久松小日記

 
主に子どもたちの学校生活の様子を発信いたします。

1/23(月)突然の取材 1月28日(土)の宮古テレビ「あがんにぁ」で放映します。

2012年01月24日 | 報告

1月23日 宮古TVから「久松小学校の正面玄関横にある『アトムの像』について
取材をしたいのだけれどよろしいでしょうか」という電話が入った。

私の脳裏には5月の連休にいらっしゃっていた、
制作当時の校長先生「当真清利先生」の顔がよぎった。

昭和56年。この年は、現在の体育館と改築前の校舎の落成式があった年である。
体育館と校舎建築で使ったコンクリート材料が少々余っていたようで、
これを何かに利用できないかと考え、思いついたのが「アトム」の制作だったようである。

アトムは子どもたちの人気者で「正義感が強く悪を挫き、弱気を助け心優しい」ことから、
当真校長は、久松小学校の子どもたちが「アトムのような子に育ってほしい。」という
強い思いがあって、『アトム製作』に踏み切ったようである。

と、まあ、こんなエピソードを伝えられればいいかな、と思い取材を受けた。

取材も前に、私なりに「アトム像」について、情報を集めていたら
耳寄りな情報を得ることが出来た。

なんと、アトムにまつわる話は、平成21年(今の校舎が落成した年)、
読み聞かせの会「アトムの会」が大判紙芝居を制作し、
読書月間の「読み聞かせ」で披露したということである。

ちなみに、紙芝居の文章を考えたのは「新城美樹さん」 
絵は「松本富士雄さん」
色塗りは、当時6年生(現在中学2年生)の
「砂川萌夏さん、川満千夏さん、砂川香奈さん、城間香澄さん、川満美咲姫さん、下地深青さん、垣花奈々世さん」でした。

以下紹介します。(宮古テレビにも伝えました)

宮古テレビの取材中

久松小アトムくん「大判紙芝居」始まり はじまり~~!!


僕は久松小に立っている、少し小太りなアトム
明治39年に「久松尋常小学校」としてできた久松小は、
平成18年に創立100周年を迎えた、宮古島で13番目に古い小学校なんだ。



そんな歴史ある久松小学校にぼくが来たのは
昭和56年(1981年)12月8日。
当時の校長先生だった当真清利校長先生が「鉄腕アトム」の大ファンで、
久松小の子どもたちにも アトムのような強くて心優しい子どもになってほしい
との願いを込めて手作りしてくれたんだよ

ぼくはその日から、雨の日も風の日もずっとここに立って子どもたちを見守っている。
泣いている子、笑っている子、いろんな子を毎日見ている。

ぼくと同じように子どもたちを見守っているのがこの校舎。
ぼくが来る前からある校舎は、築27年の古い校舎なんだ。

平成20年12月にプレハブ校舎にお引っ越し。
どんどん荷物が運ばれていくのを見ているのは寂しかったなあ
そして、解体が始まった。・・・・・さようなら・・・旧校舎・・・・。
少しずつ壊されていく校舎を見て寂しかった。
・・・・でも、新しい校舎を想像したらどきどきわくわくしたよ。


この年の6年生はプレハブで卒業し新1年生はプレハブに入学。
でも、プレハブ校舎の生活は思っていたより楽しそうだった。
暑くなる前にはクーラーも付いたし、涼しくて快適~~
でも、大雨の日は、雨音がうるさくて授業にならなかった。



そんなプレハブ生活も平成21年7月でおしまい。
新校舎が出来たんだ。
こんにちは!新校舎
新校舎はカラフルな縁取りがあって、体育館側の壁には
久松五勇士の絵が描かれている。
この絵は、平成20年度の卒業生が描いた絵なんだって。
先輩の絵が描かれているなんて スゴイね!


平成21年の夏休みには新校舎にみんなで引っ越し。
9月1日には落成式が行われたよ。
そして、平成21年9月・・・
いよいよ、新校舎での生活が始まった。
プレハブの時にはひとりぼっちだったぼくの所に、子どもたちが戻って来た。
どの子もみんな、嬉しそうににこにこしながらぼくの前を通り過ぎる。
そんな子どもたちを見ていると、ぼくまで嬉しくなっちゃう。


これからもずっと、何十年といろんな子どもたちが久松小学校に通うだろうけど、
この新校舎が出来た年に通える君たちは幸せだね。
いつまでも、今の嬉しい気持ちを忘れずに勉強に、スポーツに頑張ってほしいなあ。
ぼくは、いつまでも君たちを見守っているからね。
泣いたり、笑ったり、怒ったり、・・・・・

そんな君たちが大好きだよ。   
がんばれ久松の子どもたち!

                  おしまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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