朝の光が、S子の顔にまともに当たると、
まぶしいのか、彼女は目をきつく閉じた。
わきに横たわるNのからだを、かぼそい左
腕をのばし、いつくしむようなしぐさで抱き
かかえた。
無意識のなせるわざだろう。
「ううん、なんなの母さん。そんなおっか
ない顔して。おっかないから、やめてよ」
S子はうわ言のようにつぶやく。
駐在さんの奥さんが、S子の起床に気づき、
ダイニングから、そっと歩きだした。
ゆうべ、S子と息子のエヌは、年配のおま
わりさんの駐在所で泊めてもらった。
そのおまわりさんの妻の、気持ちのこもっ
た料理のかずかずが、冷え切ったふたりの体
もこころも温かくした。
「起きたみたいよ、あなた。良かったわね
ほんと。こうして、ふたりの元気な姿を見る
ことができて」
駐在さんの奥さんが、部屋の入口のふすま
を静かに閉めながら、彼女のあとをつけてき
た夫のほうを向き、ささやくように言う。
「ああ、そうだな」
彼の口ぶりはそっけないが、決して、大声
ではない。
彼にしては、めずらしい。
S子らの寝ている部屋のおだやかな気配を、
乱すまいとする心づもりだ。
「なによ、ああそうだな、って。それだけ、
うれしくないの?」
「ええ?いや、まあ、なんだ、そのう」
しゃべり負けするのは、決まっている。
彼は、すごすごと、ダイニングルームに向
けて逃げ出した。
彼の妻が追いかけ、彼の背中に、言葉のつ
ぶてを投げかける。
「はっきりしないんだ、あなたは、いつだっ
てそう。もう少し、喜怒哀楽を、表情に出し
たてもいいんじゃないの」
彼女も言葉づかいがやんわりである。
「ああ、だがなおれは、警察官だ」
「へえ、ああって、それだけ?警官ってね、
うちでも警官なんですか」
「うん、そうだと思うだけど、ちょっとお
かしいかな」
「そう思うんだったら、ちょっとは心を入
れかえて」
彼の妻がたたみかける。
彼は両の耳を、手でふさいだ。
彼は床にうずくまり、
「そんなこと言ったってな、おまえ、あの
親子はな、ゆうべ、まったく大変だったんだ
ぞ。生活が苦しくって、苦しくってな。その
あげくに、あの始末だ。車の後部にいったい
どんなものが積み込んであったと思うんだ、え
え、おまえ……」
彼の胸に住むイライラ虫が、もぞもぞと動
きだすのがわかる。
しかし、ここでその感情を、爆発させるわ
けにはいかない。
彼は、歯をぐっと食いしばって、こらえた。
ふたりが話しだすと、いつだって、言い合
いになる。
ふたりの声がS子の耳に届いたらしい。
S子が、寝床から身を起こした。
乱れた襟元を気になるのか、ダイニングに
向かって歩きながら、いそいで身じたくを整
えた。
ダイニングルームの広間に通じる廊下の端
に、数珠のれんが天井からぶらさがっている。
彼女は、右手でそっと、それを払いのける
ようにした。
とたんに、駐在さん夫婦は、たがいに顔を
見合わせた。
「すみません。夕べからやっかいになりま
して。なんとお礼を言ったらいいか……」
S子は、最後まで、すらすらと話すことが
できない。
途中で、彼女のまるい瞳から、ぽろぽろと
涙がこぼれはじめた。
まぶしいのか、彼女は目をきつく閉じた。
わきに横たわるNのからだを、かぼそい左
腕をのばし、いつくしむようなしぐさで抱き
かかえた。
無意識のなせるわざだろう。
「ううん、なんなの母さん。そんなおっか
ない顔して。おっかないから、やめてよ」
S子はうわ言のようにつぶやく。
駐在さんの奥さんが、S子の起床に気づき、
ダイニングから、そっと歩きだした。
ゆうべ、S子と息子のエヌは、年配のおま
わりさんの駐在所で泊めてもらった。
そのおまわりさんの妻の、気持ちのこもっ
た料理のかずかずが、冷え切ったふたりの体
もこころも温かくした。
「起きたみたいよ、あなた。良かったわね
ほんと。こうして、ふたりの元気な姿を見る
ことができて」
駐在さんの奥さんが、部屋の入口のふすま
を静かに閉めながら、彼女のあとをつけてき
た夫のほうを向き、ささやくように言う。
「ああ、そうだな」
彼の口ぶりはそっけないが、決して、大声
ではない。
彼にしては、めずらしい。
S子らの寝ている部屋のおだやかな気配を、
乱すまいとする心づもりだ。
「なによ、ああそうだな、って。それだけ、
うれしくないの?」
「ええ?いや、まあ、なんだ、そのう」
しゃべり負けするのは、決まっている。
彼は、すごすごと、ダイニングルームに向
けて逃げ出した。
彼の妻が追いかけ、彼の背中に、言葉のつ
ぶてを投げかける。
「はっきりしないんだ、あなたは、いつだっ
てそう。もう少し、喜怒哀楽を、表情に出し
たてもいいんじゃないの」
彼女も言葉づかいがやんわりである。
「ああ、だがなおれは、警察官だ」
「へえ、ああって、それだけ?警官ってね、
うちでも警官なんですか」
「うん、そうだと思うだけど、ちょっとお
かしいかな」
「そう思うんだったら、ちょっとは心を入
れかえて」
彼の妻がたたみかける。
彼は両の耳を、手でふさいだ。
彼は床にうずくまり、
「そんなこと言ったってな、おまえ、あの
親子はな、ゆうべ、まったく大変だったんだ
ぞ。生活が苦しくって、苦しくってな。その
あげくに、あの始末だ。車の後部にいったい
どんなものが積み込んであったと思うんだ、え
え、おまえ……」
彼の胸に住むイライラ虫が、もぞもぞと動
きだすのがわかる。
しかし、ここでその感情を、爆発させるわ
けにはいかない。
彼は、歯をぐっと食いしばって、こらえた。
ふたりが話しだすと、いつだって、言い合
いになる。
ふたりの声がS子の耳に届いたらしい。
S子が、寝床から身を起こした。
乱れた襟元を気になるのか、ダイニングに
向かって歩きながら、いそいで身じたくを整
えた。
ダイニングルームの広間に通じる廊下の端
に、数珠のれんが天井からぶらさがっている。
彼女は、右手でそっと、それを払いのける
ようにした。
とたんに、駐在さん夫婦は、たがいに顔を
見合わせた。
「すみません。夕べからやっかいになりま
して。なんとお礼を言ったらいいか……」
S子は、最後まで、すらすらと話すことが
できない。
途中で、彼女のまるい瞳から、ぽろぽろと
涙がこぼれはじめた。