世界一周の記録

2006年8月から2008年9月まで2年1ヶ月の世界一周放浪の旅をしていました。その旅の記録です。

アジアまとめ

2008年09月22日 01時42分38秒 | アジア

帰国して2週間が経ちましたが、まだ姫路の実家にいます。役所関係の手続きや、荷物や写真の整理などをしていたら意外と忙しくてあっというまに時間が過ぎていってしまいました。そして阪神と巨人のゲーム差もあっという間に縮まってしまいましたね・・・。


◆アジアまとめ内容◆
・国ごとコメント
・食事
・犯罪、テロ
・行きたかったけど行かなかった所
・まとめ所感


滞在日数:316日(旅合計762日)
訪問国数:18カ国(旅合計69カ国)


<国別コメント>

・日本一時帰国(2007/10/13-10/26:姫路、神戸、大阪、京都)

たったの2週間だったけど、いろんな友人とも会うことができたし、寿司・居酒屋・焼肉・日本酒・焼酎を始めとする世界で最も美味しい日本食をたらふく食べれたし、大満足の一時帰国でした。


・トルコ1回目(10/26-11/14:イスタンブール、ギョレメ(カッパドキア))

旅の再スタートの地・イスタンブールでいきなり2週間の停滞。でもその間には多くの出会いや再会があったので納得の停滞でした。安宿ツリー・オブ・ライフは思い出深い宿です。町並みは基本ヨーロッパ的な中にイスラムテイストが随所に見受けられて、なかなか味わい深いです。カッパドキアは寒かったけど、静かでのんびりとした雰囲気が良かったです。物価はやっぱり高かったです。


・シリア1回目(11/14-11/19:アレッポ、ハマ、クラック・デ・シェバリエ、ダマスカス)

ヨーロッパ的先進国のトルコのような国から来ると完全なアラブ世界のシリアはワンダーランドな感じがして良かったです。人がとてもフレンドリーでした。


・ヨルダン1回目(11/19-11/22:アンマン、死海)

評判と違ってただのエロアラブ人だった有名人サーメルさん(安宿の従業員)。評判と違って荒れていてとても浮かんでられなかった死海。でも出会いや再会が多くて滞在は楽しかったです。


・イスラエル&パレスチナ(11/22-12/4:エルサレム、死海、ベツレヘム、ヘブロン、ジェリコ)

見所が多く、独特の雰囲気・オーラが漂うエルサレム。世界中から大勢のバックパッカーが集まるファイサルという安宿は毎晩がどんちゃん騒ぎの宴会でとても楽しかったです。ヘブロンでは、卑劣なユダヤ人達による信じられないほど酷いパレスチナ人いじめを直に見ることができ、強い衝撃を受け、その後の宗教に対する考え方に大きな影響を受けました。


・ヨルダン2回目(12/4-12/7:アンマン、ペトラ)

ペトラ遺跡は期待以上にかなり良かったです。大きいし、広いし、見ごたえありました。


・シリア2回目(12/7-12/8:ダマスカス)

イランを目指して一路北上しました。国境で入国審査をしている間に、それまで乗っていたバスが僕を置いて出発するというまさかのトラブルに遭いました。


・トルコ2回目(12/9-12/10:ガジアンテップ、ドゥバヤジット)

イラン行きのバス乗り場だと言われた場所(汚い広場)で丸一日待ちぼうけを食らわされました。


・イラン(12/10-12/19:テヘラン、エスファハン、マシュハド)

イラン人は、びっくりするほど旅人に親切でした。マシュハドの巨大宗教施設(ハラム)が印象的です。


・アラブ首長国連邦(12/19-12/20:シャルジャ)

びっくりするほどインド人がたくさんいて、みんな親切でした。オイルマネーで潤っている感じがとてもよく伝わってきました。


・インド1回目(12/21-2008/1/15:ジャイプル、デリー、アーグラ、バラナシ、コルカタ)

混沌の国。とにかく疲れます。でも、バラナシのあのガンガー沿いの雰囲気は大好きです。コルカタでは人生で最悪のゲリに苦しめられました。


・バングラデシュ(1/15-1/22:クルナ、ダッカ、シレット、タマビル)

元インドだけにインドと似ていました。貧しい国というイメージがあったけど、アフリカやインドの後に行くとそれほどでもない印象です。名前と違って遅い船・ロケットスチーマーは良かったです。国境で初ワイロを体験しました。


・インド2回目(1/22-1/26:シーロン、グワハティ、シリグリ)

納豆を食べるためにインドの北東部メガラヤ州へ行きました。東南アジア系の人種の人が多く住んでいて、インドの一部のくせにバングラデシュよりもインドらしくなかったです。


・ネパール(1/26-3/19:カーカルビッタ、カトマンドゥ、ポカラ、 エベレスト・トレッキング)

最も好きな国の一つです。瞑想修行やヒマラヤトレッキングなどの一生忘れられないビッグイベントがあったし、印象的な出会いや再会もあったし、日本食は美味しいし、何もかもが素晴らしかったです。


・インド3回目(3/19-4/26:バラナシ、リシュケシュ、アムリトサル)

ホーリーという大きい祭に合わせて三度目のインド入国です。バラナシの久美子ハウスは期待どおり良かったです。リシュケシュの25日間のヨガ修行は、静かで平和で楽しい印象的な滞在となりました。電車移動中に財布を失くしたのですが、平和でスピリチュアルなアムリトサルでその痛手は癒されました。
インドについて、多くの旅人が「インドにいる時はインド大嫌いなんだけど、インドを離れるとなんだか懐かしくなってまた戻りたくなるんだよねー」というようなことをよく言っていますが、僕も今はその気持ちがよくわかります。僕も、旅行中には「インドはとても面白いけれども、どこも混雑していて汚くて疲れるし食事は口に会わないしで、総合的にみるとそれほど好きな国でも無いなあ」と思っていたのが、日本に帰って来てからは、インドのことを暖かく懐かしい、でも切ないような気持ちで思い出すようになってきました。なんでなんだろう。インドのことが好きになってしまったのでしょうか。


・パキスタン(4/26-6/10:ラホール、ラワールピンディー、イスラマバード、ペシャワール、チトラール、カラーシュバレー、マスツージ、ギルギット、フンザ(カリマバード、パスー)、ススト)

暑くてむさ苦しい平野部(ラホール~ペシャワール)と涼しくて風光明媚な北部山岳地帯(チトラール~フンザ)のそれぞれに違った魅力があって面白かったです。人がフレンドリーで親切だったし、色々と面白い出来事も多かったです。特にピンディーでのキャッシュカード到着待ちと、ペシャワールのババジイツアーと、チトラールでのアフガン人とのサッカーと、フンザでの孤独トレッキングが思い出深いです。


・中国(6/10-6/24:カシュガル、敦煌、興海、西寧、北京)

パキスタンとのギャップが凄すぎて入国直後は何もかもが新鮮で衝撃的でした。その先進国ぶりや、料理の美味しさや、人の顔が僕と同じことなどに。独特なトイレ文化にも。興海のチベット寺訪問は、チベット人が面白いし景色も綺麗だしとても印象的でした。


・ドイツ&スイス(6/24-6/26:ミュンヘン、バーゼル)

大学時代の友人なおくんに誘われてはるばるスイスまでサッカーを見に行きました。さすが欧州選手権の準決勝、ものすごく面白かったです。


・中国2回目(6/27-7/8:北京、昆明)

北京では、大気汚染とスイス往復のハードスケジュールのために体調を崩して宿で引きこもっていました。万里の長城は暑かったけど、やっぱり凄かったです。


・ラオス(7/8-7/10:ビエンチャン)

二日だけで駆け抜けました。のんびりとした国でした。中国人がとても多かったです。


・タイ(7/10-7/24:バンコク、コ・タオ(タオ島))

大都会バンコクで美味しいタイ料理を満喫しました。漫画喫茶にも行きました。歯医者にも行きました。タオ島で久しぶりのダイビングもしました。


・カンボジア(7/24-7/30:シェムリアップ、プノンペン)

久しぶりに日本人旅行者に囲まれてテンションが上がりました。凄く楽しかったです。アンコールワット遺跡やトンレサップ湖の水の町も良かったし、素晴らしい滞在になりました。


・ベトナム(7/30-8/6:ホーチミン、ハノイ)

東南アジアの旅のイージーさに旅のモチベーションがちょっと下がっていました。強烈なスコールとバイクの多さが印象的です。


・中国3回目(8/6-9/1:雲南省(河口、昆明、大理、麗江、瀘沽湖、シャングリラ)、四川省(攀枝花、成都)、上海、大連)

中国という刺激的な国でモチベーションも回復し、旅のラストスパートという感じでガンガン移動して観光しました。雲南省の少数民族は風情があってよかったし、成都のパンダは可愛かったし、上海の都会ぶりや雑技団は凄かったし、大連では友達にお世話になったし、やっぱり中国という国は楽しいところでした。ちなみに、この滞在は北京五輪と期間が重なっており、大理にいる時に開幕して上海雑技団見学中に閉幕しました。


・韓国(9/2-9/6:ソウル、釜山)

韓国人の友達のお世話になりました。いろんな意味で日本と最も近い国です。韓国料理が、この旅で食べた料理の中で一番好きです。


・日本帰国(2008/9/6)福岡港 、姫路


ついに帰国しました。帰国して思うことは、僕はやっぱり日本が一番好きな国だということです。



<食事>
アジアの旅は最も食事が楽しい旅でした。中東は味が単調だけど安くて美味しいし、ネパールは日本食・チベット料理・ネパール料理と何を食べても安くて美味しいし、中国は脂っこいけど安い上に味は素晴らしいし、東南アジアは中国以上に日本人好みの美味しさだし、韓国では悲鳴が出て号泣しそうになるほど何を食べても美味でした。
ただし、インドは、、、インドだけは食事で苦戦しました。一食400円くらい出すとかなり美味しいカレーが食べれるのですが、その一方で100円以下で腹いっぱいカレーを食べられるターリーというインド定食があるので、長期旅行者としてはターリーの方を食べるべきであろうと思いターリーを食べていたのですが、3分の1くらいの確立で頭がおかしくなるくらい辛いカレーに当たるのです。マサラ味とか何味とか関係なくただひたすら辛いという。しかもゲリに当たる確立も高いという・・・。なので、インド後半ではカレー恐怖症になり、インドで一番無難なニセ中華ばかり食べていました。



<犯罪やテロなど旅の危険>
アジアは、アフリカや南米のような凶悪な犯罪が少ないらしいので安全なイメージでしたが、実際、全く犯罪には遭わなくて、イメージどおりでした。町は平和な雰囲気だし、夜中一人で出歩いても問題はなさそうです。
一方でテロというイメージは世界で最も大きいと思うのですが、そちらに関しても運良く大丈夫でした。特にパキスタンは、僕が訪れる半年くらい前から総選挙に絡んで暴動などが起きて治安が悪化しており、アフガニスタン国境のテロリスト問題などでも騒がれていました。実際に僕がパキスタンにいるころは旅行者が激減していました。ただ、テロでいうと、パキスタンよりも無差別に頻繁に一般民衆を殺すインドのテロの方が怖いというイメージですが、なぜかそちらはあまりクローズアップされませんよね。なぜなんだろう。
どちらにしろ、旅行者がテロに遭遇するという可能性は低いし、僕が肌で感じた感覚でも、アフリカや南米の方がよっぽど旅行者の身に降りかかる危険は大きいんじゃないかなと思います。


<行きたかったけど行かなかった場所>
なんといってもチベット自治区に行けなかったということが一番大きいです。旅の最初の頃から、チベットにある聖山カイラスに巡礼することが旅の最後にして最大のハイライトになると思っていました。それが、今年3月のチベット暴動で突然チベット自治区に入れなくなってしまい、それはもうかなり残念でした。その代わり青海省チベット自治州に行って楽しめたので、よかったのですが。

その他

・インドの南部:ゴアやムンバイ、アジャンタ&エローラ、バンガロール、カーニャクマリなど見所満載のインド南部を丸ごとスルーしてしまいました。でも、北部だけでインドお腹いっぱいになりました。

・ネパールのアンナプルナトレッキング:たっかい入場券を買ってトレッキング用の装備も準備してパッキングして、さあ出発という前日に発熱してしまい泣く泣く断念しました。

・東南アジア:ラオスのバンガオンやタイのチェンマイ、ベトナムのフエやホイアン・ムイネイなどなど。たった一ヶ月では東南アジアは全然見きれませんでした。

・中国も広すぎるし見所が多すぎるし大変です。2ヶ月近く滞在して忙しく動いたのにも関わらず、香港、九寨溝、黄山、福建省の客家円楼や土楼、広州、などなど行きたかったところが山のように残っています。



<まとめ所感>
世界一周の最後をアジアにしたことは、とても良かったです。物価が安くて金銭的なプレッシャーがほとんど無かったし、どの国に行ってもそれぞれが個性的で刺激が強くて飽きることなく楽しめたし、帰国直前に至るまで旅のモチベーションが落ちることはほとんどありませんでした(もしヨーロッパが最後だったらグダグダの最後になっていたと思います)。特にネパールやインドにいたころは、この旅でも最高に旅への熱意が高まって、強く深い刺激的な経験をすることができました。

また、南北アメリカ編で飛行機を使いすぎて旅が味気なかったことの反省で、極力飛行機を使わずにほとんど陸路と海路で旅ができたこともとても良かったです。特にバス移動では、休憩を何度もしながらゆっくりと長い時間をかけて目的地に向かって行くので、途中で色んなものが見れるので、そこはとても良かったです。

出発前からアジアに最も時間がかかるだろうと予想していたので、11ヶ月という最も長い時間をアジアに割り当てましたが、それでも全然足りなくて、結局最後の方の東南アジアや中国は駆け足になってしまい、多くの見所を見逃してしまいました。そこは少し残念です。

でも、何と言っても結局は、生きて無事日本に帰ってくることができたので、このアジア編は大成功だったということにしたいと思います。

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旅の終り

2008年09月13日 02時32分54秒 | アジア


中国の成都からは、電車で一気に上海まで移動しました。1600km、40時間、2泊3日の列車の旅でしたが、中国に長くいるとそれくらいの移動では全然普通に感じてきます。以前の北京から昆明への移動はもっと長かったし、ほんとに広いです、中国は。

上海は想像を遥かに上回る大都会でした。ニューヨークや東京などの世界的大都会にもさほど劣らない都会ぶりには、正直びっくりしました。中国を旅して感じるのは、中国の国力はひょっとしたら一般的に日本人が思っているよりも遥かに凄いのではないのか、ということです。日本人や欧米人の旅行者と中国で会うと必ず話題になるのが”中国って想像以上に発展している”ということです。テレビや新聞などの報道を見ていると”沿海部はそこそこ発展しているが内陸部は貧しい農村である”というようなイメージで語られていることが多いように感じます。急速に発展はしているけれども、貧富の格差は開いているというようなイメージもあります。しかし、僕が訪れた中国の内陸部の町、例えば青海省の省都・西寧なんかは、完全に大都会でした。町に乞食はほとんどいないし、道行く人のほとんどは小奇麗な格好をしているし、それほど貧富の差というようなものは感じません。そこからバスで7時間の草原に囲まれた村・興海でも同様でした。格差の宝庫であるインドやアフリカ諸国に比べると、国民の大部分が中流階級という風に感じます。ある欧米系の雑誌でも”現在の中国は新たに出来た「中流階級」が人口の中で最も高い比率となってきており、経済活動でも社会生活でも中国の中心となってきていて、そのことが今後のさらなる成長への基盤となるであろう”というような論調でした。恐らく僕らは中国のことを過小評価しているんじゃないかと思います。毎年10%の成長を続ける国だから、3年後にはさらに凄い存在になっていることでしょう。そのことを考えると途方に暮れるような気持ちになります。といいながらも、流されていないトイレや街中で痰を吐きまくる中国人やコピー商品の山を見ると、うーん、やっぱり途上国なのか?とも思ってしまいます・・・。

賑わっている歩行者道路


外灘(バンド)から見た対岸の浦東エリア

上海のシンボルの東方明珠塔がロケットのようにそびえ立っていますが、右奥のビルの高さも相当凄かったです(写真では伝わってないですが)。

夜景バージョン


浦東の巨大スクリーン(上の写真の右側部分の望遠写真)

中央のAURORAと書いてあるビルと隣のビルの壁一面はそれぞれ巨大スクリーンとなっていて様々な映像が流されています。このような巨大なビルの壁の一面全体で映像を流しているのは初めて見ました。すごいです。上海すごすぎです。

対岸に渡って外灘側の夜景

こちら側は租界時代の古い建物が多いです。

浦東地区の高層ビル群

まさにコンクリートジャングルでした。

外灘の洋風なエリア

今まで中国の町というと、どこもかしこも似たような建物ばかりで個性が少なくてすぐに飽きてしまうのですが、上海は租界時代(部分的植民地時代)の名残が多く、見ごたえがありました。

古い煉瓦造りの建物が残っていたりして風情もありました。


町の中心地の公園では公開お見合い相手探し市のようなものが。

写真を撮ったら怒られました。この写真はこっそり隠し撮りしたものです。どうやら本人は来ていなくて、親族らしき人達が紙に名前・性別・年齢・学歴・職歴・趣味・結婚相手の条件・希望などを書いてそれを公園に並べて、その情報に興味を示す相手が現れるのを待つというシステムっぽかったです。旅行者でも誰でも普通に立ち寄れるような場所でこういうことを堂々とやっているという中国人の感覚は凄いですね。

上海といえばやっぱり雑技団!これはもう、めちゃくちゃ面白かったです。これに出演している人達は本当に超人です。それぞれのパフォーマンスには何段階かの見せ場があって、まずほんの触りの部分ですら、「すごい!」と唸ってしまうような超人技なのですが、そこからさらにレベルの上がったことをされて、「うわっ!」とか「まじでっ!」とか目の玉が飛び出るような衝撃を受けるのですが、そこからさらにもう一段階上のことをするんですよ、彼らは!もう「ななななななっ!」とか「ままままままじでっ!」とか「ぎょぎょぎょぎょぎょっ!」とか、そういった言葉にならない言葉しか出てこないです。本当に凄かったです。いくつかのパフォーマンスは過去にテレビで見たことがあるはずなのですが、それでも新鮮な驚きでした。

上演中の写真撮影は禁止なので出演者のポスターの写真です。

傘を足などでくるくると回すパフォーマンスです。映画の特殊撮影か?という感じの種も仕掛けも無いとはとうてい信じられない凄まじいパフォーマンスでした。

左はオートバイ・パフォーマンス、右は輪くぐりです。

この日の大トリが左のバイク・パフォーマンスだったのですが、これはもう、生涯決して忘れることが出来ないようなウルトラ・スーパー・パフォーマンスでした。今後見る人がいるでしょうからネタバレ的なことは書きませんが(内容を知らずに見た方が面白いと思います)、とにかく凄かったです。必見です。

上海の宿では、上海から日本へ船で帰るという日本人の旅人に何人か会いました。彼らと「早く日本に帰りたいねえ」なんて話していると、本当に一刻も早く日本に帰りたい気持ちになりました。


上海から大連へは各コンパートメントにテレビが付いている新しい車両の電車で移動しました。大連に日本時代の友人・たぬきさんが語学留学中だったので、たぬきさんに大連を色々と案内してもらうことができました。たぬきさん、体調の悪い中、どうもありがとうございました。


たぬきさんが留学中の大学の敷地内の店でビールを頼むとグラスとして湯飲み茶碗が出てきました。うーむ、、、さすが、中国・・・!


ショッピング中に見かけた中国オリジナルと思われるキャラクターグッズ・ジムとミーナ(JIM&MINA)


久しぶりにカラオケにも行きました。

写真はたぬきさんの大好きなマレーシア人の歌手です(中国語で歌うので中国で人気があるらしい)。さすが、中国に来てから1年経つたぬきさんは、見事に中国語で彼の歌を熱唱していました。僕の方はというと、入っている日本語の曲が1990年前後の曲しかないので、自然とナツメロ大会になってしまいました。それでも久しぶりのカラオケはかなり楽しかったです。

駅前のショッピングモール

ガラス張りの壁だし、スターバックスや吉野家が入っていて、なかなか素晴らしいビルでした。

ドラ焼き屋さん

中国人はドラえもんが大好きなのですが、大連のドラえもん好きは他の地域よりも一段上でした。ドラ焼き屋がいくつかあって、しかも「あん♪あん♪あん♪とっても大好きドラえ~もん~♪」という曲までかかっていました。しかもキャラクターグッズまで売っているし。恐るべし大連。

大連から韓国までは船(大仁号)で行きました。この旅で最後の国・69カ国目の韓国です。以外にも豪華で快適な船旅でした。お客さんは中国人と韓国人が半々くらいでした。

二等のチケットを買ったのですが、なぜか一等船室に入れてくれました。船室内にテレビ、トイレ、シャワーが付いている超快適な部屋でした。


さよなら中国




韓国では、中東のシリアで出会った韓国人の友達にいろいろと案内してもらいました。それにしても、韓国は中国と比べるとかなり日本に近いです。韓国人の友達も「中国と韓国はあまり似てないです。地続きなのに不思議です。日本と韓国は似てますね。」と言っていました。それにしても、街中で痰を吐く人がいないだけで、こんなに気分が良いとは思いませんでした(僕も今後は気をつけます)。道端に落ちているゴミは少ないし、電車やバスで騒ぐ人や音楽を大音量でかける人もいないし、服装も洗練されているし、町の外観に関しても建物の造りや看板の付き方が日本っぽいし、言葉の違い以外は日本にいるのとほとんど違いはなさそうです。

友達曰く”韓国の原宿”

原宿とはちょっと雰囲気は違いますが、観光客や韓国の若者が集まるメジャースポットのようです。日本人観光客がめちゃくちゃたくさんいました。

ソウルの中心を流れる人工の川・チョンゲチョン

現大統領がソウル市長時代に作った人工の川だそうで、市民の憩いスポットらしいです。現大統領は韓国経済が不調のために不人気らしいのですが、ソウル市長時代のこの仕事は市民から好評を得ているそうです。


韓国といえば、何といっても韓国料理が最高でした。この旅で最も料理が美味しい(というか僕の口に合う)国でした。何を食べに行っても数種類のキムチが無料でついてくるし、お米は美味しいし、それだけでもう素晴らしいです。焼肉、冷麺、ビビンバ、チゲ鍋、チヂミなど、何を食べても大満足の美味しさでした。料金はさすがにちょっと高いのですが、日本で韓国料理を食べることを考えると激安です。

友達お勧めの有名店で食べた冷麺

この旅で食べた美味しいものランキングで絶対にベスト5に入るであろう美味しさでした。スープの甘さと酸っぱさと辛さのブレンドが絶妙でした。

韓国風焼肉

見ての通りの美味しさでした。

古い町並みが残る地区・北村韓屋村

実はソウル中心地にある高級住宅街らしく、昔ながらの古めかしい木の門にセコムのマークが貼ってあったりする家が多かったです。でも観光地でもあるらしく、日本人ツアー客なんかが写真をパチパチと撮っていました。もちろん僕も。一般人の住む住宅地なのに。

ナムサン(南山)から見る夕焼



ソウルから釜山へはKTXという韓国版新幹線に乗っていきました。最後の滞在地・210都市目の釜山へ。素晴らしい乗り心地でした。

そして釜山で泊まった最後の宿がこれです。

一泊3500円のシングルルームなのですが、広くて清潔な部屋に、40インチ近い大画面のテレビ(NHKが映りDVDの無料貸し出しまであり)、ネットに繋がるパソコン、無線LAN、冷蔵庫、熱湯も出る給水機、エアコンに扇風機、テーブル、イス、バスタブ付きのシャワールーム、ドライヤー、歯ブラシ、シャンプー、タオル、パジャマ、などという考えられうる最高の設備の部屋でした。しかも駅から徒歩1分で、徒歩3分以内にコンビニが数軒あり、旅の最後の夜は夢のような環境での宿泊となりました。翌日、前回のブログ(帰国直前日記)をアップし、バスで数分乗って港に行き、福岡行きの船に乗りました。

船に乗る直前。鏡に映る自分を撮ってみました。

船の乗客のほとんどは日本人の団体ツアー客でした。みんな荷物はスーツケースで、バックパックを背負っているのは僕一人でした。

出航時の釜山は雨だったのですが、福岡に着く頃には晴れ間が見えてきました。でも、まだ雨はぱらぱらと降っているみたいで、この時の僕の心情のように複雑な空模様でした。



韓国からの船は無事日本に着きました。入国時の荷物検査で、東南アジアに行ったことを言うと別室に連れて行かれて厳しい荷物チェックを受けました。やましいものは何も持っていなかったので別にびびったりはしなかったのですが、やっぱりたった一人汚いバックパックを背負っているのが怪しく見えたのかと、ちょっと自分の身なりが心配になりました。荷物チェックが終り、福岡の中心地・天神に出てみると、町を歩く人のオシャレ度が、韓国なんかとは比べ物にならないほど高くてびっくりしました。ソウルにいる時は、韓国と日本はほとんど同じだと思っていましたが、オシャレに関してはまだまだ日本が数段上のような感じです。それに引きかえ僕の服装は、大連で会ったたぬきさんから「中国人そのもの」と言われるような服装です。長期旅行バックパッカーの割には小奇麗な格好をしているとたまに言われていたのですが、一般人から見るとかなり酷いみたいです。ちょっと恥かしいですが、まあ仕方ないです。家に帰って着替えるまでの我慢です。

中国で出会った何人かの旅人には、「福岡から姫路までヒッチハイクで帰る!」などと吹きまわっていたのですが、日本に着いたとたんに急にヒッチハイクをするのが激しくめんどくさくなったので、大人しく夜行バスで神戸まで帰りました。そこから電車で実家のある姫路市の英賀保駅まで帰りました。電車内で、早朝の通勤・通学している人にまぎれて汚くて大きいバックパックに乞食まがいの中国人的な服装にヒゲという僕の姿は、さすがにちょっと浮いていました。加古川あたりで乗り込んできたおじさんの乗客が、しばらく僕のことをじろじろと見た後で「山にでも行ってきたんですか?」と聞いてきたので「いや、ちょっと海外旅行を・・・」ともごもごと答えると、そのおじさんは海外の山にも詳しくてパキスタンのフンザやネパールのヒマラヤの話で少し盛り上がりました。おじさんが降りた後、近くにいる男子中学生3人組の関西弁の会話が聞こえてきて、それがまるで漫才のようなテンポのよさで面白くて、聞いていてなんだか嬉しくなりました。旅行中は他の乗客の会話は全て意味がわからなくて聞き流していたけど、日本では全部意味がわかるので思わず耳を傾けてしまいます。窓の外の景色は旅行前に何十回と見ている見慣れた景色のはずなのですが、なぜか印象が少し違っていました。こんなに緑が多かったかな?こんなに家はまばらだったかな?まるで、初めて乗る電車に乗ってまだ行ったことのない見知らぬ町へ移動しているような、まだ旅が続いているような錯覚が襲ってきました。でもまあ、また次にこの風景を見るときにはそんな錯覚は消えていることでしょう。




しばらくして僕は家に着きました。バックパックを降ろし、母親に作ってもらった朝食を食べました。そして僕の世界一周の旅は終わりました。

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帰国直前日記

2008年09月06日 11時20分39秒 | アジア
今日の午後の船で日本に帰ります。釜山から福岡への船に乗る予定です。たったの3時間で日本に着くそうです。2年と1ヶ月の旅の最後としては、なんかちょっとあっけない感じです。






旅が終わることの寂しさや嬉しさ、日本に帰ることの嬉しさや不安、いろいろと感情の波が押し寄せてきます。全身に押し寄せてきます。感情の整理が難しいです。


日本に帰ったら山のようにしたいことがあります。
友達と飲みに行きたいし(特に居酒屋で)、寿司を食べたいし、漫画喫茶に篭りたいし、図書館で本も読みたいし、新しい自分の部屋を借りたいし、新しい服を買いたいし、サッカーやゴルフやスノーボードなどもしたいし、好きなバンドのライブにも行きたいし、仕事に熱中したいし、お金も稼ぎたい。そして、今度はリッチな短期旅行をしたい。温泉などの国内旅行もしたい。何にせよ全く新しい生活になるのです!

というようなことを考えていると胸が弾んできます。





旅が終わってしまうことはとても寂しいですが、逆にもう旅をしなくていいと考えると嬉しかったりもします。
貴重品の管理に四六時中気をとられることも、強盗やスリに怯えながら昼も夜もびくびくしながら町を歩くこともないのです。日本という世界で最も治安の良い国に住めるです。
もう重い荷物を背負って宿やバスターミナルを探したり、10時間以上もおんぼろバスにすし詰めで揺られたりしなくてもいいのです(日本ではすし詰めの通勤列車に揺られますが)。日本では自分の部屋に定住するのです。
もう刑務所のような最低レベルの部屋に泊まったり、ダニや南京虫の心配をしなくてもいいのです。世界最高レベルのインフラと清潔さの国に住めるのです。
もう怪しげな客引きや売人につきまとわれることも、値段交渉で声を荒げることも、やっぱりボラれてたかとがっかりすることもないのです。フィックスプライスの国だから。
味と衛生面が心配でドキドキしながら食事の注文をしたり、実際に不安的中して激しい下痢に悩まされることもないのです。世界で最も美味しく衛生的な日本食を毎日食べれるのです。
通行人から好奇の目でじろじろ見られたり、子供にチンチョンチャンやジャッキーチェンと言われる事ももう無いのです(中国に来てからはすでに無いけど)。だって周りはみんな日本人なのです。
もう欧米人の英語がよく聞き取れないと悩む必要もないし、英語が通じない国で身振り手振りで必死にコミュニケーションを取る必要もありません。全員流暢な日本語を話すのです!
ああ、嬉しいなあ。
でも、寂しいなあ。

今までの旅の思い出が次々と体の隅々に甦ってきます。









まだまだ色々と書きたいですが、時間が来たのでこれくらいにしておきます。

上海、大連、韓国のブログは帰国後にアップします。


それでは、日本で!
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