PM7:00に2PMの事を考える

クリームソーダ的宇宙

アナウンサー!冬物語chapter.10

2014-02-27 11:00:00 | アナ冬

豊洲。

玉澤の自宅マンション近くの、公立中学校の前。

部活動に励む生徒たちをフェンス越しに見ているのは、玉澤竜二とその娘、愛(めぐみ)だ。

「4月からここに通うといい。編入手続きしといたから。」

「…OK」

愛は、さして興味もなさそうに答えた。

ぶあつい黒いセーターにキャップ。色褪せたジーンズにコンバースのスニーカー。

日が暮れる前とはいえ、コートも着ずに寒くないのかと玉澤は尋ねたが、愛は首を横に振る。

「愛、なにか欲しいものはないのか?その…洋服とか」

近くに大型のショッピングパークがある。

愛くらいの年齢の娘が好きなブランドも入っているだろう。

「んー、別に、ない…」

いまどき愛くらいの歳の子なら、ごちゃごちゃと飾り立てた洋服を好むものだと思っていたが、

性格と同じで、彼女はこざっぱりとしたシンプルな服装を好んだ。

いつも同じような格好をしていたが、むしろそれは彼女の容姿と相まって不思議な魅力となっている。

顔は母親に似た、と玉澤は思う。

肌が白く、大きな目は黒目がちで少したれ目。

小さな鼻と、どちらかというと薄めの唇。

甘めの容姿に反してぶっきらぼうな物言いと、むやみに笑顔を見せない所は

ある時期の少女だけに許される特権なのだと彼女は体現しているようだ。

理解したくてもなにを考えているのか全く分からない。

当たり前だ。

娘なんてもつのは初めてなんだから。

しかも、子供から大人へと変わりゆくこの時期の娘。

はっきりとは言わないが、思春期に入り、アメリカの養父母とうまくいっていないようだった。

玉澤が養父母へ電話をすると、養母は意外にも簡単に、愛が日本にしばらく滞在することを許可した。

通話の後ろで子供の声がした。

養父母の実子、愛の弟の声だった。

 

しばらく日本にいるなら、学校には通わせなくてはならない。

インターや私立も考えたが、幸いマンション近くのこの中学は評判も悪くないし、

なにより日本の一般的な家庭の子供と交わらせるのは愛にとってよい経験になると思う。

「パパ。パパはわたしが娘だと、いや?」

「愛…」

風が吹く。

愛の、無造作にセンターで分けたすこしだけ茶色い長い髪がさらさらと風に揺れた。

春には程遠い冷たい風だ。

玉澤はコートの襟を立てた。

「そんなわけないだろう?―会社で君のことを、娘じゃないと言ったことを、気にしてるんだね?」

「…」

「君を産んだ母親のことは、だいたい聞いてるね?」

「うん…」

日本の大女優で数々の名誉ある賞を受賞していること。

愛を極秘で高齢出産したことも、玉澤と付き合っていたことも、公にはしていない事。

そしてその母は、すでにこの世にいないこと。

「アメリカで生まれ育った君には想像もつかないほど、君を産んだ母親はとても有名な女優だ。

死んでしまったけど…、死んでしまったからこそ、なんていうか…。」

「うん。わかってる。」

「愛」

玉澤は愛と向き合う。

「アメリカのご両親は君に優しくしてくれないの?」

「…そんなことない。優しいよ。ほんとだよ。」

「愛、日本にいたいだけ、いていい。だけど、もしあちらのご両親に何か言われたのなら」

「なにもない!ダディもマミィも優しいよ?」

「弟が生まれたから?だから…」

「そんなことないよ。弟はかわいいし、ねえ、ほんとに何もないの。でも…」

「でも?」

「わかんないよ…、、なんて言っていいのかわかんない。こういうのなんていうの?こういう気持ち」

愛は必死に言葉を探している。

だけどぴったりとした言葉はみつからない。

「愛、おいで?」

玉澤は愛を胸に抱きしめた。

娘だという実感は、本当をいうとあまり湧いていなかった。

でも、いま胸にすっぽりと収まっている愛を抱きしめながら思った。

俺が守る。

君を守る。

「パパ…私、似てる?…おかあさん、に…」

「―愛は、どっちにも似てるよ」

愛が顔をあげた。

「僕に似てるのは眉毛だけだけどね」

愛が笑った。

無邪気に。

「ねえ、パパ、洋服はいらないけど、一個お願いがある。」

「なに?」

あのね…、

愛が初めて見せた子供らしい表情だった。

 

賛成とレイが再び渡米する日がやってきた。

ホテルで朝食をとった後、スーツケースに最後の荷物を詰め、支度をしていると、部屋の電話が鳴った。

なんの電話だろう?

レイと賛成は顔を見合わせる。

賛成が電話をとった。

「もしもし…」

 

受話器を置いた後、賛成の表情が暗くなっていた。

「…どうしたの?」

「執事の黒井からだった。ママンが、昨日、家を出たきり戻らない。」

「え?どういうこと?」

「日本橋三越に買い物に行くとでたきり、帰ってこないそうだ。

三越の外商に連絡したら、昨日は来ていないと―。ちょっと家に行ってくるよ」

「わたしもいっしょに行く!」

「いや、僕ひとりで行くよ。君を面倒なことに巻き込みたくない。」

「でも…!」

「黒井の声がおかしかった。電話では言えない何かがあったんだ。レイ、あとで連絡する!」

賛成はコートを手にすると急いで部屋を出ていった。

―わたしは巻き込まれてもいいんだけどな

レイは力が抜け、とりあえずベッドに腰かけた。

―賛成の優しさは時に私を傷つける。

ホテルの部屋の無駄に静かな感じが大嫌いだとレイは思う。私はなにもこんな作られた静寂など望んではいないのに。

見るとはなしに賛成のスーツケースを見た。

中途半端に詰められ開いたままのスーツケースの、洋服のあいだに一冊の本が見えた。

―買ったのかな?

また哲学書だろうか?レイは立ち上がり、本を手にとった。

それは彼女も読んだことのある、古い子供向けの小説だった。

「なつかしい…」

どんな話だったか―、彼女は本を開いた。

すると、

「あ…」

本の途中のページから終わりまで。

ページはすべて赤く赤く塗りたくられていた。

色鉛筆、クレヨン、マジック、ありとあらゆる赤。

重ねられた赤にある種の怖さを感じた。

「なに…これ…」

この本はどこから持ってきたものなのだろう?

賛成が最近すこしだけ心を閉ざすことと関係があるのだろうか?

本と閉じ、元の場所に戻した。

―ママン、いったいどうしたんだ?

わがままで、自分を中心に世界が廻っていると思っている勝手な母親だが、大切な母親であることにかわりない。

いつも外出には侍女を伴っているし、黒井に嘘をつくことなんて今までなかったはずだ。

まさか誘拐・・・?!

賛成は玄関の前までタクシーを寄せさせると、アプローチの階段を急いで駆け上がり重い扉を押した。

玄関が開くと…

「黒井、もどったよ!・・・・え?!」

賛成は絶句した。なぜなら、

 

―玄関の扉を開けると、そこには

 

―そこには、

―僕がいた。

 

(つづく)


アナウンサー!冬物語chapter.9

2014-02-26 12:00:00 | アナ冬

酒を飲んだ翌日、重い頭を抱えながら純保は起きた。

酒量は行き過ぎたが、記憶を失くすほどではない。

ハルナに強引にキスをしたことを思い出す。

反省していたが、後悔はしていない。

キスの途中から自分を受け入れたハルナの唇に、純保はある事を決意すると、ベッドから起き上がって洗面所へと向かった。

顔を洗う。

冷水が心地よい。バシャバシャとなんども水飛沫を当てる。

顔をあげ鏡の中の自分を見た。

二日酔いとは思えないほどすっきりとしたフェイスライン。

切れ長の目、厚めの唇。

この顔は死んだ両親からもらったもの。

堀辺創から聞いた、実の両親の不遇な運命を思い出す。

しかしそれは、本当に不遇だったのか?

純保はある部分ではそうで、ある部分では違うと思う。

だって父は母を愛し、母もまた父を愛していた。

子供の顔どころか、子供ができたことすら知らずに死んだ父の無念、

産み落としたのに自ら育てることができないで死んでいった母の想い、

その悲壮は想像しがたいが、それよりも、在りし日の、愛し合い、笑合う男女の姿が見える。

求め、求められることが、純保にとってとても大切なことだ。

 

 

朝のアナウンス室。

純保が出社すると、ハルナはすでにデスクに座り、仕事をしていた。

てきぱきと仕事をこなす彼女を見つめる。

ただのかわいいお飾りみたいだった彼女はもういない。

これから彼女はもっともっとかっこいい女性になるだろう。

入社式の日からもうじき1年が経とうとしていた。

あの日、檀上で新入社員を前に司会をした純保の目に、ひときわまばゆく飛び込んできたのがハルナだった。

人は5秒で恋に落ちるという。

正しくは、5秒で、相手が自分にとって必要か不要かを判断するそうだ。

現代人の本能はきっと環境で鈍っているけど、純保は思う、自分の本能は鈍ってはいないと。

幸せだった。

ハルナと付き合えて、自分は幸せだった。

いろいろなことがあったけど、結婚をして家庭を築くという夢を見させてもらった。

それが夢のまま終わろうとも、正直に生きる事を選択する。

純保は重い腰を上げ、ハルナを呼んだ。

 

 

「別れよう俺たち」

プチテレビの球体展望室。

一般開放前の時間なので、だれもいない。

突然の別れのことばにハルナは絶句する。

「…」

しかし純保には、沈黙と表情が意味するハルナの感情は読み取れない。

多分ハルナは、ほんとうに、自分でもわからないのだろう。

好きという感情の幅はとても複雑だ。

自分が目を背ければ真実はいくらだってごまかせる。

だから―

俺が言う―

純保は景色をしばし眺め、気持ちを決めてハルナのほうを向いた。

「もう、終わりだね?」

ハルナの瞳が揺らいだ。

「先輩…、別れたいの?」

「…ずるいよハルナ」

純保は目を伏せる。彼のこころはいまにも崩れ落ちそうだ。

―ああ、ハルナ。

―君は罪作りだな。

―正直に生きることを選択すべきは、君なんだよ?

「ずるい…?わたしが…?」

「ああ」

「わたし…別れたく…ない」

ふたりのあいだにしばしの沈黙が在居した。

それを再び動かしたのは純保のためいきの音だった。

「ハルナ、君はずっと迷ってるよね。ずっと俺の目を見ないよね。

わかってる。もともとの原因が俺にあるってことは…。

でも俺はハルナと向き合ったよ?

口ではわかったと言いながら本心では僕を許してない。それに…」

”きみのこころにはだれかほかのひとがいるんじゃない?”

そう言いかけて、言葉をのみ込んだ。

「別れたく・・ないよ…。わたし先輩のこと好きだよ…」

ハルナ、違うよ。

その好きはもう、きっとまえの好きとは違っているんだよ。

「俺も、ハルナの事、ずっと好きだよ。だけど、終わりにしよう」

「先輩…!」

「仕事、がんばろうな」

純保はそういうと、その場に呆然とたちつくすハルナに背をむけ、球体展望台を去っていった。

これで終わりなのか。

ハルナの身体から得体のしれない、だけどすべてのなにもかもが抜けてゆく。

 

 (つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


アナウンサー!冬物語chapter.8

2014-02-20 15:00:00 | アナ冬

大阪―。

テレビ関西。

秘書課の給湯室で、女性が私用電話をしている。

「もしもし?それでどうなのよ。なんか情報ないの?!」

『えー?どうだろ、あ、でもね、社長のヘアメイクはしたよ?』

「社長って昔アナウンサーだった玉澤さんだっけ。いや、社長もかっこいいけどさ、私が知りたいのは…」

『あのね、麻里の好きな伊藤アナは、まだ一回も見てない。ごめんね?』

「頼む~。1回でいいから会いたいの~。おねがい~。」

『がんばるね?』

「あ、…そろそろ、社長にお茶ださなきゃ。電話切るね。ジョルジュ、またね」

『はーい』

 

電話を切った、彼女の名は麻里。

テレビ関西の秘書課に努める、秘書だ。

東京の出身だが、高校時代に親の転勤で大阪へ。

そのまま大阪の大学を出て、テレビ関西に入社して6年。

秘書課ではその仕事ぶりを認められ、社長付きとなっている。

 

東京時代の幼馴染が美容師なのだが、彼女は最近になってプチテレビでヘアメイク仕事もはじめたらしい。

聞きつけた麻里は、ジョルジュ、―これはヘアメイク時の彼女の通称で本名は別にあるのだが、―に、早速頼みごとをした。

そう。

麻里はプチテレビの伊藤アナの長年のファンだった。

彼の情報を入れてほしい、とお願いしたのだ。

 

なにも個人情報をさらせというのではない。

実際に目にする伊藤純保が、本当にかっこいいのか、本当はどんな性格なのか、

いや、もっというなら、…本当に糸目なのか、知りたい。

そして万が一、億が一、叶うのならば!!あわよくば!!合コンなどを開催してほしい。

そんなささやかな願いだ。

 

麻里は社長に出す為の朝の緑茶―玉露―を、丁寧に淹れる。

温度に気をつけて、ぬるめの湯を青々とした茶葉にふくませる。

カテキンの良い香りがたつ。

(ああ、ジョルジュ、おねがい。一回でいいから伊藤アナと…!きゃん!)

 

社長に、今日のお茶は特にうまいね、と褒められた。

 

 

麻里がランチタイムに社食で食事をしていると、テーブルの前にトレーが置かれた。

「ここ、空いてる?」

営業局の板東容之輔と、

虻川穣だった。

「なんやそれ、小鳥のエサか?」

板東が麻里の食事を見てそう言った。

サラダと、パンが一切れと、ミネストローネ。

「うるさいなー。いいでしょ!」

「ようもつなぁ?」

板東はカレー。

となりの虻川はカレーとラーメンのセットだ。

麻里のメニューなど彼らにとっては鳥のエサにしか見えないだろう。

板東と麻里は同期だ。

彼は大学を一年留年しているから、年は麻里より一つ上の29歳。

営業局で辣腕をふるう彼は、同期の中でも一目置かれる存在で、出世するだろうと目されている。

「バンちゃん、彼女できた?」

「あー、だめだめ!合コンして!」

「やだよ。バンちゃん注文多いもん」

とはいえ前の彼女と別れて2か月と経っていないはず。

板東の恋愛事情はなんとなく知っているが、最近は短期間で終わる恋愛ばかりのようだった。

麻里はサラダをつつきながら虻川に話しかける。

「虻川くん、仕事は慣れた?こんなヤツの下につけられて大変じゃない?」

カレーをほおばっていた虻川は、いそいで咀嚼し、答える。

「そんなことないっす…!」

「…」

会話が終わる。

虻川みたいな話術で営業だなんて、勤まるのか・・

秘書課なのでどうしても人間を観察する目が肥えるのだが、虻川が営業向きとはどうしても思えなかった。

「あー、虻ちゃんってさ、東京の大学だったよね。

プチのなんとかいう女子アナと同じゼミだってって噂、ほんと?」

虻川のスプーンが落ちた。

あわてて床から拾うと、そのまま使おうとしたので、坂東と麻里があわてて止めた。

「ちょ、なにお前、大丈夫?きたねえよ?」

「大丈夫っす!」

「オレ食べ終わったからかしてやるよ…。

なあ麻里、それハルナの事やろ?」

「ハルナ…ああ、そうそれ」

名前を言いたくなかったのだが、ハルナに間違いない。

だって伊藤のフィアンセ。く!

「おれらこないだ飲んだよ?なあ虻。」

板東は楽しそうだ。

「え!ハルナと?ねえ、どんな子?」

「めっちゃいいこ。かわいいし頭いいし。権藤が緊張して口下手になってた。なあ、虻」

「‥・・・」

虻川は、会話が耳には入っているのだろうが、黙々とラーメンのメンマを咀嚼していた。

「ねえバンちゃん…ハルナと伊藤アナってほんとに結婚すると思う?」

「…んー、どやろな。東京出張んときプチでふたり一緒んとこみたけど、そんときは仲良さそうに見えたよ…」

なんだ。つまんない。

「ね、虻川くんもさ、なんか知ってたら教えてよ。」

「…なんでですか。」

「なんでって…、いいじゃない別に。あ、いまラーメンにふりかけたのコショウじゃなくて塩だけど大丈夫?」

「あ・・・・・・」

虻川の様子はいつもおかしいので、いま特におかしくなっていることに、

この日、その場のだれも、気が付かなかった。

 

(つづく)


アナウンサー!冬物語chapter.7

2014-02-16 13:00:00 | アナ冬

「俊・・・どういうことなの?」

「なに?」

俊の部屋の、鏡の前。

ピアスを取りながらミーコが問い掛けた。

「さっきの。・・・結婚なんて、全然、考えてない?」

「・・・」

ミーコはなにも、結婚を急ぎたいわけではない。

しかし、紆余曲折あったとはいえ、俊は付き合った頃から一緒に暮らそうとか、家を買うとか言っていたし、当然そうなると思っていた。

きっちりと全否定されて、傷ついた。

「ミーコ、おいで?」

「・・・」

ミーコが動かずにいると、俊のほうから近寄ってきた。

「まだJYPCで働きだして間もない。今は仕事に集中したいんだ。それだけだよ。」

「・・・わかってる」

すねた表情。

「ごめんね。伊藤くんがいきなり結婚だなんて、聞いてくるもんだからさ。

—あんな言い方になったのは、謝る。許して?ね?」

「べつに・・・いいけど?」

引き寄せられた俊の広い胸があたたかい。それだけで充分幸せだ。

でも心のなかに少しだけ宿った不安は、もう消せない。

幸せなのに、もっと多くを求めてしまうことはわがまま?

俊はミーコの髪をなでながら、ある事を考えている、自分の未来の姿を―。

 

 ・ 

仕事を終え、自宅マンションに着いたハルナ。

最近一人暮らしを始めたのだ。

マンションのエントランスに、純保が立っていた。

「先輩」

「あ・・・」

向かい合う。

純保からは酒の匂いがした。

「飲んだの?」

「ちょっとね」

ちょっとで?いや、かなりの酒量だと推測する。

楽しかったんだろう、久々の黄桜さんたちとの飲み。

ハルナはエントランスのオートロックを解除し純保を入れた。

「入っててよかったのに。教えたでしょ、番号。部屋の鍵も渡したでしょ」

「―俺の事避けてる?」

「・・・え、避けてないし」

「でも、最近、目、見ないよね。」

「・・・」

たしかに最近、純保の目をきちんと見ていない。

目が泳いだ。

「言ってくんなきゃわかんないよ。結局ハルナは俺の事許してないんだよね?」

 

「そんなことない。・・・ねえ、ここ人目につくから、とにかく部屋に行こう?」

「俺はいいよ、人目についても。写真とられても。ハルナがヤなんじゃない?俺と一緒にいるの見られんのが」

「何言ってるの?酔っぱらってるんでしょ!とにかく部屋に・・・!」

「なんで避けんの?」

「だから、避けてな・・・」

言葉が消えた。

純保がハルナの手首をきつく掴んで、引き寄せ、強引に唇をふさいだ。

驚いたハルナは純保を引きはがそうと抵抗する。

しかし、力が緩むことはない。

純保はハルナを壁に叩き付けると、さらに強く唇を押し付けてきた。

ハルナは―。

抵抗をあきらめた。

重なってしまえば、一瞬ですべての感覚が純保へと向かう。

唇の感触を伝って、体も感情もなにもかもが電流となり全身に走った。そしてハルナも彼の唇を求めた。

手首を掴む純保の手は、ハルナの腰にまわった。

ふたりはぴったりと体を密着させる。

久しぶりのキスは、しばらく続いた。

 

たがいの唇に納得し合った2人は、離れ、目と目を合わせる。

ああ、きちんと向き合うのはいつ以来だろう。

純保の目を久しぶりに真正面から見た気がする。

「こんなとこで・・・」

エントランス。誰が通るかわからない。

夜中だから人はいないけど、・・・。

「ゴメン」

「・・・ううん。今日、誕生会、行けなくてごめんなさい」

「いや、ねえハルナ、何を考えてるの?」

「なによ、急に・・・」

「・・・なんでもないよ。俺、帰るわ」

「え?先輩、部屋、あがってかないの?」

「帰る。ちょ、飲み過ぎたから・・・」

純保はふらふらとマンションのエントランスを出た。

ハルナは引き止めなかった。

私はどうかしている—、何を考えてるのか?自分でも知りたい。

純保の背中になぜ今抱きつけないのだろう?

ため息をつきながらハルナは自室へと向かった。

 

純保はしばらくして振り返った。

エントランスにはだれもいない。

ハルナの姿はなかった。

自分で今日は帰ると言っておきながら、ほんとうはハルナに引き止めて欲しかったのに。

マンションの外壁にもたれかかる。

やるせない。

酔った勢いでここにきてしまった自分も、あまり好きじゃない。

ハルナはやはり、俺と別れることを考えているのか?

自然消滅の予兆を感じていた。

純保はマンションの外壁を拳で叩いた。

「くそっ!・・・なんなんだよっ!」

誰か他に好きな男ができたのか?

拳から、タイルの冷たさが、痛みとともに伝わり、彼の体と心をも、芯まで冷やす。

 (つづく) 


 

このお話「アナウンサー!冬物語」は下記からの続編です。

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※この物語はフィクションであり実在の2PMとは一切関係ありません。


アナウンサー!冬物語chapter.6

2014-02-16 13:00:00 | アナ冬

引き続き、麻布十番、カジュアル・イタリアン。

最後まで残ったのは、玉澤と賛成。

「賛成、おかえり」

「はい・・・」

カチン。

乾杯。

「それで?」

「え?」

「ただ誕生日を祝いに帰って来たってわけじゃ・・・ないんだろ?なにがあった?」

「・・・まいったな」

兄貴にはすべてお見通しだ。

「別に、何があったってわけじゃ・・・ただ・・・」

「ただ?」

「・・・玉さん、記憶がすっぽり抜け落ちてるってこと、ありますか?

たとえば子供の頃の、ある一定の時期の記憶がまるでないとか、なにをしていたか思い出せないとか・・・」

「ええ?子供の頃の記憶なんてむしろほとんど覚えてないぜ?

修学旅行とか、クリスマスとか、印象深い出来事があれば別だけど」

「たとえば海外旅行は?」

「そりゃ忘れるわけない!俺ん家は海外は行かないけど、ちょっと旅行に行っただけでも全部覚えてるよ」

「ですよね・・・」

「賛成、それは堀辺さんの、?」

「いえ違います」

 堀辺創の記憶喪失には飛行機事故という原因がある。

しかし、自分には原因など、ない。

「堀辺さんがね、入院してたとき・・・僕に妙なこと言うんです、

12才までの記憶しかない堀辺さんがですよ?ボクを賛成と呼んで、知っていると。友達だ、と。」

「記憶が混乱してるんじゃないのか?」

「でも、考えてみたら、僕の・・・、記憶がないんです。

堀辺さんが12才なら僕は9才か10才。思い返すと、丁度そのころの記憶が、まるでないんです。

空白の一年なんです。

堀辺さんが僕を知ったという、ちょうどその頃の記憶が、ない・・・!」

「まあまあまあまあ。肩の力ぬいて!ほら!」

「あむ」

「賛成、俺はジョージに頻繁に堀辺さんの様子を細かく聞いているが、彼の回復は一定じゃあない。

なにかの思い過ごしだよ。お前だって、チビの頃から毎年海外にあんなに行ってちゃあ、

どこに行ったかなんて物珍しくもなくて、覚えていないだけかもしれないだろ?」

「・・・ですよね。いや、なんでもないんです。」

賛成は、頭を冷やす。

玉澤の言う事ももっともだ。ただすっきりしない。

携帯が鳴る。賛成のだった。

「もしもし?今どこ?うん、わかった。・・・玉さん、すみません、今レイがホテルに着いたんで、行かないと」

「ああ、レイちゃんによろしくな」

「はい」

「ああ、賛成。あんまり考え込むな、はげるぞ!」

「っ!はげませんよ~!ふは!」

 

 

賛成が出て行き、玉澤はひとりになった。

「マスター、最後に一杯、貰おうかな。カシスソーダ、作れる?」

—シンデレラ。

君は名刺を見て、僕に連絡をくれるだろうか?

玉澤は赤いカシスを眺めると、ゆっくりと飲みほした。

 
 

湾岸のスタジオで収録を終えたハルナ。

プチテレビ本社の一階のスタバで、ラテが出てくるのを待っていた。

「あ」

「あ」

そこにいたのは—、

スタイリストの…。

元・恋敵、現・プチテレビ吉田常務の婚約者・シュウコだった。

「ひさしぶりね」

放っておいて欲しいのに、シュウコはハルナに声をかけてきた。

「ええ。お久しぶりです。今日は、仕事ですか?」

「ヨッシー待ち。食事に行くの。」

ラテなんか頼むんじゃなかった。ドリップコーヒーならすぐ出てきたのに。

ハルナは一刻も早くこの場を去りたいと思う。

「—パパに紹介されてね、わたしもそろそろ結婚したいなって思ってたし、会ってみたらヨッシー結構かっこいいし、いいかなって」

常務とのなれそめ?

特段興味はないのだが。

「そうなんですか。」

「ねえ、ハルナちゃん?ため口でいいよ?わたし年上だけど、そういうの気にしないから~」

「あ、じゃあ・・そうし・・そうします」

シュウコはフッと笑った。

「ねえ、なんで結婚式やめたの?結婚しないの?別れたの?」

「別れてません!」

「ため口でいいって。」

シュウコを呼ぶ声がした。

吉田常務だった。

「ヨッシーだ。行かないと。・・・ねえ、ハルナちゃん。わたし—、あきらめたわけじゃないから」

「へ?」

思わずのけぞる。

あきらめたわけじゃない?

「あの、それは~・・・」

「冗談よ冗談。じゃあね、ハルナちゃん?」

シュウコがそこを去ったあとも、挑戦的な瞳が残像として残った。

ハルナはやっとでてきたラテを手に、コツコツ、と、ヒールの音を強く鳴らしながらエレベーターホールに向かう。

「あきらめてないって、なに・・・?!」

エレベーターのボタンを強く押す。

あの女ー・・・。

常務と婚約しながらもまだ、純保を狙っているというのか。

頭にくる。

なにがハルナちゃんだ。

どこまでが冗談なのか—あの女。

 

だが・・・。

冗談といえば—、

ハルナはずっとひっかかっている。

正月に虻川穣からいわれたこと。

”ずっと好きだった・・・”

あれはどう考えても愛の告白なのに、それなのに、あれ以降、なんの音沙汰もない。

—ふつう告白したら返事をもらいたいもんなんじゃないの?

曖昧にしておくことが、彼の戦略?

それとも天然?

あるいは冗談?

もしも戦略ならば・・・成功だ。

気になっている、虻川の事が、確実に。

今までハルナのどこにも、これっぽちも存在していなかった、ただのサークルの同期・虻川が、心に小さなしるしをつけた。

答えを求められないことで告白をすっぱり断る事も出来ず、

曖昧な感情がどんどん膨らみ、知らぬ間に虻川の顔が浮かんでしまう。

それが純心へ対する、どこか他人行儀な態度へと表れてしまっていることを

—ハルナ自身、自覚しているのだが・・・。

「もう・・・どうしたらいいの・・・?」

ラテを飲む。

熱くて、とても、苦い。

 

 (つづく)


 

このお話「アナウンサー!冬物語」は下記からの続編です。

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