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京都の闇に魅せられて(新館)

本能寺と火伏せ銀杏と三つ足蛙の伝説 @ 京都妖怪探訪(789)

 

 

(記事中の写真はクリックで拡大します。プライバシー保護等の為、人の顔部分に修正を加えていることがあります)

 

 

 どうも、こんにちは。

 今回も、シリーズ前々回及び前回に続いて、6月2日「信長忌」に関連する話です。

 しかも今回は、信長が最期を遂げたというあの本能寺が舞台です。

 とは言っても、妖怪や怨霊に関する話でも、信長魔王説でもありません。

 今回は呪物とか、マジックアイテムとかいうものの話になります。

 本能寺には2つの不思議な伝承の遺るものがあります。

 ひとつは何百年も境内に立ち続け、水を出して大火を消し止めたという「火伏せの銀杏」。 もうひとつは、本能寺に伝わる寺宝のひとつで、三足の蛙の蛙の形を象った香炉であり、あの「本能寺の変」の前夜、突如鳴き声をあげて異変を知らせたという伝承が遺されています。

 「信長忌」を迎えたことを機会に、現在の本能寺を訪れ、この2つの不思議な伝承の遺るものを見てきました。

 

 

 今回もいつもの通りアクセスから。

 京都市営地下鉄「京都市役所前」駅から。2番出口から出れば、河原町御池の南西角付近へと出ます。

 

 

 

 

 この付近には「本能寺ホテル」があります。

 

 

 

 本能寺さんが運営されているホテルでしょうか。

 このホテルに宿泊した人は部下に裏切られて最期を遂げるとか・・・いや、すみません。またしょうもないことを考えてしまいました。

 

 

 4番出口から出たら、寺町商店街アーケードの入り口が。

 

 

 

 

 寺町商店街のアーケードを少し進めば、本能寺の門が見えます。

 

 

 

 

 門前に立つ、説法する日蓮聖人の像。

 

 

 

 この古刹が日蓮宗の寺院であることを表しています。

 この寺の創建は、応永22年(1415年)に日隆上人によります。寺伝によりますと日隆上人は、妙本寺(現在の妙顕寺)の綱紀粛正をしようとしたけどうまくいかずに、妙本寺を去り、油小路高辻と五条坊門の間の地に寺を開き、「本応寺」と称します。

 しかしその後、妙本寺により破却され、さらにその後もいろいろとトラブルに巻き込まれ、移転を繰り返し、天文14年(1545年)に、現在の市場西洞院元本能寺町あたりに広大な敷地と大伽藍を持つ大寺院となります。

 何というか・・・開山当初から、本家からいじめられたり、幾つもの紛争に巻き込まれたりなど、トラブル続きで大変だったようですが。

 その後、天正10年(1582年)6月2日のあの歴史的事件でまたもや焼失させられます。

 そのさらに後も現在に至るまで大火と戦乱で焼失し・・・昭和3年(1928年)にかつてより大幅に敷地は減らされても現在の本堂が建てられ、現在に至るそうです。

 いやはや・・・京都の町の動乱の歴史をなぞるかのように、何度も焼失や移転を繰り返して、本当に大変だったのだな、としか。

 

 

 

 山門から入ると、まずは寺宝が保管・展示されている「大寶殿」がありますが。

 

 

 

 

 そこは後回しにしてまずは本堂へ礼拝。

 

 

 

 

 本堂より奥へ進むと。

 

 

 

 

 信長の墓所が・・というより、遺体はこちらにはないから供養塔が。

 

 

 

 この供養塔の下には、信長本人が愛用していた刀が埋められているそうです。

 

 

 

 供養塔の横に、守るように、寄り添うように立つ銀杏の大木があります。

 

 

 

 これは「火伏せの銀杏」と呼ばれる古木です。

 「本能寺の変」の後、この地に移植されたそうですが、1788年の「天明の大火」の時、この銀杏から水が噴き出し、木の下に身を寄せていた人々を救ったと伝えられています。

 現在も京都市指定の保存樹として大切にされています。

 

 

 ところで、「火除天満宮(第139回)」や、「霰(あられ)天神山」(第363回)や、護法大権現(第356回)など、京都市内にはこの銀杏の他にも、「人々を火災から救った」という伝承を持つものが幾つも見られます。

 『遠野物語』にも、火を食べて火災を防ぐ「ゴンゲンサマ」の話や、火災を予知する能力を持つ男「芳公馬鹿」の話など、火災関連の伝承が幾つも紹介されています。

 おそらく、現在のような近代的な防火設備も無い昔は、そういう伝承が幾つも遺されているほど、大火など火災は、当時の人々にとって身近な脅威だったのではないか。そんな気もしてきます。

 

 

 

 

 ところで「防火」と言えば。

 この古刹では「本能寺」の「能」を常用漢字の「能」とは書かず、以下のような字で表記しています。

 

 

 

 あの歴史的事件を含め、本能寺は5度も火災に遭っていますので、「能」の字の「ヒ」は「火」を想起させるので避けて、「ヒ(火)」が「去る」ようにと、こういう文字で表記している、という話でした。

 それに「火伏せの銀杏」の伝承。

 強い防火意識というか、火災に対しての強烈な忌避感がこの古刹にはあるようです。

 

 

 

 信長廟、火伏せの銀杏から、本堂、大寶殿(宝物館)の方へと戻ります。

 

 

 

 

 最後に大寶殿(宝物館)へ。

 

 

 

 

 伝承の「三足の蛙」の銅製香炉など様々な宝物がありました。

 さすがに実物の撮影は許可されませんでしたが、何とありがたいことに、エレベーターホールに撮影可能な複製品が。

 

 

 

 

 こういうのもご愛敬ですね(笑)。

 

 

 

 

 以下の画像は、よく似せて造られた複製品ではありますが、伝承の「三足の蛙」の銅香炉です。

 

 

 

 これがあの事件の前夜、鳴き声をあげて知らせたという蛙の香炉です。

 何故、足が三本なのかというと、古来中国では、奇数を縁起の良い「陽数」とし、偶数を縁起の悪い「陰数」とする思想に基づくそうです。

 通常の四本足の蛙とは違って、陽数の三本足の蛙は、縁起の良い吉獣。つまりこの蛙は聖獣、霊獣、神獣の類なのです。

 その蛙の背中には、よく見るとやはり神獣である雨竜が乗っています。

 

 

 

 何ともかわいらしい雨竜です。

 蛙とは雨になると活発になる生き物ですから、背中の雨竜と併せて、この香炉には降雨祈願の意味も込められていたのかもしれません。

 今も昔も、水の安定供給は重要でしたし、現在のような近代的な水利技術もなかった時代には、祈雨も重要な意味を持っていましたから。

 

 ただ、せっかくわざわざ鳴いて知らせたのに、当の信長本人は、その意味がわからなかったのか、あるいは警告だとは受け取らなかったのか、結局は明智光秀に討たれてしまうという結末を知っているこちらからすれば、何とも・・・。

 

 

 

 

 今回はここまで。

 ところで「特別編・2022年の目標」で、「今年中に、本シリーズで新規スポットの記事を最低でも15以上、出来れば20以上書く」ことを目指していましたが。

 第785回第786回の「越前雄島」と、前回の「寺町・阿弥陀寺」をカウントし忘れていました。さらに今回の本能寺を加えて、合計で9本目。目標達成まであと6本です。

 それでは、また次回。

 

 

 

 

 

*本能寺へのアクセス及び周辺地図はこちら

 

 

 

*本能寺のHP

https://www.kyoto-honnouji.jp/

 

 

 

 

*『京都妖怪探訪』シリーズ

https://kyotoyokai.jp/

 

 

 

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岩上安身責任編集 ? IWJ Independent Web Journal

 

 

 

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