2022年  にっぽん復興へのシナリオ

日本が復興を遂げていく道筋を描いた近未来小説と、今日の様々な政治や社会問題についての私なりの考えや提案を順次掲載します。

十.帰郷(3)

2012-04-11 08:00:00 | 小説
 夕食後、孝一郎が「見たい番組があるので、付き合ってくれるか」と言ってテレビをつけた。
 M元総理のインタビュー番組であった。
 「Mさんがテレビに出るの、久しぶりですね」と芳子が言った。総理を退任した後、「私の政治家としての役割は終わりました」と言って議員も辞職し、それ以来マスコミからも遠ざかっている。辞任後に設立したNPOも政治的な色合いは一切排除し、個人からの少額の寄付と事業費で賄っているとのことである。

 『M元総理に聞く』というテロップが流れ、最近のM氏の日常のビデオが映された。
 「Mさん、総理の時より若くなったみたい」と芳子が言った。白い作業服に紺の野球帽をかぶったM氏は、確かに70近い年齢とは思えないほど快活に見えた。
 M氏が理事長を務めるNPOは、『草の根の会』という名前で、仕事を通じて働く喜びを体験してもらう場を提供する目的で結成された。老若男女を問わず、『必要な人に必要な人を』をキャッチフレーズに、仕事の大小を問わず、会員の能力や働く環境に見合った仕事を紹介したり斡旋したりしている。また、定期的に勉強会を開いて、会員同士の体験談や時には人生相談などにも応じている。

 日常の紹介が終わり、カメラがスタジオに切り替わると、スーツ姿のM氏が映し出された。相変わらず優しそうな目に微笑を湛えている。

――総理を退任されてから5年になりますが、今のお気持ちをお聞かせください、とインタビュアーが持ちかけると、M氏は目を細めて応じた。
「正直言って、もう5年になるのかという思いが強いですね。5年というと、私が総理を務めていた期間よりも長いわけですが、気持ちの上ではあっという間でしたね」

――ビデオでもご紹介させていただきましたが、ああしたNPO活動に入られた動機についてお聞かせいただけますか?
「国民ボランティア法を作ろうと思った時から考えていたことなのですが、社会があまりに急速に変化したため、取り残されてしまう人のことが常に気になっていました。私が総理を拝命した時の社会は危機の真っただ中にあって、多少強引にでも日本の舵を大きく切っていく必要がありました。そのために、改革法案を矢付き早に提出したわけですが、急激な改革には必ずひずみが出るものです。
例えば、効率化を徹底的に進めた結果、これまでのキャリアが生かせなくなった人が大勢出ました。同様の憂き目を見た人は公務員にも大勢います。当時、そうしたことを訴えてくる官僚も相当数いました。
変革は国のためにどうしても必要だったのですが、そうかと言って変革によって国民に犠牲者が出たのでは意味がありません。当時は『首切り総理』などと言われましたが、実は私が最も悩んだのはその点でした。そこで、すべての人が自分に適した仕事ができるような社会を作っていくことが絶対必要だったのです。キャリア登録制度を設け公共職業安定所の機能を強化したり、職業訓練や再就職支援制度などの拡充はしましたが、現場の個々の声に応えるには行政ではどうしても限界があります。そのために、仕事の斡旋のためのボランティア団体を作って、できる限り広域で仕事の人材をマッチングさせる事業を始めたわけです」

――今時点で一万人を超える登録があるそうですね。
「そうですね。特に中高年の方が多いですね。なかには『合理化だ、効率化だと言ってあなたが強引に改革を進めたおかげで長年勤めてきた仕事を失くした。どうしてくれる』と、私に食って掛かってこられた方もおられました」

――そんな時は困りますね。
「ええ。しかしこれは、改革を急いだ結果が招いたことで、私にも大きな責任があります。実はNPOを設立した理由もそこにあるのです。社会が変化すると、それに追いつけない人は必ず出てくるものです。こうした人にも充分な保障がなされない限り、社会が発展したことになりません。人の可能性はこれまで積み重ねたキャリアだけで決まるものではないと言っても、経験したことのない仕事に就くのはかなりの覚悟が必要になります。そうした人たちにも希望を与えるには、一人ひとりに寄り添っていくことが必要です。国民ボランティア法成立後に、職業あっせんを目的としたNPOがたくさんできましたが、これほど嬉しかったことはありません。私も、そうした方々と志を共にできればと思っています。お陰様で私に食って掛かってこられた方は今では安定した職場が持て、たまに私のところに近況報告に来てくれますよ。そんな方と会うのが、一番うれしいですね。私の残りの人生の生きがいです」と言って、M氏は顔をほころばせた。

――国民ボランティア法は、仕事体験の場を広げることが目的の一つでしたね。
「そうです。人は本能的に変化を恐れるものです。変革を行う上での最大の障害は、そうした変化への恐れだと思います。自分が長年築いてきたものがガラガラ変わってしまっては堪ったものではない、と思うのは誰しも当然でしょうからね。
それだけに、変化に追い付けない人を救うための社会的なセーフティネットが重要なのです。こうしたセーフティネットは、政策面がいくら充実してもそれで良しとはいかないのです。例えば、失業給付や生活保護をいくら積んでも、本人の働く意欲まで削いでしまえば意味がありません。生活が安定することが重要ですが、人間である以上社会で働くことに勝る喜びはないわけで、手厚い給付が人の人生を無為なものにしてしまっては元も子もないわけです。究極の社会保障は、全ての国民が自分の人生を満足して送る喜びを感じられる社会を保障することだと思います。国民ボランティア法には、国民の自助努力による働き甲斐のある社会に対する願いがありました」

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 国民ボランティア法は、難産の結果2017年に法律が成立し、3年前の2019年から施行された。

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