テレビ関西。
関西広域を放送対象とする、TVS系列の準キー局。
東京TVSの番組をそのまま放送することもあるが、独自の制作番組も多い。
地方局には独自性がある。
ここ関西には関西の文化が有り、人気番組があり、人気タレントがいて、そして人気アナウンサーがいる。
テレビ関西が誇る人気アナウンサー、それは・・・。
権藤圭汰。
みなさんはこの名前を憶えておいでだろうか?
伊藤純保が3年連続首位をキープする、
女性誌「pm・pm」の抱かれたい男・ランキング・アナウンサー部門で
去年、2位に登場したアナウンサー、
テレビ関西・権藤圭汰。
地方局にあって2位というのはかなりすごい。
(―――ルックスがいいのは認めるよ。)
麻里に頼みこみアナウンス局に潜入した純保は
ブースのブラインドの隙間から遠目に権藤を眺めた。
権藤にはスキがない。
しかし足りないものはある。
たとえばセクシーさ、たくましさ、上にのぼってやろうというハングリー精神。
しかし彼には「若さ」ゆえの無自覚と「凡庸さ」からくる癒しの雰囲気がある。
そしてひとつ真理を言ってしまうと、
セクシーさやたくましさ、ハングリー精神。
そんなものは・・・
正直、アナウンサーには不要なのだ。
権藤。彼からほのかににおう「ほのぼの感」。
自分とは全く違うタイプの権藤に、無駄だとわかってはいても純保は軽い嫉妬を覚えてしまう。
「ほのぼの、ですか?よくわかりませんけど、たしかにゴンちゃんと話すと…安らぎますね」
「ふーん。安らぐ、ねえ」
純保の隣から麻里もいっしょに権藤を見ながら言う。
「ゴンちゃんって実際、おっとりしてるんですよ。
ほら、うちってバラエティもヨシモト芸人がチャキチャキ仕切るじゃないですか?
そこにゴンちゃんがいると場が和むんでいいギャップっていうんですか?
彼、京都の老舗の呉服屋の次男坊なんですけど、ほら、多角経営であぶらとり紙とかも売ってる・・、
ま一言でいえばぼんぼんなんですよね。
育ちのよさというか、焦り知らずというか、京をとこ、っていうか、なんていうのか・・は、は・・」
「はんなり感!!」
「それ!!」
麻里と純保は同時にお互いを指差しあった。
目が合って、ふきだす。
「ふはは~。はんなり感ってこういうとき使うのかぁ~?」
「ほ、ほんとですね…」
麻里は照れた。
目の前で、純保がわらっている。
噛み合わせがずれるほど、わらっている。
麻里はなんだか突然、「あこがれの」ではなく「身近な」純保を感じた。
感じてしまった。
こうしているとやはり彼もただの人間の男性なんだなと思い
麻里は説明のしようのない気持ちになる。
「――権藤ってさ、彼女いるの?」
「・・どうですかね。特定の恋人がいると聞いたことはないです。でも年末、あ」
年末、プチテレビのハルナと飲んでけっこうホの字だったらしいと言いかけたが…。
言わないほうがいいかもしれないと思い純保をちらりと見た。
「権藤、年末、ハルナと飲み会してたよね」
「あ…知ってるんですね…?」
「全部知ってるから隠さないで?ねえ、キミの知ってること、聞かせてほしい。おねがい。」
断れるはずもなく、
とりあえず業務にもどらなくてはならないから、ランチタイムに外で、と約束をし、
純保をテレビ関西から出した。
ランチタイムまでの業務が手につかなかったのは言うまでもない。
麻里はこの不測の事態に、親友のジョルジュにすら、
なんと説明していいかわからず、LINEの画面を開いては閉じた。
・
純保がラーメンがいいというので麻里は穴場のラーメンやへ連れてゆく。
会社から少し離れた場所。
13時、とピークから時間をずらしたためそう混雑もしていない。
テレビ関西の社員も一部をのぞけばこの店にはそんなに来ないはずだ。
純保はサングラスを外さない。
テレビ関係者を除けば誰も気が付かないと思うが…。
「あのさ、ごめん、写真撮ってもらってい?」
「あ、はい」
パシャ
「ありがと!いっただっきまーす。ほわ!うまそ!」
運ばれてきたラーメンを箸ですくいふぅふぅと息を吹きかけ、さます。
麻里はデ・ジャ・ヴにおそわれた。
(この光景!去年11月のグルメレポ番組だわ!
ハルナと一緒に恵比寿のなんとかいうラーメン店で同じようにふぅふぅしてた…!)
ふぅふぅして、ずずと麺をすする純保にみとれてしまう。
「あれ?たべないの?」
「たべます…いただきます」
しかし純保の前で麺をすすらなくてはならないとは…。
恥ずかしい…。
麺をすする練習をしておけばよかった。
「あのさ~、権藤くんとハルナの飲み会って他にだれがいたか、知ってる?」
「たしか、バンちゃんと虻川くんかな~?」
「バンちゃん?」
「営業の板東くんです。虻川くんは板東くんのアシスタントです。あ、でした、か…」
「どういう意味?」
「虻川くん、東京支社に転勤になったんです。」
ふうん、と純保はチャーシューを食べながら興味なさげに言った。
「ハルナ・・さんと虻川くんが、大学のゼミ仲間らしいですよ。
板東くんはどうして行ったのかよくわかりませんけど、あれ?ハルナのファンだったかな?」
「え?・・・・・・ファン?!」
「や、ファンっていうか、仕事柄女子アナとか詳しいし、
バンちゃんって営業じゃないですか?
クライアントに女子アナ使ったタイアップCMとか売り込むんですけど、
正直ここだけの話、うちって女子アナが不毛で。
だから人気があったり、仕事ができるって噂の全国の女子アナチェックは怠らないんです。
そのなかで多分ハルナを前から買っていて、実際会ってもすごくいい子だったよ~って。
あんまり人をほめないんで、珍しいなとは思ったんですけど…」
「…あ!思い出した。坂東ってあれ?なんか声が低いひと?眉毛がしっかりめの?」
「そうですそうです!知ってるんですかぁ?」
「きたよきたよプチに来たよ~なんかおかしいと思ったんだよなあ、
やっぱ俺の勘は正しかったか~。バンか…。
…坂東くんって、今いるかな?会えるかな?」
麻里は聞いてみますね、と言って携帯を取り出しタップした。
「―――、あー、バンちゃん、出張、みたいですね」
出張…?
「どこに・・?」
「・・東京・・・ですね」
純保の手から割り箸が落ちた。
「そっか」
それから麻里がラーメンを食べ終えるまで、純保は無言だった。
板東とハルナができているのかもしれない、そう勘ぐっているのだろう。
そう、麻里のなかでは、とっくに色々なことがつながっていた。
ハルナと別れたという噂―多分ほんと。
その噂を聞いたときはうれしかった。
でも今はつらい。
目の前の糸目はハルナの事を想いより細くなっている。
未練か嫉妬か、めめしくも大阪まで来てしまっている、ひとりのハートブレーカー・伊藤純保。
他の女のことで悩む純保を実際に目の前にするほどつらい事はない。
それに、彼は麻里が自分のファンだとわかっているくせに。
こんなにわかりやすく未練をみせ…なんてデリカシーのない男なんだろう…。
テレビとブログのコメントだけで関わっていたほうが幸せだったかもしれない。
アイドルは遠きにありて想うもの…。
もう深入りするのはやめよう。
しかし――。
次に麻里の口から出たのは心とはうらはらの言葉だった。
「連絡先教えてください。なにかわかったら教えてあげますね。さっきの写真も送らなきゃ、でしょ?」
「ん・・?あ、うん」
麻里はにっこりとほほえんだ。
そして二人は店を出る。
麻里は会社へ。純保は逆の方向へ。
それじゃ、と行きかけ純保が足をとめ振り向いた。
「えっと…なまえ…」
「―――麻里、です」
「麻里、ちゃん、ありがと。じゃね…」
歩き出す純保をみつめながら、麻里は”あること”を心に固く誓った。
―つづく―