2022年  にっぽん復興へのシナリオ

日本が復興を遂げていく道筋を描いた近未来小説と、今日の様々な政治や社会問題についての私なりの考えや提案を順次掲載します。

十.帰郷(1)

2012-04-09 08:00:00 | 小説
 5月のゴールデンウィークは、多くの会社が続けて休みを取る。今年は4月29日が金曜日に当たるため、翌々週の8日までの10連休になる。突発的な仕事が発生しても、タブレットを通じてほぼ問題なく仕事をこなすことができる。
 連休には、家族そろって高岡の実家に帰ることにした。車での移動であるが、道路交通システムが整備されたので、渋滞はほとんど発生しない。
 向井たち一家は、揃って富山の実家に向かうところである。

 「みんな、準備はできたか?」と玄関先で向井が言うと、長女の希が自分のカバンを下げて出てきて、そのあとに次男の良治が続いた。
 「お土産も持ったし、忘れ物はないわね」と、妻の芳子が最後に出てきた。
 みなが表に出で来ると、向井はタブレットを玄関のドアに押し付けた。ピーと言う電子音のあと『ロックが完了しました』とメッセージが流れた。
 車の座席に座ると、上からするするとシートベルトが下ってきて三点でロックされた。ダッシュボードの上にある読取エリアにタブレットを押し付けると『行先は富山県高岡市太田○○○、ですね』と確認のメッセージが流れ、「OK」というと行先登録が完了した。タブレットには事前に目的地が登録してあった。もちろん、経由したい場所があればそれも登録できる。
 フロントガラスは透明のモニターになっており、そこにナビゲーション用の地図が表示される。ナビゲーションは、道路の通行状態を常に監視しており、最適の道路を選んで誘導する。

 向井は車をゆっくりスタートさせた。
 信号機のない交差点に差し掛かるとモニターに横切る道の状況が映され、死角に人や車などがいるとアラームが鳴る。道の角に設けられたカメラから車のセンサーに情報を伝えることになっている。
 また、前後3台の車と情報が相互に共有されており、前方の車の走行状況はもちろん、交差する道などの死角などの危険も事前に察知することができた。車間も適正に管理されており、前の車との車間が一定以上詰まるとアラームが鳴り、3メートル以内に接近すると自動的にブレーキがかかる。
 磁気マーカーが埋められた街道に出ると、速度が自動的にコントロールされ、運転はハンドル操作だけになる。もちろん前の車との車間は適正に保たれ、アクセルやブレーキを操作することもできる。

 「おじいちゃんの家行くの、去年の夏以来ね」芳子が子供たちに言った。
 希が「雨晴の海岸でキャンプしたでしょ。あの時、良治ったら焼きそばと間違えてインスタントラーメンを焼いちゃって。あの味はすごかった」と笑いをかみ殺して言った。
 「確かに、とんでもない味だったな」と向井は応じた。
 「本当にそそっかしいんだから」と希が良治を肘で突きながら言うと「姉貴だって、そそっかしいよ。この前、ジュースと間違えてワインを飲んじゃって、真っ赤な顔してただろ」と口を尖らせた。
 「そんなこともあったわね。そそっかしいのは誰に似たのかしら」と、芳子は向井に顔を向けて言った。
 「さあな。希が酒に弱いのは俺の遺伝だろうが、そそっかしいのは誰の遺伝かな?」と向井はとぼけて返した。

 そんな話をしているうちに、高速道路にさしかかった。
 『これから自動運転に切り替わります』とメッセージが流れ、ハンドル中央のボタンが赤く点滅した。向井がそれを押すと自動運転モードになり、車が制限速度まで加速した。あとは、ハンドルやアクセルから手を放した状態で自動的に目的地まで連れて行ってくれる。

***

 高速道路が自動運転に変わったのは4年前からである。全車にETCⅡの設置が義務付けられ、高速道路でのマニュアル運転は禁じられた。
 この措置は、事故を防ぐねらいもあったが、渋滞の撲滅も大きなねらいの一つであった。渋滞は、効率的な社会や経済活動に対する大きなマイナス要因であると見做され、その解消には政府は力を注いだ。
 渋滞の多くは、前の車に異常に接近して走ることで、前の車のブレーキ操作に過敏に反応する結果生じる。また、登り坂などで自然と速度が低下することで、後続車が次々とブレーキを踏むことによっても生じた。

 当初は、磁気マーカーが設置された幹線道路と同様、スピードの自動制御機能が設けられた。しかし、これではアクセルやブレーキの操作を自分でも行えるため、制限速度に飽いたらない車は速度を速め前の車を追い越そうとする。接近アラームはなったが、そうしたドライバーの多くは意に介さなかった。
 そうした経緯もあって、国は4年前からETCⅡの搭載を義務付け、高速道路の完全自動運転化に踏み出した。

 従来の高速道路は二車線や三車線の区間が多かったが、今では全区間が一車線に統一され、その分のキャパシティ不足を補うため走行速度を160キロに引き上げた。一車線といっても、緊急時を考えて路肩が大幅に広げられ、実際には以前の二車線と広さでは同じであった。
 高速で運転しても、常に交通状況と車の状態をセンサーで監視し、走行が適正にコントロールされているため危険はなかった。

 路肩の車線は緊急車両とオートバイの専用車線になり、従来三車線だった区間の残りの一車線には新交通システムや無人のシャトルが走っている。
 交通システムが自動化されたことで、幹線や高速道路での事故や違反はほとんど皆無に近くなった。その影響で、交通警ら隊も取り締まりの必要がなくなり、オートバイや自転車などの取り締まり以外はほとんど姿を見かけなくなった。ちなみに、ETCⅡを付けずに高速道路に侵入したり、一般道路で交通違反を起こした際には、センサーがキャッチするため、後になって違反の通知を受けることになる。

***

 高岡まではおよそ500キロある。ノンストップで行けば3時間少々で着くが、家族のことも考えて途中のサービスエリアで休憩を取ることにした。
 向井は、ハンドル中央のパネルにある休憩ボタンを押した。誤操作を防ぐため、車の主要なスイッチはタッチ式になっておらず、ボタンを押す方式になっている。『次のサービスエリアで休憩します。そこまでの所要時間は5分です』とメッセージが流れた。
 サービスエリアに近づくと『自動運転を解除します』とアラームが流れ、減速車線に入った。あとは、向井が車を駐車位置まで操縦する。

 サービスエリアは、震災時の避難場所としても設計されていた。
 地下設備が設けられ、地下1階にはカプセル状の宿泊施設があり、通常時にも仮眠をとることができる。地下2階は水や食糧などの備蓄倉庫が設けられている。
 地震の発生が感知された時は、自動運転システムが直近のサービスエリアまで誘導し、車を置いてサービスエリアに避難することになっている。不幸にもサービスエリアから離れた場所に車を置かざるを得ない場合も、サービスエリアまでは専用の避難通路が設置されており、歩いて避難場所まで向かうことができる。
 収容人数はサービスエリアによって多少異なるが、概ね300人が3日間ほど滞在することが可能になっている。また、地上の建物の屋上にはヘリポートが設けられており、急病人の搬送や人々が孤立した際の救出に利用される。

***

 「お母さん、お腹すいちゃった」と良治が言った。
 「えー、さっき朝ごはん食べたばかりなのに。本当に良治は食いしん坊なんだから。ますますおデブになるよ」と希がからかった。
 「姉貴みたいにダイエットばかり気にしてないもんねー」と良治は言い返した。

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