そして、時は過ぎ、6月のある晴れた日―。
ひと組の夫婦が誕生した。
「おめでとう!」
「幸せになれよ!」
「きれーい!」
祝福の言葉が帝国ホテル・孔雀西の間に響く。
ここは披露宴会場のなかでも、最も広い会場だ。
こんな豪華な会場で披露宴をしているのは―――、
プチテレビ常務の吉田と、元スタイリストのシュウコだ。
「それにしても、あのスタイリストの父親が平成シェル石油の社長とはねえ―?
伊藤さん、知ってました?」
張本右太郎が言った。
新郎側の招待客、このテーブルはプチテレビ・アナウンサー席、とでもいおうか…。
「え?ウタ、シュウコちゃ・・新婦知ってんの?」
と、ウタの右隣の純保。
「ええ、何回かニュース22のゲストのスタイリングしてましたからね」
自分ととフライデーされたのがシュウコだと、ウタの中では繋がっていないようだ、と純保は思い、安心した。
右太郎が続ける。
「にしても、常務も派手好きだなあ。
二度目ってもっと地味にするもんじゃないか?ねえ、ハルナ、そう思わない?」
「…新婦の趣味かもしれませんよ?」
鴨のコンフィに細かくナイフを入れながら、右太郎の左隣でハルナが言った。
純保とハルナに挟まれる右太郎だ。
ハルナの皿の上では鴨肉が小さく小さく切り分けられバラバラになっている。ひと切れも口に運ばれる事もなく、、。なんだか様子がおかしい。
「――常務は逆タマですね」
と、ハルナ。
「平成シェル石油なんて、すごいですよ。
シュウコさん、スタイリストも、もうやめるっていうし、
残念っていうか、結局、結婚前の腰掛け、っていうんですか――?」
「やめなよ」
食事をする手を止め、純保がハルナの言葉を遮る。
ハルナは純保のほうを見た。
「…なんですか?」
「そんなふうに言うもんじゃないよ。彼女、センスいいし、実家がどうとか関係ないでしょ?」
「…べつにそういう...!」
(あ…)
純保とハルナの雰囲気が良くない・というか悪い。
右太郎はフォローしなくてはこの雰囲気が周りに伝染する、と思った。
「まあまあ、ほら、ハルナも鴨、食べて?
伊藤さんもほら~、あっちのテーブル見て?賛成がお茶こぼしてますよ?あ、すみませんここシャンパンおかわりくださ~い」
給仕がついだシャンパンをハルナは一気に飲みほすと、バッグをもって席を立ちどこかへ行ってしまった。
右太郎は周りを注意深くみわたし純保に話しかける。
「・・伊藤さん、ハルナとやっぱ別れたんすか?」
「ああ、ウタ、そうなんだ。
好きだけど別れなきゃいけないって、ほんとにあるんだな?ハルナもつらいと思う。」
ハルナが自分に未練たっぷりだと思っているようだ。
「まあ、周りも気を遣いますんで、お願いしますよ伊藤さん...
プライベートと仕事は分けてください。大人なんだし」
「うん…ごめん。あ、次、玉澤社長のスピーチだぜ?」
「俺トイレ行ってきます。じゃ」
「え?」
右太郎は席を立った。
玉澤のスピーチなど、聞きたくない――。
・
玉澤が三つの袋の話など、結婚式の定番スピーチを面白おかしくアレンジし会場を沸かせている。
それは流麗な語り口で聞く者のこころをとらえる。
孔雀の間を出ても、漏れ聞こえる笑い声を背中に、
右太郎は怒りとも哀しみとも思えない感情を味わうのだ。
恋人と別れる原因となった男――、
大好きだった社長がその男だった。
(伊藤さんに偉そうなこといって――、
大人じゃないのは俺の方だぜ)
不条理な運命だ。
やるせない。
・
式が終わり、新郎新婦が客を見送る。
「やあ、ありがとう、伊藤くん、張本くん、ハルナくん。
食事は口に合ったかな?」
「ええ、そりゃもう。なあ、ウタ」
「はい、デザートの緑茶のムースが特に良かったですね。
でも頼んますよ~、なんで司会させてくんないんすか~」
「すまない、ワイフの家の都合で、どうしても徳光さんに頼まないとならなくてね」
ワイフ――。
常務の隣で、ワイフ=シュウコが微笑んでいる。
吉田常務はシュウコと純保の事をなにも知らない。
シュウコの瞳は光っている、幸せの絶頂の光。
それがなぜか寂しさを湛えているようにも見え、
純保はつい、何秒かだが、じっと彼女をみてしまったのだった。
最後にハルナが祝福の言葉を述べ、立ち去ろうとした。
その時、シュウコがハルナを呼び止めた。
「ハルナさん、ぜひ新居に遊びにきてください。ハルナさんといろいろお話したいの」
満面の笑み。
ハルナさん――、そんな風に私を呼んでいたっけ。
ハルナは新居になど行きたくはなかったが、笑顔で返事した。
「シュウコさん、ありがとうございます。ぜひ伺わせてください。
素敵なおうちなんでしょうね。楽しみです」
「ええ、新婚旅行から帰ったら連絡します。ほんとうにいらしてね?」
なぜかその言い方が挑戦的で、会場をでたあとも嫌な余韻として残った。
(関係ないのに――)
シュウコと自分をつなぐリンクは純保だけだったから、もうなにも関係ないのに。
もういやだ。
うつうつとハッキリしない自分の感情が嫌だ。
新しい彼氏を作ろう。恋だ。そうだ、合コンだ!
合コンの誘いくらいいくらでもある。
今までスルーしていただけ!
ハルナは突如やる気に燃え、バッグから携帯を取り出した。
「ミーコ、は多分むりだから、どうしようかな…レイさん?いや、微妙だな...」
携帯をいじっていると電話が鳴った。
着信名に驚く。
虻川穣――。
「も、もしもし・・?」
『もしもし?ハルナ?』
「うん…アブちゃん、元気・・?」
『あのさ、右、見て?』
右?
ハルナは右、ちょうどホテルのエントランスの方向を見た。
「ひさしぶり、ハルナ」
虻川がいた。
エントランスから入る午後の優しい光が虻川を後ろから照らす。
―つづく―
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