世界一周の記録

2006年8月から2008年9月まで2年1ヶ月の世界一周放浪の旅をしていました。その旅の記録です。

クスコ。一番好きな町。

2007年06月28日 23時20分00秒 | 南北アメリカ


4年前に一度短期旅行で来てから、恋焦がれていた憧れの町、インカ帝国の首都クスコに戻って来ました。期待を裏切らず、やっぱり素晴らしい所でした。今まで120以上の町に滞在してきたけど、僕の中では今のところクスコがNo.1です。澄み渡る空、インカと西欧が程よく溶け合った街並、山や坂道が多くて立体的な風景、程よくツーリスティックで便利なところ、居心地の良い日本人宿、個性的で楽しい旅人達との出会い、活き活きと暮らす現地のペルー人達、、、町にいるだけで(特に観光しなくても)こんなに楽しい町は、なかなかありません。
その上、インティライミという南米三大祭の一つが開催されていて、楽しさも倍増です。(この祭りに合わせてクスコ入りしました。)
夜がとても寒いのも、高地で空気が薄いので歩くとすぐに息が上がるのも、ボリビアに比べて物価が高いのも、タンザニアで400$も出して買ったデジカメを祭りで浮かれ過ぎて無くしたのも、ついでにチリで5000円で買ったMP3プレイヤーまで無くしたのも、全然気にならないくらい大好きな町です。

かれこれ10日近くいるので、書きたいことは色々あるけれど、まずは、インティライミについて。(注:インティライミの写真については、カメラを祭り期間中に無くしたので、同宿の旅行者にもらったものです。ご協力いただいた皆様、ありがとうございます。)

お祭りは6月24日(日)なのですが、僕がクスコに到着した6月19日(火)の夜からお祭りムードは全開でした。町のメインストリートとメインの広場(アルマス広場)でパレードが深夜まで行われていました。聞けばもっと前からこのお祭り騒ぎは続いているそうです。本番の1週間前から連日の大騒ぎとは、クスコ人はタフだなあ。

様々な民族衣装や仮装をして町を踊りながら練り歩きます。巨大な山車も登場したりします。

クスケーニャ仮面?(クスケーニャというのはクスコの地ビール)


インティライミ前夜祭の写真。ついに盛り上がりは最高潮!

この日、このパレードに混じって踊ったら、ポケットに入っていたデジカメと音楽プレイヤーとピスコ(南米のお酒)のビンが飛び出してしまいました。どうも激しくやりすぎたみたいです。酔っ払っていたので、無くしたのを気づいたのが宿に戻ってからでした。高い前夜祭参加料になってしまった。。。

インティライミ当日。祭りはサクサイワマンというクスコ近くの遺跡で行われました。

大勢のキャストがカラフルな衣装を着て3時間にも及ぶ大演劇を演じます。しかし、言葉がわからないし(なんとインカ時代の言葉)、舞台となっている祭壇が遠いしで、何をやっているのかわからず、すぐに飽きてしまいました。それに3時間は長すぎる。ついつい居眠りしてしましました。

しかし、神秘的な瞬間もありました。王様役の人が太陽の方角に向けて手をかざし、その他大勢のキャストも同じ方角へ手をかざすと、曇っていた空が、、、


一瞬晴れたのです!

さすが太陽の祭り。

そんなことがありながらも、完全にだれていた祭りですが、最後は舞台に観客がなだれ込めるというイベントがあり、盛り上がりました。王様を近くで見れて満足です。


祭の当日はカメラなしだったのですが、後日新カメラを買いました。パナソニックのLUMIX DMC-FX07です。飛んでいってしまった前カメラ(ソニーサイバーショットの昔のやつ)よりも数段も性能がアップしました。価格も据え置き230$。嬉しくてクスコの町の写真をたくさん撮りました。

なので、次はクスコの街並の写真でもご覧ください。

ある路地。白い壁、赤茶色の瓦、石畳の道、透き通る空、強い日差し。

(+たまに野良犬、犬の糞、ヒッピー、現地人の立ちション)

高台から見下ろしたクスコ。背後に山があるところが良い感じです。


美しいアルマス広場。


夜景が美しいのもクスコの特徴です。


宿が居心地良かったのもクスコ滞在を素晴らしいものにしてくれました。20人で鍋をしたり(大量の白菜に大喜びしたら、白菜大使と名付けられました。)、サッカー(コパ・アメリカ)をテレビ観戦して盛り上がったり(ブラジルがメキシコに0-2で完敗!)、手塚マンガのブッダを読んだり、、、楽しい日本人宿ライフを送れました。

離れがたいクスコですが、明日いよいよ出発することにしました。行き先は、ベネズエラ。コパ・アメリカを見るために、本来エクアドルに北上するところを一気に飛んでしまうことにしました。悪い噂しか聞かない犯罪都市・首都カラカス・・・。無事サッカー観戦できるように、ただ祈るばかりです。

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ボリビア旅行はなんとも激しい環境の変化

2007年06月21日 00時00分15秒 | 南北アメリカ

日本にいる人にとっては、ボリビアという国はあまり馴染みが無いのではないのでしょうか。「どんな国?」と聞かれても、それほどイメージがわかないのではないかと思います。サッカーが好きな人にとっては、ボリビアは標高がとても高いのでホームの試合ではブラジルにすら勝てる、という"標高のやけに高い国”という情報があるくらいでしょうか。僕も世界一周を計画する前はその程度の知識でした。そして実際に来てみると、やっぱり”やけに標高の高い国”でした。ちょっと坂道を上がるだけで、すぐ息が切れて動悸が激しくなります。こんなところでサッカーなんか無理ですぜ。。。
しかしボリビアにも実は標高の低い地域もあり、そこはなんとブラジルのアマゾンのジャングルとつながっているのです。アマゾンはブラジルが有名ですが、ベネズエラやペルー、ボリビアともつながっていて、ボリビアが最も物価が安いので、アマゾン観光もボリビアが最も安く上がるのです。ということで、出発前は思いもよらなかったボリビア・アマゾンツアーに行ってきました。

ラパスからの道は断崖絶壁の道を走ります。

バス一台がちょうど走れるだけの道幅しかない(ガードレールも無い)ので、対向車とのすれ違いはスリル満点です。どちらかがバックして道幅の太いところまで下がったりするのですが、バックする方はさすがにちょっと怖いです。噂では年間200人くらいこの道で死んでいるとか。ほんまかいな。しかし、幸い(?)僕はエチオピアでこういう道は経験済みだったので、あまり怖くは無かったです。バスはエチオピアよりも数段グレードアップしていたことだし。

ルレナバケというアマゾンツアー拠点の町に早朝5時に到着。まだ真っ暗なのに早速ツアー会社の客引きがやってきました。アマゾンツアーには”ジャングルツアー”と”パンパツアー”の2種類があり、動物がたくさんみれるのは”パンパツアー”だというので、そっちに参加することに。値段は2泊3日で50$でした。60$が相場と聞いていたので、喜んで参加することにしました。

早朝から働くツアー会社の人とその家族

フレンドリーでいい人たちです

日本の夏のような蒸し暑さのルレナバケ


ツアーメンバーは、僕以外に、オランダ人カップル、オランダ人女子二人組、南ア人とイギリス人のカップル、ビーニャの汐見荘で出会った日本人I君(21歳、大学休学して世界一周中)の7人です。ツアーガイドはまたもスペイン語オンリーで、僕ら日本人二人以外は全員スペイン語が理解できて、その上英語がペラペラというウユニツアー同様の厳しい状況です。その上オランダ人が四人もいるのでオランダ語もバンバン飛び交います。厳しい。。。どうしても日本人I君と日本語で会話することが多くなってしまいます。英会話とスペイン語会話を本当になんとかしたいものです。

小さいボートで川を進んでいきます。


動物はたくさん見れました。たくさんの鳥、たくさんのワニ、たくさんの川イルカ、たくさんのカメ、たくさんのサルなど。お目当てのカピバラ(世界最大のげっ歯類)も何回か見れました。カピバラはオランダ人にも大人気で、「カピバラ~♪カッピカピカピ~♪」と彼ら自作の歌を歌ったりしていました。

大人気カピバラですが、木陰に恥ずかしそうに隠れていてうまく写真を撮れませんでした。残念です。

この後、もそもそっと子供カピバラ達と逃げていきました。


ガイドの持つバナナに集まってくるイエローモンキー



川でイルカと泳ぐこともできました。イルカは人懐っこくて手を伸ばせば触れるくらいの距離までガンガン近づいてきます。目の前で水しぶきをバシャンと上げたりして人を驚かせて遊んでいるかのようです。ピラニアやワニがたらふくいる川で泳ぐというのは、なんとも不思議な気持ちです。川の水は茶色で透明度は5cmくらいしかないので、中がどうなっているかは全くわかりません。泳いでいるとたまに体がちくっと痛みを感じます。その度に「ピラニアか!?」とびびります。川から上がって痛かったところを見てみると何も傷がついていないので、多分ピラニア以外の小魚が食いついてきたのでしょうね。僕は特に乳首を重点的にやられてかなり気持ち悪かったです。でも、イルカと泥の川で泳げたのは、このツアーで最も楽しかった瞬間です。

でかくて強そうなワニがほんのすぐ側に。


宿泊した小屋。夕暮れ時に到着して、蚊にさされまくりました。


湿原の中、ツアーメンバーみんなでアナコンダ探し。

メンバー同士間隔を広く取ってアナコンダを探しています。結局小さい赤ちゃんアナコンダしか見つけることはできませんでしたが、もし巨大なアナコンダに一人で遭遇したら、、、ちょっと危険なような気がするのですが。。頼りのガイドは50m以上遠くにいるし。

夜空の美しさも素晴らしかったです。ただでさえ満天の星空なのに、その上、上空には蛍が飛んでいて、無数の流れ星が飛んでいるかのようでした。

そんなこんなでツアーは無事終了してバスでラパスへ戻りました。しかし、このバスがラパスに到着したのは朝の5時で、日本の真冬のような冷え込みです。一瞬でお腹を壊しました。グリュリュリュリュ・・・

ラパスでは腹痛を抱えながらも再度日本食とマンガを堪能し、CDやDVDを大量に買い込み、充実した一日を過ごしました。ラパスのCDやDVDを売っている屋台はかなり数が多いのですが、帰りのバスで知り合った日本人Y君(珍しく姉弟で旅行中)にお勧めの屋台を教えてもらい、そこでウハウハ言いながら選びました。なにしろ品揃えが凄く良くて。懐かしのメタリカのDVDやCDを3枚など、合計14枚くらい買っちゃいました。(一枚150円ほど)

翌日チチカカ湖観光の街コパカバーナに行きました。ここはラパスよりも高度がさらに高く3800mくらいあるそうです。”太陽の島”というインカの伝説で最初の皇帝マンコカパックが生まれたとされる島に行ったのですが、ボートで風に当たった寒さと空気の薄さでへとへとになりました。

太陽の島


この夜体調を壊しました。夜寝るまでは全然平気で、ラパスで買ったDVDを見てたりしたのですが、電気を消して寝ようとすると、激しい下痢と吐き気と発熱が襲ってきて全く眠れませんでした。空気が薄くて息をするのもかなり苦しいです。発熱のため寝転がっているだけで体が痛くて同じ姿勢を長く続けることもできません。2時間に1回くらい寒さに震えながらトイレに行きました。広々としたツインの部屋で一人「ぐるしいぃ~、ぐるしいよぉ~」とうなり続けました。一人旅は、こういう時とても惨めですよね。思考がどんどんマイナスになっていくし。「クスコに行くことを楽しみにしてるかもしれんが、行っても何も良い事がないんじゃないか」とか。幸い薬を飲んで一日安静にしたら体調はマシになりました。一時は「アマゾンの蚊にマラリアをもらったかも」と不安になったけど、一安心です。ボリビアの環境の厳しさにやられちゃったんでしょうね。ボリビア恐るべしです。

現在はペルーのクスコです。4年ぶりに来ました。相変わらずとても美しい場所です。僕はこの町が大好きです。インティライミに向けて毎日がお祭り騒ぎです。ここでゆっくりして体調を回復させる予定です。

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ボリビアの首都ラパス

2007年06月10日 23時28分50秒 | 南北アメリカ

標高3660mにあるボリビアの首都ラパスにいます。アルゼンチン、チリという南米先進国と比べると、かなり色々変わりました。

まずは、人の顔。東洋人っぽく浅黒い顔です。背も低くてずんぐりしています。人懐っこい笑顔がなかなか良い感じです。

コロッケ(25円)にかぶりつくボリビア人の方々


そして、前回も書きましたがバス移動も急にハードになりました。極寒の中、暖房なしです。トイレ休憩はだだっぴろい荒野で立ち◆ョン。乗客確認せずに出発するので一人ボリビア人が残されちゃったりしてました。道は懐かしの未舗装道路。うーん、アフリカを思い出しますねぇ。これでこそ海外旅行というものです。とはいうものの、夜行バスで揺れと寒さで寝れなかった時は、アルゼンチンの快適バスが懐かしくて仕方なかったです。

ラパスを高台から。右奥の雲が被っている山は何気に6000Mあるそうです。


街は西洋風の建物がメインなのでパッと見はあまり変わらないのですが、交通マナーが突然悪くなりました。アルゼンチンやチリでは歩行者がかなり優遇されていたのが、ボリビアでは車がアグレッシブに攻めてくるので、油断していると余裕で跳ね飛ばされそうです。



ラパスでは日本人宿サンタクルスに泊まろうと思ったのですが一杯だったので、近くにある欧米人がたくさん泊まる宿エル・ソラリオに泊まりました。ここで、韓国人Wに会いました。この旅で出会った初めての同い年の韓国人です。(韓国人旅行者は20代前半が多い)彼とはすぐに仲良くなりました。(基本的に日本人と韓国人は、英語が下手な両巨頭民族なので、宿などで出会うとすぐに仲良くなれます。顔も見分けがつかないくらい似てるので親近感もわきますし。)

夜のメルカド(市場)を練り歩くWくん


彼は、3年位前にカナダに1年間留学していたときに日本人女性と出会い恋に落ちてしまったそうです。しかし、彼女とは不幸にも別れが訪れてしまいました。さらに不幸なことに彼は彼女のことが未だに忘れられないのだそうです。さらにもっと不幸なことには、彼は彼女の連絡先を一切知らないのだそうです。そんなことを聞いてもいないのに涙目で切々と語るWは、なんだか爽やかで格好よかったです。韓国人は、日本人よりもどこか真っ直ぐな感じがしますね。なんとなくですが。そして、もちろん他人の不幸は蜜の味でもありました。へへへっ。

コイバナついでに、もう一つ。日本人宿サンタクルスに遊びに行ったときに知り合ったAさんは、ボリビア人女性との間に恋が芽生えたとか。ディスコで知り合って、女性二人と三角関係にまでなったそうです。すごいですね~。ヨーロッパにいたときから、南米では日本人男性と現地人女性との間に恋が多いとか話題になることがありましたが、やっぱりあるのですねえ。

また、ラパスではカラファテで同宿だったYくんや、ビーニャで同宿だったSさん夫婦と再会しました。四人で日本食レストランに行き、座敷席(!)で日本食を堪能して、日本語でだらだらしゃべり、日本語のマンガを読みました。うーむ、なにしてんだろうか。まあ、これについては大満足なのでいいです。ワン・ピースって面白いですねえ。

カツ丼とマンガ。最高です。


ラパス名物?動物ミイラのおみやげ


そろそろ重い腰を上げてボリビアのアマゾンに行ってジャングルツアーに参加する予定です。アナコンダとかワニとか見れるらしいです。

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ウユニツアー

2007年06月08日 02時09分58秒 | 南北アメリカ

前回の汐見荘沈没記事はコメント少なかったです。アクセス数も激減しました。少し寂しいです(泣)。反省してウユニツアーしてきました。

ウユニ塩湖というのはボリビアにあるのですが、チリの北部サンペドロというところからもツアー参加できるのです。ビーニャからバスで28時間かけてサンペドロにつき、すぐさまツアー(2泊3日)に申し込み、翌朝8時にツアー出発です。(しかし、「バス28時間」という日本では考えられない移動時間も最近は全然気にならなくなってきました。昔は東京~大阪間の3時間の移動ですらクタクタになっていたのに、旅行慣れしてきたものです。)

サンペドロの町。未舗装の道路に土壁の家。南米っぽくなってきました。


ウユニツアーは高山病地獄+”英語&スペイン語”地獄でした。

初日まだ元気だった頃。後ろの山は何気に6000m近くあるらしい。

笑顔が寒さのため引きつっています。

まず、高山病なのですが、初日に標高2000mから標高4900mまでいっきに2時間ほどで駆け上がるのです。過去クスコ(3600m)でも富士山(3700m)でもキリマンジャロ(5800m)でも、それほど高山病にかからなかったのですが、今回は完全にやられました。常に呼吸が苦しく、頭痛もします。初日は夜9時に消灯して翌朝7時に起床だったのですが、その間2時間くらいしか寝れませんでした。翌日、高度は3600mまで降りたのですが、その睡眠不足がたたって、高山病はなかなか治らなかったです。幸い3日目に、メインの塩湖ではすっかり高山病は良くなったので、最低限の観光はできました。

2日目。その辺を歩いている人懐っこいビクーニャの赤ちゃんを抱き上げるボリビア人ドライバー兼ガイド


途中の砂漠にて。エジプトの白砂漠を彷彿とさせる変な岩。


次は英語&スペイン語地獄です。ガイド兼ドライバーのボリビア人がスペイン語しか話せず、ツアーメンバーが全員白人で英語ペラペラで、しかもスペイン語もできるという状況は、かなり辛いです。ガイドの説明はスペイン語なので、2割くらいしかわからない、ツアーメンバー間の会話は猛スピードの英語なので4割くらいしかわからない、もちろん全体の会話にはなかなか入れない(1対1だとなんとか会話になるけど)、会話に入ろうと頑張って聞き耳をたてるのですが高山病のため頭も働かない、という状況が3日間も続いて疲れ果てました。最後の方は、ほとんど会話する努力も放棄してましたね。

2泊目は塩のホテル。壁が塩で出来ています。


それでもツアーはかなり楽しかったですし良い経験になりました。ツアーメンバーはみんな親切で明るい人ばっかりだったし、ドライバーもなぜかとても日本人びいきでスペイン語ができない僕に何かと話しかけてくるし(「日本人、ともだち~」を連呼します)、「つまらないな~」と思うことは無かったです。それに最終的には、英語もスペイン語も随分上達したと思います。よかったよかった。これからもこういう日本語が全く使えないツアーには積極的に参加しようかなと思いました。

3日目。一面真っ白なウユニ塩湖。高山病が治っておおはしゃぎ。


塩湖にぽつんと浮かぶ、変な形の巨大なサボテンが多数生えている「魚の島」。(魚の形をしているらしい)


サボテンは大きなもので高さ10mを超えるそうです。


塩も試しに食べてみました。しょっぱいというかなんというか変な味というか食感がありました。


今はボリビアの首都ラパスです。ウユニツアー終了後その足で夜行バスに乗ってやってきました。この夜行バスが、もう、とにかく寒かったです。ボリビア人はみんな超厚着+毛布持参で完全防備でした。僕もツアーメンバーのアドバイスに従い寝袋を車内に持ち込んだのですが、ぎゅうぎゅう詰めの車内ではそれを出して入る隙がなかなか無くて、長時間凍えました。道も未舗装の悪路で、椅子に頭をもたせかけると思いっきりシャッフルされるので、寝れたものじゃありません。アルゼンチン、チリの快適移動からのこの落差。隣の国なのにえらい違いです。これぞ、南米旅行なのでしょうね。。。

6月24日にペルーのクスコで南米3大祭りの一つインティライミがあるそうなので、それを見ようとスケジュール調整中です。ラパスは南米有数の沈没地で物価が安くて楽しいのですが、長居していられないみたいです。残念です。

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チリ。たまにはこんな沈没も。

2007年06月01日 05時28分11秒 | 南北アメリカ

すっかり更新をご無沙汰してしまいました。すいません。
チリですっかり沈没しています。(”沈没”というのは旅人用語で、長期旅行者が一つの場所から動かずに長期間過ごすことをさします。)
なんとここチリのビーニャ・デル・マールという町で11泊もしてしまいました。見所の多い南米にあっては、この町は観光という意味ではほとんど立ち寄る意味は無いでしょう。ケープタウンでも2週間くらい滞在したのですが、あの時は飛行機待ちという理由があったので何の罪悪感も無く過ごしていましたが、今回はスケジュールがただでさえ押している中での長期滞在なので罪悪感は尋常ではありません。(このせいで行く予定だったいくつかの町は訪問取りやめになりました)
それなのに、なぜこの町に立ち寄り、このように長期滞在したかというと、ここには「汐見荘」という有名な老舗日本人宿があるからなのです。ここで情報収集を行い、未だに迷っている南米旅行ルートの概略決定地にしようと思って立ち寄ったのです。しかし、ここには旅人を引き留める大きな罠が待っていました。


一つは、新鮮な魚介類です。
近くの魚市場で安い魚介類を買ってきて宿で簡単な料理をして食べるのですが、これが本当においしい。素晴らしいのです。鮭、あさり、ホタテ、タラを食べたのですが、どれもこれも新鮮で、ちょっと料理をするだけで感動してしまうくらいの旨さを発揮してくれるのです。特に鮭の刺身とあさりのスパゲティは絶品でした。
↓刺身とあさりご飯とあら汁です。(あら汁はMさん作)

↓あさりスパゲティ。味付けなしでも、すごい出汁が出ておいししです。


ご存知のとおり(でもないでしょうけど)僕は学生時代以来10年以上も料理をせずに過ごしてきました。しかし、ここで少し料理に目覚めてしまいました。この旅行中もシェア飯を少し手伝うくらい(せいぜい米を炊く、野菜の皮をむく、食器を洗う、程度)しかしなかったけど、初めて自分で自分のためだけに料理をしたのです。普段から料理をしている人にとっては「は?」という感じなのでしょうが、僕にとってはこれは一大転機となりました。

二つ目が、読書です。この汐見荘の蔵書量はかなりすごいです。しかも、面白そうな本がずらりと並んでいます。

せっかくの機会なので「沈黙の艦隊」全32巻と「竜馬がゆく」全8巻を読破しました。どちらも、読み応えがずっしりとある作品でした。特に「竜馬がゆく」作中の坂本竜馬の行動や考え方というのは、色々と参考になるところが多いです。
余談だが、筆者(しんいち)の初めての一人旅は23歳のときの四国旅行で、その時に高知県の桂浜で坂本龍馬像を見た。当時、この人物が何を為した人物なのかさしたる知識は無かったが、たいそう格好が良い、と感じ入った記憶がある。(司馬遼太郎風に)
この小説に出てくる高杉晋作の辞世の句「おもしろきこともなき世をおもしろく みなすものは心なりけり」というのも、いいですよねえ。

最後の三つ目が、部屋で無料で無線LANが使えるということです。なんて素晴らしい宿なんでしょう!ついダラダラと日本のニュースを見たり、ウィキペディアで幕末史を調べたりしてしまいました。

ビーニャの海岸通。

ビーニャは一応チリ屈指のリゾート地ということらしいです。でも、季節外れです。常に肌寒いです。

汐見荘の猫。

「いつまでおるねん。はよでていけや」みたいな感じですが、こんなに人懐っこい猫は初めてで、近づくとゴロンとなって「なでてなでて」、夜寝ていたら体の上に乗ってきて「なでてなでて」、とかなりの甘えん坊でした。


ビーニャに来る前に寄ったチリの首都サンチアゴの話も忘れずに書いておきます。

サンチアゴは想像以上に都会でした。ブエノスアイレスよりは、さすがに規模が小さいですが、電化製品の品揃えはブエノスやケープタウンを超えていました。清潔で便利な地下鉄が走っているし、交通マナーはみんなきちんと守るし、道行く人はほとんどが白人だし、接客態度はきちんとしているし、まるでヨーロッパです。ここでは南米を旅しているという実感がなかなか沸きません。

警官が来たという合図があるとすかさず風呂敷に商品をつつんで隠す露天商の方々。


警官が立ち去るとすぐに元の場所に商品を広げる露天商の方々。

1時間の間に3、4回はこれが行われてました。みんなたくましいです。



長い汐見荘滞在になりましたが、明日ついに重い腰を上げて、ボリビアに向けて旅立ちます。マチュピチュと並び南米の最大のハイライトの一つといわれるウユニ塩湖を目指します。

それにしても、南米上陸後にウシュアイア、カラファテ、ビーニャと1ヶ月間で3ヶ所の日本人宿でゆっくりしてしまいました。南米の旅のテーマが「日本人宿でゆっくり」になりつつありますね。でも、いいのです。出発前の旅の目標の一つが「どこか居心地の良い日本人宿で1回くらいは意味も無く沈没する」だったので。
この先、クスコまでは急ぎます。クスコで大きいお祭りがあるそうなので、そこで再度ゆっくりするかもです。。。

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