切れ切れ爺さんの徒然撮影&日記

主に寺院や神社等を中心に、文化財の撮影と紹介。
時に世の中の不条理への思いを発言していく。

右京区・梅津大神宮~南区・松尾神社・・・んーーいろいろあるね

2020-07-12 22:44:18 | 撮影
梅津大神宮

 

 比較的大きな神社はほとんど撮影済みなのだが、この名前を見て期待して現地を訪れた。何と言っても「大神宮」という名前の響きには、その神社の創建に様々な思いが込められており、長い歴史を歩んできた跡があるはずだ。
 神社の手前が空き地になっていて、そこに車を置いて目の前の併を見てみると、向こう側に社殿の屋根らしきものが僅かに覗いている。しかしどうも様子が変で、車置いた空き地もおそらくこの大神宮の境内だろうし、すぐ横には町内会の集会所みたいな建物、さらにその横に児童公園などといった、近隣住民の施設が並んでいる。
 塀の内側に入って神社の境内を確認するが、思いの外狭い。たぶんもっと広かった境内がそれらの施設に再利用されてしまっているんだろう。そして拝殿へ通じる場所にはやはり塀が巡らされており、要するに塀で塞がれて本殿あるいは末社らしき建物に近づくこともできない。駒札も何もない。入り口の鳥居の脇に小さく梅津大神宮と石柱があっただけだ。
 かろうじて塀の隙間からカメラのレンズを突っ込んで撮影する。拝殿と本殿の建物はかなり小ぶりで、額に名前も何もない。末社が2棟ほど並んでいるが、そこにも名前は掲げられていない。そこの境内は雑然としていて普段から手入れはほとんどされていないようだ。つまりもはや見捨てられた神社なのか、と思わざるを得なかった。
 このような神社は今までにいくつか見たことあるが、なんとも言葉が出ないものだ。ましてここは桂川のすぐ北側にある住宅地の中の神社だ。周りに人家も何もないような場所だとあり得ることも理解できるが、町内会の中にある神社としてはとても信じられない。
 そういう状況だったので、とりあえず写真を撮るだけ撮ってここを後にすることにした。
    


松尾神社    (南区吉祥院嶋笠井町74)



 このすぐ横に桂川が流れているが、この近辺一帯は松尾神社と名のつく神社が何箇所もある。おそらく嵐山手前の松尾大社の勧請を受けて、それぞれ松尾神社を名乗る神社が数多く創建されることになったんだろう。
 ここの松尾神社は「嶋笠井町」というところにあり、嶋というのは桂川が昔は何度も氾濫し、川の水に浸かってしまうというところからこの名が土地の名前としてついたようだ。創建などの詳細については分かっていないが、2年ほど前のこの地域の市民新聞にこの松尾神社について次のような記事が出ていた。
「かつて大社の神様が亀と鯉の背に乗って桂川を遡ってこれらたときにこの地を大いに愛でられ、初めて地面に降り立たれた神聖な場所だと伝えられています。
 そのため、吉祥院石原町にある松尾神社とともに、松尾大社の祭礼である松尾祭の神幸祭・還幸祭には、神輿(みこし)行列の先導をして嶋町・石原町の「榊御面」が巡幸中の安全を守ります。」
 この記事はネット上に複数紹介されている。ただ単に松尾大社の祭神を勧請したというわけではなく、大社の神の方がこちらへやってきてここを気に入って降りたと言う話だ。そういった意味で神聖な場所だということで、この松尾神社が創建されたということになるみたいだ。
 おそらくこのような話は各自治体で作成されている町の歴史などに掲載されているんだろう。明確な記録があるのか、あるいは古老からの伝承が残っているのか、何らかのそういう根拠はあるんだろう。
 神社のすぐ横が川になっており、後は住宅地。すぐそばに川を渡る橋があって車の往来はかなり多い。神社そのものは、境内は狭いほうだが周りの石造りの囲いや石柱などはかなり新しく感じる。拝殿本殿は小ぶりのもので何の説明もない。鳥居には松尾神社とあるだけで、正式には上に掲げたように嶋松尾神社というようだ。

    
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