Jは自宅に帰宅するとすぐにPCを広げ、堀辺創に関して調べ始める。
”堀辺創 31才
アメリカの巨大企業JYのオーナーのひとり息子
ニューヨーク在住 日系
ハーバード大学、ニューヨーク大学大学院。
現在オーナーの秘書、実質的な跡継ぎと目されている”
——ということは、堀辺の父親であるJYグループのオーナーも、堀辺という名の日系人なわけか?
Jは引き続きあらゆる検索と調査を繰り返す。
金持ちがしそうなこと。買いそうなもの。その会員情報。すべて。
しかしオーナーよりは緩いものの、創の情報もある程度のところまで来ると先に進まないのだ。
すぐに行き詰まった。
「ああ、なにかヒントは・・・?」
Jは頭を抱え、さっきみた堀辺創の残像を思い浮かべてみた。
九頭身
上半身
木漏れ日が似合う
少年隊カッちゃん風もいける、というかむしろ最高に似合う
すべてに共通すること?
そうだな、———天使のような、微笑み?
・・・。
「あ」
ひらめいた。
「寄付!」
富裕層といえば寄付!
PCの検索窓に”Unicef TSUKURU HORIBE”と打ち込みEnterを押す。
すると—
ビンゴだ。
「やりぃ!」
かなりの数のヒット数がでてきた。
そのなかから過去のユニセフ報告資料を読みはじめる。
・
堀辺は、ハーバード大学/ニューヨーク大学院時代を中心に
かなり頻繁にアフリカへボランティアへ行っていたようだ。
ユニセフ広報の膨大な資料のなかのとある年に、
世界のセレブたちと共に活動する写真や、
何年にも渡ってボランティアに参加している堀辺の活動をたたえる記事が掲載されていた。
以下がその記事である。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
Harvard University undergraduate Tsukuru Horibe (20) has always been the student with passions towards donations and volunteers.
What made him be interested in such activities?
“My father. I was an orphan, and my father was the one who adopted me, giving me so much love until today.
I have become to think that I want to do what I can as much as possible, and this led me to the volunteer in Africa.”
(ハーバード在学中の堀辺創さん(20)は以前から寄付やボランティア活動に積極的に参加してくれています。
ボランティアに興味を持つきっかけは何だったんでしょうか?
「父の影響ですね。僕は孤児なのですが、父に引き取られ、たくさんの愛情を注いでもらいました。
僕も自分の出来る限りの奉仕をしていきたい、と思い、今回のアフリカボランディアに参加しました」)
「orphan...」
孤児。堀辺創は、養子なのか。
孤児—養父—JYグループ—日系—…
しかしその先がプチテレビとつながらない。
結局ここまでか。
Jはため息をつき、タバコをくわえた。
「ん?」
ふと最後の写真に奇妙な引っ掛かりを覚え、再度、凝視してみる。
こ
これは…
ー拡大ー
!
「たたた玉澤社長…?!」
堀辺と玉澤に、接点があった?!
Jの目が爛々と輝いた。
記者だましいが炸裂した。
///////////////////
品川、サヤ子のマンション。
レイはベッドに横たわっていた。
眠りは一向に訪れない。
今夜何度目かの寝返りをうつ。
窓の隙間からは月光が差し込み、怖いほどに明るい夜だった。
昼も天気雨が降っていたが、夜になっても不安定な空模様で
満月は雲にその表情を支配され、顔をだしたり隠れたりを繰り返していた。
気が落ち着かないのはそのせいもあるだろう。
眠れなくても今が何時でも構わない。
起きていても眠っていても思い出すのは賛成の事だけだ。
それでも、夜の方が気が楽だった。闇はレイの気持ちと寄り添ってくれるから—。
賛成はいま、どこで何をしてるんだろう。
窓を打つ雨の音が聞こえ始め、徐々に大きくなってゆく。
ポツポツと窓にあたる雨音は一定のリズムで響き、
それがよい子守唄代わりになって、レイは少しずつまどろんできた。
「…レイ」
———夢を見た。
雨音に混ざって遠くから聞こえる声。
優しい、あたたかい、賛成の声が私を読んでいる
ーーーーーーーー
ここはどこだろう?
ふと、周りをみわたす。
初めてみる部屋にいた。
陽射しが射しこんで明るく部屋の片隅には古い暖炉があり、焚かれていた。
窓は白く曇っていた。外はとて寒そうだ。季節は冬なのだった。
そう、レイは買い物に行っていて今帰って来たばかり。
手袋をとり、コートを脱ぐ。
すると、レイこっちにおいで、と賛成に手を引かれた。
暖かい賛成の手が私の手を暖め—。
幸せに満ちている。
目を閉じて賛成のキスを待つ
ーーーーーーーーーーーーー
「レイ」
ポツ、ポツ、
レイ…、
コン、コン、
ポツ、ポツ…
雨音と扉をノックする音。
「レイ」
ああ、
夢ではない?
レイは目を開けた。
たしかに夢は見ていたが、今聞こえたその声は夢ではないようだ。
(そうだった、ここはサヤ子のマンションで私は今日ここに来たんだ)
目覚め,覚醒した。そして聞こえたのだ。
窓を打つ雨と音、玄関の扉を静かに叩く音、そして賛成の声。
コン、コン、…「レイ、いるの?」
賛成!
レイは静かに玄関の扉へ近づいた。
会いたい気持ちが募って幻聴を聞いているのかもしれないと思いながら。
玄関の覗き穴からであっても賛成の顔をみるのが怖かった。
姿を見てしまったら、逢いたい気持ちを抑えられる自信がない。
そっと扉に手をおくと、右の耳を当てた。
「レイ、そこに、いるね?」
はっきりと聞こえた。賛成の声だ。
レイは扉のチェーンを外そうとした—でも—
会えない。
会ってどうするの?会社は?家は?
これは幻聴、そう言い聞かせ寝室に戻ろうとした。
「待って、レイ、行かないで。
開けなくてもいいからそこにいて…」
賛成がまるで姿が見えているかのように語りかけてきたのだった。
扉を一枚隔てたところに賛成がいる。
愛しい人がすぐそこにいる。
扉を挟んで、二人は手を重ねた。
レイの頬からは止めどなく涙が流れる。
声をあげないよう必死に嗚咽を我慢していた。
「レイごめんね?こんな時間に」
レイは答えないが、賛成は語りかけつづける。
「起こしちゃったよね?」
―ううん、眠ってなんかいなかったよ。
「今日は、なにしてたの?ゆっくり休めてる…?」
―なにもしてないよ。ここに移動したり少し食事をしたりしたけど、
なにをしてても生きてる実感は、ないよ。
「ごはんは?ちゃんと食べてる?」
―賛成こそ大丈夫なの?ご飯、食べてる?ちゃんと寝てる?
「あれ、食べたいな...レイの作った...」
そこで賛成の言葉が途切れた。
沈黙が続いた。賛成は帰ってしまったのか?
「賛、成...?」
そっと覗き穴から覗いてみる。
視界には誰もいない。
レイはたまらずチェーンを外し、扉をゆっくりと開けた。
すると賛成は扉のすぐ横の床に座りこみ、壁にもたれて目を閉じていた。
疲れ、力つき、眠ってしまったようだった。
「…賛成」
横にしゃがみこみ賛成の顔を覗き込む。
へとへとに疲れ切った顔。その頬に触れ愛しい人の感触を確かめた。
そしてレイは体をすこしだけ賛成にもたれかけ、目を閉じた。
深夜のマンションの通路は静寂に満ちている。
どのくらいの時間が経っただろうか。
長いような、あるいはほんの一瞬かもしれない。
次に気がついたとき、レイの体は賛成の腕にしっかりと抱きしめられていた。
レイをみつめる黒い瞳がこの世のものではないような美しさだった。
「レイ、僕は怒ってるんだよ?」
抱く腕にさらに力が入った。ギュ、っとキツく抱かれる。
「…さんせ…」
「嫌いだよ?僕からいなくなるレイなんて、嫌いだ…」
「…ご、め…」
レイの涙はとめどなくぽろぽろと流れ続け、頬を伝い落ちていった。
賛成の指がそっと頬に触れそれをすくいつづけた。
逢えた安堵感だろう。二人のあいだにそれ以上の言葉もなく、
レイは賛成の胸にうもれ、賛成はレイの髪に顔をうずめ、
その後はなにをするでもなくそのまま玄関前にいた。
・
「かあさんが、ごめんよ…」
部屋に入り最初に賛成に言われた言葉だ。
レイはびっくりした。
もしかして?
「張本から、全部教えてもらったんだ。この場所もだけど、母さんがレイに言った事」
「そう…なのね」
うーたんが全て話したのか。この場所だけでなく、良子がレイに何を言ったのかも。
「恥ずかしいよ。なんて謝ればいいか…」
「ううん、賛成、お母さんを責めないで?」
賛成は無言になった。
「お母さんの気持ち、わかるの..」
レイは床に座る賛成の隣に座り、先ほどと同じように寄り添った。
お互いの体温を感じていた。
「ねえレイ、ほんとに離れられると思った?」
「思わないから、消えたの…」
考え方や愛情の方向は違えども、母親が息子のことを考えてだした結論。
会社、家。
それを救う 唯一の方法だと言われれば、その全てを無視することは出来ない。
レイが苦しみ抜いて出した唯一の結論だ。
「レイ、あのね?何があっても僕は君を諦めないよ?
君がいなくなった間、なにを考えていたかわかる?
もし戻れないなら何度でも生まれかわる、ずっとそう考えてた」
生まれ変わる、何度でも。
レイは嬉しくて更に賛成の方へもたれかかった。
「もういなくならないね?」
「うん...」
「少し… 眠ってもいい?」
「うん…」
・
ベッドの上、レイのとなりで賛成は熟睡した。
レイの手を握ったまま寝息を立てる賛成をみつめ、
やがてレイもまた久しぶりに安らかな眠りにおちた。
////////
翌朝。浅草、右太郎のマンション。
右太郎が太陽のまぶしさで目を覚ます。
「んー、サヤちゃーん?」
ゴロン、とサヤ子の方へ寝返りをうつも、となりには誰もいない。
もう出勤しちゃったのか?
眠るのがいくら遅くても病院の出勤時間は早い。
右太郎は仕方なく起き上がり顔を洗った。
朝刊を取りにゆくと、テーブルの上にサヤ子の財布がある。
「あ、忘れたな?」
しっかりして見えて案外そそっかしい。
きゃわいいんだから…。
サヤ子のケータイを鳴らす。
しかし—
最初から留守電に繋がってしまった。
右太郎はなんだか少し嫌な予感がし、サヤ子の勤務先のクリスタルベリ・クリニックに電話を掛けてみた。
「あもしもしぃ、張本です。その声は、看護師のコザちゃんだよね?おはよー。ね、サヤ子先生いるかな?」
『ウタさん、おはよございます。こないだはリラッくまのメモ帳と堂島ロールの差し入れあざした!
あれ、えっと、聞いてません?サヤ子先生、もう成田に向かいましたよ?』
「えっ!!!」
『もしもし?ウタさん?もしもーーし…』
成田って!サヤちゃん、嘘だろ?
右太郎は着るものも適当に着こみ、成田に向けダッシュした。
///////////////
同じ頃。品川のマンション。
朝日が差し込んでいる。
快晴だ。
賛成がゆっくりと目を覚ますと、視界に見た事のない天井の模様が見えた。
ここが一瞬どこなのかわからなかったが,徐々に昨夜の事を思い出した。
(そうだ!昨日、俺は見つけたんだ、レイを!)
しかし隣にレイの姿はない。
まさか、またいなくなったのか!?鼓動がハートビートする。
急いで起き上がり、寝室を飛び出した。
すると—
キッチンにレイが立って朝食を作っていたのだ。
「…おはよう」
賛成は声をかけた。その声にレイが振り返った。
「賛成…おはよう」
笑顔だ。
なんと言えばいいのだろう?
もうそれだけで充分なんだ、と賛成は思う。
(充分だ、足りてる——。)
会社、家、財産。
それがこれに変わる事はないんだよ?
「賛成?どうした?起こしちゃったかな?」
「ううん、起きたら隣にいなかったから、驚いたけど」
「…ごめん」
またいなくなった?って心配させたね、ごめん。
「レイ、もういなくならないよね?」
レイは蛇口の水を止めると、手を拭いて賛成のほうへ近付いてゆく。
「賛成」
「なに?」
「会社も、お家の資産も、守れないかもしれない。そうなっても私を、そばに置いてくれる?
全部なくなってしまっても、わたしを...」
「俺は、なんにもなくなってもレイがそばにいてくればいいんだよ?」
「ほんとに...?」
「だけど、なんにもない俺でも、レイはいい?」
賛成が笑って問いかけ、レイも笑ってうなづいた。
なんにもないんじゃない。
全部、ここにあるじゃない?
見つめ合いながら二人が思っていることは全く同じだった。
答えは一つで、それは最初からわかっていたことだったのにー。
「レイ... 俺、お腹ぺこぺこ... 」
「うん。あさごはん、食べよう?」
「うん」
もう大丈夫。
何があっても、怖くない。
なにも恐れない。レイは決意を新たにした。
「ねえ?ちょっと朝から食べ過ぎじゃない?」
「お腹ぺこぺこだもん!まだ食べたい!」
「コーヒーおかわりする?」
「うん!」
食事を終えると賛成のケータイが鳴った。
それはJからだった。
-25話へつづく-
ユニセフ翻訳:チュンタ
BGM:お持ちでしたらWant you back/2PMをおかけください。