2022年  にっぽん復興へのシナリオ

日本が復興を遂げていく道筋を描いた近未来小説と、今日の様々な政治や社会問題についての私なりの考えや提案を順次掲載します。

五.子供の誕生(2)

2012-01-29 16:29:17 | 小説
 遠隔診察は、妊婦だけでなく診察を受ける必要のある人に広く活用されていた。
 検査器具は病状に合わせて異なり、初診の時点で貸与される。レントゲンやMRIといった大型で本人の負担が伴う検査以外は、大半の検査が在宅で可能になった。

 極薄の被膜を指示された箇所に被せると、遠隔操作により医師の手の動きに沿って被膜が動き、触診を行うことができる。また、静脈に針を刺さなくても少量であれば血液成分が把握できるセンサーも開発されたため、簡単な血液検査であれば在宅で行うことができる。
 老人や重篤な患者など、自分で検査器具が扱えない人には、ホームヘルパーが巡回して検査器具を扱うことになっている。そのため、入院患者や病院を訪れる患者数は激減した。

 また、多くの治療も在宅で可能になり、モニターを通して治療を受けることができる。医師の処方箋はすべて電子化され、指定した薬局から治療薬が自宅に宅配される。点滴などの治療も、ホームヘルパーの介助によって受けることができる。

 地域医療の崩壊や、国民皆保険制度の危機は10年以上前から指摘されてきた。
 病院には患者があふれ、二時間も三時間も待たされた挙句、診察はものの5分といった状態が続いた。

 医師や看護師の負担も限界に達しており、徹夜勤務の連続で疲弊状態が続いた。また、地域の拠点病院が経営に行き詰まり、閉鎖されるといった事態も各所で起こった。
 地域や診療科による医師のばらつきも生じ、特にリスクの伴う産婦人科や小児科などの医師不足は深刻であった。

 二〇一四年に、政府は大々的な医療改革に着手したが、それには医師会をはじめとした関係団体からの強い抵抗があった。

 政府は、医療体制の実情を細大漏らさず国民に公開し、併せて『医療改革審議会』での議論の内容もすべてライブ中継した。
 半年に及ぶ国民への情報提供を行った上で、政府案を示し国民に賛否を問うた。

 M政権が主導してまとめられた政府案には、かなり大胆な改革の内容が盛り込まれており、当初は成立が困難と言われていた。
 一言で言えば、病院や診療所で行っている検査機能の多くを在宅での遠隔診察に置き換え、病院での対応を必要とする患者のみを病院が受け入れるという内容である。

 これが成立すると、開業医の大半は失業すると、医師会は猛反発した。
 政府も開業医の保護には神経を使い、病院と開業医の機能を分け、病院には専門性、開業医には総合診療医としての役割を振り分けた。また、病状が軽い患者には開業医が対応することや、遠隔診察を行う上で必要な設備を揃えるための助成金を出すなど、様々な措置を打ち出した。
 また、遠隔診察に習熟するための研修体制を整備することも政府案に盛り込んだ。

 「遠隔診察に頼っては正確な診断ができず、医師としての責任が取れない」とする医師会側と、「診察機器の充実で正確な初期診断は充分可能である。何よりも、危機に瀕している日本の診療体制を救うには医療の抜本的改革しかない」とする政府側が、険悪なほど対立した。


 2015年の暮れに国民投票が行われた。
 国民投票は記名式が前提になっており、投票場に出向いての投票に加え、タブレットから電子署名によるオンライン投票も行われた。ちなみに、実際に投票場に行った人は20パーセントにも満たず、オンライン投票の有効性が実証された結果にもなった。

 政府と医師会との激しい論争は、多くの国民の耳目を集め、投票率は80パーセントを超えた。即日伝えられた投票結果は、政府案に賛成が63パーセント、反対が35パーセントで政府案の圧勝であった。

 これを受けて政府案が国会に上程されたが、ここでも与野党の激しい論戦は続いた。
 M総理の右腕と言われているI厚生労働大臣の国会答弁は、海外でも大きく取り上げられた。

 「医療改革法案は、すべての国民に平等な医療機会を与えるためにどうしても必要な改革です。医療を受けられる権利は、何万人の都市でも、たとえ住民が数人の地域においても、すべての住民が等しく公平に保障されなければなりません。また、財産のあるなしで受けられる医療水準が異なってはなりません。
 国民皆保険制度の精神は、まさにここにあります。国は、この制度に込められた精神を守っていく大きな責任を持っています。その責任を全うするためにも、本法案の成立は不可欠なのです。
 今の電子医療技術には、こうした困難な問題を克服できるだけの充分な技術力があります。これら技術を、医療の現場でフルに活用することで格差をなくし、すべての国民が公平な医療を受けられる環境を整えることが今求められている喫緊の課題です。

 憲法第十一条には『国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる』と書かれています。
 この条文は、政府が果たすべき最も重い職責を規定したものだと理解しております。
 いかに富んだ国であっても、また、いかに技術水準が高く力のある国であっても、この一点の職責が果たせない政府は、不作為のそしりを免れません。こうした重い職責を果たすために必要不可欠な法案であると確信しています。どうかご理解を頂きたいのです」

 この当時、世界には多くの紛争や飢餓、社会的格差が存在していた。
 I厚労大臣の答弁は、ネットを通じて世界中の不公正にあえぐ人々の共感を得た。
 自由経済主義を信奉するアメリカでも話題になり、国民皆保険制度の導入に向けた世論が喚起され、多くのネットへの意見投稿が続き国民運動にまで発展した。
 ウォールストリートジャーナルでは社説で取り上げ「平等の精神と基本的人権を真正面から説いた演説を議会で聞いたのは、実に久しぶりのことだ」と論評した。

 こうした国内外の圧倒的な支持の声に押され、反対派も沈黙せざるを得なくなり、翌2016年に衆参ともに全会一致で医療改革法案は可決された。


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