PM7:00に2PMの事を考える

クリームソーダ的宇宙

アナウンサー!春物語 第30話 前編

2013-11-10 14:00:00 | アナ春

2013年、12月、とある金曜の夜、銀座。

 

世の中はクリスマスムード一色。

今年の冬は寒くなると言っていたが、事実、いつ初雪が降っても おかしくない寒気が東京を襲い、

浮かれムードで熱気のあるはずのこの街をも冷ましていた。

いや、

そう感じるのは玉澤竜二だけかもしれない―――。

 ・

玉澤竜二はとあるパ―ティーへ向かうため、ひとり銀座通りを歩いていた。

その目にはすれ違うすべての人の表情が、とても楽しげに映る。

恋人達はもちろん、1人で行く人々の誰しもが、みんな誰かの元へ向かっているように感じられた。

(…俺の心、ロンリーだな)

4丁目の交差点の信号が赤から青へ変わる。

カフェ・ドトール側から横断歩道を渡ると、和光の磨き上げられたショーウィンドウにタキシード姿の玉澤の姿が写った。

完璧な姿。

だが、足りない。

俺の隣にいるはずの、なにか、が。

玉澤竜二はひとり、白い息を吐く。

 ・

さかのぼる事ひと月前…、11月。

プチテレビは堀辺・ホワイトナイトによって危機を脱し、JYとの共同事業を立ち上げた。

 

放送局がインターネット動画事業へ本格参入した、と、世間を驚かせる事になったインターネット動画サイト「ぷちぷち動画」。

「ぷち動」の総合プロデューサーには、敵対していたはずの紀村俊を据え、それが更なる宣伝効果を生んだ。

一連の株式騒動はすべて宣伝だったのではないか?との憶測が12月に入った今も相変わらず飛び交っている。

「ぷち動」は堀辺の的確な投資と(堀辺は決して品のない金の使い方はしない)、

紀村の斬新なアイデアにより、驚くべき勢いでユーザー数を伸ばしていた。

つまり玉澤プチは、ここにきて”第二の黄金期”を迎えたと言えよう。

まさに、“雨降って、地固まる”

Let it rain.

大雨により大地の奥深くまで水が浸透し、深く眠っていた種子がいま芽ぶいた。

これから太陽を浴び、その若葉を大きく広げる季節――。

 

しかし、昨日。

 

上機嫌の玉澤に、副社長・黄桜賛成の発言が衝撃をもたらした。

なんと賛成は、会社を休職し、ハーバードのビジネススクールに留学したいと言い出したのだ。

「おい、本気か、本気なのか?」

聞き分けのよい玉澤もこればっかりは驚いた。

「こんな時期に勝手な事言ってるのは分かってます」

「賛成、ここからなんだぞ?ここから俺とお前のプチテレビが始まるんだ。だろ?

堀辺くんもしばらく日本に腰を据えてくれるし、紀村くんとだっていい形でスタートを切れた――」

「こんな時だからです、今ならプチには堀辺さんも、紀村さんも、吉田常務だっています。

みんな玉さんを支えてくれます。僕は今回の事で何も出来ない自分に嫌気がさしました。

お願いします。勉強してきたいんです…!行かせてください!」

「くっ!」

ここで副社長が交代?ふたたび株主を動揺させる。

玉澤は賛成の懇願にも、今回は止めたい気持ち90%だ、即答はむりだ。

「…賛成、俺はすぐにイエスとは言えない」

(玉さん…)

「わかりました。でも、…昨日今日考えついたことではないんです。

勝手ですが、ハーバードに願書も出しました。もちろん社長の意思に従いますが――」

「ああ・・・考えておくよ。近いうちに」

「はい・・・」

 

玉澤にとって賛成は弟同然だ。

今彼がいなくなることは、とてもつらい…。

(俺は2年ニューヨークに行っていたのに、勝手な言い分だ・・でも、賛成、

いつもおまえは俺を支えてくれてた、それが当たり前だって思ってたよ)

それが昨日。

新事業発足からやっと3週間というこのタイミングでの出来事。

賛成の事を考えながら和光の前を過ぎ、

山野楽器―クリスマスソングしか流さない―を過ぎ、

ミキモトークリスマスツリーとそれを写メする見物客が今年もお目見えだ―を過ぎ、

ますます身も心も寒くなった玉澤。

袖を通さず肩にかけたラルフローレンのチャコールグレーのコートの襟をたてなおすと、ふと本屋の前で立ち止まった。

店頭にはクリスマスギフト用の本のほかに、銀座らしく、経営者目線のベストセラーがいくつも並べられてた。

その中に賛成の父、黄桜幹二朗の経営指南本があった。

”放送に生きる――黄桜幹二朗”

(とんでもない家に生まれたよな、賛成。お前と初めて逢った時、俺は26、お前はまだ16になったばかりだった…)

玉澤はふと、昔を思い出していた。

 

16年前。

プチテレビに入社した玉澤は最初から一目置かれる存在だった。

まずはその見た目のよさーガタイがよく目立つ上に、何とも言えない華がある。

それでいて気さくな性格ー男性社員のなかには彼を煙たがる人間もいないではないが、一度飲みに行くと彼の飾らない性格を知る。

そんな男が万人から慕われない訳がないだろう。

当時、女子アナは既にアイドル化し飽和状態にあった時勢、

ブームは男性アナウンサーに飛び火するタイミングだった。

彼は順調に担当番組を拡げ、2年目にはキー局位1の人気アナになっていた。

アイドルアナとしてCDを出したのもこの頃だ。

そんな折玉澤は、当時プチの社長だった賛成の父、幹二朗からお呼びをうけ御殿場にゴルフに連れて行かれた。

すぐに気に入られた。

「竜二君、ちょっと頼みがあるんだが」

そうして玉澤は元麻布の黄桜邸にやってきたのだ。

賛成の”子守り”役として―――

 ・

賛成は玉澤が想像していたのとは全然違った。

学校をさぼり、渋谷を徘徊している手のつけられない不良―

そんな風にいわれていたが、実際の賛成は感じやすいナイーブな少年という印象だ。

表面上いきがっている所は感じられたものの、

例えば、髪をのばして染めたり、ピアスをしたり、言葉遣いが悪かったりするのは、

玉澤から見ると男の子なら誰でも通る道だと思えた。

賛成はこの年頃の男の子にしては珍しく、玉澤が自室に入る事をいやがらなかった。

まあそれは一般的な”子供部屋”と言うのが憚られるほどの広さと贅沢な家具が置かれた部屋なのだが…。

「すごいな、俺のマンションの部屋なんてこの中に全部すっぽりおさまっちゃうぜ?」

「ふぅん、そう?」

賛成は彼なりに玉澤を見極めようとしていた。

子守役は何人も過去にいた。

家庭教師代わりで勉強を教えてくるのもいたし、やたらと賛成におべっかを遣うものもいた。

今回はどんなタイプだろう?

テレビはほとんど見ないが、アナウンサーだと言っていた。

軽い感じだし、パパンに言われて仕方なくやってきたんだろう。

どうせ俺の行動を監視して、悪い連中とは手を切れ、黄桜の家名を汚すな、とパパンの伝言を伝書鳩のように俺に伝えるんだ。

そして俺はまた反抗する。

家を出て、渋谷で何日か徘徊して、そうしてまた子守役はチェンジする…無限の繰り返し。

「あのさ、…テキトーにしてていーよ、父さんとは口きかないし、俺あんたに不利になるよーなことしないから。

2時間くらい時間つぶして帰れば問題ないっしょ?」

「ね、これしていい?」

玉澤はゲームを指差した、ファイナルファンタジーだ。

(変な大人だな・・・)

「…いーけど」

そして二人でゲームをしていたら、あっという間に日が暮れた。

 ・

帰り際玉澤は執事から金を渡された。

子守り代、とでもいうのだろうか。分厚い封筒だ。

驚いて突き返したが、思い直してまた封筒を受け取ると、その足で幹二朗の書斎へいった。

「この金の意味がよくわかりません」

封筒を書斎に座る幹二朗の目の前に置く。

「なんだね?君は賛成に週1、2度会って、わしに様子を伝えてくれるだけでいい。それは小遣いだよ、メシでも食いなさい」

「…メシっていう額じゃないし、そもそも僕はそんなつもりで引き受けたわけじゃありません」

幹二朗にはその意味がよくわからないようだった。

「友達――というか、兄貴代わりとして会いたいときに彼に会います!

人付き合いって、金をもらったり強制されたりするもんじゃないと思ってますから!」

幹二朗はその勢いに圧倒されたようだ。

「――わかったよ、変わった男だのう。・・でも金が必要になったら言ってくれ」

「はい、では、失礼します」

「ああ、竜二くん、…聞いていいかな?無報酬でなぜ引き受ける?

わしの頼みだから断れないというわけでもあるまい?こんなにはっきりと意思を言える君なら…出世か?」

「俺にも、…兄貴がいるんです。事情があって長い事会えていませんが、兄貴がいたから今の俺がいます。

だから、賛成くんにも、そんな存在がいたらいいのかなって…」

玉澤自身の考えもまとまってはいないが、だた、なんとなくそう感じる。

 

書斎を出てらせん階段を降りてゆくと玄関で4、5人の女たちとすれ違った。

派手に着飾り香水の匂いをぷんぷんさせている4,50代くらいの奥様連中。

「あれは?」

玉澤は執事に尋ねる。

「本日、奥様のお茶会があるのでそれにお見えです。二ツ井物産の社長夫人と、参議院議員のーー」

「あ、いや、もういいです。」

急いでスニーカーを履き家を出た。

奥様――賛成の母親は、ずっと家にいたのか。

ついに最後まで出てこなかった、息子の子守だと聞いているだろうに?どうせ着飾る準備で忙しいのだろう。

(やれやれ、・・・大変な家だな)

今日ここに入った時、言い様のない居心地の悪さを感じた。

大邸宅に自分は恐縮しているのかと思っていたが・・・

違ったようだ、この空気のせいだ。

この家がまとっている空気の名前、それは”孤独”だ。

当時26歳の玉澤の毎日は目まぐるしいものだ。

アナウンサーの仕事は多忙を極め、レギュラー14本、海外ロケ(この頃行ったアフリカへのロケで堀辺に会っていたらしい)、

CDや音楽番組のための歌とダンスのレッスン、ドラマにも出るための演技のレッスン、

睡眠時間はまとめて3時間以上取れたためしがない。

恋愛もフルに頑張った。

頑張り過ぎて本命にはいつも逃げられた。

本命に対して頑張れば頑張るほどキープの女性が増えていった、自分でも訳が分からなかった。

後でわかったことだがこの頃、隠し子も生まれた。

それでも玉澤は賛成にマメに会いにいった。なんだか、放っておけないし、純粋に楽しかった。

特に何をするでもない。

近所を散歩してたいやきを買い食いしたり、六本木の方まで行って今はなきWAVEで一緒にCDを試聴したり、PBCで雑誌を立ち読みしたりした。

いつのころか、玉澤にとって賛成といることが癒しになっていた。

 

そうして二人が出会って1年余りが過ぎた頃だろうか?

 

夏。

賛成が警察に補導された。

渋谷警察署から連絡が入り、あわてた執事が玉澤に連絡をよこしたのだ。

「もちろん行きますよ、でも、なぜ?社長は?良子さんは?」

「奥様も、、旦那様も、世間の目を気にされておりますので、、

わたくしがお坊っちゃまを迎えにいきたいのですが、旦那様がまず玉澤さまにご相談をと」

「世間って・・・!―――わかりました、とにかくすぐ行きます」

賛成、すぐに行くから待ってろ――早く行って安心させてやりたい。

玉澤は着るものもとりあえず家を出た。 

 ・

警察署に着くと何人もの不良達・チーマーというのか、が補導されていた。

賛成は警察官に腕を掴まれ、こちらへ連れられて来た。

「賛成」

「玉さん…」

賛成は玉澤の姿を認め、安心――どころか、真逆の反応を見せた。

失望の表情で落胆し深くうなだれる。

そして低い声で話出す。

「…何しに…来たんだよ!帰れよ!俺なんて、どうなってもいいんだ!!」

最後、声はあらぶり、その頬に涙がつたっていた。

玉澤も哀しかった。

父親も母親も来ない。遣いの玉澤をよこす。

賛成の痛みが伝わり、自分は兄”代わり”にはなれても兄には――肉親にはなれないことを思い知る。

(あたりまえのことだ…)

俺がやってきたことは兄貴ごっこだ。

玉澤は賛成の隣に腰掛け、静かに話し出した。

「黄桜のぼっちゃんよう、どんな事をしてもいい。誰を恨んでもいい。でもひとつだけ忘れるな。人には運命というものがある。」

「運・・・命?」

「そう、運命。おまえが黄桜の家に生まれたのも、運命。ぐれてるのも、運命。で、いま俺に会ってるのも、運命」

「運…命…?」

運命を受け入れることを説明して理解させようとすることは、17歳の賛成にとって酷ではないか?

できれば自分で気が付いて切り開いていってほしい。

だが賛成は特殊だ。

“黄桜の家に生まれた事”は端から見ればラッキーに写るだろう。

しかしその内実は、アンラッキーだ。

少なくとも今は。

賛成のような繊細な子があの家でひとり放りだされている現状。

スポイルされてしまっている現状。

人は変えられない――血を分けた親子であっても、絶対に分かり合えない部分はある。

だから、賛成に変わって欲しい。

そういうものなのだと受け止めて生きてゆく勇気を持つことが、今の賛成にとって最善と思いたい。

玉澤は言葉を選び賛成に語りかけた。

その言葉は幸運に転じたようだ。

この日から賛成はつきものが落ちたようになり、不良から卒業した。

車のクラクション。

玉澤は我に返る。

ここは2013年、銀座、本屋のガラスに映った自分の顔にはっとした。

(10年以上経ったんだな。あっという間だ。)

あの日から賛成は父母に愛されようと期待することをある意味で諦め、自力で頑張ってきた。

玉澤との縁はますます濃くなった。自分が賛成を支えていると思っていたが――。

(依存していたのは俺なのかな…)

風が冷たい。

やはりハイヤーでパーティ会場にむかうべきだったか。

銀座の風を感じたい、などと思った自分に苦笑いだ。

 

1丁目のCHANELの前でウィンドウに片手を付き、しゃがんでいる女性が見えた。

気分でも悪いのだろうか?

通りを行く人々は我関せずと行った具合で彼女を無視し足早に通り過ぎてゆく。

玉澤は躊躇することなく彼女に声をかけた。

「どうしました?」

「あ、ヒールが、、」

女性の左足のヒールが舗道の隙間に挟まり動かなくなったようだ。

「どうしよう、、抜けない…」

「お手伝いしましょう?」

「大丈夫です。…あっ!」

靴の左ヒールが丸ごと取れてしまい、彼女のバランスが一気に崩れた。

ふらついた彼女の体を玉澤が正面からキャッチする。

ふたりは予期せず、抱き合う体制になってしまった。

 

玉澤の胸の中で女性はすっぽりとおさまっている。

茶色いボブカットからカシスのような香りがして鼻孔をくすぐった。

上品な毛皮のコートの中は、華奢な作りのブラックミニドレス、

スパンコールが全面にあしらわれ、それが安物でないことは玉澤にも一目でわかる。

しばらく玉澤の胸にいた彼女ははっと我に返り顔をあげ玉澤を見た。

「あ・すみま、わたしった、ら・・・」

彼女のフェイスには身を守るようなアイライン。

玉澤が出逢ってきた過去のどの女性より、そのラインは強く、儚くも凛々しく、その潤んだ瞳を縁取っていた。

「・・・女性が困っているのを放っておくのは、主義ではありませんから」

「あ、ありがとうございます」

女性は急いで離れようとするが、ふたたびよろける。

左のヒールがすっぽりと根元からとれているのだ、歩ける訳もない。

玉澤はひざまずくと、舗道におちているヒールを拾った。

12センチはあろうか?ヒールのフォルムと赤いソールが妖しくも美しい。

「あぁん、お気に入りの靴だったのに…!ほんっと今日はついてないっ!」

彼女は独り言を小さく呟いた。

玉澤が微笑んで話しかける。

「これから、どちらへ?」

「…帰るところだったんです。…肩をかしていただいて助かりました。タクシー拾うから、もう大丈夫です」

「でもこれじゃあ歩けませんね?ちょっと失礼?」

彼女の視界が突然変わった。

都会の空が目の前に広がる。

そう、返事を待たないまま玉澤がお姫様抱っこしたのだ。

「きゃ!あの!」

「12月の金曜日の夜ですよ?タクシーも捕まりにくい。僕がタクシー乗り場まで連れて行きます」

「で、も、、、、歩きますから、、」

「余計なお世話だと思いますが…イヤなんです」

「え?イヤって、なにが?」

「…こんなに綺麗な人が、よろけながら歩くのが」

笑顔。

この笑顔にそれ以上なにか言える女性がいるだろうか?

いないだろう。もちろん彼女も何も言えない。

 ・

結局、タキシードの男に抱えられた毛皮にミニドレスの女性は、銀座通りの信号をわたり松屋銀座前のタクシーまで運ばれた。

12月の慌ただしく急ぐ街と、クリスマスの灯りと、クラクション、クリスマスソングをバックに。

それを目にするものがいれば、映画のワンシーンを見ている錯覚に陥るだろう。

「ヒールが折れた分、いいことがありますよ」

彼女をタクシーに乗せるとき、玉澤が呪文のようにそう言った。

「あ、あの、あなたって」

彼女の声はタクシーのドアの閉まる音でかき消され、

窓越しに玉澤の後ろ姿をみつけようとするが彼の姿は既に銀座の雑踏の中へ消えていた。

「お客さん、どちらまで?」

「あ、品川まで…」

サヤ子は、取れた左のヒールを持っていない事に気がついた。

 

銀座、ドイツの高級車メーカー、メルセデス・ベンズのパーティ会場。

沢山の人でにぎわっている。

玉澤が遅れて到着した。

「社長!」

誰かが声をかけてきた。

張本右太郎だ。

「張本、遅くなってすまないな?」

「遅いじゃないですかー!みなさんお待ちかねですよ!なにかあったんですか?」

「いや、ちょっとね‥」

 

ベンズ社はニュース22のスポンサー。

今日は有名人も多数来ているはずだ。

ちょっと早めのクリスマスという趣向のパーティ会場は熱気に溢れている。

「あっれー?張本さん、今日ニュースは?」

張本の知り合いだろうか、業界人ふうの男が話しかける。

「おー!久しぶり!今日は年末特番。応答せよ2013年忘れ!白バイ密着14時間スペシャルなの!ほら、柳沢信吾がナレーションで・・」

玉澤はシャンパンをボーイから受け取ると一口飲んだ。

「あれ?張本、お前たしか、彼女を連れてくるから紹介するって言ってなかったっけ?」

右太郎はとたんに無表情になる。

「あ、、、ちょっと、、、都合が悪くなって。また今度…あ、クリステル?社長、すみませんちょっと失礼!」

右太郎は誰かをみつけちょうだ、そっちに行ってしまった。

(まったく、落ち着きのないヤツだな・・・)

シャンペンを口にふくむ。グラスに入った金色の液体をライトに照らし眺める。

さっきの彼女…黒いドレスもよかったけど、こんな品のいいゴールドのドレスも似合いそうだ…。

つんとした美人という印象の彼女が抱きかかえた時にふと見せたキョトンとした表情――あれ、かわいかったな。

玉澤は、タキシードのポケットに手をやった。妙なふくらみがある。

手を入れ、取り出す。

靴のヒール。

(ああ、持って来ちゃったのか)

さっきまで彼女の左足を支えていたヒール…。

手元にある鋭角なヒールのカーブを眺めながら、玉澤はフッと笑った。

 

 

週が開け、月曜日のプチテレビ副社長室。

 

賛成が出社すると、机の上になにやら包みがある。

かけられている緑と赤のリボンをほどくと、中には上質な皮で作られ裏側にミンクが貼ってある、あたたかそうな手袋が入っていた。

「それ、社長が置かれていきましたよ?」

コーヒーを運んできた秘書が言った。

賛成は包みを持ち、社長室へ行く。

「社長、これ…」

朝のメールチェックをしていた玉澤が賛成を見た。

メガネを外し席から立ち上がる。

賛成に背中を向け、窓のブラインドを一気に開き朝の光を部屋に入れた。

「玉さん、これ…」

「俺からのクリスマス・プレゼントだ。ちょっと早いけどな?」

賛成は手袋を見る。

二双。

自分用と、女性用――、レイの分だろう。

「どうせ準備ができたらすぐに渡米するんだろ?」

「…そのつもり、です」

「レイちゃんも連れてくんだろ?」

「…はい、玉、澤さん…」

「ボストンは、寒いぞ。ちゃんと防寒しろ?」

「……」

賛成は涙がこぼれるのをこらえた。

「絶対に俺、頼れる人間になって帰ってきます。

だからそれまでプチテレビをお願いします。…兄さん」

玉澤は背を向けたまま、うなづいた。

賛成が部屋を出た後、玉澤はしばらく窓の外を見ていた。

 

 

 

 ―30話後編につづく―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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