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クリームソーダ的宇宙

アナウンサー!春物語 第17話 後編

2013-08-18 12:22:22 | アナ春

サイパー.com。

 

最近、ミーコの様子がおかしい。

紀村俊は部屋でひとり悩んでいた。

オペラ三銃士を観に行って以来、ミーコときちんと会っていなかった。

しばらく映画のイベントで多忙になるとは聞いていたものの、

以前なら、わずかな時間でも俊に会いに来ていたのに・・。

メールは3回送って1回返ってくる程度。

電話には出るが、会話の奥に感じるそっけなさ。

すごく忙しいときに部屋に来られて、リビングでオードリーとケンカを始めると、

うるさくてかなわなかったものだけど、今となれば愛おしい。

 

俊はガランとしたリビングに立った。

部屋の内装が気に入らなかったのかな…ミーコ、ちょっと派手すぎるって言ってたよな、そういえば。

 

ケンカしているミーコとオードリーをなだめて、まるごとぎゅっと抱きしめたり、

内装が嫌だと文句を言うミーコにお詫びだといってサプライズでバッグをプレゼントしたりしていた頃が懐かしかった。

 

(会いたいな。お前も会いたいだろ?オードリー)

”うん”

”だよね”

ケンカ相手がいないと張り合いがないみたいだ。

※以降ダルタニアン仕様でお送りします。

 

 

(俺が会社を辞めろとか言ったから、機嫌、そこねちゃったんだよな。

だけどミーコ、君をこの事に巻き込みたくなかった)

 

そう、、

”この事”それは・・・

 

敵対的買収。(TOB)

(市場において株式を買い集めたり、あるいは公募によって買い集める(TOB、株式公開買い付け)等の手段によって、

対象企業の取締役会の同意を得ずに買収すること。※はてな調べ)

 

 

玉澤からの屈辱的な仕打ちに堪忍袋の緒が切れた俊は、

プチテレビを買収しようと株式取得を秘密裏にすすめていたのだ。

 

あからさまに株を大量取得するという派手な動きはできないため

プチ株の相当%を持つラジオ・プチや系列出版社系の株、

また、黄桜一族以外の創業関係者などから秘密裏に株を買いあつめていた。

ベッキンガム購入を断念したのも、その資金繰りの一環だった。

(アレを買っておけば、ミーコも喜んでくれてたかな。)

しかし、ベッキンガムの20億をつぎ込んでもプチの買収はなかなかに、難しい。

 

玉澤が社長になってからプチの株価は高値を更新し続けている。

 

今はその時ではないのか、もしくは、そんなバカなことおやめなさいという啓示なのか。

その上、ミーコがプチが好きだ、仕事を続けたいという。

あきらめるべきなのか。

紀村俊は更に自分を責めた。 

(そりゃあ諦めるのが楽に決まってる。ミーコに迷惑もかかるし。

でも俺にもプライドってもんがある。ああ!どうすれば!)

もはや、意地で続けているのは明らかだ。

 

とにかくミーコと仲直りするのが先決だ。なにか策はないだろうか?

(そうだ、俺たちが付き合ってもうすぐ100日じゃないか。)

隣国では、男女が付き合い出して100日目を祝う100日記念日というイベントがあるらしい。

(よし、100日記念日には、俺、いつも以上にがんばってミーコにサプライズするぞ!100日にはあと2日!)

俊は早速NASAに連絡をすると、宇宙旅行の手配を始めた。

 

 

//////////

ニューヨーク


「御時間をとらせました」 

九頭身の男がシュウコを見送りながら申し訳なさそうに言う。

「ジョージ、失礼のないようお送りしてくれ…くれぐれもよろしくお願いします、シュウコさん」

「ええ…。なるべく早く報告します。いろいろ驚いたけど…。

最後に、あなたのお名前をきいても差支えないかしら?」

「名前は明かせません、まだ…。ただ、ひとは僕をMr.Hと呼びます。」

「Mr.H…」

 

ジョージの運転する車に乗り込む。

後部座席に座ると、数時間前の、Mr.Hとの会話を反芻した。

「なんですって?サイパーが敵対的買収を?」

初めて会った男から、突然の話。

にわかには信じがたい。

今迄の日本の常識からしてあり得ない話だ。

プチテレビを買収する、しかもできてそこそこの会社が。

「一時期はかなりのスピードで相当数の株を買い付けていました。

最近になって買いをストップしています。たぶんプチの株価が上昇し続けている事が要因でしょう。」

サイパーの潤沢な資金をもってしても、高値に手を出せないという事か…。

 

そんな話をとつとつとされたのだ、真顔で。

 

秋からのドラマにも海外の大物を仕込めたというし、イベント事業も黒字だ。

しばらくは大丈夫だろうが、まあ、とにかく玉澤には早く報告をすべきだろう。

 

車の中でシュウコは悩んだ。

(でも、なんて説明すれば?こんなドラマみたいな話。プチをサイパーが買収しようとしてるなんて、一笑にふされるわ。

しかも空港で拉致されて行った先にいた男の名前はMr.H…。)

 

人間離れした九頭身と、キュートなフェースに、今日起きた事が幻だったのではないかとすら思う。

エスコートにもドキドキした。

ただ椅子をひいてくれただけなんだけど。

夢かな?

いや、いま目の前で運転をする髭の男の存在が、これが夢ではなく現実だと語っている。

「ジュウタイだね」

・・・。

 

Mr.H。

海を越えてプチの心配をしている男。

一体何者なのだろう。

 

 ・

 

シュウコが帰ったあと、Mr.Hはリビングに戻ってピアノを弾いた。

もの哀しいピアノの調べ。

Mr.Hの脳裏には、幼い頃の幻影が浮かんでいた。

ピアノを弾く美しい女性の後ろ姿と、それを聞きながら、傍らで自分の手を握る父母。

幸せな幻影。

 

キー・・・

 

リビングのドアが静かに開く。

 

誰かがいる。

 

Mr.Hはその気配に気がつくとピアノを弾くタッチを軽くし、ピアニッシモにして呟いた。

「正式ルートで伝えました。」

ドアが全て開き、そこには車椅子に乗った男がいた。

上半身だけでも東洋人ばなれした体躯だとわかる、骨格のしっかりした男。

50代半ばくらいだろうか?

「シュウコさんは玉澤社長と直に口利きできますし、

今日お話しした印象だと聡明な方ですからきちんと伝えてくれるでしょう。」

男は車椅子を自分で操作し、無言でピアノの近くまで近寄ってきた。

「・・・でも本当に、なにも聞かなくてよかったんですか?伊藤君のこと」

「ん・・・」

Mr.Hは指を鍵盤から放すと車椅子の男の方を向く。

その男は、目にうっすらと涙を浮かべていた。

「・・・すみません。余計な事を聞いてしまいました。」

「いや…その曲が、美しくてね…」

 

”亡き王女のためのパヴァーヌ”(ラヴェル)

 

Mr.Hは目を閉じ幻影を確認する。

ピアノの旋律、父母の手のひら。

しかし幸せな風景はいつも同じ場面のままそこから先へは続かない。

そこで終わってしまっているから――。

 

車椅子の男は涙をとうとうと流し続けていた。

「お願いです。僕まで・・・哀しくなりますから。総帥。」

そういうとふたたび小さな音でピアノを奏ではじめた。

 

 

///////

六本木、ミッドタウン。

 

「これも似合うと思うよ?」

シュウコちゃんはスタイリストだけにセンスがいいな。

純保はシュウコが持って来たジャケットに袖を通す。

「やっぱり似合う。純クン素敵すぎ!」

「そ?あ、ほんとだ。赤って苦手意識あったけど、けっこういいね」

「こういうシンプルなのもいいし。スニーカーがポイントね?」

「ハーフパンツとかも純クンの少年ぽさ出ていいと思うし」

 

 

「ジバンシーすき?こういう派手なのも着こなせると思う。顔が端正だからね・・純クンは…」

シュウコはすでに純保を”純クン”呼ばわりしていた。

 

結局、待ち合わせ場所に友達など来なかった。

シュウコだけ。こっちも純保だけ。

暗黙の了解だ。

 

プレッドPRのプライベート・セールを覗き、ミッドタウンのセレクトショップに知り合いがいるという

シュウコに連れられるがまま、ふたりは今リステアにいた。

「人、少ないね?」

「平日のこの時間だもん、いつもこんな感じだよ」

店員はいるものの、シュウコと顔なじみなので放っておいてくれる。

 

「純クン、これ、似合うよ」

シュウコがシャツを差し出す。

純保好みのシャツだ。

「フィッティングルームで試着してみたら?」

「うん。でも、シュウコちゃんはいいの?ワンピース欲しいっていってたでしょ?」

「いいの!今日は純クンの専属スタイリストなの。いい?」

そりゃ、いいけど。

思わずにやけてしまう。

そんな顔を見られないように、いそいでフィッティングルームへ入った。

フィッティングルームは、ただっぴろかった。

黒一色の部屋。

黒い色に囲まれ、純保は意識しないうちに男としての自信や、冷酷さを身につけた。

なんか出来る気がする。なにかわからないけど。

ハイブランドに囲まれた高揚感なのか?

洋服のオーラなのか?

 

Tシャツを脱ぐ。

ハルナと付き合い出して一気に幸せ太りしたが、ハワイで水着ロケがあるからといって

ダイエットを始めたハルナに付き合い、集中してジム通いと食事制限をし、かなり絞った。

絞ったボディを黒縁の大きな鏡に映す。

(ん、悪くないじゃん?)

鏡面に写る自分の顔つきは精悍で、自信に満ちていた。

 

勧められたドリスヴァンノッテンのシャツに袖を通しボタンをはめていると、試着室の外からシュウコが呼びかけた。

「どーおー?」

「うん、結構・・似合うかも?」

シュウコは試着室に入って来た。

「え?!」

「似合うね。こっちも着てみる?リックオウエンス。」

驚く純保におかまいなしに近づいて来て、ドリスのシャツのボタンを外し始める。

3つ目のボタンを外した所でシュウコの指が純保の露出した胸元に触れた。

 

純保はその指先を目で追う。

爪の先は黄色く塗られていて所々小さなキラキラした粒が器用に配置されていた。

薬指だけはもっと複雑で、ダイア模様が組み合わされている。

 

女の子の爪ってなんだかこわれものみたいだな。

 

孤児院で見た事のある、雛人形の飾りの…ちっさい鼓とか食器とか、そういうの。

乱暴に扱ったら、こわれそうなもの。

ほんとは触んないほーが、いいもの。

純保はハルナには感じた事のない種類の、なにか熱い塊が体に生まれてくるのを感じていた。

 

シュウコの指先は胸から脇にスライドしてゆく、

人差し指と中指だけを微かにふれさせ、つつ…と移動させていくと

純保のその熱い塊には名前がついた。

衝動。

その指先、もう少しだけ確かな感触で触れて欲しい。

これじゃシュウコの方が純保を壊れ物だと思っているみたいだ。

 

ここ試着室だよな・・・

純保は常識的な性格なので、こんなときにもそういう事が気になってしまう。

必死に動揺を隠すけれど、動揺した表情をみられるのは嫌だ。 

 

このままだと、俺、やばいな?

 

ハルナを裏切る気なんて毛頭なかったし一番大切な人だけど、なんていうか、他の女の子に目がいかないわけじゃない。

 

普段は消極的なんだけど、時々モテル男を演じてみたくなる。

 

(そういえば前の子の時もこんな気分のときだったな。)

週刊誌に取られた子。

あの時もなぜか勇気がでてゲームを仕掛けてみたくなったんだよな。

 

純保は目の前のシュウコに少し顔を近づけた。

その途端シュウコはふふ、と笑うと、指を離し一歩純保から離れた。

 

ドリスのシャツのボタンは全て外れていた。

肩すかしをくらった純保にシュウコが呟く。

「次、これ着てみて?気に入ったらそれに着替えちゃって、次、いこ?多分すっごく・・・かっこいい」

 

試着室に1人残された純保はひと呼吸するとスツールに座ってうなだれた。

(おれ、どうなっちゃうんだろ?)

ハルナからはハワイに行った後、一度メールが来ただけだ。

wifi 環境が良くないらしい。

なにかタガが外れそうな予感・・・。

外そうとしなきゃ、外れないのは、わかってるんだけど。

 

 

//////////

プチ、事業局。

ミーコはPCに向かいながらも、玉澤との情事をなんども思い出していた。

あの日からまだ一週間も経たないというのに、結ばれた回数は・・・ちょっとここでは言えない。

だいたい、汐留のコンラッド。

玉澤の部屋というのもあった。

一度社長室でというのもあった。秘書は絶対気がついていると思う。

 

会社で偶然出くわすとドキマギした。レイと一緒の時だと一層緊張した。

玉澤は動じることなどなく平然と接する。

それどころか、ミーコにだけサインを送ってきたりする。

その余裕が、過去に何人もと社内恋愛をしてきたであろうことを想像させ、

今だって他に女の子、いるのかもしれないと思って切なくなったりした。

 

ミーコの胸はいつも苦しかった。

 

レイは何も言わない。

苦言はすでに呈した、という事なのだろう。

大人だからなのか、本来の性格なのか、卓越してドライすぎるレイに、これ以上なにも相談出来なかった。

早くハルナがハワイから帰って来てくれたらいいのに、と思う。

ハルナからは何度かメールが来たが、ハワイは意外にもネット環境が良くないようで、

時差のこともあり深夜に時々LINEが繋がる程度だ。

メールやLINEではなかなかこの感情を書き表せない。

なにより俊への罪悪感は、簡単に説明出来るものではなかった。

 

俊とは、会うのを避けていた。だって、会って、もし気がつかれたら?

俊を幻滅させたくない。

嘘をつく自信もない。

多分俊の笑顔をみたらその胸に飛び込みたくなる。

だけど、玉澤に、会いたい。

理性と感情のバランスが全くとれない。

どうしたらいいんだろう。

 

その時ミーコの携帯が鳴る。メールだ。

「もう家だ。後でおいで。チーズフォンデュしよう 玉」

・・・ああ、ときめく。

 

 

豊洲タワーマンション。

エントランスの暗証番号を慣れた様子で押す。

0−9−0−9

スイス出張から帰国したばかりでまっさきに私と会いたいなんて、嬉しい。

他にも女がいるなんて杞憂よね。うきうきした足取りで中に入った。

 

その様子を道をはさんだ向こうに止めてある車から男が見ていた。

 

 

紀村俊だった。

 

ー第18話につづくー


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