PM7:00に2PMの事を考える

クリームソーダ的宇宙

アナウンサー!春物語 第24話 後編

2013-09-30 19:00:00 | アナ春

Jは自宅に帰宅するとすぐにPCを広げ、堀辺創に関して調べ始める。

 

”堀辺創 31才

アメリカの巨大企業JYのオーナーのひとり息子

ニューヨーク在住 日系

ハーバード大学、ニューヨーク大学大学院。

現在オーナーの秘書、実質的な跡継ぎと目されている”

 

 

——ということは、堀辺の父親であるJYグループのオーナーも、堀辺という名の日系人なわけか?

 

Jは引き続きあらゆる検索と調査を繰り返す。

金持ちがしそうなこと。買いそうなもの。その会員情報。すべて。

しかしオーナーよりは緩いものの、創の情報もある程度のところまで来ると先に進まないのだ。

すぐに行き詰まった。

「ああ、なにかヒントは・・・?」

Jは頭を抱え、さっきみた堀辺創の残像を思い浮かべてみた。

 

 

 

九頭身

 

 

上半身

 

 

木漏れ日が似合う

 

 

少年隊カッちゃん風もいける、というかむしろ最高に似合う

 

 

すべてに共通すること?

 

そうだな、———天使のような、微笑み?

 

 

・・・。

 

 

「あ」

ひらめいた。

 

「寄付!」

富裕層といえば寄付!

PCの検索窓に”Unicef TSUKURU HORIBE”と打ち込みEnterを押す。

 

すると—

 

ビンゴだ。

 

 

「やりぃ!」

 

かなりの数のヒット数がでてきた。

そのなかから過去のユニセフ報告資料を読みはじめる。

 ・

堀辺は、ハーバード大学/ニューヨーク大学院時代を中心に

かなり頻繁にアフリカへボランティアへ行っていたようだ。

ユニセフ広報の膨大な資料のなかのとある年に、

世界のセレブたちと共に活動する写真や、

何年にも渡ってボランティアに参加している堀辺の活動をたたえる記事が掲載されていた。

以下がその記事である。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

Harvard University undergraduate Tsukuru Horibe (20) has always been the student with passions towards donations and volunteers.

What made him be interested in such activities?

“My father. I was an orphan, and my father was the one who adopted me, giving me so much love until today.

 I have become to think that I want to do what I can as much as possible, and this led me to the volunteer in Africa.”

 

(ハーバード在学中の堀辺創さん(20)は以前から寄付やボランティア活動に積極的に参加してくれています。

ボランティアに興味を持つきっかけは何だったんでしょうか?

「父の影響ですね。僕は孤児なのですが、父に引き取られ、たくさんの愛情を注いでもらいました。

僕も自分の出来る限りの奉仕をしていきたい、と思い、今回のアフリカボランディアに参加しました」)

 

 

「orphan...」

孤児。堀辺創は、養子なのか。

孤児—養父—JYグループ—日系—…

しかしその先がプチテレビとつながらない。

結局ここまでか。

Jはため息をつき、タバコをくわえた。

 

 「ん?」

ふと最後の写真に奇妙な引っ掛かりを覚え、再度、凝視してみる。

 

 

これは…

 

 

 

ー拡大ー 

 

 !

「たたた玉澤社長…?!」

堀辺と玉澤に、接点があった?!

Jの目が爛々と輝いた。

記者だましいが炸裂した。

 

 

///////////////////

品川、サヤ子のマンション。

 

レイはベッドに横たわっていた。

眠りは一向に訪れない。

今夜何度目かの寝返りをうつ。

窓の隙間からは月光が差し込み、怖いほどに明るい夜だった。

昼も天気雨が降っていたが、夜になっても不安定な空模様で

満月は雲にその表情を支配され、顔をだしたり隠れたりを繰り返していた。

気が落ち着かないのはそのせいもあるだろう。

 

眠れなくても今が何時でも構わない。

起きていても眠っていても思い出すのは賛成の事だけだ。

それでも、夜の方が気が楽だった。闇はレイの気持ちと寄り添ってくれるから—。

 

賛成はいま、どこで何をしてるんだろう。

 

 

窓を打つ雨の音が聞こえ始め、徐々に大きくなってゆく。

ポツポツと窓にあたる雨音は一定のリズムで響き、

それがよい子守唄代わりになって、レイは少しずつまどろんできた。

 

「…レイ」

———夢を見た。

雨音に混ざって遠くから聞こえる声。

優しい、あたたかい、賛成の声が私を読んでいる

ーーーーーーーー

ここはどこだろう?

ふと、周りをみわたす。

初めてみる部屋にいた。

陽射しが射しこんで明るく部屋の片隅には古い暖炉があり、焚かれていた。

窓は白く曇っていた。外はとて寒そうだ。季節は冬なのだった。

そう、レイは買い物に行っていて今帰って来たばかり。

手袋をとり、コートを脱ぐ。

すると、レイこっちにおいで、と賛成に手を引かれた。

暖かい賛成の手が私の手を暖め—。

幸せに満ちている。

目を閉じて賛成のキスを待つ

ーーーーーーーーーーーーー

「レイ」

ポツ、ポツ、

レイ…、

コン、コン、

ポツ、ポツ… 

雨音と扉をノックする音。

「レイ」

ああ、

夢ではない?

レイは目を開けた。

たしかに夢は見ていたが、今聞こえたその声は夢ではないようだ。 

(そうだった、ここはサヤ子のマンションで私は今日ここに来たんだ)

目覚め,覚醒した。そして聞こえたのだ。

窓を打つ雨と音、玄関の扉を静かに叩く音、そして賛成の声。

 

コン、コン、…「レイ、いるの?」

 

賛成!

レイは静かに玄関の扉へ近づいた。

会いたい気持ちが募って幻聴を聞いているのかもしれないと思いながら。

玄関の覗き穴からであっても賛成の顔をみるのが怖かった。

姿を見てしまったら、逢いたい気持ちを抑えられる自信がない。

そっと扉に手をおくと、右の耳を当てた。

「レイ、そこに、いるね?」

はっきりと聞こえた。賛成の声だ。

レイは扉のチェーンを外そうとした—でも—

 

会えない。

 

会ってどうするの?会社は?家は?

 

これは幻聴、そう言い聞かせ寝室に戻ろうとした。

「待って、レイ、行かないで。

開けなくてもいいからそこにいて…」

 

賛成がまるで姿が見えているかのように語りかけてきたのだった。

扉を一枚隔てたところに賛成がいる。

愛しい人がすぐそこにいる。

 

扉を挟んで、二人は手を重ねた。

 

レイの頬からは止めどなく涙が流れる。

声をあげないよう必死に嗚咽を我慢していた。

「レイごめんね?こんな時間に」

レイは答えないが、賛成は語りかけつづける。

「起こしちゃったよね?」

―ううん、眠ってなんかいなかったよ。

「今日は、なにしてたの?ゆっくり休めてる…?」

―なにもしてないよ。ここに移動したり少し食事をしたりしたけど、

なにをしてても生きてる実感は、ないよ。

「ごはんは?ちゃんと食べてる?」

―賛成こそ大丈夫なの?ご飯、食べてる?ちゃんと寝てる?

「あれ、食べたいな...レイの作った...」

 

そこで賛成の言葉が途切れた。

 

沈黙が続いた。賛成は帰ってしまったのか?

「賛、成...?」

そっと覗き穴から覗いてみる。

視界には誰もいない。

レイはたまらずチェーンを外し、扉をゆっくりと開けた。

すると賛成は扉のすぐ横の床に座りこみ、壁にもたれて目を閉じていた。

疲れ、力つき、眠ってしまったようだった。

 

「…賛成」

横にしゃがみこみ賛成の顔を覗き込む。

へとへとに疲れ切った顔。その頬に触れ愛しい人の感触を確かめた。

そしてレイは体をすこしだけ賛成にもたれかけ、目を閉じた。

 

 

 

深夜のマンションの通路は静寂に満ちている。

どのくらいの時間が経っただろうか。

長いような、あるいはほんの一瞬かもしれない。

 

次に気がついたとき、レイの体は賛成の腕にしっかりと抱きしめられていた。

レイをみつめる黒い瞳がこの世のものではないような美しさだった。

 

 

「レイ、僕は怒ってるんだよ?」

抱く腕にさらに力が入った。ギュ、っとキツく抱かれる。

「…さんせ…」

「嫌いだよ?僕からいなくなるレイなんて、嫌いだ…」

「…ご、め…」

レイの涙はとめどなくぽろぽろと流れ続け、頬を伝い落ちていった。

賛成の指がそっと頬に触れそれをすくいつづけた。

逢えた安堵感だろう。二人のあいだにそれ以上の言葉もなく、

レイは賛成の胸にうもれ、賛成はレイの髪に顔をうずめ、

その後はなにをするでもなくそのまま玄関前にいた。

 

 

「かあさんが、ごめんよ…」

部屋に入り最初に賛成に言われた言葉だ。

レイはびっくりした。

もしかして?

「張本から、全部教えてもらったんだ。この場所もだけど、母さんがレイに言った事」

「そう…なのね」

うーたんが全て話したのか。この場所だけでなく、良子がレイに何を言ったのかも。

「恥ずかしいよ。なんて謝ればいいか…」

「ううん、賛成、お母さんを責めないで?」

賛成は無言になった。

「お母さんの気持ち、わかるの..」

レイは床に座る賛成の隣に座り、先ほどと同じように寄り添った。

お互いの体温を感じていた。

「ねえレイ、ほんとに離れられると思った?」

「思わないから、消えたの…」

考え方や愛情の方向は違えども、母親が息子のことを考えてだした結論。

会社、家。

それを救う 唯一の方法だと言われれば、その全てを無視することは出来ない。

レイが苦しみ抜いて出した唯一の結論だ。 

「レイ、あのね?何があっても僕は君を諦めないよ?

君がいなくなった間、なにを考えていたかわかる?

もし戻れないなら何度でも生まれかわる、ずっとそう考えてた」

生まれ変わる、何度でも。

レイは嬉しくて更に賛成の方へもたれかかった。

「もういなくならないね?」

「うん...」

「少し… 眠ってもいい?」

「うん…」

・ 

ベッドの上、レイのとなりで賛成は熟睡した。

レイの手を握ったまま寝息を立てる賛成をみつめ、

やがてレイもまた久しぶりに安らかな眠りにおちた。

 

 

 

 

 

////////

翌朝。浅草、右太郎のマンション。

 

右太郎が太陽のまぶしさで目を覚ます。

「んー、サヤちゃーん?」

ゴロン、とサヤ子の方へ寝返りをうつも、となりには誰もいない。

 

もう出勤しちゃったのか?

眠るのがいくら遅くても病院の出勤時間は早い。

右太郎は仕方なく起き上がり顔を洗った。

 

朝刊を取りにゆくと、テーブルの上にサヤ子の財布がある。

「あ、忘れたな?」

しっかりして見えて案外そそっかしい。

きゃわいいんだから…。

サヤ子のケータイを鳴らす。

 

 

 

しかし—

最初から留守電に繋がってしまった。

右太郎はなんだか少し嫌な予感がし、サヤ子の勤務先のクリスタルベリ・クリニックに電話を掛けてみた。

「あもしもしぃ、張本です。その声は、看護師のコザちゃんだよね?おはよー。ね、サヤ子先生いるかな?」

 

 

『ウタさん、おはよございます。こないだはリラッくまのメモ帳と堂島ロールの差し入れあざした!

あれ、えっと、聞いてません?サヤ子先生、もう成田に向かいましたよ?』

「えっ!!!」

『もしもし?ウタさん?もしもーーし…』

成田って!サヤちゃん、嘘だろ?

右太郎は着るものも適当に着こみ、成田に向けダッシュした。

 

///////////////

同じ頃。品川のマンション。

 

朝日が差し込んでいる。

快晴だ。

 

賛成がゆっくりと目を覚ますと、視界に見た事のない天井の模様が見えた。

ここが一瞬どこなのかわからなかったが,徐々に昨夜の事を思い出した。

 

 

(そうだ!昨日、俺は見つけたんだ、レイを!)

しかし隣にレイの姿はない。

まさか、またいなくなったのか!?鼓動がハートビートする。

 

急いで起き上がり、寝室を飛び出した。

 

 

すると—

キッチンにレイが立って朝食を作っていたのだ。

「…おはよう」

賛成は声をかけた。その声にレイが振り返った。

「賛成…おはよう」

笑顔だ。 

なんと言えばいいのだろう?

もうそれだけで充分なんだ、と賛成は思う。

(充分だ、足りてる——。)

会社、家、財産。

それがこれに変わる事はないんだよ?

 

「賛成?どうした?起こしちゃったかな?」

「ううん、起きたら隣にいなかったから、驚いたけど」

「…ごめん」

またいなくなった?って心配させたね、ごめん。

「レイ、もういなくならないよね?」

レイは蛇口の水を止めると、手を拭いて賛成のほうへ近付いてゆく。 

「賛成」

「なに?」

「会社も、お家の資産も、守れないかもしれない。そうなっても私を、そばに置いてくれる?

全部なくなってしまっても、わたしを...」

「俺は、なんにもなくなってもレイがそばにいてくればいいんだよ?」

「ほんとに...?」

「だけど、なんにもない俺でも、レイはいい?」

賛成が笑って問いかけ、レイも笑ってうなづいた。

 

 

なんにもないんじゃない。

全部、ここにあるじゃない?

見つめ合いながら二人が思っていることは全く同じだった。

答えは一つで、それは最初からわかっていたことだったのにー。

「レイ... 俺、お腹ぺこぺこ... 」

「うん。あさごはん、食べよう?」

「うん」

 

もう大丈夫。

何があっても、怖くない。

なにも恐れない。レイは決意を新たにした。

「ねえ?ちょっと朝から食べ過ぎじゃない?」

「お腹ぺこぺこだもん!まだ食べたい!」

「コーヒーおかわりする?」

「うん!」

食事を終えると賛成のケータイが鳴った。

それはJからだった。

 

 -25話へつづく-

 

ユニセフ翻訳:チュンタ

BGM:お持ちでしたらWant you back/2PMをおかけください。

 


アナウンサー!春物語 第24話 前編

2013-09-30 00:00:00 | アナ春

深夜の浅草。

静寂に包まれた下町。

 

右太郎がシャワーを終え、全身にシーブリーズを叩き込んでいると、

突然マンションのドアがドンドンと大きな音を立てて鳴った。

「おい!いるんだろう?出ろ!」

「黄桜?!」

右太郎は急いでドアを開けた。

黄桜賛成がすごい形相でそこにいた。

「どうし...」

「どういうことだ?!おまえレイを..」

目が血走っている。冷静ではない。

「ちょ、おちつけよ。大きな声だすな、近所迷惑だ。とりあえず中,入れ!」

気が立っている賛成を中にむりやり入れた。

「レイになにした?!なにがあったんだよ?!」

「おい、冷静になれよ...」

 

「落ち着いて話そう、レイの家にいったってなんの話だ?」

「しらばっくれんな!これが落ち着いてられるか?!」

賛成は名刺入れを右太郎に投げつけた。

(あそこに落としていたのか...。)

「お前レイのことまだ諦めてなかったのか?!往生際が悪いぞ!」

「ちょ、ちがうって...」

その時寝室のドアが開いて、パジャマを着た女性がでてきた。

「ちょっとお...  うるさくて起きちゃったじゃない...なによ...」

「ごめんね、サヤちゃん、起こしちゃったね。うちの副社長だよ。黄桜賛成」

 

眠そうにしていたサヤ子が、黄桜賛成、と聞いて完全に覚醒した。

例の男か...

「黄桜、僕の恋人のサヤ子」

「...おまえ...恋人がいて、レイを」

「だからー」 

「ちょっかいだしたのか?今度は何したんだよ?!山で遭難か?!怪我か?!レイを惑わすのはやめてくれよ!!」

「ちょっと、それ失礼じゃない?」

サヤ子が口を開いた。

 

右太郎はサヤ子を止めようとするが、サヤ子の目は完全に戦闘体制に入っていた。

「黄桜さんとやらさ、副社長だかなんだか知らないけど,だまってらんないわ!

ウタにも失礼だし、私にも失礼!!だいたい、もとはと言えばあんたの..」

「サヤちゃん!」

だめ!それ、いっちゃ、だめ!

 

 

「...なんだよ?俺の?俺のなに?」

賛成がくってかかる。

「きざくらぁ、何でもないよ。ちょっと外でようか?夜の浅草寺もなかなかいいよ」

「俺のなんだよ?!」

「......いや」

賛成はいっこうに引かない。

右太郎とサヤ子は苦い表情をしたままだ。

「ウタ、なにか知ってるなら教えてくれ、どんな些細なことでもいいんだ?」

「いや、だから...レイはお前と別れたいって言ってるんだろ?他に好きなヤツができたって」

「ああ、そんなメールが来たよ...」

「それが、すべてじゃないのか?」

「聞こえるんだ」

「え?」

 

「レイの声が、聞こえるんだ。...違うって言って、泣いてる...」

右太郎とサヤ子は顔を見合わせた。

違うと言って泣いているレイ—賛成には、それが聞こえるのか?

 

「もしほんとに好きなヤツがいたら、受け入れる。レイが別れたいならそうする。

でも絶対にもう一度逢わなきゃだめなんだ...」

サヤ子も右太郎も、黙り込んでしまった。

 

観念して、右太郎は話し始める。

「おふくろさんに... お前のおふくろさんに、別れろっていわれたんだよ」

「.....!!」

 

「お前に言っても別れないから、レイから切り出せって。

仕事もやめて、家もでて、お前のまえに二度と姿みせんなって、金の入った封筒渡して来たんだよ。そうすれば会社を救える、それが賛成の為だって...」

「そん...な...」

黄桜は絶句した。

「俺が純保の代わりに家にいったんだ。やつれたレイを放っておけなかった」

「....」賛成の瞳孔が開いている。

「いまは、サヤちゃんのマンションにいるよ」

「これ、部屋の鍵と住所よ」サヤ子がキーとメモを賛成に差し出した。

賛成がうけとる。

「—ありがとう...! なんていっていいか、俺、すっごい失礼なこと」

「わかってるよ、いーから早くいけ!レイが決めた事、俺味方しようと思ったんだ。

でも、...お前がきっと、一番の味方なんだよな..守る自信あるんだよな?」

「ああ。絶対に、俺が守る!ウタ、ありがとう!」

そういうと、賛成は走ってマンションを飛び出していった。

 

 

サヤ子は涙ぐみ、ウタの肩に頭を寄せた。

「悲しいね」

「うん?」

「好きな人が自分のこと好きなんて、奇跡みたいなことなのに。こんな風に引き裂かれるなんて」

「...しかも自分の母親に、な」

賛成、乗り越えるハードルは、高いぞ。

「私は、無理だな。レイさんみたいにはできない。家や財産を守るために自分が犠牲にななるなんて」

「サヤちゃん」

「だってウタと離れたくないもん」

サヤ子はあのふたりに感じ入って、センチメンタルになってしまったようだ。

「安心しろ、ラッキーなことに、うちの茶畑は全部姉貴夫婦のもんだ。

俺はとうの昔に裏山以外、遺産放棄してる。争う財産は無いに等しい!

アナウンスする意外に能のない男だよ!ハハ!」

「もう。ばかっ」

サヤ子が笑顔になった。

「サヤ子が泣く事ないでしょ?わらって?」

「うん...ねえ?ウタにはダンスもあるじゃない?」

ダンス、か。

「—もういいよ、ダンスは。さ、もう寝よ?午前2時だぜ?」

話を切り上げる右太郎を見て、サヤ子の脳裏にはカルテを見た医師の言葉が浮かんでいた。

”もしかしてあの先生なら、手術で治せるかもしれませんよ”

「サヤちゃん?寝るよ?おいで」

「うん」

あの先生に、なんとか会う事はできないだろうか—。

 

/////

 

数時間前。

 

ホテルのロビーでMr.Hを捕まえるため張りこむ、東経新聞の城之内彰。

コンラッド潮留。絶対にここだ。

 

 

ぜったいに今日、捕まえてみせる。

記者としての執念に燃えていた。

調査でわかったMr.Hの外見の特徴は、こうだ。

”見目麗しく、長身で九頭身。言語は英語、日本語、韓国語、中国語、タイ語が堪能。

フランス語、スペイン語もかなりいけるらしい”

 

これだけで、分かるだろうか—。

城之内は少し不安を覚えた。

が、その時、ガラス張りのホテルの入り口に、降り出した雨をジャケットでよけながら入ってくる男が見えた。

足がべらぼうに長く、どうみても九頭身だ。

予想以上に足がながい。こんな人間、めったにいない。

 

絶対に、彼だ。

 

Jはこの機を逃すまいと、ホテルに入って来たその男に近寄り、話しかけた。

「プチテレビのホワイトナイトですよね」

静かな問いかけに男の表情が変わった。

「—あなたは?」

「東経新聞の記者の城之内です。来日は面会のためですよね?」

「さあ、なんのことだか」

男は歩む速度をゆるめず、エレベーターに向かって進む。

城之内も質問をしながら、となりについてゆく。

「サイパーの攻撃は日々激しさを増しています。Xデイの情報、持ってますよ。

知りたくありませんか?」

「—その必要はありません。心配無用です」

男はなかなか、乗ってこない。

「投資の目的は?なぜプチを?」

「それは言えません。まだそのときではない」

のれんに腕押しとはこのことか。もうエレベーターの前だ。もうじき到着してしまう。

「せめて、あなたの名前を、教えていただけませんか!おねがいします!」

城之内の真剣な表情に、Mr.Hは顔を向け、その美しい口を開いた。

「僕は... 僕の名前は...」

 

名前は?

 

「堀辺です。堀辺創です」

 

ホリベ—ツクル—。

 

堀辺創だと名乗ったその男は、到着したエレベーターに乗り込むと、城之内の前から姿を消した。

 

—24話後編につづく— 


アナウンサー!春物語 第23話 後編

2013-09-29 16:00:00 | アナ春

日が暮れて蒼く染まる六本木の上空を、

1台のプライヴェート・ジェットが横切った頃。

 

 

 

 

黄桜賛成は城之内彰に面会するため、

大手町にある東経新聞本社ビルのラウンジに来ていた。

  

「J、急にすまないな」

 

「わざわざ来てもらって悪い、賛成。いま大変だろ?

でも俺、今日はホントに身動きがとれなくてさ...」

 

唇の片端をあげて笑う癖が昔と同じで、

賛成は、Jとつるんで遊んでいた17歳の頃を思い出した。

 

賛成と、城之内彰ことJは、高校生の頃、一緒に”不良”していた仲間だ。

複雑な思春期を過ごしていた二人の人生が、渋谷という街で交錯した。

わけあってほんの1年ほどで音信不通になった二人だが、短くも濃い青春時代を共有した親友だった。

 

そんな二人が先日、10年以上の時を経て、何の因果かプチテレビの懇親会で再会したのだ。

副社長と新聞記者という立場の大人として。

 

Jの、昔と変わらない癖を見て、今お互いがどんな立場だとしても、

人間の性格や根本は何ひとつ変わっていないんだ、という事を思い知らされ、

賛成はくすぐったい気持ちになった。

 

「Jは社会部に異動したって?」

「まあな。残念ながら、もうお前んとこの映画の担当じゃなくなったよ。ハハ」

 

Jは運ばれてきたコーヒーを一口すすり、

ソーサーに戻すと、ふたたび話し出した。

 

「...賛成、思い出話をしに来たって訳じゃないだろ?」

 

「ああ...お前はーホワイトナイトがどこか、わかってるんだろ?」

 

Jは他局のニュースに出た時、具体的には、ホワイトナイトがどこかは公表しなかった。

そう、”Yazooグループ”ーその名を。

 

他のマスコミもかぎ回っている今、明らかになるのは時間の問題。

そうなればスクープを狙うJは、急いで記事を発表するだろう。

 

「お前のスクープなのは分かってる。だが、2日、いや1日でもいい、記事にするのは待って欲しい。

正直どこから情報が漏れたのかもわからず、困惑してる。内部で知るものもごく少数だ」

「賛成、おまえ..その会社と、すでに接触してるんだな?」

 

昔の仲間とはいえ、ここからは腹の中の探り合いだ。

お互いにうかつな事は言えない。慎重に言葉を選ぶ。

「ああ。いま東経にすっぱ抜かれたらー」 

 

そのまま既成事実として話は進み、賛成と八頭ノ小路の娘との政略結婚は決定事項として資金援助、経営参加をしてくるだろう。

プチを救ってくれるのはありがたい事だが、こんな条件は飲みたくない。

賛成は苦い表情を浮かべ考え込んでいた。

 

「なあ賛成、逆に教えてくれないか?その会社、なんのメリットが有ってプチを助ける?

わからないんだよ正直、日本のマーケットにそこまでの魅力があるのか...?」

「日本の、マーケット...?」

賛成はJの言葉に違和感を覚えた。

 

「わざわざ投資会社を作ってまで、こんな極東の放送局を買ってどうするんだ?金持ちの道楽か?」

Jは皮肉っぽく笑うが、賛成は話が見えなかった。

「J?…よくわからないな。日本もなにも、あれだけの規模の会社だ、マスコミを牛耳ればー」

 

いや、なにか、おかしい。

話が噛み合っていない。

 

「俺たち」

「ああ—お前の言ってる会社って…」

 

 

「......」

「.........」

 

その時、城之内の携帯が鳴った。

「もしもし、城之内」

電話をとりなにやら話し込み電話を切った。

「—わるい、賛成。噂をすればだ。やっこさん、プライベートジェットで今成田に到着したよ。

もう都内に向かってる。悪い、俺行かないと」

「ああ、なあ、聞いていいか?お前の言ってるホワイトナイトは...八頭ノ小路じゃ、ない...?」

 

Jは不思議な表情で賛成を見かえした。

 

「...八頭ノ小路?Yazooグループ?いや、違うよ」

 

城之内は賛成に顔を近づけ、小声で話始める。

「いいか賛成、ここだけの話だぞ?ホワイトナイトは…アメリカの会社だ。

表立った事業は飲食とエンターテイメントとIT。

誰が聞いても知っている超有名企業だが、プチを救うために今回新たに投資会社を作った」

「.....」

 

 —Yazoo じゃない、別のホワイトナイトが、アメリカに?もちろん初耳だ。

絶句する賛成に対し、Jは話を続ける。

「この会社には、表舞台には出てこない影のオーナーがいる。こいつは東洋人の50代の男だという事しかわからない。

その経歴は、厳重に幾重ものオブラートに包まれていて、決して全貌を現さないんだ」

「アメリカのホワイトナイト...」

「ああ。成田に今着いたのは、そのオーナーの指示を受け、実務を動かしている男だ。

こいつの名前もはっきりしないが、通称はMr.H。...おい賛成、おまえなにか心当たりはないのか?」

賛成は首を横に振った。

東洋人の50代の男も、

Mr.Hも、…知らない。

「俺が知ってるのはここまでだ。これからMr.Hが宿泊しそうなホテルを張る、行くよ」

「充分だ、J、恩に着るよ。この借りはかならず」

 

「なに言ってんだよ?」俺らの仲だろ?と、口に出さないが表情が物語っている。

「賛成、心配しなくても不確定のネタは書かない。八頭ノ小路まで出てくるなら、なおさらウラをとるまで書けない」

 

城之内は立ち上がり伝票をとると、帰り際、こちらを振り返った。

「お前、結婚するんだって?懇親会で紹介してくれたレイさんって言ったっけ?」 

レイ。君はいまどこに?

「—ああ、レイだよ。近いうち結婚する」 

そうだ、俺はレイと結婚する、かならず。

「奇遇だな」

「え?」

「俺も、すんだ。結婚。へへ。今度紹介するよ。4人でメシでもいこう?...高校の同級生なんだ」

Jはすこし照れくさそうにし、ラウンジをあとにした。

 

 

賛成は城之内の後ろ姿を追いながら考える。

(八頭之小路じゃ、ない...)

アメリカ。

Mr.H。

心当たりがなかった。

アメリカにはプチの支社や黄桜の家があるが、それだけだ。 

 

八頭ノ小路以外のホワイトナイト候補がいる。

これはラッキーな事だとシンプルに捉えれば良いのか、それとも...?

賛成の疲れた頭では、なかなか正しい答えが分からないのだった。

 

 

////////

 

プチテレビ、報道スタジオ。

「それでは皆様、良い夢を。張本右太郎でした」

右太郎のいつものシメ言葉で、今日もニュース22が無事に終わった。

「おつかれでーす」

プロデューサーが労をねぎらいながら右太郎に寄ってくる。

「プロデューサー、どうでした?消費税?」

「いやあ、主婦目線の切り口、大当たりでしょ。

なんつったってF2層(※35歳~49歳の女性)のみならずF3層(※50歳以上の女性)の視聴者が多いニュース22ですからね。

ニュース番組でこの層を夜更かしさせられるのは張本さんだけですよ!!」

消費税ネタをすっかり自分の手柄のように語るが、いつものことだ、ほおっておこう。

「張本さん、このあと一杯いきましょうか?」

「いや、今日はやめときます」

 

今日はなんとなく、早く帰宅してサヤ子に逢いたい気分だ。

 

「そうですか?じゃあちょっと紹介だけいいですかね?

次の改変期から、やっぱり女性キャスターを入れようってことになってですね...」

「ああ、シュウコ室長のあと不在のままですもんね」

ヒールの音を響かせながら、女性がこちらに向かって歩いてきた。

コツコツコツ...

 

「あ.. まさか...」

「ギャラは高額です」

右太郎に小声で耳打ちするプロデューサー...。

 

「はじめまして。多岐川クリステルです」

おもてなし...

「あ、はじめまして...」

右太郎はその美しさと、オリンピック招致を成功させた第一人者としての自信にあふれたオーラに圧倒された。

右太郎は名刺を出そうと、上着の内ポケットに手を入れる。

「あれ?あら?名刺入れ、ないな…」

必死に名刺入れを探す。

やはり、ない。

どこかに置き忘れたか、落としてしまったようだ。

「すみません、名刺入れを忘れちゃって。初めまして、張本右太郎です。

いやあ、光栄です、クリステルさんとコンビが組めるなんて。いろいろ教えてくださいね」

「あら、そんな教えるだなんて。張本さんの人気にあやかりたいものですわ」

 「や、そんなことないっす.......」

軽く世間話をして、多少後ろ髪をひかれる想いではあったが、解散し帰宅した。

 

 

・ 

右太郎は浅草の自宅マンションに着く。

品川の自宅をレイに貸した為、今日からサヤ子がここに泊まる。

サヤ子は、先にベッドで休んでいるようだった。

 

着替えながら右太郎は考える。

黄桜賛成とレイーー

 

俺が黄桜の立場だったら、どうかな。

好きな女を手放せば会社と家を救えるードラマみたいな、そういう現実。

俺ならどうするんだろう?

 

右太郎は寝室にいきベッドを覗きんでサヤ子の寝顔を見つめる。

子供みたいな無垢な寝顔だった。

化粧をおとしたサヤ子の顔が好きだ。

白衣を着てびしっと決めているかっこいいサヤ子と、右太郎の前で見せる飾らないサヤ子のギャップが大好きだ。

 

黄桜とレイの事を心配するのもいいが、右太郎自身、サヤ子と龍ヶ崎の事が気になる。

モナコ行きのチケット。

なんといっても否定できない、龍ヶ崎という男の魅力。

そして医者としてのサヤ子の夢ー。

「サヤちゃん、ほんとは、行きたいの?」

深く眠っているサヤ子に語りかける。

(あいつと一緒にモナコに行く事が、君にとって幸せなのかもしれないね?君が本当に愛しているのは、どっちなのさ...)

 

その時、右太郎の携帯がメールを受信した。

伊藤純保だ。

右太郎は、”レイはいなかった”と、夕方、留守電を残していたのだ。

その返事だろう。

 

Mailーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

宛先: 張本右太郎

件名: Re:報告

本文: ウタ、留守電聞いた。そっか、やっぱいなかったのか~。

サンセーには言っといた、あんがと~ !

サンセーからのメール、最近長かったんだけど、詳しく話してくんないから

何を言いたいのかわかんないメールが多くてさ、

ついつい”おまえ結局何言いたいの?”って返しちゃてたんだけどねー。

レイちゃんの事で悩んでたとは(汗)。

もちょっと優しくしよっと。じゃな!おやすみん

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「のんきでいいな...」

まあ、ハルナとも最近不仲だし、こう見えて伊藤さんも悩んではいるんだろう。

 

黄桜賛成...メール長いのか。

そりゃあ、そうだよな。色々かんがえちゃうよな。

右太郎はシャワーを浴びながら、再び賛成の立場を想像する。

 

黄桜一族の御曹司。

銀のスプーンを口にくわえて生まれてきた賛成と俺とじゃ、全然ちがう。

だけど賛成だから、レイを諦められた、ってことも、ある。

金とか家柄とか、そういうの鼻にかけないヤツだったから、

俺は安心して気持ちの整理ができたんだぜ?

 

あいつ、どうすんのかな。

全てを知った今、賛成にすべてを教えてやりたい気持ちと、

レイの苦渋の選択を尊重したい気持ちの間で、右太郎は揺れていた。

 

 

//////

 

豊洲。

ミーコは玉澤のマンションで帰りを待っていた。

もうすぐ0時をまわる。

玉澤はまだ帰ってこない。

 

ソファに座り、クッションを抱える。

どうしても思い出すのは、今日の俊の事だった。

 

オードリーに話しかけた俊の言葉ーー。

”おまえも寂しかったのか?”

(俊も、寂しいの?)

心が揺れた。

男の部屋で、別の男の事を考えている自分が、どうしようもなく嫌だ。

ミーコは気持ちを切り替える為に、ハルナに電話でもしようとバッグからケータイを取り出した。

メールが一件届いている。

 

俊から、だった。

 

 

Mailーーーーーーーーーー

差出人: 俊

件名 :(no subject)

添付 :画像 panda-aud

本文 :オードリーが、君に逢いたいってさ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 添付画像のオードリーは、以前ミーコが買ってやったパンダの服を着ていた。

「これ......」 

胸が苦しいほど熱くなり、鼓動が波打つ。

愛しさと、せつなさ、そのふたつが合わさった感情をなんと名付ければいいのだろう。

罪悪感を忘れさせるほどの、溢れる感情。

それこそ”恋”ではなく、”愛”という感情なのだろうか?

 

TOBを仕掛けた事、あれは俊の、恨みや怒りの表現だ。

その恨みと怒りは、同じだけ俊の哀しみでもある。

彼の性格を良く知っているミーコにだけわかる、他人には説明することができない感情。そう、心の叫び。

いま、俊のそばにいたい。

その絶望から救いたい。

 

メールへ返信する。

 

”今日は突然でごめんね——

面会してくれてありがとう———”

 

いろいろ文面を打つが何か違う気がした。

伝えたい事は....。

ひとつだけ。

ミーコは打ち込んだ文面を一旦すべて消去すると、打ち直しはじめた。

 

Mailーーーーーーーーーーー

差出人 :miico

件名 :Re:

本文 :      逢いたい
 
 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

逢いたい、の、4文字。それがすべてだ。

送信ボタンを押した。

 

 

そのとき玄関のドアが開く音がし、玉澤が帰宅した。

「ミー、ただいま」

ミーコは反射的に携帯をバッグにしまりソファから立ち上がる。

「おかえりなさい」

「おそくなってごめん」

とても、疲れた様子だ。

「疲れたよ......」

玉澤はミーコを抱き寄せ、うなだれてきた。

「疲れた...ああ、ミー、疲れたよ....」

癒してあげたい、そう思う、しかしミーコは自分の二本の腕を、玉澤の背にまわすことが出来ない。

体が動かない。

「玉澤さん、ごめんなさい。わたし、...あなたに寄りかかってもらう資格、ないの」

「...なにを言ってるんだ?」

玉澤はミーコの顔をのぞく。

だが、ミーコは下を向いたまま目を合わせようとはしない。

「あなたを好きよ?でも、無理なの...俊に逢いたいの。

許してくれないかもしれないけど、逢いたいの。ごめんなさい...ごめんなさい、でも、もう..」

そう言って自分から離れようとするからだを、玉澤は離さない。

「行かせない...!」

「絶対に行かせない。資格ってなんだよ?君をずっと支えられるような男になるよ?信じてよ」

「だめなの..私がだめなの...私、もう、もう、あなたに、抱かれたく、ないの......」

 

抱かれたくないーーー

とどめの一言だ。

 

しばしの静寂がその空間を支配した。

 

「ミー...なんとなく、君の様子がおかしい事はわかってたよ。でも、頼む。

今夜だけ一緒にいてくれないか。せめて今夜だけ..。ふたりなら...寂しい夜じゃないから...」

玉澤の顔は、疲れていた。ほとんど睡眠も取っていないのだろう。

赤く充血し、すがるように潤む瞳がとても悲しくみえて、

こんな疲れ果てた玉澤を置いて、その場を去る事はできない、と思った。

嫌いになったわけでは、ないー。

 

むしろ好きだからー玉澤社長はいい人だから、これ以上、嘘をつきたくない。

私よりあなたを大切にしてくれるひとが、絶対にいる。

いま、心を鬼にして、この場をさらないと、また玉澤社長に気を持たせる事になる。

だけどー

 

「わかったわ、いっしょにいるから、安心して...。なにか、すこし食べる?」

「...うん」

玉澤がほっとした表情になった。

 

ソファの下に置いたミーコのバックの中で、ケータイの着信を知らせるバイブが鳴っていた。

俊からの電話だった。ーもちろんミーコはそれには気がつかなかった。

  

/////

 

賛成は城之内との面会を終え一旦会社に戻り、

玉澤と吉田にアメリカの投資会社の話を内密に伝えると社を出た。

 

純保からは”レイはマンションにいなかった”と留守電が残っていたが、

それでも賛成は、レイのマンションに向かう。

行かない選択肢はなかった。

 

タクシーの窓から流れる景色に目をやる。

もうじき日が変わる時間だというのに、不思議と明るい。

空を見上げると、満月が輝いていた。

雲が月光に浮かび出され、美しいような怖いような幻想的な光と闇を映し出している。

レイもどこかでこの月を見ているのだろうか。

考えたくないが、他の、誰かと?

 

好きなヤツができたなんて、ありえない。

それに関しては賛成は幾度も幾度も考えてみたが、絶対にありえない。

だが、レイから告げられたそれだけが、レイが消えた理由を探す唯一の手がかりなのも事実だ。

 

あっという間にマンションにつき、通いなれた階のいつものドアの前に立ち、レイの部屋の呼び鈴を鳴らした。

 

なんの反応もない。

 

賛成はため息をつき、合鍵で部屋に入る。

 

 

 

家具などはそのままだが、心なしか整理されているようだ。

念のため、全ての部屋を見て回る。誰もいない。

(部屋に入る前から分かっていたんだけどな。だってレイの気配をまるで感じないから)

 

クローゼットに洋服はかかっているものの、

レイがよく着ていた洋服のいくつかは見当たらなかった。

「レイ、どこにいるの?どうしてなの。どうして...」

わからないよ。

だって僕らは幸せだったじゃないか。こんなに突然心変わりすることなんて、あり得るのか?

 

 

 

メークをするときに使う小さな机の上には、賛成があげた婚約指輪の箱が置かれていた。

箱を手にとり開けてみると、リングもそのままそこに残っていた。

これを置いていくという事。

本当に、他に好きな男ができたのか——?

あるじのいない部屋で、賛成の哀しみとは無関係に美しく光るリングを見ながら賛成は途方にくれた。

 

レイの気配がまだ残るこの部屋で一夜を明かそう。

ここ何日か、眠いはずなのに神経が昂り、横になっても熟睡できないでいたのだ。

浅い眠りの中で嫌な夢を繰り返し見る。

レイの香りが残るベッドに横になれば、少しは熟睡できるかもしれない。

 

そのとき、足元に何かが落ちているのをみつけた。

 

 

手に取る。

それは、黒い革の名刺入れだった。

中を見る。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(株)プチテレビジョン

    アナウンス局 アナウンサー

    張本 右太郎

 

〒144−2222 港区湾岸2−2−14

 03−1414−2214(部署代表)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「なんだこれ...」

なぜ張本の名刺がここに?

 

どういうことだ、

ウタがこの部屋に入った?

いつ?

だってあいつ、レイの事はすっぱり...

おい、レイの好きなやつって、まさか...

 

 

「なんなんだよっ?!」

 

賛成は秘書に電話をかけ、右太郎の自宅の住所をメールするよう指示した。

秘書からはすぐにメールがきた。

「台東区浅草1−4..」

 

外に出る。

雨雲から漏れはじめた粒が、ポツポツと道を濡らし始めていた。

さっきまで煌煌と道を照らしていた満月の光りは、いま厚い雲に覆われその姿を消そうとしていた。

このまま雨は本降りになりそうな気配だ。

賛成はタクシーを止めると、行き先を浅草、と告げた。

 

 —つづく—

 

 

 

 

 

 


動画「君だけに、ミッション」

2013-09-27 18:00:00 | アナ春

 

HOTTESTの皆様、チケット結果、出ましたね。

あっち行こうかな、こっち行こうかな、あれはいけないな、これはとれないな、お金…と右往左往しながら

オクテギョン「君だけに」をリピートしておりまして、ああ、この曲、

もう二度とコンサートで聴けないのかしら、と思うと哀しくなり、

以前から構想しておりましたイメージを具現化してみました。

 

 

 

ほんとくっだらねぇ!

というか意味不明な人にとっては意味不明だと思いますが

壮大なアレンジ、これっきゃないネ!

 

 

 

 


アナウンサー!春物語 第23話 前編

2013-09-25 00:00:00 | アナ春

湾岸、プチテレビ玄関前。

 

玉澤とミーコを乗せた車が、サイパー.comから晴海埠頭経由で戻ってきた。

車から降りようとするミーコの手を、玉澤がとっさにつかむ。

「今晩、遅くなるけど、うちで待っててくれないか?」

「…」

ミーコは少し間を置くが、無言で頷いた。

車から降り、足早に社屋へ入ってゆく。

玉澤はミーコの表情に迷いが有る事を見逃してはいない。

思い詰めている表情はいつからだろう?

(また…)

玉澤竜二は車のシートに座ったまま想いにふける。

 

—たくさんの女と付き合ってきた。

プレイボーイといわれるけれど、二股をかけたことはない・・いや、ほとんど、ない。

いつだって真剣に女を愛す。

それなのに、手に入れるまでは玉澤に夢中だった女たちは、或る時突然離れてゆく。

”貴方はわたしがいなくても平気だから””貴方には私よりふさわしい女性がいるわ”

だいたいそんなセリフを言い残して。

 

いま、ミーコの姿に、デ・ジャ・ヴを感じていた。

 

玉澤との間に子をもうけてもなお、ニシの元へ戻ったあの人—、

仕事を選んでニューヨークへ旅立ったシュウコ—。

 

俺だってさびしかった。

行かないでくれと、俺のそばにいてくれと、泣きすがりたかった。

だが、去り際が醜いのは主義に反する。

いつだって女たちの想いを受け入れ紳士的に身を引く

ーそれが、求められてる俺だから。

 

だけど今回は?今回も同じでいいのか?

いっそミーコにすがりついてみようか。

行かないでくれと哀願してみようか。

「ああ!」

玉澤は何かを吹っ切るために声を出した。

運転手が驚いている。

 

ブ ブ ブ

 

玉澤のケータイが鳴った。

常務の吉田からだ。

「…もしもし、ああ今戻った。え?…ホワイトナイトが?

すぐ社長室へ戻るよ。賛成も呼んでくれ」

急いで車を降り、社長室へ向かった。

 

 

//////////////////

プチテレビ アナウンス室

 

右太郎は迷っていた。

レイのこと。純保にどこまで報告すべきか。

純保に真実を言えばいずれ黄桜賛成にばれる。

あの二人は仲がいいから筒抜けだろう。

黄桜の母親のしたことは許せない。

真実を知る権利が黄桜賛成にはあると右太郎は思う。

でも。

レイが身を切る思いで決断した事だ。

悪いが、今は、言えない。

 

結局レイを匿う家はサヤ子のマンションにすることにした。

今サヤ子が品川の自宅から、数日分の洋服や化粧品なんかを右太郎のマンションへ運んでいるはずだ。

入れ替わりにレイがサヤ子の部屋へ移動する。 

いつまでとは決めていないが、元気のないレイをしばらく目の届くところに置いておきたい。

(あ!そういえばモナコ!)

右太郎はバタバタしていたせいで、

サヤ子のジャケットに入っていたモナコ行の航空券の事を、未だ訊けないでいた。

いやしかしたとえ時間があっても、どう切り出していいかわからない。

けっして口には出さないが、龍ヶ崎に勝てるとは、到底思えなかった。

自信がないのだ。

いろいろ大変だ、レイを助ける事も、サヤ子を強く引き止める勇気もない。

俺って。

突然右太郎の肩にだれかが手を置いた。 

「張本さん、テレ日にうちの買収の件、すっぱ抜かれました。負けてられません。

今日は玉澤社長に出演してもらいます。」

ニュース22のプロデューサーはカッカしていた。

「ああ…ホワイトナイトがあらわれた...ん、ですよね?」

「ですです。企業かファンドか。あの東経の記者は多分かなり情報握ってますよ。

なんとかうちで使えないかなあ」

テレ日と東経は系列が同じだから、プチに出すのは難しいだろう。

プロデューサーは話し続ける。

「ホワイトナイト、どこなんでしょうねえ?

国内だとしたら大企業以外にそんなの出来る会社ないですよね。たとえば…」

たとえば、Yazooグループ。

右太郎はそう言いかけて口を閉じた。

すごい情報をもっているが、これは仕事と切り離すよプロデューサー、申し訳ない。

子供っぽいと言われても、俺はこの話を仕事に利用する気はないよ—。

「まあまあ、P?他のニュースも大事ですよ?消費税増税に伴う価格表示とかね?

主婦にとってはこっちの方が生活に密着した情報です。8%なんて、とっさに計算できませんからね?

こういう所、だいじにしましょ?張本右太郎のニュースですから!」

右太郎はそう言って微笑んでみたが、問題は山積みだった。

 

///////////////

社長室。

 

玉澤竜二、黄桜賛成、

そしてー

TOBの件を共に対応している、吉田常務。

3人で話し合っていた。

吉田は玉澤の社長就任時、若いながら常務に抜擢された凄腕だ。

元証券マンから放送に転職した。

異色の経歴だが、その前歴が今回、多いに役に立っているといえよう。

「東経の記者は、おそらくホワイトナイトの情報を具体的に掴んでいます。一刻も早く接触し、全ての情報を開示させましょう、社長?」

吉田の、静謐ながら強気な声色が社長室に響いた。玉澤が答える。

「だが記者は情報元を簡単には明かさないだろう。

それに明かした所で事実かは判断できない。ヘタに動くと味方も敵になる...」

 

賛成が続く。

「その記者、なんていう名前でした?」

「たしか…城之内…。城之内彰です」

吉田は手元の書類に目を通しながら答える。写真を一枚取り出した。

「これが城之内です。文化部だったのが近頃、社会部に異動してきたばかりです。それですぐにこのスクープ...」

 

「さすが吉田常務。情報通だな」玉澤が褒めると、吉田はまんざらでもなさそうな表情を浮かべた。

「でもこの記者、見覚えが有るような...気のせいかな?

賛成、どうする?東経に正式にオファーしてみようか?」

「…2日...待ってもらえませんか?」

「待つって、なんでだ?一刻を争うぞ?わかってるだろう?」

「わかってます。おねがいします。1日でいいです、おねがいします」

「賛成、なにが...、オーケーわかったよ」

賛成が言い出したら聞かない事は玉澤が一番わかっている。

兄弟同然なのだ。

「約束があるので、行ってもいいでしょうか?」

賛成はそういって社長室を出ていった。

吉田とふたり社長室に残った玉澤は大きなため息をついた。

「吉田常務、その城之内という記者に秘密裏に接触してくれ。賛成の様子が変だ。

何かを隠している。こっちは俺がフォローするから、急いで。」

「了解しました」

吉田はそう言うと一礼して社長室から出て行った。

 

 

吉田が社長室を出ると、賛成が待っていた。

「副社長...どうされましたか?」

「社長に頼まれましたね?記者と接触するように」

吉田は答えない。

「吉田常務、おねがいします。明日まで待ってください」

賛成の頼みに、吉田は無言のまま不適な笑みを浮かべる。

賛成はこの男が苦手だ。

「わかりませんね、副社長?明日まで待てば何が変わると言うんですか?」

余裕綽々の表情だ。

そう、こいつは俺が七光りだと、バカにしてるんだ。

ふん、吉田め。

「常務、あなただけに話します。ホワイトナイトの正体を、僕は知っている...」

「え?なんですって?」

「だから何も聞かずに1日だけ待ってください。

俺が社長に言います。その時を待って欲しい...」

吉田は賛成の面持ちにただならぬ様子を感じた。

「わかりました、明日いっぱい。それ以上は待てません。それでいいですね?」

「はい、それでいいです」

賛成が先にその場を立ち去った。

Yazooを受け入れることは政略結婚を受け入れる事とイコールだ。

なぜこの話が城之内にばれているのか、わからない。

父幹二朗の様子も気になる。

なにかが起きてるんだ。

(明日までに絶対に君をみつける。レイ、何かわけがあるんだろ?聞かせてくれ)

純保はレイに会えたのだろうか?

そしてその前に城之内ーJに連絡しなければ。

 

 

//////

麻布十番商店街でロケを終えたハルナと純保は、そのままスタッフと現地解散した。

純保のプロポーズもつかの間、日が暮れる前にロケを終わらせなければならず、

返事はそっちのけでロケが進行した。

記者はさんざん写真を撮りまくって、去っていった。

純保とハルナは特に行く当てもないが、ふたりで並んでぷらぷらと歩いた。

「また週刊誌載っちゃいますね」

「ん...」

今度はなんて書かれるかな?

また会社に迷惑をかける...。

「ほんと不器用ですよね...もっとうまく、やればいいのに...」

「ハハ、ほんとだよな?」

微笑む純保に、ハルナももう笑うしかない。

写真週刊誌なんて怖くない、そう思わないと。

「わたし、入社式で先輩を見た時、完璧だって思いました。

かっこ良くて、スキがなくって、わー!パーフェクトだー!って...でも全然ちがった」

「全然?」

「はい、全然です。自信が無くて、臆病で、不器用で。

でも先輩はそういうの周りに 見せないように頑張ってる...

つまり完璧なんですけどね...ある意味では」

「見せないように頑張ってる、か。でも、ハルナには、見えてるの?」

「はい、見えますよ?だって、わかるもん...」

ハルナがその場で立ち止まる。

「...どうした?」

「好きです。...先輩が好きです。最初からいままで、ずっと先輩だけを好きです。

これからも好きでいていいですか?」

「ばかっ」

「好きになってもいいですかって何だよ?」

「え...?」

「おれたち、両想いだろ?」

「うん...先輩、うん、うん...」

純保が優しくハルナを抱きしめた。

「...あ、ハルナ、見て?」

視線をやると、東京タワーがライトアップされていた。

ドラえもんカラーだ。

日が暮れて30分ほどの夕暮れの残光が街を青く染めるその短い時間を、青の時間と呼ぶ。

青い街に青いタワーが静かに優しく光っていた。

「わあ!ドラえもんだ!」

「すごいな!」

 

「...これ、忘れませんね、私たち」

「うん。ねえハルナ、前に言ったよね?俺はハルナの一部しか知らないって。

でもね、それでいいって思うんだ。俺の知ってるハルナの一部、ほんのちょっとかも知れないけど、

それで俺、充分なんだ。言ってる意味わかる?」

「わかりませんよ!...うそ、わかります。うまく言えないけど..つまり私のことが大好きってこと、ですよね?」

「こいつぅ!」

ドラえもんカラーの東京タワーが青く光り、その後ろを一台の飛行機が飛んでゆく。

この日を忘れる事は無い。きっと。

二人で空を見上げながら、一筋の白い飛行機雲を目で追った。

美しい景色だった。

 

ー第23話後編に続くー