うみかぜ通信

日々の記録

記憶の整理術

2011年01月07日 11時38分31秒 | Weblog
近隣に迷惑を及ぼすいわゆる「ゴミ屋敷」が問題視されるようになったり、
片付けられないことがある種の障害と結び付けらるようになったりして、
身の回りの整理整頓のやり方をアドバイスしてくれる本が何種類も出版されている。
それで「ゴミ部屋」をうまく片付けることができたなら、それはそれで素晴らしいと思うし、当の本人も嬉しいだろう。

なんでもかんでも“思い切って棄ててしまう”ことを勧めている本に対しては、
世代的に“もったいない!”と思って賛成できないところもあるし、
そのモノに対する気持ち、愛着の程度などは本人にしかわからないものもあるだろう。
片付けの助っ人として全くの他人を部屋に招じ入れ、その人物の判断で
「これは棄てましょう、これは残しておきましょう」
と持ち主の感情を抜きにして勝手に“仕分け”されても困るのではないだろうか。

私は身内の死去や入院などが続いた後突然高血圧になり、1年半ほど内科で治療を受けてきたが、
降圧剤や安定剤だけでは対処できない血圧の変動などが続き、“心身症”と言われ、
昨年11月に突然声が出なくなり(正式な診断名は今のところ不明)紹介状をもらって転院した。

外部からの刺激に対してこれ以上自分の心が傷ついてしまわないように、自分で自分の心にふたをした、
いわゆる“自己防御反応”のようなもので、
心の病気を治す病院ではあるけれども、“声が出ない”ことを治さない方がよく、
無理に話そうとするとすると逆に悪くなる、話せるようになると自然に言葉は戻るらしい。

話せなくなって自分でも判断力がなくなってぼんやりしていたり、何か頭の中に引っかかっているような気がしたり、
そして、それが何なのか自分でもよくわからない、そんな奇妙な感覚に陥ることがある。

医師の説明によると私は記憶を整理している段階で、
夫と結婚してから今まで、夫や夫の母親から言われたことやされたこと、
その中から私を傷つけるものを忘れようとしているらしい。
そのために今はこれ以上嫌な刺激が入ってこないように、いわば閉ざされた部屋の中で、
一人黙々と片づけをしている、それが今の私の姿なのだろう。

話せなくなってそれまでよりも随分と精神的に楽になったは、ストレスの元になる人たちとの距離ができたからだろう。
夫の母親は父が脳出血の後遺症で失語症であったことなど忘れてしまったのか、
言葉の出ない私を気持ち悪がって「今後一切家に来なくていい」と自ら遠ざけてくれた。

そして、新しく嫌な言葉が入ってくるたびに、それに吸い寄せられるかのように、
私の記憶のフォルダから転がり出てきていた不愉快な言葉、
たぶん、それは私が新たに言われたことをしまっておこうと、嫌な言葉がいっぱい詰まった引き出しを開けるときに
もうはるかにキャパを超えてしまったゴミ箱の中から、捨てたはずのものがあふれ出てくるように、
私をさいなめていたのだろう。
ゴミ箱のふたを開けることがなくなったので、昔言われたさまざまな不愉快な言葉を思い出すこともなくなった。