ボストンの夏は短い。
日中でもさほど気温はあがらず、夜になれば肌寒く感じるほどだ。
チャールズ川沿いの遊歩道をゆく地元の外国人たちと自分とでは温度の感じ方が違うようだ―、
レイは長袖のカーディガンを羽織ると、川縁の芝生が乾いている適当な場所に座り、川の流れをみつめた。
レイの婚約者である黄桜賛成が12歳の頃、目の当たりにしてしまった出来事。
父幹二朗の愛人が不貞の子供を産み、その赤子を抱えて屋敷にやってきた。
その腹を一突きにした賛成の母・良子。
床に広がる鮮血と、嫉妬に取りつかれ人を刺す母を見た少年・賛成の心の内がどんなものだったか。
トラウマとなったその出来事のせいで言葉を発せられなくなった賛成は12歳の夏、アメリカへ遊学させられた。
記憶のないその夏に、なにがあったのか。
夏が終わった頃彼は「その時」の記憶を失くすのとひきかえに「言葉」を取り戻し日本へ帰ってくる。
そして現在(いま)は、「その時」の記憶と12歳の自分を取り戻す為に再びアメリカに戻ってきた、―レイと共に。
「当時の僕を知る堀辺さんが記憶喪失だなんて、よくできた話だよな…」
日本で荷物をまとめながら賛成がそうつぶやいてた。
レイももちろん一緒に自分の荷物をまとめアメリカ行きの飛行機にのる。
そして、飛行機の中で眠る賛成の顔を見ながらある思いに駆られた。
賛成には自分が本当に必要なのだろうか?
(そう、私は賛成が何も言ってくれないことにイラついてた。
だけど違うってことに気が付いた、私は役に立てていない自分にイラついているんだ)
日本とアメリカを行ったり来たり彼の都合に乗るがままで自分は自立していない存在だと思った。
このままでは私は、黄桜家という家に支配されてしまわないだろうか?
わたしという自我を、あの家は全て食い尽くしてしまいやしないだろうか?
ああ、きっと賛成の母良子ならそんなこと思いもしないだろう。
つまり私は現代の女なのだ、家に守られたり、守ったり、きっと器用に立ち回れるが、
すっかり他者に内包されてしまうのは嫌なのだ。
わがままな価値観かもしれない。だけど。
冷たい風が吹く。重い灰色の雲がたち込める。それを映す川の水面はどんよりと濁り静かに流れてゆく、遥か昔からきっと同じように。
あんなに美しいとおもったボストンの風景が今はさびしい。
日本よりも一足先にボストンは秋を迎えているようだ。
・
プチテレビ、アナウンス室。
今日も慌ただしい。
「そぽると!」の収録から戻ったハルナを見つめる男。―張本右太郎だ。
右太郎の視線に気づくハルナ。
「ウタ先輩、どうしたんですか?」
「え?」
「いいですか?コーヒー、わたしも戴きたいんですけど…」
「え?あ?うん。」
知らぬ間にコーヒーサーバーを持ったままハルナを見つめていたようだ。
コーヒーをつぎハルナは自分のデスクに戻る。
(どーなってんだろう…)
目で追いながら回想する。
吉田常務とシュウコの結婚式のあと、ハルナを追っていった純保。
それを追う(たぶん)恋のライバル・テレビ関西の虻川。
虻川がふたりの邪魔にならないように止めてあげたのは自分だし、
報告を訊く権利はあるだろうと思うのだが、ふたりからは何の報告もない。
二次会はバタバタ、伊藤もハルナも遅れきたが慌ただしさに話すひまもなく、気が付けば帰っていた。
会社で観察してみても、復縁という感じでもないのだが…。
(まあいいけどさあ・・・人の心配してもなあ・・・)
そう、右太郎はむしろ自分の心配をしてもらいたいくらいだ。
デスクに座りぼんやりとした。
サヤ子とはあれ以来会っていないが、右太郎は未練がましくもまだサヤ子の事を思っている。
連絡をとることはギリギリの所で踏みとどまっているけど、いつもサヤ子の事をかんがえている。
付き合っていた頃以上に、心の中でサヤ子のことを考えすぎて好きな気持ちが膨張していた。
やりなおしたい
そう言ったら彼女はなんていうだろう?
「おい、張本くん、ニュース22の打ち合わせはじめてもいいかー?」
ディレクターの声にハッとなり、はい、と言いながらコーヒーをひと口のんだ。もう冷めていた。
・
サヤ子はというと、仕事にまい進する日々が続いている。
男の事を忘れるために仕事をいれる、という事はないけど、
秋は日本のあちこちで学会が行われ必然的に忙しいのだ。
クリニックで患者を見終えたサヤ子は、看護師もすべて返しひとり、PCに向かい学会の準備をしていた。
静かなクリニックは仕事をするのに最適だ。
いつもなら音楽をかけるけどー、正直、右太郎と別れてから、聴きたい音楽が、ない。
何を聴いても、どんな歌詞でも、あの人の何かを思い出しそうだから?
新しい男をみつけるのが最善の処方箋だとわかっていても、それができないときもある。
コーヒーをひとくちすする。
(付き合い始めたころはウタ、コーヒー苦くてきらいだったのよね…ふふ…)
一瞬とてつもなく深い感傷におそわれそうになり、気を取り直してPCに向き直し学会のスケジュールを見はじめた。
東京はもちろん、札幌、仙台、名古屋…
全てに出席はできないから、いくつかの重要なもの、人脈に有効なものに重要マークをつけてゆく。
9月27日、大阪。
美容整形にIPS細胞の解釈を取り入れた革新的な発表ー。これはマストだ。
チェックをつけたあとに気が付いた。シンポジウムの座長の名。
龍ヶ崎光志。
(つづく)
かなりひさしぶりの投稿です!
最後まで頭の中ではお話はできているのですが、整理し、色付けする時間がありませんでした。
単純に書く時間というよりも、そちらの脳みその問題です(笑)
そーこーしているうちにPMさんたちはミダレテいるし、チャンソンは一夜にして花子とアンの蓮様みたいになっているし、追いつけていませんが・・・まいいかー笑!
今回は写真がない投稿ですが、できれば付けていきたいと思っています、自分でもその方が楽しいので。
とにかくそろそろ出していかないと書かないまま自己満足で終了しそうでしたのでアナウンサーのためにも更新いたしました!
アナウンサー!冬物語は下記からの続編です。
1、アナウンサー!春物語 第1話はこちらから→
http://blog.goo.ne.jp/ktam7pm/e/df22f4138795fe59124c72c361afa9bc
2、抱きしめて!聖夜(イブ) 第1話はこちらから→
http://blog.goo.ne.jp/ktam7pm/e/7637959c3f1ee9d122d1df584f237758
カテゴリーの「アナ春」からも読んでいただけます。
※この物語はフィクションであり実在の2PMとは一切関係ありません。
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