2022年  にっぽん復興へのシナリオ

日本が復興を遂げていく道筋を描いた近未来小説と、今日の様々な政治や社会問題についての私なりの考えや提案を順次掲載します。

二.確定申告(2)

2012-01-29 12:52:33 | 小説
 席に戻ると、昼休みがまだ10分ほど残っている。向井は、この時間を利用して確定申告を行うことにした。

 胸のポケットからタブレットを取出し、マイ・ページにログオンする。
 マイ・ページは、ネット上で設けられた自分と家族のための情報基地である。好みに合わせてカスタマイズができ、『お知らせ』には自分宛の様々な告知情報が表示される。画面を通じてメールやテレビ会話もできるし、ホームショッピングサイトを呼び出して、その場で買物をすることもできる。

 なかでも、行政からの通知は重要である。自分がこれまで行ってきた行政への申請や申告内容が表示されるとともに、申請を行う必要のある手続きや、自分と家族の生活環境で受給権利を持つ給付金や助成金などの情報も表示される。

 こうした行政からの告知体制が充実したのは、東日本大震災やそれ以前の新潟中越地震の際に生じた混乱の反省から制度化された。
 震災の際に生じた混乱とは、震災後の混乱から受給資格があるにもかかわらず申請を怠ったため、本人が知らないうちに権利を喪失した被災者が多く出たことである。こうした不公平を解消するために、本人の生活環境に応じて受給権利を持つ給付金や助成金の情報を確実に本人に伝えることを行政の義務として法制化した。

 マイ・ページは個人情報に関わる情報が表示されるため、かなり高度なセキュリティ措置が付されており、成り済ましを防ぐためにログオンも20ケタの暗号化されたワンタイム・パスワードによって行われる。しかし、当の本人には負担を与えないように、自分が登録した画像を選ぶだけで簡単にログオンすることができる。

 『お知らせ』に、国税庁から「確定申告の準備ができています」というメッセージが来ているので、これにタッチした。
 以前の確定申告は、2月から3月上旬にかけて申告をしたが、今では12月末までに必要な情報がすべて国税庁に届くため、年明け早々に行うことができる。こうした制度改定のため、1月末までには還付金が交付され、国民から歓迎された。

 『確定申告』のアイコンをタッチすると、国税庁サイトへのログオン画面が表示される。申告のためには電子証明書による電子署名が必要になる。この電子証明書は認証局が預かっている。

 タブレットに手をかざすと、自分の電子証明書が取得される。つまり、ログオンした時点でその電子証明書が電子的に返され、手続きが完了してログオフすると、証明書は元の認証局に保管されるという仕組みである。
 導入当初はICカードが配布され、証明書はそこに格納されていたが、カードを紛失した際の再発行の手続きが面倒なことや、携行していないと手続きができないことなどの不便さもあり、認証局が預かることになっている。なによりも、国民のほぼ全員が電子証明書が必携になったため、ICカードではコスト面で大きな不都合が生じる。
 こうした認証方式は北欧でかなり以前から採用されており、タブレットの持ち主を選ばず、いつでもどこからでも必要な時に電子署名を用いた手続きが可能なことが、何よりも便利である。

 ログオンが完了すると、所得と控除項目の情報が表示される。個々の項目をタッチするとその明細が表示される。さらに、購入還付金の確認などは、『?(ヘルプ)』マークを押すと購入した店のサーバにつながり、購入の内訳や品名など記憶を呼び覚ますための補助的な情報が表示される。こうした表示内容を見ながら項目を確認することになる。ちなみに、国税庁に登録される情報は、購入日、店のコード、購入額に絞られており、それ以外の情報は一切税務当局に伝えられることはない。

 国税庁の情報と店の情報を集計する機能がマイ・ページにあり、家計簿代わりに使うことができる。購入履歴や、家計の昨年との比較、ライフイベントを設定することによる将来の財産計画などのシミュレーションを行うことができる。

 向井は、去年家を新たに新築したので、不動産取引と住宅ローン控除の内訳などの子細を確認したところ、すべての情報が正確に反映されていた。
 また、アルバイトをしている大学生の娘の給与所得を念のため確認した。所得が38万円を超えていると扶養控除の適用外になるからだ。

 「問題は、無いか・・・」と呟いて、確定申告のアイコンをタッチし、申告は完了した。
 折り返し国税庁から申告受理書が、国税庁の証明書が付されてメールで送られてくる。そこには詳細な明細情報も書かれているので、家に帰ってからじっくり確認すればいい。申告後の修正は、3年間に限り認められている。
 万一、この間に申告漏れやミスが課税側で発見されたら、税務当局からマイ・ページ宛に質問の形でメッセージが送られる。内容を確認しミスが分かれば、3年以内であれば修正することができる。

 向井は、国税庁から送られた申告受理書を、マイ・クラウド上のフォルダーに保存した。この間に要した時間は、7分少々であった。

 雇用者や金融機関、医療機関といった、個人の所得や支出に関係しているすべての機関は、年末までに国税庁に対して個人の税務関連情報を送付することが義務付けられている。それでも、給与や医療費、購入還付金情報などのように、リアルタイムで収集される情報が多いため、年末になって情報の送付が負担になることは少ない。このように、いったん税務当局のサーバに集められた情報は、世帯別に分類されマイ・ページに表示される仕組みである。それぞれの項目にタッチすると、その明細を見ることができる。


コメントを投稿