油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

ちょっと、前橋まで。  (4)

2020-04-14 16:49:23 | 旅行
 「あのう、ほんとにすみませんね。お忙し
いところ。この近くにどこか和食をいただけ
るお店はないでしょうか」
 かぶっている帽子を取らずに、彼女の警戒
心をほぐそうと、わたしはしゃべり続ける。
 「和食、ですか?そうですわねえ」
 その女店員さんは、初めてわたしを見た時
に抱いたいやな気持ちを、カウンターの端に
かざってある、ハウス育ちの紫陽花をちらと
見たり、大通りを通る車に注意を向けたりす
ることで、すぐにまぎらしてしまった。
 「いいですよお教えします。ちょっと待っ
ててください」
 笑顔をとりもどした彼女は、店の奥へとき
びすを返す際、後ろ向きで小さく息を吐いた。
 それまで緊張していたわたしも、一瞬、ほっ
とした気分になる。
 ほんのしばらく、店内にはわたしひとり。
 この時を楽しまないではいられない手はな
いとばかりに、あちこち歩きまわる。
 根っからのまんじゅう大好き人間。
 わたしはショーケースの中のいく種類もの
まんじゅうを、はじからはじまでなめるよう
に見ていく。
 値段はわが町より、二、三十円高い。
 そのことは明らかに、経済的な格差を表し
ていて、前橋の方々の収入がわが町より数段
うわまわっているのがわかる。
 (ええい、そんなことはどうでもいい、何
よりも、味の問題だ)
 わたしはその場にしゃがみこんで、ついつ
い、舌なめずり。
 「ええっと、味見は?ちょっとでいいから
口にしたいな」
 と、こころの中で言う。
 酒には弱いが、甘いものには目がないわた
しである。
 大福もちにぜんざい、それにあんみつなど
など、なんでもござれだ。
 ええっと試食品はないか、と見まわしてみ
ると、平たくて白い餅が一枚、ラップをかけ
られた状態で、小皿の上に横たわっている。
 (ふふうん、あれがこの店の売れ筋ナンバ
ーワンか)
 どうやら酒まんじゅうらしい。
 ふいに店の奥より、人の来る気配。
 それまで自分が発していた、よこしまなオ
ーラを、ほんのいっときできれいにしなくて
はと身がまえてしまう。
 くだんの女店員さん、メモ紙とペンを持っ
てこられ、和食店への道すじをていねいに教
えてくださった。
 よせばいいのに、わたしは彼女の振る舞い
を、わきからじっと見つめてしまった。
 もの書きとは、なんといやらしい性分であ
ることか、と、自分ながらつくづくいやにな
ってしまう。
 「はい、どうぞ。このとおりに行けば、だ
いじょうぶです。間違いなく和食のお店にた
どりつけます」 
 「ありがとうございます。恩にきます」 
 わたしはメモを受け取りながら、かぶって
いた帽子をとり、きちんと頭を下げた。
 「きれいなお店ですね」
 と、世辞を言うのを忘れない。 
 わたしは、わたしの車が待つ場所に戻りな
がら、くすっと鼻で笑う。
 若い頃よりずいぶん変わったな、と思う。
 一本気で要領がまったくわるかった。
 当然、世渡り下手、苦労の連続だった。
 あの当時、これくらいのおしゃべりができ
ていたら、わたしの人生かなり変わっていた
に違いない、と、考えても仕方のないことを
つぶやいてしまった。
 近頃、時折、洗面所の鏡の前にたつ。
 わが身が他人さまからどのようにみえるか、
知りたいと思うからである。
 こ・こ・ろ・う・ら・は・ら。
 それくらいしなくては、彼とわれとの心の
溝ががどれくらいあるか、見当がつかない。
 長い間天日にさらされ続けたせいか、わが
顔や首すじは、いくつもの傷痕が付いている。
 三十代の頃、初対面の年配の女の人に、あ
なた沖縄の方なんでしょ」といわれた。
 それほどに日焼けした肌だった。
 強い紫外線を浴び続けたせいでしわが深い。
 頭のてっぺんあたりが、かなりうすくなっ
ている。
 ほんとうに、実年齢は残酷きわまりない。
 気持ちは二十歳くらい、と若いつもりだが、
成人式を迎えてから半世紀近い。
 成人式を三回はやってのけた計算。
 さっきの女店員さん。
 おそらく笑いだしたい気持ちを、かろうじ
て抑えながら、応対してくださったのだろう。
 あれこれと妄想してしまうのも、精神的に
良くないことである。
 
 
 
コメント
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