世界一周の記録

2006年8月から2008年9月まで2年1ヶ月の世界一周放浪の旅をしていました。その旅の記録です。

ビバ!ビバ!ビバ・メヒコ!

2007年09月21日 08時24分41秒 | 南北アメリカ


最高に楽しかったメキシコシティ、そしてペンション・アミーゴをついに出ました。出てしまいました。

当初1週間のつもりだった滞在日数も最終的に16日になっていました。メキシコシティには、このまま何ヶ月でもいれてしまいそうな魔力があったのですが、このままでは旅が進まなくなるという焦りがあり、自分に激しく鞭を打って出発しました。それに、9月16日に独立記念日があり、その日を境に主要メンバーがそれぞれ旅立っていったことも宿を出るのに後押しになりました。また、社会人サッカーチームの先輩Kさんが9月14日に日本から1週間の短期旅行でメキシコ入りしたので、Kさんと行動を供にすることで、自分の旅行のスピードを速めたかったということもあります。

前回のブログの後も、色々と精力的に活動しました。フリーダ・カーロとディエゴ・リベラ関連の美術館・博物館めぐりや(”生命万歳”や、”日曜日の午後の夢”は素晴らしかった)、メルセー市場見学(野菜や肉が激安!玉ねぎ1kgが20円)、メキシコ2回目のサッカー観戦(マラドーナが5人抜きの伝説を作ったあのアステカスタジアムで)、などなど。宿ではシェア飯したり、毎晩のように深夜までテキーラを飲んだり、忘れることのできない時間を過ごせました。あーー、本当に楽しかった。楽しすぎて毎日ヘトヘトに疲れていました。

そんなシティ滞在のハイライトは、独立記念日の前夜祭の花火です。市内の広場で、深夜0時ころに数十万人の人が集まる大イベントがあるとのこと(地球の歩き方によると。実際は数万人でした。)だったので、宿のみんなで夜遅くに出かけていきました。

広場までの道では泡スプレーのかけあいがあり、みんなアワアワに。僕らもアワアワに。でも、誰も怒りません。下の写真のお父さんの楽しそうな顔を見たらとても怒る気なんか起きないです。


大統領の「ビバ、メヒコ!」のコールの後は、広場に面したカテドラルの周囲で花火が打ち上げられました。この花火は、今まで世界中で見たどの花火とも違い、強い衝撃と感動を受けました。まず、その花火の打ち上げられる場所が、数万人が密集する広場のすぐ側で、しかもカテドラルという歴史的建造物を燃やさんばかりの近さと低さなのです。カテドラル近くで見た人に聞くと、火の粉がじゃんじゃんかかってくるので実際にとても熱かったらしいです。そのため、すごい近い距離で、しかもカテドラルという美しい建造物を背景にし、その上荘厳な音楽が花火に合わせてかかっていて、現実離れした美しい空間を作り出していました。

花火が上がる前のカテドラル


花火とカテドラル






そんなこんなで、今はグアテマラにいます。この旅で記念すべき50カ国目の国です。50っていうのは一つの区切りとしてうれしいですね。しかし、次の区切りの100カ国行くのはちょっと無理そうです。最終的に70~80くらいになりそう。

シティを出てまず訪れたのは、メキシコ南部のパレンケという町です。マヤの遺跡を見学しました。ここは、物凄く蒸し暑かったのですが、同行したKさん曰く、日本の方が蒸し暑かったとか。。。うーん、日本恐るべし。。。

ジャングルの中にあるパレンケ遺跡


ジョジョの奇妙な冒険の石仮面っぽくないですか?


パレンケで一日観光した後は、すぐにグアテマラに入国しました。目的は、マヤ遺跡の最高峰ティカル遺跡の見学です。朝2時半に起きて朝日ツアーに出かけました。

日の出前、霧に浮かぶティカル遺跡。



そして日の出。雨季だったけど見事な朝日が見れました。



この日のツアーガイドは、遺跡そっちのけで猿やタランチュラなどの動物を発見しては喜んでいました。変なガイドだったけど楽しかったです。下の写真は毒グモ・タランチュラを手づかみで地中の穴から引っ張り出して、自分にくっつけてツアー客に写真を撮らせているところです。おーこわ。


ティカル遺跡も先日見たばかりのパレンケと同じくジャングルの中に幾つ物神殿がそびえたっています。パレンケと違うところは、ティカルの方が地形の起伏が少なくて森がフラットなので森から神殿が突き出ているのが他の神殿からはっきり見えるところでしょうか。


パレンケもティカルも素晴らしい遺跡でした。でも、遺跡はもうお腹いっぱいです。しばらくいいです。次はカンクンにでも行って再びカリブ海を満喫したいと思います。
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メキシコシティ その二

2007年09月11日 06時22分18秒 | 南北アメリカ


あっという間にメキシコシティ滞在が1週間になってしまいました。毎日なんかしらの観光をしているのにも関わらず、まだまだ見所は尽きません。街歩きだけでもかなり魅力があります。東京にもひけをとらない大都会エリア、スペインやイタリアのような欧州風なエリア、屋台や露天が所狭しと並ぶいかがわしい雰囲気漂う南米風エリアと、多彩な顔を持っています。


またまたサッカー観戦しました。テレビでも一回も見たことがないメキシコリーグ。代表はかなり強いメキシコサッカーなので、リーグ戦もかなり期待できそうです。しかも、宿の長期滞在者の人でサッカーに詳しい人が言うには、その日の試合はメキシコリーグの中でも屈指の好カードだそうです。
それは、地元のクルス・アスールとパチューカの試合。パチューカは、なんと今年のトヨタカップに北中米代表として出場予定。過去日本人の福田健二が所属していたそう。
キックオフ時間ギリギリに試合会場に到着したのですが、ダフ屋から簡単にチケットが買えました。それもたった500円。安い。正規料金はいったいいくらなんだろう。会場入りすると試合はもう始まっていました。客は6割くらいの入り。好カードの割には空いています。まだ開幕直後だからでしょうか。客層は小さい子供から年季の入ったおっちゃんサポーターまで様々でした。座席は地元クルス・アスルの応援側。やっぱりサッカー観戦はホーム側を大勢で一緒に応援した方が楽しいですよね。通路でビールを買っている間に地元クルス・アスルが先制してしまいました。ゴールシーンを見逃した。。その上、ビールを持って自分の席を探している時にチームの大きな旗を持って通路を走る応援団のメキシコ人に激突されてビールを思いっきり自分と他の客にこぼしてしまいました。そのこぼされた客はゴールで嬉しいからなのか、ビールかかっても全然オッケーという感じ。熱い。そしておおらか。座席が見つけられなかった僕に、クルス・アスルのサポーターのおっちゃんが「ここに座れよ」という感じで、隣の席に招いてくれました。「クルス・アスルの応援か?」と聞かれたので、「もちろん!クルス・アスル最高です!」と心にも無いことを答えておきました。でも、試合中は真剣に心からクルス・アスルの応援をしました。なぜなら、周りはクルス・アスルのサポーターばっかりなので、勝つと楽しいだろうし、負けると彼らの機嫌が悪くなってつまらなさそうなので。その隣の席のおっちゃんとは言葉が通じないながらも、ジェスチャーや叫びや顔の表情やらでコミュニケーションを図りながら、共に熱く観戦できました。


チーム力はアウェイのパチューカが一枚も二枚も上でした。パチューカはヨーロッパのトップチームのような組織的で技術的にも高いサッカーをしてゲームを支配。クルス・アスルも前線の個人技で何度かチャンスは作るものの、同点、逆転は時間の問題という感じでした。予想通り、前半に同点に追いつかれ、その後もクルス・アスルは必死に耐えるものの結局は試合終了間際に逆転ゴールを許してしまいました。静まり返る会場。でも、試合が終了すればみんなにこやかに家路に着いていました。応援団はいつまでも残って歌を歌ってたけど。。。印象に残った選手はパチューカの7番のアタッカーです。ドリブルが上手くてキープ力がありました。しかし、名前はわかりません。彼ならいつかヨーロッパでも活躍できそうでした。

翌日、ソチミルコと言われる世界遺産の水路に行ってきました。なんとアステカ時代から使われている水路なんだそうです。しかし、そんな事実は僕は着いてから知りました。その日の僕には、そんなことは関係ありません。目的は、ずばり”宴会”です。宿の日本人達9人でボートを一艘4時間あまり借り切って、”屋形船での宴会ツアー”なのです!旅に出てから1年1ヶ月、待ちに待った初めての宴会です。期待通り、いやそれ以上の、それはもう大盛り上がりの大興奮でした。酔っ払い過ぎて記憶はあまり残っていないけど。。。

隣の船のマリアッチ演奏を無料で聴く。僕らにはマリアッチを雇う金なんかないので。


別の船に乗っているメキシコ人グループに乱入!この頃には、もう何でもありでした。宴会最高!


雨季のシティ恒例の夕立にあってしまいました。この辺りの記憶はほとんど残っていないです。雨なんか降ってたっけ。。。


帰りにそこらの公園でサッカーしていた地元の子供達に乱入して、日本人対メキシコ人のサッカー対決もありました。このサッカーが決定的に酔いをまわしましたね。サッカーしながら、なんかしょっちゅう足がもつれてました。こけてお尻が痛いです。
写真は、試合後に子供達のお父さんと。


それにしても、あれだけ酔っ払いながら、何のトラブルも無く(物を無くしたり、スリにあったりすることなく)宿に無事帰れたことが、不思議でなりません。神様ありがとうございます。

楽しい楽しいメキシコシティライフなんですが、この後キューバが待っているのでそろそろ重い腰を上げなくては。。。

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メキシコシティ

2007年09月09日 11時07分33秒 | 南北アメリカ


メキシコの首都メキシコシティにやってきました。
トリニダードからのフライトはネットで検索すると割りとあっさりと見つかりました(700ドルという高額でしたが)。旅行会社の「9月2週目まで全てフルだ」というのはなんだったんだろう?

夜遅くシティの空港に着いたので空港のフードコートの椅子で一泊して、翌朝目的の宿ペンション・アミーゴへ向かいました。ペンションアミーゴと言えばエジプトのサファリホテルと並び評される超有名日本人宿です。日本人宿を堪能するというのが、南北アメリカ旅行の一つのテーマなのでメキシコシティに来てこの宿に泊まらない訳にはいきません。結果としてはこの宿に泊まって大正解でした。クスコで出会った”さすらいの編み物旅行者”Sさんと再会できたり、有名なダハブのダイブインストラクター兼バックパッカーのZさんと出会えたり、他にも個性的な数々の旅人に出会えたりと「アミーゴ」の名に恥じぬ日本人旅行者の社交の場になっていました。

そのアミーゴだけでもシティに来る価値は十分あるのですが、シティの魅力は、さらにその十倍くらいはあるのです。遺跡、博物館、美術館、食べ物、買い物、プロレス、音楽、街並、それらが全てハイレベルなのです。質量ともに中南米最高クラスの町なのではないでしょうか。日本人宿に泊まると、つい宿でだらだら過ごしてしまいがちなのが、ここでは毎日忙しく活動をしています。

近代美術館ではシケイロスやオロスコ、リベラの大作に頭をガツンと殴られたような衝撃を受け、国立人類額博物館では訳の分からない多数の遺跡からの出土品に目を奪われました。

久々に美術館で鳥肌のたったシケイロスの作品


人類学博物館はコミカルな出土品の宝庫でした。


こんなのがおびただしい数展示されています。もちろんシリアスなのも多数ありました。


地下鉄とバスを乗り継いで1時間半くらいのところにテオティワカンという名前の巨大遺跡があります。エジプトのピラミッドほどではないけど太陽の神殿といわれる巨大なピラミッドがありました。


メキシコといえばルチャリブレ(プロレス)。現在ペンション・アミーゴにも日本人プロレスラーの人が宿泊しています(まだ会ったことはないけど)。
せっかくなのでマスクをかぶって観戦してきました。

(試合会場の通路にて)

華麗な空中技の連続に大興奮でした。レスラーのコスチュームや照明、演出なども含めて非常に華やかでした。


シティには後数日滞在してから、カンクンに向けて移動予定です。ああ、それにしてもシティは楽しいです。時間が許せばいくらでも滞在できそうです。

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海です。カリブ海です。トリニダード・トバゴ

2007年09月02日 03時46分38秒 | 南北アメリカ


未だにしつこくトリニダード・トバゴ(略してTT)にいます。かれこれ3週間近くも滞在してることになります。こんな物価が高い上にそんなにすることのない国でいったい何をしているんだろうって感じです。最大の理由としては、ガイアナ泥棒事件で受けた精神的なショックや疲れがなかなか取れなくて、動こうという気持ちがしばらく起きなかったことでしょうね。しかし、ある日突然やる気が沸いてきて、デジカメを新しく買い、トバゴというもう一つの島へ行くという行動力がよみがえりました。トバゴへ行く目的は、ずばりカリブ海。ダイングやシュノーケリングやビーチでのんびりや、そういったことをしたいと思います。

デジカメは品揃えも少なく値段も法外に高い中からPENTAX OPTIO M20(7メガピクセル)を4万円も出して買ってしまいました。3週間デジカメの無い旅行生活を送ってきましたが、デジカメがあるとやっぱり楽しいですねー。俄然観光する気が沸いてきましたね。

※ちなみに、TTはトリニダードとトバゴという二つの島からなっていて、トリニダードの方が10倍くらい大きくて政治や経済の中心でほとんどの人口が住んでいるというメインの島、トバゴは人口5万人の小さい島でカリブ海的なビーチライフを楽しむ観光客が訪れる観光地です。かの有名なサッカー選手ドワイト・ヨークはこの小さい方のトバゴ出身らしいです。



TTは元々物価の高い国(宿は最安で一泊1800円、食事は中華テイクアウトで500円)なのですが、トバゴはさらに高かったです。宿は最安で2200円、食事は外食すると確実に800円以上という西ヨーロッパ並みの高め設定です。ダイビングもやっぱり高くて1ダイブで8000円も取られたりします。しかし、運良く安いダイブショップを見つけることが出来ました。他のホテル併設のきちんとしたダイブショップと違い、民家に併設の倉庫にダイブ器具を入れているような所で、地元のおっちゃんが趣味的に一人で切り盛りしているみたいです。その名もレッドマン。かといって色が赤い訳ではなく白髪混じりの超陽気な黒人でした。こっちだと1ダイブ4800円です。





さすがトバゴは海が売り物だけあって水はものすごく綺麗。黄緑色に光っていて俄然気分は盛り上がります。8人乗りくらいの小さいボートにレッドマンとボートマン(こいつも超陽気)と僕の3人で乗ってダイブサイトへ。雨季にもかかわらず天候にも恵まれて透明度はかなり良かったです。20m以上は見えてたと思います。サンゴがとにかくカラフルで種類が多くてサンゴを見てるだけで楽しかったです。黄色、オレンジ、赤、ピンク、青、紫、緑、とあらゆる色のサンゴがいました。ダイビング中は写真を撮ってないのでネットで拾ったダイビング写真から僕の潜ったダイビングにイメージが近いものをピックアップして載せているので、雰囲気を味わってください。


1本目に潜ったのがジャパニーズ・ガーデンというダイブサイト。潜ってみると確かに日本庭園のような趣があります。誰が名づけたのか知らないけど、上手いネーミングかも。砂地の上に適度に植物のようなサンゴと岩のようなサンゴが配置されていて、それが絶妙な趣を醸し出していました。

トバゴのダイビングは流れが強い所が多かったです。流れに乗って潜っている時はかなりのハイスピードで進んで行くのでカラフルなサンゴがどんどん後ろに流れていきます。ゴーッといううなるような音と一緒にカラフルな魚達と速い流れに身を任せて泳いでいると、まるで映画の中の世界のよう(最近宿のテレビで放送されていたファインディング・ニモを見たからか?)。途中狭い岩の間をくぐり抜ける所なんかもあり、スリルもあります。


今回は合計4本潜りましたが、ジャパニーズガーデン以外のサイトの名前は知りません。最後に潜ったところは世界で一番大きいといわれるノウサンゴ(脳みそのようなサンゴ)がありました。ノウサンゴって見ているとかなり不思議な生き物ですね。なんなんでしょうか、あの脳みそのような皺は。


あと、面白かったのがレッドマンがダイブ中に僕のことなどそっちのけで魚を捕ることに夢中になっていたことです。モリを持って魚を追いかける姿は、まるで宇宙空間で連邦軍の戦艦を狙うシャアが操る赤いゲルググのようでした(名前がレッドマンだけに)。かっこいいぞ!しかも見事に60cmくらいある銀色の魚をしとめていました。そうこうしているうちに1時間以上潜っていて、僕のエアタンクが空になりかけたこともあったけど。。。

生き物は、ウミガメ、ロブスター、カニ、タコ、バラクーダ(銀色の大きい魚)などが、今回初めて見れた者たちです。ウミガメは1.5mくらいあるでっかいのが岩の下でぼけーっと寝ているのと、シュノーケリング中に小さいのが泳いでいるのと、2回見れました。小さい方は僕が近づくと物凄いスピードで泳いで逃げていきました。亀のくせに速い。後、印象に残っているのは緑色の大きいウツボです。上を向いて目を見開いてひたすら口をぱくぱくさせてました。その姿がなんか発狂しているみたいでした。

ダイビングをしている以外の時間はビーチで海水浴をする地元の親子連れをぼんやり眺めたり読書をしたりしてのんびり過ごしました。トバゴ自体が、とても平和でのんびりとした空気が漂っているのです。最近はジョージタウンやポートオブスペインという治安の悪い町に長く滞在していたので、こういう雰囲気が新鮮に感じられるし心地良いフィーリングが身体に染み込んでくるようです。地元の人たちも親切だし気さくに話しかけてきたりして、物価が高いことを除けば、完璧なリラックスできる場所ですね。すっかり泥棒疲れは癒されました。

イギリスっぽい民家


さすがカリブ。ラスタマンがいっぱいでした。


今はトリニダードに戻ってきてメキシコ行きの飛行機を探しているところです。宿にインド人とアメリカ人のそれぞれ一人旅の旅行者がいます。インド人は24歳の若さで工場を経営しており、しかもそれは副業で本業はジャーナリストで、家はプール付きの大豪邸なのだそうです。さすが物価の安いインドから物価の高いカリブ海へ長期旅行に来ているだけのことはあります。アメリカ人がインドの文化にとても興味があるみたいで色々と質問していて、カースト制度やムスリムやシークとの関係など興味深い話が聞けました。とにかくインド社会は宗教による差別に満ちているようなのです。ヒンドゥーとムスリムの間の差別(というか対立。時には殺し合いになることも)、ヒンドゥー内のカーストによる差別。彼はカーストの中ではブラフマンという最も高いカーストにいるらしいのですが、友達も恋人も結婚相手も必ずブラフマンの中から選ばないといけないらしいです。もしブラフマン以外の人と結婚したら、社会から追放されるのだそうです。彼は過去に、それにも関わらずムスリムの彼女がいたらしいのですが、デート現場を見られると終わり(いろいろと)なので、毎回スパイ活動のように周到に人目の付かないところで会っていたそうです。また、ヒンドゥーにとって外人など異教徒はカーストが低いとみなしているみたいです。これを聞いて、なるほどと思いました。今までインド人と会うと妙な違和感を感じていました。それも少し不快な。白人や黒人やアラブ人や他のアジア人からは感じない何か違う不快な感じを。それは彼らが差別的な社会で生きることに慣れていて、外人に対しても同じように差別的な感情を抱き、それが視線や態度に表れていたからなのかも、と。インド人と長く会話をしたのはこれが初めてなので、本当のところは分からないけど。とにかく面白く興味深い会話でした。なんにせよインドに行くのが楽しみですね。


あまりにも長くここにいるのでだんだんと焦ってきました。早くメキシコに行きたいっす!

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