欧州や北米などではdaylight saving timeといって、夏の期間、時計が1時間進められる。日本では現在、採用されていないので、海外に行ってこの切り替わる瞬間を体験するのは一つの夢だった。たいていの場合、4月第1日曜日の午前2時が、午前2時にならずにいきなり午前3時になる。そして10月最終日曜日の午前2時が、午前2時にならずに標準時の午前1時となる。コンピュータはよくプログラムされていて、この瞬間は一見の価値がある。いろいろと複雑な問題が起こりそうだが、特にこれといった事故は聞いたことがない。ところが今年は20年ぶりにこの期間が変更になり、3月第2日曜日からに拡大され、"mini-Y2K"などとも呼ばれている。コンピュータは正しくパッチが当てられていれば何の問題もないが、僕のVCRなんかはDST自動調整機能を持っているにも関わらず、当然だが時計が1時間遅れたままだ。そろそろ月曜日になるが、何か問題は起こるのか。新聞には"Whatever trouble results after 2 a.m. Sunday, blame the U.S. Energy Policy Act passed two years ago, which Canada reluctantly agreed to conform to."と書かれていたが、日本人にはあまり知られていないカナダと米国の微妙な関係をもうまく書き表している。そこには"People wake up earlier to cash in on natural daylight."というDSTのコンセプトも書かれていた。"cash in on"とは「じゅうぶんに利用する」という口語である。週末の貴重な1時間を失ったが、これから待ちに待ったdaylightを享受できる。きのうはCanada geeseの群れを見たし、Torontoにもようやく春の気配である。
セミナーの前に、Steveがちょとした話をした。以前のセミナーが長引いた時、次に会議室を予約していた人が苦情を言ってきたのだが、さらに、机や椅子の配置も元に戻すようにと言われたようで、そのことの徹底である。最後に"I put my foot down."と言って、みんなを笑わせていたが、僕には意味が分からず笑えなかった。こんなことはよくあるのだが、今回は何と言ったか聴き取れたので、メモして後でChristianに聞いてみることにした。普通、足は2つあるのに"feet"と言わず"foot"と言っていたことが気になったが、これは説明を聞いて納得した。"put one's foot down"とは「断固たる態度をとる」という意味で、「あの時はたまたま遅れただけで、我々はいつも片付けている」と苦情に対して反論した時の気持ちを表していたようだ。しかしなぜ、みんなの笑いを誘ったのか、もはや分からない。この表現は片足で地面を叩くような仕草を想像すればいい。親の子供に対する態度としても、しばしば使われるらしい。
Jenniferが自分の結婚式の写真を持ってきていて、僕も覗かせてもらった。こっちの結婚式がどのような形で行われるのかよく知らないが、新婦にはbridesmaid、新郎にはbest manと呼ばれる付き添い役がいることぐらいは知っていた。それを確認する意味も含めて、「そのいつも一緒に写っている女性は誰?」と尋ねてみると、彼女の親友らしく"She's the matron of honor."と返された。この"matron of honor"が何度聞き返しても聴き取れない。一つの単語から成っているのか、複数から成るのかも分からなかった。聞き慣れない単語が一つ入るだけでこんな事態になる。新婦に付き添う女性は未婚か既婚かで"maid of honor"あるいは"matron of honor"と使い分けられるそうだ。"matron"は「品のある既婚女性」のこと。political correctnessによりいずれはこの区別は廃れるかもしれないが、女性はなにかと未婚か既婚かで区別されてたいへんだ。
博士号を取ったばかりでイギリスからやって来たMehdiは、何の恥じらいもなく、自分が疑問に思ったことを周りに質問する。僕もしばしば何の脈略もなく唐突に、ゲノムのことや、コンピュータのこと、さらには僕が化学科出身であることを知ってか、化学のことまで聞かれる。それがあまりに基本的で間抜けな質問であることが多く、さらにChristianは30分に一度は何か聞かれるとのことで、"It's like torture."と言っていた。訳せば「拷問のようだ」であるが、これは苦悩を強いられる状況一般に使える表現らしい。注意点は無冠詞で使うこと。僕はMehdiのその態度を評価し、僕の知る限り、丁寧に説明してあげているが、Christianは「奴は頭がいかれている」といつも陰口を叩いている。とはいえ、30分に一度、2人の笑える会話が耳に入ってくる。
僕が勤務する病院の職員のノート型パソコンが盗まれたらしい。車の中に置いておいたというから、窓やドアなどを壊して物を盗む車上荒らしだろう。ここTorontoでは被害にあった人の話をよく聞くから、注意しないといけない。問題はそのパソコンの中にあったデータで、診療および研究のための患者のプライベートな情報が多数納められていたようで大騒ぎになっている。データが読み取られて悪用されるようなことはそうそうないと思われるが、この事実は全ての患者に書面で知らされたようで、不必要な不安をあおっているようにも思われる。職員に送られてきた電子メールには"Remember, the walls have ears! Use discretion when discussing patient information both within and outside patient care areas."とまで書かれており、担当者が過敏に対応している様子がよく分かる。"Walls have ears."とは「壁に耳」だが、実際に使われる時には定冠詞が付いたり、"these"が添えられたりするようだ。いきなりproverbを口にするのも唐突だから、この例のように"Remember"と言ってから切り出すのはいい手かもしれない。
なくなったキーホルダーを探しているJenniferから送られてきた電子メールに"Attached to the key ring is my photo copy key with my name and room number on it."という表現があった。このような文を時々目にするが、文法的にどう理解すればいいのか分からなかった。つまり、どれが主語でどれが動詞なのかがはっきりしない。動詞は"is"だろう。だとすると"attached"という過去分詞が主語になるのか。そんな話は聞いたことがない。いろいろ聞き回って、これが倒置であることを教えられ、なるほどと思った。つまり"my photo copy key"が主語で、分離してしまっているが"is attached"が動詞と考えられる。"attach"以外にも"include"や"enclose"を使った同様の表現を見かける。それらの動詞を強調するため、また頭でっかちにならないように主部を最後に持ってくるのだろう。僕の辞書には古風な表現として"Enclosed please find a check for $100."というのが載っているが、これはまた文法的な解釈に苦しまされる。
また靴を履きつぶしたので、新しいのを買おうかと思ったが、それももったいない。日本から持って来たテニスシューズがそのままなので、それを履くことにした。テニスをしている時には気付かなかったが、ずっと履き続けているとくるぶしが痛くなってくる。履き慣らさなくてはと思ってもう何ヶ月も経つので、そういう問題ではないようだ。この「履き慣らす」は英語で"break in"というらしい。ESLで"I might as well break them in."という英文が出てきて、"break in"は「押し入る」というような意味だから何かと思ったが、このthemは新しい靴を指していて、「履き慣らす」という意味になる。受け身にして"They need to be broken in."とも使われるが、靴のことだと分からないと怪しい英語に聞こえる。それにしても、せっかく靴を持って来て、ラケットはこっちで新品を買ったのだが、この3年間でテニスはたったの一度だけだった。
そろそろ引っ越しの準備でもしなければと本棚を整理していたら、Lindsayに教えてもらった"send off on a wild-goose chase"というメモが出てきた。「無駄な追求をさせる」あるいは「迷わせる」という意味である。職場のピクニックで、場所が変更になった知らせが僕には届かず、"I was sent off on a wild-goose chase."と苦情の電子メールをRosaに送ったら、"I do apologize that you were on a wild goose chase."という返事がきた。彼女の原文にはhyphenがない。もう2年半も昔の話で、その間全く使っておらず、すっかり忘れてしまっていた。ところでカナダにはCanada goose、日本名はカナダガンと呼ばれるやや大型でかっこいいwild gooseがいて、"a wild-goose chase"とはいうものの、五大湖畔にでも行けば市内でも見ることができる。春になると米国から見事なV字型の編隊飛行でやってきて、繁殖期となる。雛たちを連れて歩く姿はそれはそれはかわいらしく、近寄るとすごい声で威嚇される。今年はそんな姿を見ることなく帰国かと思うと残念である。ちなみに、gooseの複数形はgeese、mooseの複数形はmooseであって、ヘラジカが何頭いようがmooseと言うのが正しい。当初はそんなこと知らず、「Algonquinでmoosesを見て来た」としゃべっていたが、誰一人として直してはくれなかった。
次のカナダ国家元首になるかもしれないPrince CharlesがMcDonald'sを批判して物議を醸しているが、世界中で絶大な人気を誇るMcDonald'sがそんなことで揺らぐことはないだろう。毎日McDonald'sで食事を取るという単身赴任中の日本人の知り合いがいて、そんな話をしたらTaraが"He'll die."なんて言っていたから、いいイメージばかりでないことは確かである。実は僕は今から7年前、カナダを独り旅した時は毎日どころか毎食、McDonald'sで食べていた。一度だけ別なレストランに入ってみたが、たまたま選んだ所が悪かったのか、その後はまたMcDonald'sだけになった。最後のVancouver国際空港では見つけられず、別な店でハンバーガーを食べたが、やはりMcDonald'sでなければ駄目だと思わされた。今では残念ながら一週間に一度、食べに行く程度である。そこでふと目に留まった広告に"You gotta love having options in the morning."という文句を見つけた。"gotta"はもはや、会話だけでなく、書き言葉でも"must"の代わりに使われているようだ。しょせんPrince Charlesが批判するMcDonald'sの広告ではあるが、カナダ国内1000店舗以上で100万人以上の人に読まれている。
キリスト教の復活祭、つまりEasterを迎える頃には、カナダもいよいよ春という感じになってくる。年によって3月末から4月にかけて変わるが、New Year's Dayの次の祝日で、long weekendと呼ばれる3連休、場合によっては4連休になる。さて今年はどこへ行こうかと考えているところにJulieがやって来たので「Prairiesにドライブに行こうと思っている」と話すと羨ましがって"You're living my dream!"と言われた。これはどう訳せばいいのだろう。「わたしの夢を実現している」か。もっと気の利いた訳ができればいいのだが、敢えて日本語にする必要もない。彼女の顔を見ていれば、何が言いたかったかはよく分かる。この"live"という動詞は"my dream"という目的語を取っているから珍しいことに他動詞として使われている。さて、PrairiesまたはPrairie Provincesとは、prairie dogの"prairie"で、カナダ中西部のAlberta州、Saskatchewan州、Manitoba州辺りの穀倉地帯を指す。特に大平原が続くSaskatchewan州とManitoba州は、カナダの中でも最もつまらない所のようによく言われるが、僕はずっと行ってみたかった。全10州のうちで未だ訪れていないのはその2州だけである。Ontario州北部を東西に貫く単調な11号線を走った経験をともに持つJulieだけはこの僕の夢を分かってくれている。
渡航前に「カナダに行ったらフランス語も覚えられるね」なんて言われたことがあるが、Torontoでは不可能だし、覚える気もない。それでも、フランス語由来の英語に関しては、こっちに来てから覚えたものがいくつかある。Boston Red Soxで怪物の片鱗を見せ始めた松坂大輔だが、彼に関する記事を読んだChristianとAndrewが日本語の「先輩」と「後輩」という単語を覚えて、「俺が先輩だ」、「いや俺の方が先輩だ」とくだらない言い争いをしている。まだ大学院生であるAndrewに対して、Christianは博士号を持っているものの、ここに来てまだ1年。Andrewは6年以上も前からここにいるという難しい状況だ。Christianが「Andrewは毎朝10時になったって来ないから、俺が先輩だ」とかおかしなことを言い出したので、"Touche."と言ってやった。この"touche"は、僕の辞書によるとフェンシングの突きありの宣告らしく、討論会などで「一本参った」あるいは「まさにそのとおり!」という意味で使われる。要は、言い争いをしている時に、相手が気の利いたことを言った時に賞讃、あるいは同意を示すために発する言葉である。フランス語由来で最後の"e"にはacute accentがつくのだが、ここでは示していない。
Janetから"Is your date of leaving carved in stone?"と尋ねられ、意味が分からずぽかんとしていると、"be carved in stone"について説明してくれた。「石に刻み込まれた」とは「もはや変えられない」という意味である。「去る日はもう変えられないのか?」とは、ここでは「カナダを去る飛行機のチケットはもう取ったのか?」と意訳できる。辞書を見ると、あまり好意的でない俗語とされているが、彼女の説明とこの使い方から察するに、そう悪い意味ではなさそうだ。これも一つのstylish Englishであろう。Steveには4月18日を最後に仕事を辞めると伝えた。翌19日に3年近くを過ごしたTorontoを去る。29日にはいよいよカナダを去って日本に帰国する。いよいよ2ヶ月を切った。
最近、職場ではSteveがごほごほと咳をしているが、僕もスキーに行く前にひいた風邪が未だに治らず、体調が悪い状態が続いている。そろそろ1ヶ月になる。"You have a brutal cold."とChristianから言われたが、そう言う彼も同様で、ずっと調子が良くないらしい。"brutal"という単語は「残忍な」という意味の形容詞だが、病気に、特に流行性の病気に添えられると「かなりひどい」という意味になるらしい。この単語はもっともっと奥が深いようで、試合運びが良くなかった場合など、悪いことに対して広く使えるようだが、どこまで拡大できるかは調査不足のため今のところ不明である。そもそもそのような意味での"brutal"は僕の辞書には載っていない。Anneに俗語かどうか尋ねてみたら「そこそこフォーマルな場でも使えるから俗語ではなく、むしろ"stylish English"だ」と言われた。「粋な英語」、そうだこれだ。がむしゃらに俗語を覚えようとするのではなく、"stylish English"を吸収できるように頑張ろう。
関西テレビのデータ捏造問題が科学誌Natureに出ているというので読んでみたら、英国の俗語といわれる"dodgy"が使われていてびっくりした。"Many scientists would say that Aruaru is dodgy, but nothing happened until now."と書かれていたが、日本人研究者のコメントを引用するという形で俗語を記事にうまく埋め込んでいる。"dodgy"をどう日本語に訳せばいいのか名案が浮かばないが、"suspicious"、"dishonest"、"bad"、"unreliable"などが類義語である。オリジナルの日本語ではどのような表現が使われたのかちょっと気なる。カナダでも通じるが、多くのカナダ人は代わりに"sketchy"を使う。Natureは英国の歴史あるジャーナルであり、投稿する際にOxford English Dictionaryに示されているスペリングを使うようにと指示されるように、イギリス英語が使われる。「テレビ番組」という単語も"programme"と綴られる。
Larsの「スウェーデン語では不器用なことを親指が真ん中にあると言う」との発言で、Julieも僕も"all thumbs"が頭に浮かんだ。"He is all thumbs."と言えば「奴は不器用だ」とか、手先だけでなくいろいろなことに対して「うまくできない」という意味になる。それにしてもスウェーデン語は英語に似ていて羨ましい。「擬音語」は英語で"onomatopoeia"といい、言語学者でもない彼がそんな難しい単語を知っていて驚かされたことがあるが、スウェーデン語でもほとんど同じらしい。スウェーデン語は、デンマーク語、ノルウェー語などとともに北ゲルマン語に分類され、お互い通訳なしでもけっこう意思疎通ができるという。さすがに英語に関しては、それなりに勉強しなければ話せるようにならないようだが、オランダ語やドイツ語も含め、どれもゲルマン語である。さらに、イタリア、フランス、スペイン、ポルトガルで話されているラテン語も、東欧やロシアのスラヴ語も、そしてギリシアでも、ペルシアでも、インドでも、話されている言葉は印欧祖語に由来する親戚同士である。似ているといっても、どれだけ似ているのか想像がつかないが、インド・ヨーロッパ語族を話す奴らには僕らの苦労は分からないだろう。