湾岸プチテレビ。
黄桜が右太郎にケンカを売ろうとしていたその頃…。
伊藤純保は、「アナウンサー1日体験」のイベントに取りかかっていた。
純保と右太郎が日替わりで行うこの企画。
今日は純保が担当だ。
朝から20時まで、時間刻みで、
当選した10人の幸運な視聴者たちに手取り足取りアナウンス技術を体験させる。
もちろんすべて女性。
純保と右太郎のファンは10代から80代までと幅広い。
Pスタジオでファンを迎える。
「最初のかた、どうぞお入りください」
この日ばかりは純保もぬいぐるみなどを身に着け、特別サービスでかわいく演出した。
トップバッターの女性がやってきた。
小柄で茶色いヘアスタイル。つぶらな瞳に身を守るようなアイライン。
同い年くらいだろうか?
靴はクリスチャン・ルブタン?
おしゃれに目の無い純保は注目した。
「こんにちは、伊藤純保です、今日はアナウンサー1日体験に来てくれて、ありがとうございます。靴、素敵ですね」
女性の瞳を見つめながら笑顔で話しかけた。
その瞬間、女性はなにか、茫然としているように見受けられた。
「あ・・・・・・ありがとうございます。・・・あの、私はシュウコといいます」
「シュウコさん?わあ、うちの上司と同じ名前ですよ。ご縁がありますね。今日は楽しんで行ってください」
「は、はい…」
体験は、ニュース22のスタジオで実際にニュースを読んでみたり、
それを写真撮影したりする簡単なものだ。
一通りの体験をし、もう終わり、というその時。
シュウコさんが口を開く。
「あの、伊藤さん、一つお願いがあるんですが・・・。
ニュース22で張本さんがたまにダンスするじゃないですか?伊藤さんは踊れないんですか?」
「えっ」
「僕も・・・踊りは好きです。回転も好きです。でもあれは張本の特権なんですよ。だから僕は・・・」
張本の領分を奪うわけにはいかない。
意外に控えめだ。
「やっぱり踊れる方ですか。そのヒップを見てそう思っていました。・・・特別に、踊ってはいただけませんか?」
悩む純保。
「実はわたし、今日、誕生日なんです。今日で30歳になりました」
「誕生日?わあ。それはおめでとうございます!そうですか。うん、喜んで踊りましょう、歌いましょう」
大義名分ができた。実は踊りたくてうずうずしていたのだ。
おもむろに上着を脱ぐ。
はっぴばあーすでいとぅゆうーーーーー
汗だくだ。歌つきだ。
はっぴばあーすでいつぅゆぅううー
指をさされた。
はあっぴばあすでぃでぃあシュウコさあん
あざやかに回転する。
はあぴばあすでいとぅゆううううーーーうううーー
特別におんぶする。
シュウコは、完全に、恋に落ちた。
実は彼女、プチテレビの伊藤になどまったく興味はなかった。
ライバル局TVSの神田大成アナの追っかけだったのだ。
神田大成も踊れるアナウンサーとしてTVSが押している。
彼女は踊りの巧い男性が好きだ。そしてつぶらな瞳の男性も。
だがしかし、今日、伊藤に会った瞬間、神田にも負けない純保のつぶらな瞳に心奪われた。
さらに今踊りの巧さに心を掴まれた。
そして歌声の裏声。
おぶってもらった背中の筋肉。
「・・・伊藤さん、ありがとうございました。最高の誕生日です。あの、言わせてください。好きです。付き合って下さい」
「おお、、嬉しいです。ふふ、そうですね、考えておきます」
軽く受け流された。
いや、わかっているのだ。
所詮、サラリーマンとはいえ半分芸能人と、自分は一般人。
2人を隔てる壁は高い。
それに私にはカレシがいる。
だけど、アナウンサーの中では、今後はあなただけみつめてるよ、そう心に決意した。
そんな様子をスタジオの隅でハルナが見ていた。
(いつもの先輩だなあ、女子ウケもいいし、かっこいいしさ…)
いま何をしてもダメなことは良くわかっているが、遠くからでも純保を見ていたいのだった。
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湾岸の原っぱ。
黄桜と張本が向かい合っている。
「久しぶりだな、張本。懇親会で飲んで以来か…。ふ、今覚えばおれに接近したのも思惑があってのことだったんだよな?」
右太郎は、レイが黄桜賛成と付き合いだしたと聞き、賛成に興味をもち、一時期接近していたのだった。
「まあいい、・・・いまは副社長とアナウンサーという仮面は外して話そう。
もうレイにつきまとうな!」
賛成が右太郎を指さす。
「仮面を外していいんですね、副社長…。ではいわせていただき、ますよ…?
おい、なに指さしてんだよ?つきまとう?はあ?まじむかつく」
「それがお前の本性か、張本。よくきけ。僕はレイにプロポーズした。いずれは僕の妻になる。
でもレイは君の怪我に責任を感じているようで即答してくれなかった。なあ、もうレイを解放してくれよ?」
プロポーズ。
右太郎に衝撃が走った。
「黄桜さんよう、なにかカン違いしてるよな?
おれはレイにつきまとってもいないし、怪我の事で負担をかける気はない!
お前こそ恋人の気持ちに自信が持てないのか?所詮その程度の関係なんだろ?!」
「なにをっ?!」
カッとした賛成。怒りが頂点に達した。
賛成は右太郎の右頬にパンチを食らわせ、右太郎はその場に倒れ込んだ。
「おい!いくら仮面を外すっていっても、俺はアナウンサーなんだぞ!顔はやめろ、顔はぁ!」
黄桜もさすがに悪いと思ったのか張本に手を貸そうと近づいた。
その瞬間、張本の指突きが黄桜の腹にヒットした。拳銃以上の威力。
ふたりの殴り合いは終わらない。
そこに、2人の不在に気が付き、近辺を探していたレイが止めに入った。
「何してるの!」
「あ」「あ」
「うーたん、顔腫れてるよ!ちょっと賛成、殴ったの?!ひどいんじゃない?」
「すみません…」賛成、反省。
「まったく!うーたん、すぐに病院にいこう?今日もニュースあるでしょ?」
「・・・ん、だいじょうぶ、1人でいくよ」
「でも」
「だいじょうぶだよ。それより、こいつ、ほんとに・・・レイのこと・・・」
(大切に思ってるんだな・・・。
いけ好かないやつだと思っていたけど、こいつ、いいやつだな…。)
賛成の拳に、マジを感じていた。
(ただのボンボンだと思ってたけど。ケンカも強いし、ホネがあるじゃねえか…。)
「うーたん?」
「レイ、俺、大丈夫だ」
そういって微笑む。
そして右太郎は地面に座っている賛成に向かって言う。
「おい、黄桜!うじうじ考えるな。目の下にクマできてるぞ・・・。もっと自信を持て!」
「張本?」
「レイ、・・・おれは病院いってスタジオいくからこいつの面倒みてやれ。
おれは一人で、平気さ…」
うーたんの様子、いつもと違う…。
「あばよ」
大人になったのかな、レイはそう思いながら右太郎を見送った。
―第11話後編につづく―
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