泉を聴く

徹底的に、個性にこだわります。銘々の個が、普遍に至ることを信じて。

失われたものたちの本

2022-04-18 21:17:17 | 読書
 この本もまた宮崎駿さんのおすすめによる。
 敬愛する人のおすすめ本にハズレはないのだと改めて思う。
 すごい本でした。
 愛する母を亡くした少年が、その悲しみも癒えないまま、父は新しい母を連れてきて、弟まで誕生。主人公の少年、デイヴィッドは、どうしても受け入れられない。新しい母親を母親とは思いたくもないし、小さな弟も、父から愛情を奪った邪魔でうるさい相手としか思えない。そんな、人として最初に覚えることの多いネガティブな感情を見逃さずに登場するのが「ねじくれ男」。死んだはずの母の声や、本たちのささやき声も聴こえるようになったデイヴィッドは、ある夜、誘われるまま庭に出て、沈床園の壁の隙間に入り込む。すると、その隙間は、もう一つの世界への入り口だった。
 もう一つの世界の主が「ねじくれ男」であることが、のちのち明らかになっていきます。彼が生存するために必要なもののことも。
 デイヴィットは、木のうろから出てくると、木こりと出会う。木こりは、どことなく父親に似ており、どこまでもデイヴィッドを守ってくれる。木こりから城に住む王様に会えば、元の世界に帰れるはずだと教わり、城への旅が始まる。
 途中、小人やトロルやものすごく意地の悪い白雪姫やローランドという騎士や茨の棘で覆われた古城に住み着く魔女や眠れる美女などなど。動物と人間が合体した化け物もたくさん。中でも、狼と人間の間に生まれたロリイが率いる狼軍団が勢力を持っており、王を倒して権力を握ろうと画策している。狼人間たちは、デイヴィッドたちの命もずっと狙っている。そこをなんとか、木こりやローランドの力を借りて突破していく。
 最後、城にたどり着いたデイヴィッドが知った真実は、なるほどと思わせた。伏線が全て回収されて。そしてどうなるのか、後半になるほどページをめくる手が速くなった。
 種明かしはしませんが、デイヴィッドは冒険を通じてぐっと大人になり、現実の世界に帰ってきます。その場面は泣きました。新しいお母さんが心配して待っていたのです。私にも、思い当たる節があって。琴線に触れました。
 もう一つの世界が登場する話として、村上春樹の「1Q84」と、ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」を思い出しました。どちらとも似ているようで似ていない。もちろん、オリジナルだから。
「あの世」とも通じる世界。人が持っているもう一つの世界。だいたい、電車に乗っている人たちは、スマホを通じてどこかもう一つの世界に行っているわけですが。
 本そのものが、もう一つの世界。そこから帰ってくるということが大事。で、デイヴィッドは、人生の終わりに、もう一つの世界に帰っていく。そこには、木こりも、死んだはずの妻と子も待っていた。失われたものたちを、もう一度見つけることができる場所。
 恐ろしい化け物がうごめき、残虐な惨殺も日常に起きているのももう一つの世界で。人の不合理な思い込みもまた現実のものとなる世界。その世界から二度と帰れない人も登場する。そういうリアルさがあるので、ただのお話に終わらないのかもしれません。
 すばらしい小説は、まだまだたくさんあるのだなと思わされました。
 言葉とともにある人間だからこそ、人間が生きている限り、ずっと。
 本を通じて、人はいつだってもう一つの世界に行くことができる。本を閉じれば、帰ってくることもできる。
 そのとき、この世界をどうとらえなおしているか。
 宮崎駿さんが言うように、「ぼくをしあわせにしてくれた本」。
 宮崎駿さんの世界に通じる世界が確かにあった。
 そして、僕にも通じる世界が、確かにあった。
 もう一つの世界を共有できるしあわせ。
 言葉があるからこそ感じ合えるところ。
 一つ一つ、私も書いていきたい。改めて。
 読んだ人のもう一つの世界が浮き彫りになる物語。

 ジョン・コナリー 著/田内志文 訳/創元推理文庫/2021

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