あさねぼう

記録のように・備忘録のように、時間をみつけ、思いつくまま、気ままにブログをしたい。

「力なき者たちの力」

2020-02-12 17:53:53 | 日記
1989年、世界に激震を走らせた「東欧革命」。中でも異色だったのはチェコスロバキアの「ビロード革命」です。市民による非暴力的な活動と対話によって平和裏に民主化を果たし、世界的に大きな注目を集めました。率いたのは劇作家のヴァーツラフ・ハヴェル(1936-2011)。後にチェコ大統領も務めた彼の主著「力なき者たちの力」が今再び、脚光を浴びています。アラビア語に翻訳されたこの著作は「アラブの春」を支えた市民たちに熱心に読まれました。また、トランプ政権下のアメリカでは、政治学者や歴史学者たちが、この本から「新しい形の全体主義」に抵抗する方法を学ぼうとしています。

1970年代のチェコスロバキアは、東欧でも最も過酷な全体主義体制の只中にありました。そんな体制を果敢に批判し続けたハヴェルは何度も投獄。出所後も秘密警察による厳しい監視にさらされます。この体制に一人の人間として抵抗を続けていく方法はありうるのか? ハヴェルは仲間たちと積み重ねてきた経験や知恵を抽出する形で、この著作を書き上げたのです。

ハヴェルによれば、全体主義は、消費社会の価値観と緊密に結びつく形で「ポスト全体主義」という新たな段階を迎えたといいます。強圧的な独裁ではなく、「精神的・倫理的な高潔さと引き換えに、物質的な安定を犠牲にしたくない」という人々の欲望につけこむ形で、高度な監視システムと個人の生を複雑に縛るルールをいきわたらせる社会体制。そこでは、市民たちは、相互監視と忖度によって互いに従順になるように手を差し延べあいます。このような社会では、既存の政治綱領など全く意味がありません。それよりも「思っていることを自由に表現できる」「警察に監視されない」「威厳をもって人間らしく暮らせる」といった、最も基本的な「生の領域」に働きかける新しい形の運動が必要だというのです。

ハヴェルは、地下出版や真実を訴える音楽家グループらと緊密に連携しながら、地道な形で抵抗の基盤を形成し続けました。そうした積み重ねが、強固な「ポスト全体主義」体制に風穴を開け、「ビロード革命」を成し遂げたのです。この著作には、ハヴェルが展開してきたそうした運動のアイデアや方法がリアルな形で書き綴られています。

ハヴェルの研究を続けるチェコ文学者の阿部賢一さんは、現代にこそ「力なき者たちの力」を読み直す意味があるといいます。豊かな消費社会を享受しながらも、IT技術による高度な情報統制や、個人生活の監視が巧みに強化されつつある現代社会は、たやすく「ポスト全体主義」体制に取りこまれていく可能性があるといいます。番組では、この著作を現代の視点から読み解くことで、世界を席巻しつつある高度な管理社会・監視社会や強権的な政治手法とどう向き合ったらよいかを学ぶとともに、全体主義に巻き込まれないためには何が必要かという普遍的問題を考えていきます。