見えなくなるまでのカウントダウン2

一般人だと思ってたのに、視覚障害者でした。
 網膜色素変性症&錐体杆体(すいたいかんたい)ジストロフィーだってさ。

過去のわたし

2007-11-05 01:53:28 | 携帯から
あたしは、
不器用だし、トロいし、めんどくさがりで努力が嫌い…

おまけに、目も頭も悪い。。


勉強も息切れモードでついていけてない。


待って!
置いてかないで!!


って思ってる今の段階ではまだ救いようがあるのかもしれないけど、


どーせ、ついていけないし。
だって、わかんないし。


って言い始めると
もう おしまい。



高校時代がまさにこれでした。


ここから思い出話。

わからないからやらない。できないからしない。


そんなことをしていたら
気づいた周りには誰もいなくなってました。


頑張って入った高校。


なのに、一年後には退学候補。



クラス全員が「うさこは卒業できない」と思うくらいのやる気のない人間でした。


高校3年のある日、
うちにいきなり英語の家庭教師の先生がやってきたんです。


優しくて丁寧に教えてくれる先生。

すぐに大好きになり、


うさこの英語の成績は見る見るアップ。

三学期は見事満点☆


いつもクラス最下位で、
再試、再々試をやっても白紙同然で出してたあたしが 満点!


家庭教師の先生はもちろん、担任、英語の先生に「びっくりした」と言われ、


なんだかすごく
鼻高々な気分でした。


その時に
ちゃんとやれば、結果がついてくる。

ってのを身を持って体験した気がします。


けど、
私の進級や卒業は職員会議で話し合われるほど賛否両論だったようで


私の病気を勉強してくれて反対している先生を説得してくれた担任。


体育のできない私のために特別に補習をしてくれた先生。


だらしない私に顔を真っ赤にしながら叱ってくれた先生。



留年しそうになった私のために仕事を休んでまで学校に来て頭を下げてくれた両親。


あぁ、なんて親不孝…


たくさんの人に救われ、助けられの三年間でした。


本当に感謝しないとな…



あんなに嫌いだった高校なのに
毎年必ず近況報告を兼ねて遊びに行ってます。


色々あったけど、母校が好きなんだよね。



なんか、わけの分からない文章になってしまいましたが、


なんとなく思いだしたので書いてみました。



最後まで読んでくれてありがとうございます☆

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1 コメント

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Unknown (カズ)
2007-11-05 13:01:11
いろんな経験をして今のうさこさんに全部プラスされていってるから、苦い思い出も今では良い思い出なんですね。
今のうさこさんは、素敵な女性だと思いますよ。
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