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クリームソーダ的宇宙

アナウンサー!冬物語chapter.10

2014-02-27 11:00:00 | アナ冬

豊洲。

玉澤の自宅マンション近くの、公立中学校の前。

部活動に励む生徒たちをフェンス越しに見ているのは、玉澤竜二とその娘、愛(めぐみ)だ。

「4月からここに通うといい。編入手続きしといたから。」

「…OK」

愛は、さして興味もなさそうに答えた。

ぶあつい黒いセーターにキャップ。色褪せたジーンズにコンバースのスニーカー。

日が暮れる前とはいえ、コートも着ずに寒くないのかと玉澤は尋ねたが、愛は首を横に振る。

「愛、なにか欲しいものはないのか?その…洋服とか」

近くに大型のショッピングパークがある。

愛くらいの年齢の娘が好きなブランドも入っているだろう。

「んー、別に、ない…」

いまどき愛くらいの歳の子なら、ごちゃごちゃと飾り立てた洋服を好むものだと思っていたが、

性格と同じで、彼女はこざっぱりとしたシンプルな服装を好んだ。

いつも同じような格好をしていたが、むしろそれは彼女の容姿と相まって不思議な魅力となっている。

顔は母親に似た、と玉澤は思う。

肌が白く、大きな目は黒目がちで少したれ目。

小さな鼻と、どちらかというと薄めの唇。

甘めの容姿に反してぶっきらぼうな物言いと、むやみに笑顔を見せない所は

ある時期の少女だけに許される特権なのだと彼女は体現しているようだ。

理解したくてもなにを考えているのか全く分からない。

当たり前だ。

娘なんてもつのは初めてなんだから。

しかも、子供から大人へと変わりゆくこの時期の娘。

はっきりとは言わないが、思春期に入り、アメリカの養父母とうまくいっていないようだった。

玉澤が養父母へ電話をすると、養母は意外にも簡単に、愛が日本にしばらく滞在することを許可した。

通話の後ろで子供の声がした。

養父母の実子、愛の弟の声だった。

 

しばらく日本にいるなら、学校には通わせなくてはならない。

インターや私立も考えたが、幸いマンション近くのこの中学は評判も悪くないし、

なにより日本の一般的な家庭の子供と交わらせるのは愛にとってよい経験になると思う。

「パパ。パパはわたしが娘だと、いや?」

「愛…」

風が吹く。

愛の、無造作にセンターで分けたすこしだけ茶色い長い髪がさらさらと風に揺れた。

春には程遠い冷たい風だ。

玉澤はコートの襟を立てた。

「そんなわけないだろう?―会社で君のことを、娘じゃないと言ったことを、気にしてるんだね?」

「…」

「君を産んだ母親のことは、だいたい聞いてるね?」

「うん…」

日本の大女優で数々の名誉ある賞を受賞していること。

愛を極秘で高齢出産したことも、玉澤と付き合っていたことも、公にはしていない事。

そしてその母は、すでにこの世にいないこと。

「アメリカで生まれ育った君には想像もつかないほど、君を産んだ母親はとても有名な女優だ。

死んでしまったけど…、死んでしまったからこそ、なんていうか…。」

「うん。わかってる。」

「愛」

玉澤は愛と向き合う。

「アメリカのご両親は君に優しくしてくれないの?」

「…そんなことない。優しいよ。ほんとだよ。」

「愛、日本にいたいだけ、いていい。だけど、もしあちらのご両親に何か言われたのなら」

「なにもない!ダディもマミィも優しいよ?」

「弟が生まれたから?だから…」

「そんなことないよ。弟はかわいいし、ねえ、ほんとに何もないの。でも…」

「でも?」

「わかんないよ…、、なんて言っていいのかわかんない。こういうのなんていうの?こういう気持ち」

愛は必死に言葉を探している。

だけどぴったりとした言葉はみつからない。

「愛、おいで?」

玉澤は愛を胸に抱きしめた。

娘だという実感は、本当をいうとあまり湧いていなかった。

でも、いま胸にすっぽりと収まっている愛を抱きしめながら思った。

俺が守る。

君を守る。

「パパ…私、似てる?…おかあさん、に…」

「―愛は、どっちにも似てるよ」

愛が顔をあげた。

「僕に似てるのは眉毛だけだけどね」

愛が笑った。

無邪気に。

「ねえ、パパ、洋服はいらないけど、一個お願いがある。」

「なに?」

あのね…、

愛が初めて見せた子供らしい表情だった。

 

賛成とレイが再び渡米する日がやってきた。

ホテルで朝食をとった後、スーツケースに最後の荷物を詰め、支度をしていると、部屋の電話が鳴った。

なんの電話だろう?

レイと賛成は顔を見合わせる。

賛成が電話をとった。

「もしもし…」

 

受話器を置いた後、賛成の表情が暗くなっていた。

「…どうしたの?」

「執事の黒井からだった。ママンが、昨日、家を出たきり戻らない。」

「え?どういうこと?」

「日本橋三越に買い物に行くとでたきり、帰ってこないそうだ。

三越の外商に連絡したら、昨日は来ていないと―。ちょっと家に行ってくるよ」

「わたしもいっしょに行く!」

「いや、僕ひとりで行くよ。君を面倒なことに巻き込みたくない。」

「でも…!」

「黒井の声がおかしかった。電話では言えない何かがあったんだ。レイ、あとで連絡する!」

賛成はコートを手にすると急いで部屋を出ていった。

―わたしは巻き込まれてもいいんだけどな

レイは力が抜け、とりあえずベッドに腰かけた。

―賛成の優しさは時に私を傷つける。

ホテルの部屋の無駄に静かな感じが大嫌いだとレイは思う。私はなにもこんな作られた静寂など望んではいないのに。

見るとはなしに賛成のスーツケースを見た。

中途半端に詰められ開いたままのスーツケースの、洋服のあいだに一冊の本が見えた。

―買ったのかな?

また哲学書だろうか?レイは立ち上がり、本を手にとった。

それは彼女も読んだことのある、古い子供向けの小説だった。

「なつかしい…」

どんな話だったか―、彼女は本を開いた。

すると、

「あ…」

本の途中のページから終わりまで。

ページはすべて赤く赤く塗りたくられていた。

色鉛筆、クレヨン、マジック、ありとあらゆる赤。

重ねられた赤にある種の怖さを感じた。

「なに…これ…」

この本はどこから持ってきたものなのだろう?

賛成が最近すこしだけ心を閉ざすことと関係があるのだろうか?

本と閉じ、元の場所に戻した。

―ママン、いったいどうしたんだ?

わがままで、自分を中心に世界が廻っていると思っている勝手な母親だが、大切な母親であることにかわりない。

いつも外出には侍女を伴っているし、黒井に嘘をつくことなんて今までなかったはずだ。

まさか誘拐・・・?!

賛成は玄関の前までタクシーを寄せさせると、アプローチの階段を急いで駆け上がり重い扉を押した。

玄関が開くと…

「黒井、もどったよ!・・・・え?!」

賛成は絶句した。なぜなら、

 

―玄関の扉を開けると、そこには

 

―そこには、

―僕がいた。

 

(つづく)


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