☆☆第39回「グローバル展開の定石と7つの落とし穴」★★
☆グローバル展開の定石☆
ヒルは、米ミネソタ州本社の3Mの成功にヒントを得て、企業が海外展開に成功するときの7つの戦略を立てている。
① 新規参入の輸出業者は、まず、EMC(輸出マネジメント会社、日本では専門貿易会社に相当)か、経験のある輸出コンサルタントを活用すべし。輸出業務関連の雑多な書類や規定に振り回されず、進出のチャンスなど水先案内人になってくれるからだ。
② マーケットの選定については、当初、一つかごく数ヶ所のマーケットに集中することが必要だ。これは、成功に必要とされるものを学習するためである。努々、一度に多数のマーケットへ進出してはいけない。ショットガン・アプローチと言われるこの進出方法は、失敗例が多い。
③ 海外へ進出するときの規模は、適正な小さなサイズで始める。より重要なことは、小規模進出が、そのマーケットへの重大な資本的関与をなす前に、その企業に現地のマーケットについて学習するための時間とチャンスを与えることだ。
④ グローバル進出業者は、現地での販売活動に関する時間と経営的コミットメント(関与)を認識する必要があること。更に、既存の経営が海外展開のために拡張し経営能力が手薄にならないように、現地の販売活動を監視できる要員を追加して採用すべきである。
⑤ ほとんどの国では、現地のディストリビュータや顧客との強く、末永い関係構築に力を注がねばならないことは、いうまでもないことであろう。
⑥ 海外のマーケットでは、現地子会社を設立する際、現地のスタッフを雇用することもまた、重要なことである。これまで、現地に足を踏み入れたことのない進出業者のマネージャーよりも、現地の人々の方が、現地でいかにビジネスを行ったらいいかをよく知っている。
【特にこの項は、日本企業にとって有益なアドバイスだ!】
⑦ グローバル進出業者が現地生産のオプションを考えておくこともまた、大切なことだ。コスト的に有利で、十分な生産量が見込めるなら、海外マーケットでの生産施設を考慮すべきだ。現地化のメリットは、現地国との関係をより良くし、より大きなマーケット受容を促すことができるからである。
★★グローバル展開で陥りやすい「7つの落とし穴」★★★
国際舞台へ(初めて)乗り出す企業にとって、共通して見られる陥穽がある。
それも7つの致命的な落とし穴だ。これらには、細心の注意をしていこう。
7つの致命的な落とし穴とは、
①「マーケットのサイズや需要の成長率だけで判断する」
自社の製品やサービスをどこ(国・地域)に提供するかを考えるとき、まず、進出先のマーケットサイズや需要の成長率に基づいて、判断することが多い。これは、国や地域のマクロデータから導き出される結論であり、世界(アメリカ)の大手調査会社、証券会社が推奨する進出国・地域として、宣伝される。
しかし、ちょっと立ち止まって考えてみよう。進出先のマーケットのサイズが大きく、需要の成長率が高いと言っても、既に、競合会社は存在するのだ。そのマーケットの魅力は、サイズではなくて、グローバル展開する自社の戦略によって、マーケットシェアを変えていくという「見込み」の中にある。競合会社は、彼らのポジション(地位)を防御するために最大限の努力をするため、それを打ち負かすためには、自社のグローバル戦略によって、どのくらいの浸透度(マーケットシェア)をとるのかが、重要になる。
②「現地の競合企業を過小評価してしまう」
進出先にいる既存の競合会社は、結局、困難を乗り越えてきた「生存企業」である。彼らの何社かは、過去の同業他社からの攻撃をうまくかわしてきたに違いない。これは、たぶん、現地顧客の購買動機をうまくつかみ、絶えずその戦略を調整し顧客対応してきたのだ。
仏ヨーグルト会社ダノンが中央ヨーロッパ市場へ参入したとき、現地のヨーグルト生産者は大打撃を被った。
しかしながら現地でのテレビコマーシャルを使った戦略は、高額なプロモーション費用に跳ね返り、価格の上昇をもたらした。こういうことがあって、古くからある現地ブランドのヨーグルトを販売し、現地の顧客購買行動を知っている販売店と組合せることにより、ダノンが初期に得た利益の大半を現地の生産者へ戻した事実がある。更に、現地の生産者たちは協調的で、農家も対抗したかたちで、ミルクを低価格で提供し続けた。彼らは、これら現地のヨーグルトをぜひとも生き残れさせることが義務のように頑張り続けた。現地の競合企業だけでなく、外資系競合会社でさえ、他社からの攻撃を予知し、反撃にでることを忘れてはならない。
③「海外のマーケットでも、顧客の購買行動は同じようなものだ」
現地顧客の購買動機に目を閉じている企業は、本国でのマーケティング原理を現地でも適用しようとする。世界はフラット化しているのだから、なんらの現地対応もしないで、本国のマーケティング原理に従わせるように、現地消費者を変えようと努力するかもしれない。
例えば、ブロックバスターのドイツ進出を見よう。1995年に店舗を構えたが、2年後の1997年に撤退した。ドイツは世界第4位のビデオ市場であるのに。その原因は、ドイツのビデオレンタルの3分の1を占めるアダルトビデオの扱いを拒否したことと、他のレンタルビデオ店が住居地周辺に立地したのに対し、繁華街のショッピングエリアに固執したことが上げられる。これは、本国のマーケティング原理に忠実だったためである。
しかし、もう一度振り返ってみよう。地球村では、一つの原理が機能するかもしれない、でも、現実の社会は地球村ではなく、それぞれの国の消費行動は違っているものだ。その違いを認識し、理解し、我がものとしなければならないのだ。
④「誤ったプライシング(値づけ)の決定を行う」
成功する企業は、本国では、マーケットが成熟していくのに合わせて、次第に価格を下げていくだろう。新しいマーケットでは、本国でやってきた初期のステージに戻る必要がありそうだ。つまり、初心に帰れ、ということだ。新市場へ進出する企業は、その製品/サービスの価格が異常に高かったり、低かったりする、という過ちを犯しやすい。しばしば、本国の価格を基準に単純なプライシング(値づけ)が行われる。
更に、進出時には、自社製品を売り込むためのプロモーションに高い費用がつくため、低価格では、そのプロモーション費用さえままならない。高価格進出で、低い出荷量で浸透度も低いままという、ジレンマが生じてくる。これは、米国企業の海外進出時によく見られることだ。
一方、(適正な)低価格で、現地国の浸透に成功した企業も多い。日本車のアメリカ市場の席巻が歴史的に有名だ。途上国マーケットにおける、韓国企業(LGやサムソン)の価格戦略は、ソニーが採用した本国市場価格のスキ間をついて、途上国でのマーケットシェア獲得に高い貢献をしている。
また、エナジードリンクで世界最大のシェアを持つレッドブルの価格戦略は、製品の形状などグローバル・マーケティングミックス戦略とあいまって、国内浸透度の弱さが指摘されている。ここで明らかなのは、「本国での価格は、自動的に、進出先での効果的なプライシングの指標にならない」ということだ。
⑤「次のステップを考えないで、進出するときのことだけを考える」
これは、新市場への浸透は、進出時の「はじめの一歩」だけを考えておけばよい、訳ではない、ということだ。もし、進出企業が次の、そしてその次のステップといった将来の調整段階を考えていないとしたら、それはもう、ある段階での調整プロセスを制限するポジションを既に取ってしまっていることを意味する。
これは、ディストリビュータや販売経路が一時的なものであるという、ちょっとでは変えられないコミットメント(関与)からくるものだからだ。
⑥「能力のない現地パートナーを選択してしまう」
現地でしなければならないことや誰にやってもらうか、といったことを決定できる現地パートナーが必要になる。将来のパートナー候補が、なすべきことを知っているかどうかをチェックすることも大切な決定だ。戦略的提携が一般的になりつつある今、戦略的誤提携のことも十分注意しなければいけない。能力のない現地パートナーを見分ける方法がある。以下の4種の現地ディストリビュータを選択してはならない。「死に体ディストリビュータ」、「現地生産パートナー」、「ラインでの競合ディストリビュータ」と「注文取りディストリビュータ」の4つだ。
「死に体ディストリビュータ」は、積極的なマーケティングをやろうと思わないものだ。マーケティング計画の提出を求めれば、死に体かそうでないかがすぐに分かる。コカコーラなどは、現地のディストリビュータとの契約に年間のマーケティング計画を入れさせている。
「現地生産パートナー」も前者に等しく、致命的だ。というのは、自社の目的が現地生産会社を使っての低コスト生産でありながら、ディストリビューションのコントロールを求めるものならば、現地生産会社はディストリビューションも生産についても、積極的にやらないものだからだ。つまり、ディストリビューションへの貢献もないし、生産コスト低減へのインセンティブもないからだ。
「ラインでの競合ディストリビュータ」も問題が多い。進出企業は、それぞれの海外マーケットでの生産についての望まれる位置づけについて明確な考えをもたなければならない。その位置づけを達成できるディストリビュータを選ぶべきで、その位置づけで他の生産にコミットしている業者を選ぶべきではない。
「注文取りディストリビュータ」も避けるべきだ。この業者は、取扱製品の知識はあるかもしれないが、進出企業のビジネスそのものについては知らないため、その企業の顧客ニーズが把握できず、顧客に十分な説得ができないためである。
⑦「自社のブランドイメージが失われてもよしとする」
企業が国際舞台に立とうとするとき、自社のブランドイメージを保持することが非常に大事だということを、最後に言っておきたい。もちろん、会社名、製品名やロゴの法的保護の必要性は自明だ。しかし、海外に舞台を移すと、多くの企業が自社のブランドイメージの保持に甘くなるものだ。
あるブランドがある国で一定のイメージをもっていたとしよう。ところが別の国で低いイメージがもたれたとしたら、世界のマーケット全体でのブランドイメージは、低い方へ沈んでしまうものだ。あるマーケットで大量販売を望むと、他のマーケットでブランドのプレミアム(特別の評価)を望むことはできなくなる。
仏企業のラコステを思い起こしてほしい。自社のクロコダイル(ワニ)のブランドをアメリカの企業とライセンス契約した。アメリカのライセンシー(契約先)は、その製品の人気を出し、マーケットに溢れさせようと、大量生産に踏み切った。そのため、クロコダイルのロゴが入ったポロシャツの価格が急激に落ちた。ブランド価値の喪失が表れた2年後に、ラコステ本社は、そのライセンスを買い戻し、アメリカから撤退することを余儀なくされた。その後、高級ブティックでの高品質で高価格の販売に戻ったことが知られている。
ルイヴィトンやグッチ、シャネルなどのブランドは、世界的規模で、自社のブランドイメージを保持している。
今回は、グローバル展開の定石と落とし穴をチェックした。
次は、いよいよ国際舞台に立つその具体的な方法を考えてみよう。
いかにグローバル展開すべきかについて、である。
※上記のロゴは、(c)3M(http://www.3m.com/)と(c)ラコステ(http://www.lacoste.co.jp/jpn/main.html)のHPより使用した。
【参考】
☆グローバル展開の定石
-Hill, C.W.L.. (1997), International Business: Competing in the Global Marketplace, pp. 442-452, Irwin
-Bartlett, C.A. and Ghoshal, S. (2000), Going Global: Lessons from Late Movers, Harvard Business Review, March-April, pp.132-142
-Kotler, P. and Keller, K.L. (2006), Marketing management, 12 ed., Pearson Prentice Hall
-Pacek, N. and Thorniley, D. (2004), Market Entry Preparation,
in Emerging Markets: Lessons for Business Success and the Outlook for Different Markets, Ch.3, pp.18-27, Profile Books
★7つの落とし穴
-Simmonds, K. (1999), International Marketing - Avoiding the Seven Deadly Traps, Journal of International Marketting, 7(2), pp.51-62
-Arnold, D. (2004), Assessing Market Potential: Estimating Market Size and Timing of Entry, in The Mirage of Global Markets: How Globalizing Companies Can Succeed as Markets Localize, Ch. 2, pp.27-51, FT Prentice Hall