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クリームソーダ的宇宙

アナウンサー!冬物語chapter.36

2014-09-29 18:00:00 | アナ冬

賛成の腹違いの弟、成哉は…。

賛成がアメリカに行った後、空になった彼のマンションに住まわされている。

それは賛成の提案だ。

父・幹二朗も快諾した。

養子縁組の話は幹二朗と執事黒井によって着々と進められているようだ。

 

成哉はマンションで、毎日なにをするでもない。

賛成の本棚から本を選んで読んだりはしたが、

ケンカで追った傷も深手ではないから病院に行くこともないし、

マンションのジムに行くなんて考えもしないし、

すぐに手持無沙汰になった。

――ではなぜここをでて故郷にかえらないのだろう?

度々自問自答する。

答えもなく、テレビのリモコンでチャンネルを変えた。

プチテレビ―。

教育バラエティみたいな番組をしていて、

芸能人がみんな楽しそうにはしゃいでいた。

(そうか、この番組に出てる人とかも、ここからそんなに遠くない場所にいるんだな―)

九州の田舎に育った彼にとって、遠く別世界だったものが、

突然オペラグラスを目前に無理やり差し向けられ

間近に見せられたようでピントが合わない。

東京に憧れたことなど一度もなかったのに――。

成哉はソファに体を埋めるとクッションを抱きかかえながら目を閉じた。

ガチャガチャと食器を洗う音が聞こえた。

リビングの脇のキッチンで、母より少し年上の女性が夕食の準備をしている。

彼女は毎日、通いで黄桜家から派遣されやってくるメイドだ。

―いわゆる監視者。

もちろん成哉はいつでもそこから出ることは、できる。

しかし―、

そうした所ですぐにあの執事、黒井が彼を見つけ引き戻すのは目に見えていた。

黄桜家は、いままで成哉が一度とふれたことのない地位や権力というものと結びついているから、

ちょっと飛び出たくらいでは籠の中の鳥状態なのだ。

だいたいが、あの屋敷自体が嘘みたいな代物だった。

いままでの「金持ち」の概念はとうに吹き飛んでしまった。

メイドは黒井からの命令だろう、通い始めてもう7日ほどになるが、

会釈をする程度で、けっして成哉と話をしようとしない。

「―今日は何を作ってくれるんですか?」

「――」

返事がないのはわかっていた。

成哉は諦めて立ち上がり、窓を開けベランダに出た。

最上階の部屋からは遠くまで東京の、都心の、夜景が見えた。

橙色と紫色がまざった夕暮れ。

故郷はどっちだろう。

遠いあの町の夕暮れを思い出そうとするが、

ビルの明かりがくっきりと光彩を強め、車のライトが揺らめき始めると

暮れた空にそれがあまりにも似合って美しく煌めき、

成哉は自分の故郷の夕暮れをもう思い出せないのだった。

故郷に、もう母はいない。

叔母は自分の帰りを待っているだろうか?

そうだ、やっぱり帰って―、

就職をして、工場に内定をもらっていたから事情を話して雇ってもらって、

そして僕は働いて、お金をためて、…

――そこで思考が止まる。

その近未来の自分の姿は虚無に満ちていた。

今帰っても、あそこでしたいことなんてないんだ。

若い母のことを思う。

あの屋敷で腹を刺された日を、

赤子の成哉が覚えているはずがないのに、

なぜだろう、目に焼き付いているのだ。

屋敷の窓から見えた真白な雪の庭。

彼を東京に引きとめるものは、その庭の残像だ。

彼の心はただ、あの日の真白い雪のように虚無だ。

自分が何者なのか―

子供のころからずっと知りたかったこと。

それに手が届き事実は明らかになった。

父親は死んだという母の言葉は大人になるにつれ偽りだと判りはじめていたから。

田舎で母子家庭というだけでも人々は好奇な目で見るのに、

その上、母は歳を重ねても美しかったから…。

(そう、母と僕は、あの町では異形だった――)

いままで必死に異形であるという自覚を回避してきた事を認めるしかない。

風が強く吹き込みカーテンを揺らした。

日が暮れ藍色に染まった空とビルの光はもう成哉のものだった。

ベランダから部屋に戻る。

食卓の上にあたたかい食事が整えられていた。

「…あ」 

成哉は玄関に走った。

もう、メイドの靴はない。

お椀に一風変わったものが入っていた。

それは――。

故郷の郷土料理だ。

大根やニンジンや鶏肉、そして小麦粉で練った団子がはいった”だご汁”という味噌汁だった。

「あの人…どうして…」

母と僕の故郷を、どうして知っている?

黒井が気を利かせた?いや…

あのメイドは――、

もしかしたら昔の母の事を知っていのかもしれない。

あの日、いや、その前の、なぜ母が妻子ある幹二朗と不実な関係になったのかも。

知りたい。

あの黄桜幹二朗が父親なのは事実だろう。

事実以上にあの男の感情を知りたいのだ。

彼は母を愛していたのだろうか?

そして聞きたい。

母への謝罪の言葉を。

心からのその言葉を聞ければ、僕は故郷に帰れるような気がするんだ。

(つづく)

 


アナウンサー!冬物語は下記からの続編です。

1、アナウンサー!春物語 第1話はこちらから→

 http://blog.goo.ne.jp/ktam7pm/e/df22f4138795fe59124c72c361afa9bc

2、抱きしめて!聖夜(イブ) 第1話はこちらから→

 http://blog.goo.ne.jp/ktam7pm/e/7637959c3f1ee9d122d1df584f237758

カテゴリーの「アナ春」からも読んでいただけます。

 ※この物語はフィクションであり実在の2PMとは一切関係ありません。

 

 

 

 


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