備後国分寺の風景

とき折々の風情を見せるお寺の風景、そして行事の様子をお知らせします

平成21年元旦 謹賀新年

2009-01-05 17:44:02 | Weblog
新年あけましておめでとうございます。今年も、除夜の鐘にひきつづき元旦護摩祈祷を厳修して新年を迎えました。寒い中、心経をお唱えして下さった皆様に感謝いたします。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。



たくさんの檀信徒からお預かりした御祈願を込めて護摩の火にお札を一つ一つ加持しているところです。



護摩の火にくべたお供物で堂内が煙っています。



護摩終わり本尊薬師如来へ感謝を込めて数珠をすってお礼を申し上げたところです。



たくさんの参詣者が見守られながら今年の元旦護摩祈祷も無事修了いたしました。




11/20・11/26兵庫・浄土寺と丹波・石龕寺参詣

2008-11-27 17:21:47 | Weblog
朝日新聞愛読者企画「備後國分寺住職といく日本の古寺めぐりシリーズ第五回晩秋の播磨・丹波をゆく・兵庫県浄土寺と丹波石龕寺」

国道313の国分寺バス停より乗車し、笠岡インターより高速に上がり、一路兵庫県小野市にある浄土寺へ向かう。バスの中では相変わらず、道中安全を祈願した後、お経を唱えるということについてや私のこれまでの歩み、また浄土寺を創建された重源上人やお寺のお堂や本尊さんについてお話した。

浄土寺は、平坦な周りから少し小高い台地に境内が広がり、境内からは下の様子が見られない、そこだけ異空間が広がっているようだ。神と仏が交差する何とも不思議な、しかし当時はそれが当たり前の伽藍配置だったのであろう。

八幡神の本地仏は阿弥陀如来。国宝阿弥陀三尊を中心にする浄土寺ならば当然の設定ということだろうか。それにしても境内の中央に大きな鳥居が鎮座する様は他には見られない鎌倉期の宗教感覚を現代にとどめる正に貴重な神仏習合の遺産と言えよう。



浄土堂阿弥陀三尊は、巨大な阿弥陀様が今まさに来迎した様を表すかのような臨場感が溢れ、天竺様(大仏様)のお堂と一体となった見事なお浄土の荘厳さを醸し出す。



こちらは浄土堂の軒丸瓦。一つ一つに南無阿弥陀仏と文字が刻まれている。また薬師堂の裏には立派なミニ四国八十八カ所がある。全札所が石組みの台座に石棺に納められた本尊と大師像を祀っている。



昼食を入れ、小野市から丹波に向かう。石龕寺は聖徳太子創建と伝えるが、足利氏ゆかりのお寺。当時の多くの寺宝が残る。こちらは鎌倉期の仁王門。



こちらは本堂毘沙門堂前から下を眺めた様子。紅葉の絨毯を敷き詰めたようだ。



毘沙門堂左にある仏足石。皆さんゆっくりと散策して紅葉を愛でつつ写真にもおさめ、下山された。



帰りのバスの中では、休む間もなく、古寺古仏を参詣するということの意味についてや最近発掘された奈良の新薬師寺の規模などから古人の神仏への篤い思いについてなど話をしながら家路についた。

今回も倉敷観光代理店・倉敷ツアーズ金森氏の企画により、誠に行き届いた行程の中、ゆったりとしたバスツアーを楽しむことが出来た。今回も添乗された安川氏、金森氏には至らない点をかなりカバーしていただいた。この場を借りて御礼申し上げます。

来年には、7年に一度の信州善光寺ご開帳への特別企画も計画されているという。また皆様との日本の古寺めぐり、楽しみにしたいと思う。


なお、浄土寺石龕寺については『ブログ・住職のひとりごと』をご参照下さい。

http://blog.goo.ne.jp/zen9you/




蓮が咲きました

2008-07-17 14:28:46 | Weblog
今年も蓮が咲きました。鳥取県の長昌寺様からいただいた蓮が花開いてます。昨年4月、地蔵堂の裏に据えた五右衛門風呂に泥を入れ、蓮根を植えました。今年は、株分けしなかったため、葉が上に上に伸びすぎ、せいたか蓮となりました。

築地塀に背を向けて、南向きに撮った写真です。仁王門の屋根が写っています。



蓮の向こう側に中門。手前左は、地蔵堂の屋根。



7月3日に咲き始め、2週間以上次から次に咲き続けています。



蓮は、神々しく大きな花をひらく。高貴な何とも言えない淡いピンク色の花。お寺の風景によく似合う。ご縁をいただきここに開いた花たちに感謝します。

6/24・25国東半島と観世音寺参拝

2008-07-02 10:33:36 | Weblog
朝日新聞愛読者企画・備後國分寺住職といく日本の古寺めぐりシリーズ番外編その2で、6/24に国東半島の冨貴寺と熊野磨崖仏、そして6/25には、太宰府観世音寺に参拝した。

国宝冨貴寺大堂。戦前戦中にかなり傷みが激しかったとお話をうかがった。床は抜け、前扉が外れ、子供たちが中で遊び壁画が崩落した。それでもこの地で最も古いお堂とのことで修繕され国宝になった。大変なご苦労があったようだ。しっとりとした佇まい。落ち着きを感じさせていた。



大堂横の国東塔。骨太の造り。いかにも九州らしい。どっしりした仏塔。



冨貴寺から7キロほど南にある熊野磨崖仏。駐車場からのながい坂道、石段。やっとたどり着いた先にはこの大きな不動明王と大日如来が待っていた。清々しい涼しい風が心地良い。落伍者無く参加者全員がここまで到達。しばし休憩の後に大きな声で読経。この磨崖仏の上に神社がありその上に向けて登山道が続く。



こちらは太宰府政庁跡の東側にある観世音寺講堂。かつてはこの二倍半もあった。この中に丈六の観音様がたがひしめいていた。往時を偲び堂内で読経する。仏像は今ではすべて宝蔵に納められ、参詣者を見下ろす。



こちらは、観世音寺がかつて府大寺と言われる所以となる西戒壇。今では観世音寺とは別寺院となってはいるが、当時を偲ぶ遺構をもとに内部の壇が設けられている。



このあと九州国立博物館を拝観して一路福山に向け帰還した。九重筋湯温泉に一泊してのバスツアー。長いバスの中ではチベット死者の書にまつわるビデオや国東の鬼会の風習を伝えるビデオなどを見ながら様々な話をさせていただいた。

この度も企画から添乗まですべて倉敷観光金森氏にお世話になりました。この場をかりて御礼申し上げます。


山城の里 岩船寺と浄瑠璃寺をゆく

2008-03-30 17:18:00 | Weblog
朝日新聞愛読者企画バスツアー・日本の古寺巡りシリーズ第4回『京都府歴史が薫る山城の里をゆく・岩船寺と浄瑠璃寺』で、3月14日と26日に30名、35名の同行の参詣者と共に、両寺を参拝した。

こちらは、岩船寺本堂、七間四方だが本尊さまが3メートル近くあり、とても狭苦しく感じる不思議な雰囲気の空間を醸し出していた。ご住職様からありがたいお話をうかがい読経。



朱色が目に鮮やかな岩船寺三重塔。この下に阿字池があり、奥の屋根は本堂。



こちらは浄瑠璃寺三重塔。薬師如来が本尊様。まずこちらで読経。現世のお参り。



それから後ろを振り返り、彼岸におられる九体阿弥陀仏を合掌し、礼拝。



本堂・九体阿弥陀堂。九体の阿弥陀様も建物も国宝。中に上がって副住職様からお話をうかがい、読経。



この後、ゆっくり堂内境内を散策する。小高い山に囲まれ、その周りも静かな里に守られ、奈良県境の京都山城に隠された平安貴族の浄土空間が広がる。異次元の世界に紛れ込んだかのような特別な雰囲気を味わった。

両寺に関する解説は、『住職のひとりごと』参照ください。

なお、この度も、企画から当日の案内まで倉敷観光金森氏のお陰で、とても気持ちの良いお参りが出来ました。感謝します。(初回添乗は安川さん、ありがとうございました)

インド僧・後藤惠照師来訪

2008-03-13 17:17:26 | Weblog
3月6日から8日まで、インドの師・後藤惠照師が國分寺にご巡錫になった。後藤師は、『住職のひとりごと』で述べたように、インドに仏教がなくなったと言われていた仏教史の定説を覆す知識を私に与えて下さった方だ。インド仏教を見る目を開かせて下さった。

もちろん確かにインド仏教は13世紀初頭、イスラム教徒の侵略に遭い、インドでかつての輝きは失われていた。が、マガダ地方の仏教徒は、その前から東に東に移住して、今のバングラディシュのチッタゴン周辺に移り住んでいた。

そこで、イスラム教徒からの迫害を受けながらも、今日まで仏教徒として誇り高く生きていた。今から百数十年前に、それまでのめぐまれない環境から仏教の伝統が失われかけていたとき、ビルマのアラカン地区の長老に来訪を請い、上座仏教に復帰した。

そこで後藤師は、再出家された方だ。そして私も後藤師のご指導の下にカルカッタのベンガル仏教会で再出家して3年ほど過ごさせていただいた。後藤師とはサールナートで丸1年生活を共にさせていただいた。まさに今日の私があるのはこの後藤師のお陰であると言っても過言ではない。

その後藤師をここ國分寺にお招きし、講演していただけたことは私にとって誠にありがたいことでありました。今、私がサールナートにいた頃スタートした無料中学は、高校、大学までもつ一大学園に成長した。後藤師の、あのインドの厳しい環境の中での、30年間ものたゆまぬ努力の賜である。講演の様子と本堂前でお帰りの際に撮った写真を掲載します。

『住職のひとりごと』

http://blog.goo.ne.jp/zen9you/e/01b61a3ffce5ee3308f6f0ab16940cf4

『サールナート法輪精舎友の会』

http://blog.goo.ne.jp/sarnath_2008/








雪の國分寺

2008-01-24 16:44:49 | Weblog
1月21日、大寒。雪の積もった國分寺です。午前8時からは初大師のお護摩が焚かれましたが、あいにくの足下で参詣者は少なめでした。

灯籠にも雪がこんもり。



客殿の屋根の雪が落ち始めています。



お地蔵さんとお大師さんにも雪の帽子が。



庭園も雪に覆われて。真っ白でした。


平成20年元旦護摩祈祷

2008-01-11 12:16:13 | Weblog
謹賀新年 今年も元旦未明、本尊薬師如来息災護摩の祈祷で新年を迎えました。外では柴燈が焚かれ、沢山の参詣者のお参りがありました。

境内での様子



本堂内の特設護摩檀にて修法





沢山のお申し込みいただいた御祈願札の加持をする





本年もどうぞよろしくお願いいたします。なお、毎月21日午前8時より大師堂にて薬師護摩を修法しております。どうぞお気軽にご参詣下さい。

周防國分寺と東大寺別院阿弥陀寺参拝

2007-12-04 08:36:21 | Weblog
朝日新聞愛読者企画「備後国分寺住職といく日本の古寺巡りシリーズ第3回・晩秋の防州をゆく-周防國分寺と東大寺別院阿弥陀寺参拝」で、11月14日と26日にそれぞれ30数名の皆様と両寺を参拝してまいりました。

これだけの立派なお寺がここにあったの?と、皆さん驚きとともに参道を歩き、建物の中に入ってまた沢山の大きな仏像に圧倒されての周防國分寺でした。

創建時の金堂の位置に今も建つ金堂。創建時の大きさに江戸時代復元され、平成16年に平成の大修理を終えられました。とても立派です。中には大きなお薬師様、日光月光菩薩、十二神将、そして大きな四天王像ほか50体を超える仏像が祀られている。



金堂正面の向拝です。



こちらは、周防國分寺から車で15分ほどの山間に位置する東大寺別院阿弥陀寺。茅葺きの山門です。すばらしいおもむき、沢山の人が写真に収めていました。



参道からなだらかな石段を登ると本堂がある。阿弥陀様と大日如来、そして弥勒菩薩が迎えてくださる。



こちらは念仏堂の西に建つ古い多宝塔。昔の念仏三昧の中に亡くなられた行者さん方をまつられているのであろうか。



この度の参拝は、誠に学ぶことの多い、意義ある参拝でした。日本仏教の象徴とも言える東大寺を支え、國分寺を大切に護り伝えてきた周防の国の人々の信仰と自然を大切に守ってこられた人々の思いを今に伝えていることを知りました。

両寺のご住職様方にはお忙しい中ご案内賜りましたことに感謝申し上げます。また今回の企画を立ててくださいました倉敷観光金森氏にもこの場を借りて御礼申し上げます。

なお、周防國分寺と阿弥陀寺については、ブログ「住職のひとりごと」を参照下さい。



大本山大覚寺参拝と國分寺史跡巡り

2007-11-23 09:03:36 | Weblog
10月24日、大本山大覚寺中興後宇多法皇後入山700年記念大法会に、國分寺主催の参拝ツアーを企画したところ、38名の檀信徒の皆様のご参加をいただきました。当日は、雲一つない快晴の中、嵐山から大覚寺に参詣し、三日間の法会初日の開白法会に参拝しました。

開白法会の庭儀。この後、職衆が心経前殿に入り理趣三昧の厳粛なる法会が執り行われました。



心経前殿での法会に全国から参詣した檀信徒たち。國分寺の皆様はこの写真奥に座っていました。



この後、心経宝塔で受戒を受けました。その前にある平安時代の石仏群。大覚寺参拝に関しては、「住職のひとりごと」をご参照下さい。http://blog.goo.ne.jp/zen9you/e/8f68df59b71ded8ff71f5b96a21abdfe



こちらは、11月18日に、神辺町観光協会主催の神辺史跡巡りで参詣された大勢の方たちに、本堂前で國分寺の歴史を話しているところです。