2022年  にっぽん復興へのシナリオ

日本が復興を遂げていく道筋を描いた近未来小説と、今日の様々な政治や社会問題についての私なりの考えや提案を順次掲載します。

八.入社(4)

2012-04-05 08:00:00 | 小説
 「来年度の募集条件が役員会で承認されたよ」向井は役員会から戻ると、みんなを会議室に集めて伝え、モニターに採用条件と待遇の一覧表を表示した。
 「ほぼ、我々の原案どおりですね」と神部が言った。
 「そういうことになるな。3月末の退職者と相殺すると、人件費は少しダウンする」
 向井が画面を切り替えると、職種別の年齢構成のグラフを表示した。
 「専門職の年齢構成が依然高いようですね」と、上村加奈が応じた。
 「ここ数年の突貫受注で、経験者の採用をかなり増やしたからな」と神部が応じた。
 「しかし、来年は若手の採用枠が増えたので、全社の平均年齢は少し下がりますね」

 向井たちの会社の現在の平均年齢は48歳である。来年はキャリア10年以内の販売系に重点を置いた採用計画のため、若手採用の割合が増えることになる。
 少子高齢化の傾向は依然深刻な問題であり、現代では65歳から70歳の人口がピークになっている。政府は、出生率向上に向けた意欲的な計画を示したが、それが効果を上げるには20年以上の期間が必要である。

 多くの会社では、3年ほど前から年齢による定年制を廃止していた。採用基準をキャリア本位制に切り替えたことで、年齢に無関係に仕事がこなせる人材確保が最優先された。賃金や勤務時間などの処遇は、本人と雇用側の条件のすり合わせの上で決められる。
 そのため、採用活動における面接には多くの時間を要した。このように、処遇は年齢とは無関係に決められるため、平均年齢が高いことで人件費が高騰するということはなかった。それでも、平均年齢は人事部にとっては大きな関心事である。若手中堅社員のモチベーション向上のためには、平均年齢が下がるに越したことはないからである。

 向井は、採用計画の概要を次々と示し、それについて意見交換をすると、「では、求人票を送る。あとはみんなの人物の見極めにかかっている。頑張ってくれ」と檄を飛ばした。
 求人票は自動的に編集され、クラウドを通じて求人票がハローワークや民間の人材バンクに送付された。もちろん、人事部員全員のボックスにも同時に届けられ、それぞれに割り当てられた職種に該当する募集人材のイメージを各自で検討する。

***

 4月の初め、求人票が一斉にハローワークに伝達された時点で採用活動は開始される。採用者の内定が1月中旬なので、10か月近くをかけて採用者を決めることになる。
 また、ハローワークが主催する会社説明会も4月半ばごろから各地で行われる。各社は自社を紹介するための映像をネット上に流し、応募者からの質問などにも積極的に応じる体制を作る。
 求人票を配布した翌週あたりから会社訪問の申し込みが来るようになり、5月のゴールデンウィークが過ぎたころから徐々に第一次面接が始まる。つまり、5月から翌年にかけてじっくり応募者の人物を確認することができると同時に、応募者にとっても会社をじっくり観察する機会になる。

 向井の勤める会社もそうだが、5月から12月にかけて2週間程度の体験入社制度を設けている会社も多い。希望する部署に入り社員と一緒に仕事を体験する。この期間は、ボランティア期間と認定されるため、密かに転職を考えている人も会社に知られることなく体験入社ができる。ただし、体験入社についてはキャリアとしての登録はできない。
 体験入社は、募集側、応募側双方にとって情報収集の絶好の機会である。それぞれに指導担当者をつけるため、担当者からの報告は採用選考の際の情報源になる。もちろん、体験入社を経ないで面接に臨む応募者も多い。体験入社は、あくまで会社を知るための一つの手段と考える会社が多いため、体験入社の有無が選考に加えられることはあまりない。むしろ、面接を通じてキャリアに対するスキルの充足度と、その人物を見極めることが重視されている。

 以前は、就職希望者が規模の大きい会社に偏り、中小企業は求人難に陥ることがあったが、キャリア制度の導入に伴う雇用の流動化により、そのような傾向は解消された。むしろ、様々な若手などは様々な仕事を経験する機会が多い中小企業を中心に人気が集まった。

 反面、数年で転職していく傾向の増加に頭を痛める経営者も多かった。せっかく採用した若者が、一定の技術を習得するとサッサと辞められては元も子もない。要員の穴を埋めるのも容易ではないため、中小企業の多くは雇用時に雇用期間も契約条件に加え、中途退職に対する歯止めをかけるなどの対策を講じた。
 雇用期間を契約に明示することは、その後大手企業でも採用基準に導入する会社が増えた。向井たちの会社でも、賃金や雇用形態などの条件に加え、雇用期間も明文化されている。

 転職に伴う技術やノウハウが流出に対する懸念も深刻な問題であった。
 知的財産の保護のための施策を求める声も高まり、その結果、国は特許や意匠登録の範囲を大幅に拡大するとともに、会社の知的財産を守るための登録制度を新設した。知的財産の登録制度には、職場で行われている工夫や独自のノウハウ、それまで蓄積した取引先等の情報などかなり広範囲の情報を登録することができる。
 また、ハローワークでも中小企業の雇用相談を受け付ける窓口を設け、雇用者の転職や補充に関する様々な相談を受け付けた。さらに、技術や営業情報などの流出などで直接的な被害があった場合は、ハローワークに苦情を申し立てることができ、簡易審判の結果事実と認められた場合は、本人のキャリアにその旨を登録した。こうした負のキャリアは、本人にとって大きなマイナスになる。こうした被害の申し立ては、本人の退職後3年間に限り認められている。
 もっとも、実際にはこのような不服申し立ては少なかった。制度の存在が影響してか、多くの場合の転職は比較的円滑に行われた。人材の流動化が進んだことで、雇用者側も本人を自社に縛り付けることへの弊害を理解しており、多くの企業ではそうしたことを見越した人事上の対策が取られていた。

***

 「さあ、来週から戦場になるぞ。みんなは求人内容を頭に叩き込んでおけよ」と、神部は大きな声で言った。
 「人事の仕事は人を見極めることですからね。任せてください」と、一番若い橋本が応じた。

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