲にいってリッチモーニング600円を食べた。

なかなかだった。

 

―つづく(つもりで書いている)―