亀の啓示

18禁漫画イラスト小説多数、大人のラブコメです。

パラレルストーリー 柔道部危機⑦

2018-10-26 09:40:38 | 美月と亮 パラレルストーリー
すっかり寒くなった。
亮は朝、部屋を出るとき
首にマフラーを巻く。

ざっくりと何色かの太い毛糸で編まれた
そのマフラーに鼻まで埋めて目を閉じる。

去年の冬、美月が編んでくれたものだった。
朝晩毎日首に巻くものだ。
きちんと手入れもしにきてくれる。
まあ、普段の掃除、洗濯、炊事と
美月は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるが
このマフラーを洗うのは手洗い。
編んでくれた上に、後々仕事が一つ増える。
美月はマフラーを手に取り、汚れの有無を
チェックする。おもむろに顔を持っていき
頬擦りし、鼻から埋もれてくんくんする。

「あん。亮の匂いがする。」

首から口元までを覆うようにして
毎日巻き続けるから、わりと臭うかと
こちらとしては加齢臭とか心配なんだが
美月はうっとりと鼻を鳴らす。

「おいおい。こっちに本体があるぞ。」

俺が手招きをすると、美月はマフラーを
胸に抱いたまま、俺にすり寄ってきた。

「愛してるよ。美月。」

抱き締めてキスする。美月は俺に手を回し
抱きつく。抱えていたマフラーが足元に
落ちる。美月は気づいて拾おうと俺から
唇を離すが、捕まえてまた唇を吸う。

そんなイチャイチャをひとり
朝の出勤時に思い出す。
バカだな。半勃ち。ふふふ。

スリムジーンズの中でキツイ股間を
逃しながらほくそえむ。
あと2年ちょっとだ。
普段はもう、2年なんて振り返れば
ついこの間なのに。
この2年は気を失いそうなほど長い。

職員玄関で、永峰と出くわす。
本当にばったり、という感じだったので
避けることが出来なかった。

「おはようございます。」

俺から挨拶をした。年上だし。

「お。おはようございます。」

なんだか永峰は怯えていた。
なんだよ。俺が苛めたみたいじゃんか。

「今朝は朝練お休みですか。」

「ええ。そうです。来週の日曜を
急遽稽古日にしたので。朝練は明後日まで
お休みにしようと。」

生徒たちの休みはきちんと確保する。
これは富士野先生のポリシーでもある。
だが意外だった。こいつは女子の指導を
していたときにはとことん休みを作らず
部員からはよく不満の声が上がっていた。
俺も部員である生徒たちから、愚痴を
聞かされたりしたものだった。

「どうですか。男子たち。」

松木や山崎は最近俺を相手にしなくなった。
元々そんなに仲が良かった生徒ではない。
これは何より問題がなくなり、助けを求める
必要がなくなったのを意味した。

「みんな、頑張っています。
私はそのサポートをするだけなので。」

確かに、変わった。
永峰は柔道部の件に関しては真摯に謙虚に
動いているようだった。
俺はそれだけでいいかと思う。
人は多かれ少なかれ、自分のわがままで
他人を傷つける。
すべてを誰にも引っ掛からぬようには
出来ないものだから。
俺たちは、こいつから離れれば平和だ。
お互いに、なかったことにしよう。

「あの。もう少し、待ってください。」

永峰が切羽詰まった顔で吐き出すように
言った。何のことかと俺は記憶を手繰る。

「まだ。話せていないんです。
今は大事なときだし、あの件は彼には
全く関係ないので。練習試合が終わったら
聞いてもらおうと思ってます。」

俺は驚いた。
俺が期待もせずあの時の勢いで言ったことを
永峰はずっと気にかけていた。
支えてくれる人を見つけ、変わろうと思った
永峰が、二年半前美月にした仕打ちを
ずっと咀嚼しきれていないことを
俺は厳しく責めたのだ。
これは、譲れなかった。
それをその人と乗り越えろと言ったのだ。

しかも、その人はどうやら柔道部の
関係者のようではないか。

まさか、富士野先生か。
彼とは柔道部の話をたまにするが
まあまあぼちぼちやってるよ、と
ありきたりな会話で終わる。
それは何より問題がなく、生徒たちを
指導しながら前進するのみという
比較的前向きで良好な状態だと
窺い知れることでもあった。
もし、あの人が永峰の言う
「支えてくれる人」
だったなら。
打算まみれのシニカルな笑みで
俺に話してくれただろう。
そんな様子はなかったから。

田母神でもないだろう。
結局やつは、富士野先生を
追い出したいだけなのだ。

じゃあ、誰なんだろう。

亮が次々思いを巡らせているうち
永峰は返事がないことを確認するように
会釈をしてロッカーに向かっていく。

亮もはたと気づいた。

遅刻する。

男子ロッカーに駆け込んで
コートをハンガーに掛けた。
鞄を置き、その上にマフラーを
畳んで載せた。

閉めかけた扉をまた開けて、マフラーを
手に取る。キスしてから、また戻した。





「永峰先生。」

廊下で山田と行き合う。

「山田くん。」

永峰はこの胸の暖かさを神に感謝した。
彼はこの1ヶ月で大分成長した。
正直、彼の指導には人一倍の熱意で
取り組んできた。感謝の気持ちだ。
初めて自分を叱ってくれた。
そして導いてくれた。
年齢は関係ない。
18歳も離れているけれど、彼の魂は
自分の魂を癒してくれる。
それはどうしてなのか。
少なくとも、永峰はそれがたまらなく
嬉しいのだ。

「最近寒いけど風邪引いてない?
無理しないでね。」

こんな風に人を気遣うことを
まっすぐに言葉に出来る。山田の
やさしさ、強さに守られているような
気持ちにさせられた。

「山田くんこそ、体調気をつけてね。
特に稽古あとは体を冷やしすぎないように。」

「ありがとう。」

人に優しくするのは、うれしい。
優しくしたい人に優しくされるのは
もっとうれしいことだった。
こんな気持ちは、初めてだった。

「山田くん。練習試合が終わったら
聞いてほしいことがあるの。」

「え?なになに?」

また山田は涼やかな笑顔を向けて応じた。

「私の過去に犯した過ちよ。」

山田は頷いた。

「好きなだけ吐き出して。
自分で改めて語りだしていくと
また違った気持ちが見えてくるものだよ。
聞いてあげるから。」

「ありがとう。山田くん。」

山田は永峰の仄かな思いや期待を
裏切らない。
永峰は完全に山田に心酔していたのだ。





ついに練習試合の日がやってきた。

五人の選出は富士野先生主導で
永峰の意見を擦り合わせる形になった。
富士野先生は、初めの案で山田を外して
いたが、永峰の強い推しに首を縦に
振ることになったのだ。

松木、山崎、山田、佐々井
そして一年生のトップ相田が選ばれた。

先鋒 → 相田
次鋒 → 山田
中堅 → 佐々井
副将 → 山崎
大将 → 松木

ほぼセオリーのラインナップである。
キーになったのは、次鋒の山田だ。

確かに彼は、成長幅が大きかった。
山田を次鋒に据えて固い一勝と
全体の実力をかさ上げして見せられる
一石二鳥の作戦であることを永峰は
強調した。城東は前回の大会の実績しか
材料がないのだ。そこでひっくり返して
行くしかないと思う。
このオーダーに富士野先生はしばらく
沈黙した。静かに口を開く。

「やってみますか。」

「ありがとうございます!」

自分が一番かわいがっている部員を
必死になって推していくのは
多分わがままであろう。
以前の永峰なら、気に入らない部員を弾いて
従順な部員を前に出していた。
自分の言う通りにしなかった部員には
ペナルティを課す。
実力を基準としない選出は、当然ながら
ちぐはぐになり、試合は負けが込んでくる。

でも、今は違う。

山田を推すことに、指導者として
一点の曇りもなく実力があるから推すのだ。
これはいつもの印象は挟まずに考えた
つもりだった。

先鋒戦。これは相手も無名の一年生だった。
期待が持てた。
だが、富士野先生は冷静だった。

「ヤバイな。やっぱり格が違うか。」

相田は一年生の中では一番の成長株だ。
体も大きく、がっしりとして、重量型だ。
それでもあえなく捕まり、倒されて
締め技をかけられた。

「すんません。」

相田はしょんぼりと戻ってきた。

「よく頑張ったぞ。よくこらえた。」

富士野先生はやさしく労う。
高校から柔道を始めたばかりの一年生だ
試合で締め技をかけられたのは
かなり気持ちの上で打ちのめされている。

「外し方、教えてやるからな。稽古だ。」

相田は顔色を取り戻して頷く。

永峰は富士野先生の気遣いに心打たれる。
山田を送り出そうと立ち上がると
さっきまで控えていた山田がいない。

「大丈夫か。相田。相手が悪かったな。」

次は自分の出番だと言うのに、相田を
慰めているではないか。

「山田くん。始まるわよ。」

「あ。そっか。次は俺だったね。」

回りから笑いが起こる。
山田は緊張も気負いもなく
こんなときにも他人を和ませるのだ。

次鋒戦。

山田は、得意の大内刈りで
相手を倒しに行った。

この1ヶ月間、技の精度を上げ
返し技の対応も研究してきた。

「一本!大内返し!」

実力の差だろうか。
山田はあっさりと倒されてしまった。

「山田くん!」

永峰は胸が張り裂けそうになる。
手塩にかけて育てた生徒が
全力を出しながら敗北する。
こんなにも辛いものだったのか。
今までの12年間の教師生活で
初めて知る苦しみだった。









城東学園からの帰り道。
電車の中でも、生徒たちは無言だった。
山崎も佐々井もそれぞれの得意技を
かわされて一本負け。唯一松木だけが
有効から逃げ切り、勝ちを納めた。

みんな、頑張ったな。
頑張っただけ悔しいな。

富士野先生はこれだけ言うと
それきり言葉を発することはなかった。

生徒たちも様々な思いを抱いていた。
だが、誰も何も言わない。
もしかすると、富士野先生は
柔道部のコーチングを外されるかも
知れないのだが、だからといって
俺たちが負けたせいで済みません
なんて軽々しく口にはできなかった。

松木が駅の構内で売っていた
たい焼きを人数分買ってきた。

「一人一匹ずつな。」

堪えきれずに、相田が涙にむせぶ。
何人かが一緒に鼻をすすった。

永峰は山田をずっと、目で追っていた。
山田は佐々井や松木と
静かに前を見ていた。

「あったかい。」

たい焼きを手に、ぽつりと
つぶやいた。
永峰にはその声が切なく耳に残った。
自分には、彼を暖めることは
もう出来ないのだろうか。

「別に学校まで来る必要ないぞ。
自分の最寄りで降りて帰れ。」

富士野先生が言うと、途中の駅で
ひとり、またひとりと降りていった。
車内には永峰と富士野先生が残る。

「え。富士野先生、乗り越してませんか?」

彼の最寄りをつい最近世間話から知った
永峰は、おかしいと思いながら尋ねた。

「こんなときに、子供たちを置いて
降りられないよ。」

沿線の逆のどん詰まりの駅まであと2つ。

「折り返すんですか。」

「このまま、あてどない旅に出ようかな。」

富士野先生の声はさほど
辛そうなものではない。

「私たちって、何なんでしょう。」

永峰は今まで、考えもしなかった
自分に対する無力感に呆然としていた。

「人に、名前じゃなく先生って呼ばれてさ
おかしな商売だけど。俺は好きだよ。」

答えになってないじゃん、と
蹴りの一つも入れたかったが
そんな元気もないほどうちひしがれた
自分にも驚いた永峰だった。







翌日、山田はいつもの笑顔で
永峰の前に現れた。

「俺に話したいこと。あるって
言ってたよね。過去にあったこと。」

永峰は体育科のミーティング室で
山田にも椅子をすすめた。
彼はぎしり、と腰かけると永峰に
身体を向けた。

「でも。あなたも気持ちの整理が
必要じゃない?あたしの話なんか…」

「あいつ、強かったねえ。
昨日あれからアドレス交換したんだ。
夜にメールでちょっとやり取りして。
すごく面白いやつだよ。」

いつの間に?永峰は頭が真っ白になる。

「あなたって、すごいわね。
本当に敵わない。あなたといると
悩んでるのが馬鹿馬鹿しくなるわね。」

「そんな風に思って貰えるのは嬉しいよ」




「私はひどい女だった。
今思えばさっぱりわからないんだけど
あの時は彼女が本気で憎かった。」

永峰は恐る恐る、あのことを語り始める。

「私は、まんまと彼女をフェンスの
上まで登らせて。その背中をシャトルで
打ったの。彼女は肩から下に落ちた。
私がマットを敷いておかなければ
痛いでは済まない怪我をしていたわ。
でも私は怪我をさせるのが目的では
なかった。」

山田は黙り込む。目が冷えたのが分かった。

「ひどいね。」

山田の声音は明らかにいつもと違う
ものだった。永峰は不安に駆られて
取り繕うように言い訳を始めた。

「あの時の私、どうかしていたわ。
それを長内先生に改めて謝ったのだけど
誠意は通じなくて。その時初めて自分は
取り返しのつかないことをしていたんだ
と気づいたの。」

「それは、一歩間違えれば犯罪だね。」

きっぱりと断じた山田はもう
あの涼やかな微笑みは見せてくれなかった。

「ごめん。受け止めるなんて偉そうに
言って期待させてしまって。
さすがに今日のは、抱えきれないや。」

山田はぎしり、と椅子から立ち上がる。

「少し、時間をちょうだい。」



山田が出ていくまでは
何とか持ちこたえたが
彼が後ろ手に扉を閉めると
嗚咽がこみあげてすぐに泣き崩れた。













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