大同大学-高森裁判 経過ブログ

「ペンネーム使えますか?」
問い合わせただけで契約を解除された高森が、支援者とともに裁判を闘うドキュメンタリー。

土曜日は土星を見上げながら

2009-05-12 00:55:17 | その他
 この土日はこれからの裁判の行く末を左右するような、大切な取り組みを行いました。
 まず土曜日。

 この日は、大同大学がぼくをクビにして開いた穴を埋めてくださっている、田島先生の陳述書を作りました。竹内弁護士も田島さんも仕事が終わった6時から、名古屋南部法律事務所で作業で、お疲れのところありがとうございました。
 陳述書は、竹内弁護士さんのほうで月曜日に裁判所に提出してくださっているのではないかと思います。
 陳述書の内容は、またゆくゆくお話しするとしましょう(まだ、法廷できちんと議論していないので、あまりこちらの意図をお話しすると法廷闘争に影響する可能性もありますので、弁護士と相談の上でないと出せません)。

 田島先生に証拠のメールを整理してきていただいたにも関わらず、夜9時過ぎまでかかりまして、このあとはもう飲みに出るしかないということで、金山の隠れ家スペイン料理店「セビージャ」に。

 ワインを片手にというか、ボトルを空けながら、竹内弁護士や田島先生と語り合いました。
 そのなかで田島先生がおっしゃったことに全くその通りだと一同賛同しました。それは、「教育にたずさわる大人であるからには、若い人たちが萎縮することなくのびのびと実力を発揮できる条件を整えてあげることが責務である」ということ。そりゃあ、若い人たちは長く生きていない分、いろいろうまくできなかったり躓いたり転んだりするわけですし、そのときにただ甘やかせばいいというものではありません。自分で立ち上がる必要があるときもあります。だからといって、若い研究者たちがきちんと言いたいことが言えない、ひたすら萎縮しなければならない大学というのは一体なんなんだ?という思いはあります。

 たとえば、先日、紹介したJ-CASTの首都圏大学非常勤講師組合の松村委員長の話。交渉ごと1つできない、組合活動をするにあたって自分の名前も出せないという状況。あるいは「メーデーに参加して」として紹介した東海圏大学非常勤講師組合の組合員の手記にしてもそうです。この方は、「幸いこの時点では知り合いに会った記憶なし」ということを書いていらっしゃるわけですが、自分が労働組合に関与していると知れたら、非常勤講師としての仕事を失うかもしれないという恐れをもっているわけです。労働組合については、まともに経営側とぶつかると不利益を及ぼされる組合差別の問題がありますが、普通の会社の正社員だったらだからといって食い扶持を失うことはありません。非常勤講師の場合には、一年ごとの契約更新ですので「来年はいりません」といわれればそれでおしまい。だれも守ってくれないのです。そういう状況ですから萎縮してしまっている。そのなかで研究教育活動に従事しているわけです。
 果たして、こうした状況が大学という主にもうすぐ社会に出て行く若者たちを教育する場の実態として適正なのかどうか?

 大学の常勤の先生方にも考えていただきたいです。
 こういう状況を放置しておいて、本当に質の高い高等教育が行え得るのか? 大学当局側と協力し合いながら、もう少し安心して働ける環境作りができないのか? 若い研究者がこのように萎縮してしまっている現状を改善する気はないのか?

 私と田島先生は主たる収入源は予備校ということで、学校教育とは少し離れたところにいて、今回の事件に関与しています。そしてともに大学でも教えています。今回の事件について、こうした観点からも看過できないという思いをもっています。学校の先生からすると傍流といわれるかもしれませんが、若者たちを少しでもよい方向に育てていきたい、そのためにできることは何でもしたいというスピリットは少しも負けていないつもりです。
 大学の先生方におかれましても、もう少しお力を貸していただきたいと思います。

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