PM7:00に2PMの事を考える

クリームソーダ的宇宙

アナウンサー!冬物語chapter.31

2014-06-23 12:00:00 | アナ冬

右太郎が去ったあと、虻川は呆然としてしまい、しばらくその場から動けないでいる。

コーヒーのおかわりをサーブしにきたウェイターが話しかけても気付かないほどに。

ハルナは君のものにはならない―

そんな言葉にはなんの根拠もないじゃないか、

そう思うのだが、虻川のまじめというのか、一本気すぎる性格は

第三者の断言を簡単には否定させてくれない。

 

カフェ・ラウンジの周りの客が何回転したころだろうか。

虻川はやっと立ち上がると、ラウンジをあとにし、ホテルの重い扉を開け外に出た。

もう日が落ちてきている。

初夏の夕凪のような生ぬるい風が虻川のほおをなでた。

自動的に足を動かし―、

右、左、右、左。

行くあてのないまま歩く。

体を動かしていないといられない。

これからいったいなにを考えればいいのか、

次に何をすればいいのかが自分自身わからない。

 

 

ここはどこなのだろう。

 

 

誰かに連絡しようにも、大阪にいた何年がで築いた濃い人間関係は東京には、なかった。

とてつもなく心細い。

大阪と、大阪の人々が、自分にとってどれだけ暖かい場所だったか

彼は今、感じていた。

そして誰よりも――、

自分のために骨を折ってくれた、”あの人”のことを――。

その時、

携帯が鳴った。

それは…

「…も、もしもし!!板東さん?!」

『…久しぶりだな。アブ、いまどこだ?』

「いま…ど?え?...どこでしょうね?」

きょろきょろと辺りを見回す。

どこなんだろう?

大きな交差点の道路標示を見あげて読み上げる。

「えっと、・・ないさ・・?ないさち・・?」

『は?』

「ないさちまち」

『あほか!内幸町(うちさいわいちょう)だろ!後ろ、向いてみ!』

虻川が後ろを振り返ると、そこに居たのは・・

板東容之輔だった。

 

 ―つづく―


 

アナウンサー!冬物語は下記からの続編です。

1、アナウンサー!春物語 第1話はこちらから→

 http://blog.goo.ne.jp/ktam7pm/e/df22f4138795fe59124c72c361afa9bc

2、抱きしめて!聖夜(イブ) 第1話はこちらから→

 http://blog.goo.ne.jp/ktam7pm/e/7637959c3f1ee9d122d1df584f237758

カテゴリーの「アナ春」からも読んでいただけます。

 ※この物語はフィクションであり実在の2PMとは一切関係ありません。

 


アナウンサー!冬物語chapter.30

2014-06-09 17:00:00 | アナ冬

カチャ、っとコーヒーカップをソーサーに置く音が響いた。

帝国ホテルの広いカフェテリア。

右太郎と虻川が、向かい合って座っている。

 

虻川は寡黙な男だった。

ハルナのあとを追おうとする彼の腕をつかみ、

半ば強引にここへ誘導した自分に、すぐ文句の一つでも出そうなものだが、と右太郎は虻川を観察しながら思った。

彼はなにもいわず、

ただ不安げな目で―不安げというのも右太郎の主観に過ぎないが、―押し黙っていた。

 

若いし(ハルナと同い年か、)パッと見やんちゃそうだし、

髪なんかも短く刈って目つきも鋭い。

服装だってかっこつけててケンカっぱやそうな雰囲気なのに、

失礼なことをした自分に言いたい事は何もないんだろうか?

 (ゆとりか…)

右太郎は腕時計を見て、立ち上がった。

「あの…!」

やっと、虻川が声を発した。

さすがにわけがわからない、と思ったのだろう。

「――しゃべれないのかと思ったよ。虻川くん、だっけ?」

「はい…虻川穣です...」

「張本です」

「知ってます…ニュースとかで見てるんで...」

「俺ね、今から二次会に行かなきゃなんないの。コーヒーはおごるから、ゆっくりしてってよ」

「え!あの!」

「なに?」

「…え、えと、、なんで、とめたんですか?

あの、えっと、なんか僕に話があるんじゃ…?」

やっと聞いてきたか。

右太郎はふたたびソファに座り直すと、テーブルの上に手を組み、虻川を見すえた。

「―――チャンス到来」

ニヤリ。

「はい?」

「あのふたり、ここんとこ話どころか目も合わせてなかったから。いい機会なんだよ」

ふたり――もちろん伊藤純保とハルナだ。

「だからって、なんで、あなたが…。まさかあなたもハルナのことス・・」

「イヤで別れたんなら、どっちかはケロッとしてるもんなのに、

伊藤さんとハルナはちょっと違う感じだからさ――。

お互いにまだ好きなのに、もしなにか誤解があるなら――」

会話するというよりは右太郎が一人で勝手にしゃべっているような空気。

右太郎は、遠い目をしている。

「このままじゃ職場の空気も悪いまんまだしね。

アナウンス局全員気ぃ遣ってんだよ…。

だからね、話し合いするチャンスだと思ってきみが行くの、俺、とめたの。

それだけ。もう行っていい?」

「え!!ききき、聞かないんですか、僕がここにきたわけ…っ!」

「うーん、じゃあ聞くけど、キミ、伊藤さんがいってたとーり、テレ関のひとなの?」

「はい、そうです」

「へえ。同業者か。で、ハルナのこと好きなの?」

「…はい」

「俺べつにとめねぇよ?って、今とめたか、ハハハ。ごめんごめん。

キミの恋路を邪魔するつもりは、ない。でも...」

「でも…?なんすか...?」

「でも多分、ハルナはキミのもんにはならないよ?」

「・・・・・・」

じゃあね、とレシートを持ち右太郎は風のようにその場を立ち去った。

虻川はあ然としていた。

 

―つづく―


アナウンサー!冬物語chapter.29

2014-06-05 11:00:00 | アナ冬

虻川穣。(あぶかわじょう)

去年の暮れ、ハルナに愛の告白をした男。

"学生時代からハルナ、きみをずっと好きだった”

…そう言ってハルナの心をかき乱し、その後なぜか音信不通になった男。

その虻川の何か月ぶりかの登場に、

ハルナは驚きを隠せないでいた。

「ど、どうしてアブちゃんが、ここに…?」

「ちょっと時間、あるかな?」

「え、えっと...」

時間は、ない。

しかし虻川とは話したい。

迷っていると後ろから右太郎の声がした。

「ハルナ~?二次会いっしょにタクシー乗ってくでしょ~?」

振り向くと少し離れた場所から、純保と一緒にこちらを見ていた。

「あの男、誰っすかね?伊藤さん知ってます?」

「・・・・・・」

 

ふたりはハルナと虻川に近寄る。

「ハルナ、二次会いくよ」

「あ、…えっと…張本先輩、すぐに追うので、先にいってください」

「え?いいけど、わかってるよね?二次会で俺とデュエットするの」

「もちろんです。絶対に行きますから心配不要です!」

「ほんとだね?…ところで、こちらはどなた?」

右太郎が虻川を見た。

「虻川くんです。学生のときからの、友達で...」

「あ・ぶ…?」純保にはなにやら引っかかったようだ。

「ふぅん・・学生時代の・・・」

いぶかしがる右太郎をよそ目に、

虻川と純保が、―なにか、野生の勘なのか、虫の知らせなのか、

無言で向かい合った。

 

30秒ほどだろうか。

無言のまま時が流れる。

先に沈黙を破ったのは純保だった。

「おまえ、テレ関の虻川だろ」

「え…」

なぜ純保が自分を知っているのかわからない虻川。

ハルナにも、わけがわからない。

「八ルナ行くぞ」

純保が強引にハルナの手をひっぱる。

しかし、ハルナはその手を振りほどいた。

「やめてよ。こういうことするの...」

「・・・・」

「先輩になんの権利があってこういうことするの?

わたしアブちゃんと話あるんで、先に行ってください。

アブちゃん、行こう?」

「――待てよ」

再び純保はハルナの腕を掴むと、今度は強引に自分のほうへ引き寄せた。

「ちょっ…」

「なんなんだよ、ゴンちゃんかと思えばバンドウだとか、こんどはアブカワかよ。

一体なんなんだよ…!」

「…なに言ってるの?おかしいんじゃないの?痛い、離して!」

「離さない。――ああ、おかしいかもな。だけどおまえがフラフラするの、見てられないんだよ!」

「なんなの?もう関係ないでしょ?!さっきだってシュウコのこと、かばったじゃない?!」

「好きな子がひとの悪口いうのヤなんだよっ!」

好きな子、って…。

「…なんなの…。ば...かじゃないの...?...」

ハルナはキっと純保をにらんで腕を振りほどき、その場から去ろうとする。

「あ、ハルナ!」

虻川がハルナを呼び止める。

「アブちゃん、ごめん、またにして!」

そしてハルナはホテルの玄関から外へと飛び出した。

純保はハルナのあとを追いかける。

つづけて虻川も追おうとしたが、その矢先、誰かに腕を掴まれた。

――右太郎だった。

「虻川くんとやら、ちょっと話そうか?ん?」

「・・・・・・」

虻川は抵抗するでもなくその場に立ちすくんでいた。

 

―つづく―


アナウンサー!冬物語chapter.28

2014-06-04 12:00:00 | アナ冬

そして、時は過ぎ、6月のある晴れた日―。

ひと組の夫婦が誕生した。

「おめでとう!」

「幸せになれよ!」

「きれーい!」

祝福の言葉が帝国ホテル・孔雀西の間に響く。

ここは披露宴会場のなかでも、最も広い会場だ。

こんな豪華な会場で披露宴をしているのは―――、

プチテレビ常務の吉田と、元スタイリストのシュウコだ。

 

「それにしても、あのスタイリストの父親が平成シェル石油の社長とはねえ―?

伊藤さん、知ってました?」

張本右太郎が言った。

新郎側の招待客、このテーブルはプチテレビ・アナウンサー席、とでもいおうか…。

「え?ウタ、シュウコちゃ・・新婦知ってんの?」

と、ウタの右隣の純保。

「ええ、何回かニュース22のゲストのスタイリングしてましたからね」

自分ととフライデーされたのがシュウコだと、ウタの中では繋がっていないようだ、と純保は思い、安心した。

右太郎が続ける。

「にしても、常務も派手好きだなあ。

二度目ってもっと地味にするもんじゃないか?ねえ、ハルナ、そう思わない?」

「…新婦の趣味かもしれませんよ?」

鴨のコンフィに細かくナイフを入れながら、右太郎の左隣でハルナが言った。

純保とハルナに挟まれる右太郎だ。

ハルナの皿の上では鴨肉が小さく小さく切り分けられバラバラになっている。ひと切れも口に運ばれる事もなく、、。

なんだか様子がおかしい。

「――常務は逆タマですね」

と、ハルナ。

「平成シェル石油なんて、すごいですよ。

シュウコさん、スタイリストも、もうやめるっていうし、

残念っていうか、結局、結婚前の腰掛け、っていうんですか――?」

「やめなよ」

食事をする手を止め、純保がハルナの言葉を遮る。

ハルナは純保のほうを見た。

「…なんですか?」

「そんなふうに言うもんじゃないよ。彼女、センスいいし、実家がどうとか関係ないでしょ?」

「…べつにそういう...!」

(あ…)

純保とハルナの雰囲気が良くない・というか悪い。

右太郎はフォローしなくてはこの雰囲気が周りに伝染する、と思った。

「まあまあ、ほら、ハルナも鴨、食べて?

伊藤さんもほら~、あっちのテーブル見て?賛成がお茶こぼしてますよ?あ、すみませんここシャンパンおかわりくださ~い」

給仕がついだシャンパンをハルナは一気に飲みほすと、バッグをもって席を立ちどこかへ行ってしまった。

右太郎は周りを注意深くみわたし純保に話しかける。

「・・伊藤さん、ハルナとやっぱ別れたんすか?」

「ああ、ウタ、そうなんだ。

好きだけど別れなきゃいけないって、ほんとにあるんだな?ハルナもつらいと思う。」

ハルナが自分に未練たっぷりだと思っているようだ。

「まあ、周りも気を遣いますんで、お願いしますよ伊藤さん...

プライベートと仕事は分けてください。大人なんだし」

「うん…ごめん。あ、次、玉澤社長のスピーチだぜ?」

「俺トイレ行ってきます。じゃ」

「え?」

右太郎は席を立った。

玉澤のスピーチなど、聞きたくない――。

 

 ・

 

玉澤が三つの袋の話など、結婚式の定番スピーチを面白おかしくアレンジし会場を沸かせている。

それは流麗な語り口で聞く者のこころをとらえる。

孔雀の間を出ても、漏れ聞こえる笑い声を背中に、

右太郎は怒りとも哀しみとも思えない感情を味わうのだ。

恋人と別れる原因となった男――、

大好きだった社長がその男だった。

(伊藤さんに偉そうなこといって――、

大人じゃないのは俺の方だぜ)

不条理な運命だ。

やるせない。

 

 ・

 

式が終わり、新郎新婦が客を見送る。

「やあ、ありがとう、伊藤くん、張本くん、ハルナくん。

食事は口に合ったかな?」

「ええ、そりゃもう。なあ、ウタ」

「はい、デザートの緑茶のムースが特に良かったですね。

でも頼んますよ~、なんで司会させてくんないんすか~」

「すまない、ワイフの家の都合で、どうしても徳光さんに頼まないとならなくてね」

ワイフ――。

常務の隣で、ワイフ=シュウコが微笑んでいる。

吉田常務はシュウコと純保の事をなにも知らない。

シュウコの瞳は光っている、幸せの絶頂の光。

それがなぜか寂しさを湛えているようにも見え、

純保はつい、何秒かだが、じっと彼女をみてしまったのだった。

最後にハルナが祝福の言葉を述べ、立ち去ろうとした。

その時、シュウコがハルナを呼び止めた。

「ハルナさん、ぜひ新居に遊びにきてください。ハルナさんといろいろお話したいの」

満面の笑み。

ハルナさん――、そんな風に私を呼んでいたっけ。

ハルナは新居になど行きたくはなかったが、笑顔で返事した。

「シュウコさん、ありがとうございます。ぜひ伺わせてください。

素敵なおうちなんでしょうね。楽しみです」

 「ええ、新婚旅行から帰ったら連絡します。ほんとうにいらしてね?」

なぜかその言い方が挑戦的で、会場をでたあとも嫌な余韻として残った。

(関係ないのに――)

シュウコと自分をつなぐリンクは純保だけだったから、もうなにも関係ないのに。

もういやだ。

うつうつとハッキリしない自分の感情が嫌だ。

新しい彼氏を作ろう。恋だ。そうだ、合コンだ!

合コンの誘いくらいいくらでもある。

今までスルーしていただけ!

ハルナは突如やる気に燃え、バッグから携帯を取り出した。

「ミーコ、は多分むりだから、どうしようかな…レイさん?いや、微妙だな...」

携帯をいじっていると電話が鳴った。

着信名に驚く。

虻川穣――。

「も、もしもし・・?」

『もしもし?ハルナ?』

「うん…アブちゃん、元気・・?」

『あのさ、右、見て?』

右?

ハルナは右、ちょうどホテルのエントランスの方向を見た。

「ひさしぶり、ハルナ」

 

 

虻川がいた。

エントランスから入る午後の優しい光が虻川を後ろから照らす。

 

 ―つづく―


アナウンサー!冬物語chapter.27

2014-06-02 14:00:00 | アナ冬

テレビ関西。

関西広域を放送対象とする、TVS系列の準キー局。

東京TVSの番組をそのまま放送することもあるが、独自の制作番組も多い。

地方局には独自性がある。

ここ関西には関西の文化が有り、人気番組があり、人気タレントがいて、そして人気アナウンサーがいる。

テレビ関西が誇る人気アナウンサー、それは・・・。

 

権藤圭汰。

 

みなさんはこの名前を憶えておいでだろうか?

伊藤純保が3年連続首位をキープする、

女性誌「pm・pm」の抱かれたい男・ランキング・アナウンサー部門で

去年、2位に登場したアナウンサー、

テレビ関西・権藤圭汰。

地方局にあって2位というのはかなりすごい。

(―――ルックスがいいのは認めるよ。)

麻里に頼みこみアナウンス局に潜入した純保は

ブースのブラインドの隙間から遠目に権藤を眺めた。

権藤にはスキがない。

しかし足りないものはある。

たとえばセクシーさ、たくましさ、上にのぼってやろうというハングリー精神。

しかし彼には「若さ」ゆえの無自覚と「凡庸さ」からくる癒しの雰囲気がある。

そしてひとつ真理を言ってしまうと、

セクシーさやたくましさ、ハングリー精神。

そんなものは・・・

正直、アナウンサーには不要なのだ。

 

 

権藤。彼からほのかににおう「ほのぼの感」。

自分とは全く違うタイプの権藤に、無駄だとわかってはいても純保は軽い嫉妬を覚えてしまう。

「ほのぼの、ですか?よくわかりませんけど、たしかにゴンちゃんと話すと…安らぎますね」

「ふーん。安らぐ、ねえ」

純保の隣から麻里もいっしょに権藤を見ながら言う。

「ゴンちゃんって実際、おっとりしてるんですよ。

ほら、うちってバラエティもヨシモト芸人がチャキチャキ仕切るじゃないですか?

そこにゴンちゃんがいると場が和むんでいいギャップっていうんですか?

彼、京都の老舗の呉服屋の次男坊なんですけど、ほら、多角経営であぶらとり紙とかも売ってる・・、

ま一言でいえばぼんぼんなんですよね。

育ちのよさというか、焦り知らずというか、京をとこ、っていうか、なんていうのか・・は、は・・」

「はんなり感!!」

「それ!!」

麻里と純保は同時にお互いを指差しあった。

目が合って、ふきだす。

「ふはは~。はんなり感ってこういうとき使うのかぁ~?」

「ほ、ほんとですね…」

麻里は照れた。

目の前で、純保がわらっている。

噛み合わせがずれるほど、わらっている。

麻里はなんだか突然、「あこがれの」ではなく「身近な」純保を感じた。

感じてしまった。

こうしているとやはり彼もただの人間の男性なんだなと思い

麻里は説明のしようのない気持ちになる。

「――権藤ってさ、彼女いるの?」

「・・どうですかね。特定の恋人がいると聞いたことはないです。でも年末、あ」

年末、プチテレビのハルナと飲んでけっこうホの字だったらしいと言いかけたが…。

言わないほうがいいかもしれないと思い純保をちらりと見た。

「権藤、年末、ハルナと飲み会してたよね」

「あ…知ってるんですね…?」

「全部知ってるから隠さないで?ねえ、キミの知ってること、聞かせてほしい。おねがい。」

断れるはずもなく、

とりあえず業務にもどらなくてはならないから、ランチタイムに外で、と約束をし、

純保をテレビ関西から出した。

ランチタイムまでの業務が手につかなかったのは言うまでもない。

麻里はこの不測の事態に、親友のジョルジュにすら、

なんと説明していいかわからず、LINEの画面を開いては閉じた。

純保がラーメンがいいというので麻里は穴場のラーメンやへ連れてゆく。

会社から少し離れた場所。

13時、とピークから時間をずらしたためそう混雑もしていない。

テレビ関西の社員も一部をのぞけばこの店にはそんなに来ないはずだ。

純保はサングラスを外さない。

テレビ関係者を除けば誰も気が付かないと思うが…。

「あのさ、ごめん、写真撮ってもらってい?」

「あ、はい」

パシャ

「ありがと!いっただっきまーす。ほわ!うまそ!」

運ばれてきたラーメンを箸ですくいふぅふぅと息を吹きかけ、さます。

麻里はデ・ジャ・ヴにおそわれた。

(この光景!去年11月のグルメレポ番組だわ!

ハルナと一緒に恵比寿のなんとかいうラーメン店で同じようにふぅふぅしてた…!)

ふぅふぅして、ずずと麺をすする純保にみとれてしまう。

「あれ?たべないの?」

「たべます…いただきます」

しかし純保の前で麺をすすらなくてはならないとは…。

恥ずかしい…。

麺をすする練習をしておけばよかった。

「あのさ~、権藤くんとハルナの飲み会って他にだれがいたか、知ってる?」

「たしか、バンちゃんと虻川くんかな~?」

「バンちゃん?」

「営業の板東くんです。虻川くんは板東くんのアシスタントです。あ、でした、か…」

「どういう意味?」

「虻川くん、東京支社に転勤になったんです。」

ふうん、と純保はチャーシューを食べながら興味なさげに言った。

「ハルナ・・さんと虻川くんが、大学のゼミ仲間らしいですよ。

板東くんはどうして行ったのかよくわかりませんけど、あれ?ハルナのファンだったかな?」

「え?・・・・・・ファン?!」

「や、ファンっていうか、仕事柄女子アナとか詳しいし、

バンちゃんって営業じゃないですか?

クライアントに女子アナ使ったタイアップCMとか売り込むんですけど、

正直ここだけの話、うちって女子アナが不毛で。

だから人気があったり、仕事ができるって噂の全国の女子アナチェックは怠らないんです。

そのなかで多分ハルナを前から買っていて、実際会ってもすごくいい子だったよ~って。

あんまり人をほめないんで、珍しいなとは思ったんですけど…」

「…あ!思い出した。坂東ってあれ?なんか声が低いひと?眉毛がしっかりめの?」

「そうですそうです!知ってるんですかぁ?」

「きたよきたよプチに来たよ~なんかおかしいと思ったんだよなあ、

やっぱ俺の勘は正しかったか~。バンか…。

…坂東くんって、今いるかな?会えるかな?」

麻里は聞いてみますね、と言って携帯を取り出しタップした。

「―――、あー、バンちゃん、出張、みたいですね」

出張…?

「どこに・・?」

「・・東京・・・ですね」

純保の手から割り箸が落ちた。

「そっか」

それから麻里がラーメンを食べ終えるまで、純保は無言だった。

板東とハルナができているのかもしれない、そう勘ぐっているのだろう。

そう、麻里のなかでは、とっくに色々なことがつながっていた。

ハルナと別れたという噂―多分ほんと。

その噂を聞いたときはうれしかった。

でも今はつらい。

目の前の糸目はハルナの事を想いより細くなっている。

未練か嫉妬か、めめしくも大阪まで来てしまっている、ひとりのハートブレーカー・伊藤純保。

他の女のことで悩む純保を実際に目の前にするほどつらい事はない。

それに、彼は麻里が自分のファンだとわかっているくせに。

こんなにわかりやすく未練をみせ…なんてデリカシーのない男なんだろう…。

テレビとブログのコメントだけで関わっていたほうが幸せだったかもしれない。

アイドルは遠きにありて想うもの…。

もう深入りするのはやめよう。

しかし――。

次に麻里の口から出たのは心とはうらはらの言葉だった。

「連絡先教えてください。なにかわかったら教えてあげますね。さっきの写真も送らなきゃ、でしょ?」

「ん・・?あ、うん」

麻里はにっこりとほほえんだ。

 

 

そして二人は店を出る。

麻里は会社へ。純保は逆の方向へ。

それじゃ、と行きかけ純保が足をとめ振り向いた。

「えっと…なまえ…」

「―――麻里、です」

「麻里、ちゃん、ありがと。じゃね…」

歩き出す純保をみつめながら、麻里は”あること”を心に固く誓った。

 

―つづく―