どうも、こんにちは。
今回は天狗伝説の遺されている京都市内の古刹と、天狗が祀られている境内社を紹介します。
長い歴史の中で、京都はいくつもの大火や戦乱などに巻き込まれて、そうした多くの災厄の中からも、いくつもの伝説・伝承が生まれています。
今回訪れました京都市上京区内にある浄福寺と、その境内に立つ護法大権現にもそうした伝説が遺されています。
天明8年(1788年)、天明の大火。
その時、鞍馬山から舞い降りてきた天狗が、浄福寺境内のクロガネモチの大木の上に降臨し、巨大なうちわをあおいで火を消し、東門の手前で大火を食い止めた。
そんな伝説が遺る門と大木が、現在も浄福寺に遺されていると聞きましたので、今回訪れてみました。
まずは、いつもの通りアクセスからいきましょう。
京都市上京区にある、今出川浄福寺の交差点。
最寄りの交通機関は、京都市営バスの「今出川浄福寺」停留所です。
そこ交差点から、その名も浄福寺通りを南へと歩きます。
少し歩きますと、通りの西側に見えてきます。
浄福寺の東門と、大きなクロガネモチの木が見えてきます。
この東門は朱塗りであることから「赤門」とも呼ばれ、この寺を「赤門寺」と呼ぶ人も居るそうです。
「鞍馬の天狗はこの赤門の上に立って大火を防いだ」という説もあるそうです。
現在は知恩院に属する浄土宗の寺院ですが、元々は延暦年間(782~802年)頃に創建された天台宗の寺院だそうです。
創建の詳細については、現在では不明だそうです。
皇室などとの関係も深かったのですが、長い歴史の中で度々焼失の憂き目に遭っています。
江戸時代に入った元和元年(1615年)に現在の地へと移されていますが、その後も何度か焼失の難に遭ったそうです。
東門から中に入ります。
境内の参道から入ってすぐ右の場所にある「護法大権現」。
ここは、天明の大火の時に寺を救った天狗を祀っているそうです。
ちなみに「権現」というのは、仏教の仏様が日本の神様の姿をとって現れた存在です。
「本地垂迹(ほんじすいじゃく)」という、日本の神仏習合思想によるものです。
権現堂にかけられている絵馬の数々。
天狗の伝説や、天狗への信仰の様子が描かれているものも見られます。
奥の方には「弁天堂」なども見られます。
そして、権現堂の奥に立つクロガネモチの大木です。
鞍馬から来た天狗は、この大木の上に立って大火を防いだと伝えられています。
つまり天明大火の頃には立っていたということですから、樹齢は何百年にもなるはずです。
私の拙い写真ではうまく表現しきれていませんが、いかにも何かが宿っていそうなそんな感じすらしてくる木です。
それにしても鞍馬天狗さん。
この寺だけでも何度も焼失したりしているのですから、天明大火の時だけに限らず助けに来てくれたらよかったのに、などとも思ったりしたわけですが……。
神様も、ヒーローも、必ずしもこちらの都合や要望に合わせて助けに来てくれるとは限らない、ということでしょうね(苦笑)。
明治に「廃仏毀釈」「神仏分離」が行われた影響もあって、現在では仏教と神道や民間信仰などは別物のように考えられているようですが、日本の長い歴史では、こうした「神仏習合」によって、両者は融合・共存してきたのです。
これも、そうした日本古来の歴史と伝統を感じさせるもののひとつです。
仏教の中には、天狗を「仏敵」ととらえる宗派もあるのですが、そんな「仏敵」や「妖怪」の類すらも「権現」として祀られているのは面白いですね。
日本という国、日本人という民族は本来、杓子定規的な善悪二元論にとらわれたりしない、大らかさをもっていたのではないか。
こういうものを見る度に、ふとそんな考えが浮かんできます。
それでは今回はここまで。
また次回。
*浄福寺の周辺地図は、こちらをご覧ください。
*京都妖怪探訪まとめページ
http://moon.ap.teacup.com/komichi/html/kyoutoyokai.htm
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