“平和”のために始める66歳からのブログ

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童門先生 講演「日本人の知の遺産=閑谷学校」

2010年02月16日 10時04分38秒 | 行動日記
2月13日(土)岡山、山陽新聞本社ホールで開催した「社会貢献フォーラム」第一部は
私の大好きな童門冬二先生の講演だった。江戸時代岡山藩主池田光政が設けた藩校「閑谷学校」の果たしてきた役割や意義、精神、や伝統文化を継承しこれからの教育や文化に生かしていくために、教育の源流を探ろうと言う話だった。
戦国の世の中から脱皮を図るために家臣の求心力を保つには人材の育成こそが必要だった。
そのために光政は藩校をつくり、熊沢蕃山と言う優秀な家老を登用したという。陽明学者中江藤樹の影響を受けたその思想は「人間は、心に人の悲しみや苦しみを理解する鏡を持たなければならない。そして、その鏡をいつも磨いておけば正しく映すことができる。これが『忍びざるの心(他人を思う衝動)』を突き動かす」という孟子の教えだと考える。これは他人を許し、他人の立場に立つ、優しさの意、論語の「恕(じょ)」の精神そのものだと童門先生は解説する。

光政は、岡山城の家臣に「恕」の精神と愛民意識を持ち、護民官意識を高め、経済にも強い
武士になって欲しいと考えたと言う。そこでこの「岡山スピリット」を生むために、この精神の発信地を閑谷学校に求めた。
そして、閑谷学校の精神や誇り、シンボルは狙い通りの成果を挙げ、今では日本の心の発信地として、その名は全国、そして世界に知れ渡るようになり、その存在意義は大変大きいと締めくくた。
いま、この閑谷学校と栃木県の足利学校、茨城県水戸市の弘道館の三つの藩校を「世界遺産」に登録しようと言う運動が展開されている。

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