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鏑木保ノート

ブックライターの書評、本読みブログ。

【書評】『教科書に載っていない! 幕末の大誤解』熊谷充晃・彩図社

2013年03月22日 | 歴史
 僕は幕末の歴史がニガテなんだけれど、それでもまぁ少しくらいは知っている。
 まずなにより勝海舟と西郷隆盛による、世界史にすら残るといわれている「江戸城無血開城」でしょ。
 それに坂本龍馬が大政奉還の提案をするために新しい国家の形を示した「船中八策」。京都への放火計画を阻止するために池田屋に乗り込んだ新選組たちの激闘の中、隊員・沖田総司が結核の吐血をしたのはあまりにも有名な話。あと新選組といえば隊士は戦闘のプロになるためにそれぞれ剣術のひとつの型のみを徹底的に習熟したんだっけ。三番隊隊長・斉藤一の一撃必殺の突き「牙突」とかね。


教科書には載っていない! 幕末の大誤解教科書には載っていない! 幕末の大誤解
価格:¥ 1,260(税込)
発売日:2013-01-29
誰もが知る幕末維新には
仰天の裏面史があった!

・ペリーに抱きついた日本人とは
・実在した「ラスト・サムライ」
・明治維新は無血開城ではない
・坂本龍馬は無名のスパイだった
 まずオビのことばに驚いた。そして読んでみたらいろいろ驚いた。なんちゅうかまぁ、僕の記憶は全部間違いだったってこと?


 たとえば龍馬。
 龍馬の事績の数々は1883年に坂崎紫瀾《さかざきしらん》が書いた伝記風小説『天下無双人傑海南第一伝奇 汗血千里駒』が初出らしい。
 実はこの時まで坂本龍馬なんて名前は、明治政府の関係者たちの心の中にあるだけで、歴史的な英雄とは認識されていなかった。
(略)
 連載小説がスタートした当時は、自由民権運動が盛んな時期。龍馬と同郷で運動の旗手・板垣退助は、忘れられた郷土の英雄を運動のプロパガンダに活用することを思いつく。
(略)
それまで龍馬について言及することなどなかったのに、だ。
 それから10年ごとくらいに龍馬ブームが起こり、坂崎紫瀾の小説を参考にして司馬遼太郎が『竜馬がゆく』を執筆。現在に至る。
 というわけ。
(amazonでは『天下無双人傑海南第一伝奇 汗血千里駒』は、東方出版からの現代語訳『坂本龍馬伝 明治のベストセラー「汗血千里の駒」』がある)

 たしかに龍馬に関しては、いくらなんでもひとりでいろんなことをやりすぎだろうとは思ってたけどさ、そうか、プロパガンダだったのか……。

 実際の龍馬はどうだったかというと、
フットワークの軽い龍馬は、遠隔地にいる者同士を取り持つ「連絡係」、いわばスパイの役目を請け負っていたという側面がある。
 Aという人物に聞いた話をBに、Bの意見をCに、というように、歩く情報ネットワークの役割をこなしていたのは確かだ。やがて龍馬が語る誰かのアイディアは、聞く側にとっては龍馬のものと受け取られることも多くなる。こうして「龍馬の手柄」が急増して言ったと考えられる。
 とまあこんな感じ。
 それなりに重要なポストにいたことは確かだけれど、スーパーヒーローすぎる活躍は後世の創作である可能性が高いというわけだ。


 紹介した龍馬以外にも、本書には幕末の「じつは」なエピソードが合計40個紹介されている。どんな内容なのかは後述のもくじを見ていただくとして、それぞれのエピソードはいくつかの小分類に分けてまとめられていて、とても読みやすくてわかりやすい。
 装丁もソフトカバーでお値段お手頃。気軽に読めて「へー」となる本だ。


 あと。
 値段の割に巻末の「参考文献」の多さに僕は驚いた。
 なぜならこの系の「あれってじつはこうなんですよ」と暴露する本って、けっこう考証がいい加減な本が多くて、なかには都市伝説としか思えないようなことまで収録されていることがあるんだ。そういう本ってのはたいてい参考文献は伏せてる。だってネタ元に直に当たられたらバレるから。
 つまり、これだけきちんと参考文献を出せるということはきちんと調べたうえの内容なんだろうね。


 それにしてもこの龍馬にはちょっとショックだよなぁ……あと西郷さんのイメージが180度変わったかも。
英雄視されている人間に対しては特に、厳しい表現が多かったかもしれないし、そのことで気分を害したファンもいることと思う。
 だけど、それもひっくるめて歴史の面白さがあるんだ、ということ。一面しか見ずにひたすら賛美を送るのでは、カルト宗教の信徒と教祖の関係みたいなものだ。ダークサイドも知ってこそ、深みある人間としてさらに好きになる。その方が、精神衛生上は好ましいように思う。
 うん。歴史って面白い。そしてこの本も面白かった。

教科書には載っていない! 幕末の大誤解教科書には載っていない! 幕末の大誤解
価格:¥ 1,260(税込)
発売日:2013-01-29

→『教科書には載っていない! 幕末の大誤解』熊谷充晃・彩図社


もくじ
はじめに

第一章 あの英雄たちの意外な素顔
1 龍馬の正体は無名のスパイ?
2 意外にヘタレだった勝海舟
3 仰天! ペリーの沖縄戦両計画
4 金に汚い福沢諭吉大先生
5 実は差別主義者だった高杉晋作
6 その正体は策略家? 西郷隆盛
7 徳川慶喜が考えた姑息な作戦
8 なぜ大村益次郎は死んだのか?
9 意外に進んでいた新選組

第二章 歴史を変えた大事件の舞台裏
10 桜田門外の変の真実
11 生麦事件の犠牲になった英国婦人
12 池田屋事件は維新を遅らせた?
13 幕末におはぎが大流行したワケ
14 薩長同盟の目的は倒幕じゃない?
15 江戸城無血開城の舞台裏
16 上の戦争で皇室に弓引いた?

第三章 こんなに凄かった! 江戸幕府
17 幕末日本の実力は?
18 各藩が挑んだ改革の数々
19 実は充実していた幕府の人材
20 幕府も立憲国家を目指していた
21 明治期の言論界は幕臣だらけ
22 幕府外交が起こしたウルトラC
23 すでに存在していた日の丸!

第四章 仰天! 幕末の裏エピソード
24 仰天の黒船撃退計画とは
25 市井の生活はどんなだった?
26 あの時代劇の主人公はどうなった?
27 阿鼻叫喚の地獄を見た秘湯の地
28 日本のラストフロンティア・北海道
29 旧幕軍は一切いない靖国神社
30 日本人は維新を歓迎したのか?

第五章 維新史に埋もれた偉人たち
31 ラスト・サムライは実在した!
32 おんな砲兵隊長・新島八重
33 開国を導いた傑物・岩瀬忠震
34 米国でアイドルになった日本人
35 ヘタレな最後を迎えた岡田以蔵
36 数奇な人生を歩んだ斉藤一
37 フレデリック・ヘンドリック
38 龍馬暗殺のカギを握る二枚舌男
39 日本海軍を作った小栗忠順
40 脱藩して官軍と戦った林忠崇

おわりに
参考文献




教科書には載っていない! 幕末の大誤解教科書には載っていない! 幕末の大誤解
価格:¥ 1,260(税込)
発売日:2013-01-29



→『竜馬がゆく』司馬遼太郎・文藝春秋
→『坂本龍馬伝 明治のベストセラー「汗血千里の駒」』坂崎紫瀾・東方出版


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【書評】『それでも、日本人は「戦争」を選んだ」加藤陽子・朝日出版社

2011年08月05日 | 歴史
 毎年夏になると、僕のまわりでは「戦争」の話題になる。


「キミたちは過ちをくり返さないように」


 似たようなことを毎年夏に言われて育ったのだけれど、
 でもなんでいつも夏に言うのだろう?

 終戦記念日が夏だから?
 それともヒロシマ、ナガサキの悲劇が夏だったから?


 僕は思うのだけれど、本当に「過ちをくり返さないように」と伝えたいのであれば、終わった日ではなくて始まった日と、そこに至る経緯とをきちんと伝えておくことが大切なのではないのかな? でないと、もしも今現在戦争に向かっていたとしても、僕たちにはわからないではないか。


 ちなみに。
 大東亜戦争(=太平洋戦争)の開戦は、第二次世界大戦中の1941年(昭和16年)12月8日未明のマレー作戦と同日の真珠湾攻撃だ。
 2011年でちょうど開戦70年目にあたる。


 以上のような経緯で、
 僕はこの本を、あえて2011年の夏に読むことにした。

それでも、日本人は「戦争」を選んだそれでも、日本人は「戦争」を選んだ価格:¥ 1,785(税込)発売日:2009-07-29
普通のよき日本人が、世界最高の頭脳たちが、「もう戦争しかない」と思ったのはなぜか?高校生に語る——日本近現代史の最前線。
 本書は、近現代史が専門の東京大学教授、加藤陽子氏による、栄光学園高等学校で実施した特別授業の講義録である。

 日本史の近現代における各戦争、「日清戦争」「日露戦争」「第一次世界大戦」「満州事変・日中戦争」「大東亜戦争」を、それぞれを分離して考えるのではなく、一本の続きものとして高校生にもわかるようにやさしく教えてくれる。


 大東亜戦争末期の悲惨な現状に、軍指導部はなぜ突入することになったのか? 当時最高の頭脳であったであろう彼らが「それでも」戦争を選ばざるを得なかった理由とは何だったのだろうか?

 それを見ていくには近代の戦争をひとまとまりとして考えないと理解できない。ほんの一例をあげるなら、日清戦争の影響が色濃くあらわれた日露戦争、その勝敗が大東亜戦争直前のアメリカの感情に繋がっていたりするのだ。

 ひとつの戦争は、ただそれだけでは存在しない。
 前の戦争が影響しているのはもちろんだけれど、それ以外にも世界中の経済や人間の動きがお互いに関わりあってはじめて戦争は動いている。


 本書を読んでいくとそんな歴史のつながりがよくわかる。


 もちろん歴史は現在にも続いている。
 本書の序章にも書いてあるのだれけど、9・11テロ後のアメリカ感情と、日中戦争当時の日本の国民感情とはまったく同じ構造だったりするのだ。


 こういった部分をていねいに見て、先人たちの努力を評価しつつ過ちは過ちと認める。そのうえで過去のあやまちをくり返さないようにする。これが真に歴史を学ぶ、という姿勢だろう。
 では、どうしたら、こうした視角、歴史的なものの見方ができるようになるでしょうか。この点こそが、歴史という学問の最も肝要な部分です。
 ココまで書いておいてなんだけど。

 本書で知れば知るほど、僕には「過ちをくり返さない」という自信がない。
 だからといって戦争を美化するつもりはなったくないんだ。戦争はいけないこと。そんなことはわかっている。でも、いつか、「それでも」選ばざるを得ない時が来るのではないだろうか? そう思うと僕は怖いんだ。


 最後のほうの高校生の言葉
太平洋戦争については、日本がなぜあんな可能性のない戦争をしたのか、これまで当時の人たちの感覚が全くわからなかったけれど、今回、いろんなデータを知ることで、「この時点の世界の動きを切り取れば、こんなふうに見えるんだ」とか思ったし、いろんな人の考えや文章に触れて、少しだけかつての人の感覚がわかったような気がした。
 まったく同感だ。

 僕たちのおじいちゃんおばあちゃんは、けっして血に飢えた悪鬼のような兵隊ではなかった。むしろ冷静にきちんと考え、いろいろな方法を試した結果の積み重ねだったんだ。

 だがしかし。
 「それでも」戦争は起こり続けた。……なぜだろう?

 この疑問を解明しない限り、僕たちがいくら平和を望んでも、きっとまた「それでも」戦争は起こるだろう。


 あの戦争を始めて70年がすぎたいま、
 もういちど冷静に学び、そして考えてみよう。
 本日お話ししてきたことをふりかえれば、人類は本当にさまざまなことを考え考えしながらも、大きな災厄を避けられずにきたのだということを感じます。私たちには、いつもすべての情報が与えられるわけではありません。けれども、与えられた情報のなかで、必死に、過去の事例を広い範囲で思いだし、最も適切な事例を探しだし、歴史を選択して用いることができるようにしたいと切に思うのです。歴史を学ぶこと、考えてゆくことは、私たちがこれからどのように生きて、なにを選択してゆくのか、その最も大きな力となるのではないでしょうか。
 僕たちが「それでも」Noと言い続けるためには、そろそろきちんと考えなければいけない頃なんだ。

それでも、日本人は「戦争」を選んだそれでも、日本人は「戦争」を選んだ価格:¥ 1,785(税込)発売日:2009-07-29

→『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』加藤陽子・朝日出版社

 もくじ
序章 日本近現代史を考える
戦争から見る近代、その面白さ
人民の、人民による、人民のための
戦争と社会契約
「なぜ二十年しか平和は続かなかったのか」
歴史の誤用

1章 日清戦争「侵略・被侵略」では見えてこないもの
列強にとってなにが最も大切だったのか
日清戦争まで
民権論者は世界をどう見ていたのか
日清戦争はなぜ起きたのか
2章 日露戦争朝鮮か満州か、それが問題
日清戦後
日英同盟と清の変化
戦わねばならなかった理由
日露戦争がもたらしたもの

3章 第一次世界大戦日本が抱いた主観的な挫折
植民地を持てた時代、持てなくなった時代
なぜ国家改造論が生じるのか
開戦にいたる過程での英米とのやりとり
パリ講和会議で批判された日本
参加者たちの横顔と日本が負った傷

4章 満州事変と日中戦争日本切腹、中国介錯論
当時の人々の意識
満州事変はなぜ起こったのか
事件を計画した主体
連盟脱退まで
戦争の時代へ5章 太平洋戦争戦死者の死に場所を教えられなかった国
太平洋戦争のいろいろな見方
戦争拡大の理由
なぜ、緒戦の戦勝に賭けようとしたのか
戦争の諸相おわりに
参考文献
謝辞

それでも、日本人は「戦争」を選んだそれでも、日本人は「戦争」を選んだ価格:¥ 1,785(税込)発売日:2009-07-29
 きちんと歴史を学ぶために。 ぜひ読んでほしい一冊だ。


※本文では引用文をのぞき、「太平洋戦争」を「大東亜戦争」と表記した。これは「太平洋戦争」という用語が戦後 GHQ によって設定された後付けのことばであるため、歴史の話をするのであれば当時の用語で「大東亜戦争」と表記するべきだと僕は考えているからだ。
 もしもこの「大東亜戦争」の文字を見て不快に思われた方がいたら陳謝する。が、変えるつもりはない。歴史は現実にあったことなのだから。


→【本がもらえる】レビュープラス

●こんな本も→『写真で見る 大阪空襲』ピースおおさか→『森田さんのなぞりがき 天気図で推理する[昭和・平成]の事件簿』森田正光・講談社

【書評】『写真で見る 大阪空襲』ピースおおさか

2011年05月06日 | 歴史
 本書『写真で見る 大阪空襲』(ピースおおさか)は、
 第二次世界大戦末期に何度となく執拗に大都市を絨毯爆撃したアメリカの空襲作戦を、その目標となったひとつの都市・大阪から見た記録だ。

写真で見る 大阪空襲

 本書にはヒロシマ・ナガサキのような想像を絶した恐ろしさはないし、東京大空襲の記録のような生々しい死体写真もない。

 だがしかし。
 かに道楽やグリコの看板、御堂筋や通天閣といえば大阪以外の人々でも景色が想像できると思う。そんな繁華街・大阪が、誇張や例え話ではなく本当の意味での「焦土《しょうど》」となっている、またはなりつつある瞬間の姿は読んでいて胸がつらいんだ。とても。

 本書は税込み千円と安い本なのだけれど一般書店に出回っていない(ISBNコードも無い)。
 ご購入はピースおおさか(受付)へ問い合わせるか、リンク先の提携している書店リストにあるお店まで。


 解説によると、
 大阪空襲の記録写真には、不思議なほど死体が写っていないのだそうだ。本書に収録された写真にも、馬の死体が一体写っているだけで人間の死体はまったくない。
 これは本書の元になったピースおおさかに寄せられた記録写真からしてそうらしい。
 ピースおおさかの記録写真の提供元は新聞社と街の写真館によるものがほとんどらしいのだけれど、あの日、彼らは死体の写真を意図的に撮らなかったのか、または撮ったことは撮ったけれど公表しなかったのか、はたまた死体写真だけを処分したのか。いまとなってはプロの研究員にもわからないらしい。


 でも。
 当たり前のことだけれど、写っていないからといってひとが死んでいないわけがない。
 記録によると、第二次世界大戦末期の大阪空襲による死者は一万二千六百二十人、行方不明者は二千百二十七人にものぼる(→ピースおおさか:大阪空襲死没者名簿より)。あまり言いたくないけれど、時間の経過をふまえると行方不明者数も死者にカウントされる確率が高いだろう。

 つまり、あわせて約一万五千人。


 想像してみよう。
 撮影した新聞社のカメラマンや街の写真館のオジさんにとって、大阪は「自分の街」だ。
 自分たちの街が、黒煙を上げながらわずか数時間のうちに廃墟に変わる。親しいひとがおぞましい最後を遂げる。その瞬間、ファインダーを覗き、シャッターを押す気持ちとはどんなだったろうか。その手は震えていたんじゃないだろうか。手元がブレて何枚もダメにしたんじゃないだろうか。涙でファインダーがろくに見えなかったんじゃないだろうか。

 それでも彼らは撮った。
 撮ったあとも、戦時下で情報統制もあるだろうし、その写真が「士気を挫《くじ》く」と判断されたら持っているだけで「非国民」と言われたかもしない。撮るだけでもかなり危険だろうに、そのあと、新聞記者や写真館のオジさんは何十年も無言の戦いをしいられたんだ。
 やがて平和になったあと、ピースおおさかに持ち込まれた写真の数々が本書となって僕たちに語ってくれているのがこの写真たちだ。


 本書におさめられた惨状を目の当たりにしたら本当に心が折れると思う。折れた心は、そのまま相手を批判したくもなるだろう。でも、それじゃダメなんだ。

 本書の中頃には、撃墜されたB29の残骸の写真がある(33ページ写真5ー4)。

 この写真が語っているのは、
 あの日、大阪で死んだアメリカ人がいたという事実だ。


 想像してみよう。
 彼(たぶん男性だろう)には両親や兄弟がいただろうし、恋人や子どもがいたかもしれない。敵国の空に侵入して爆弾を落とすわけだから、当然反撃の対象になっただろう。やらなきゃやられるわけだ。そして彼はやられた。

 はたして彼は個人的に日本人を憎んでいたのだろうか?
 日本人の頭の上に爆弾を落とすことを自分の意志でやっただろうか?
 自分の決意で大阪の空まで来ただろうか?

 でも彼はあの日、ココで死んだ。
 おそらく最後の瞬間はそうとう恐ろしい目にあったことだろう。

 大阪の市民もアメリカ人の彼も、あの日、そうやって必死に生きて死ぬしかなかったという事実がここに写されているんじゃないかと僕は思うんだ。だからといって僕はべつに「彼も怖かった。だから空襲されたことを許そう」と言いたいわけじゃない。僕の個人的な感覚としても自分の街が焼かれた事実は許せないし、大阪人はよく知っているであろう京橋駅の爆撃の話もある。あの話は本当に悲しいし大阪人として引くことはできない。っていうか、ぶっちゃけ、許せない。
 でもこの「許せない」をどこに向けるのか。それを考えなければいけないと僕は思うんだ。

 すくなくともあの日、墜落したB29の彼に向けて「ざまーみろ、いいきみだ」というのは間違っていると思う。そんなことをしていると、僕たちは未来永劫どこにもいけない袋小路に迷い込むことになるんじゃないかという気がするんだ。


 こうやって偉そうに書いている僕自身もまだ確乎とした答えが出ていないのがなんとも情けないのだけれど、すくなくとも、これを受け取って想像することだけはやめてはいけないんじゃないかな。


 僕はこんなふうに本書を読んだ。
 ……まだ胸が痛いよ。


写真で見る 大阪空襲

 本書のご購入はピースおおさか(受付)へ問い合わせるか、リンク先の提携している書店リストにあるお店まで。



●こんな本も
『森田さんのなぞりがき 天気図で推理する[昭和・平成]の事件簿』森田正光・講談社

【書評】『茶 利休と今をつなぐ』千宗屋・新潮社

2011年04月22日 | 歴史
 著者・千宗屋《せんそうおく》氏は武者小路千家15代次期家元で、その名の通り千利休からつながる茶道の家系のひとである。


茶―利休と今をつなぐ (新潮新書)茶―利休と今をつなぐ (新潮新書)価格:¥ 777(税込)発売日:2010-11


 僕と同い年(1975年生まれ)の著者が語る「茶の湯」は、その歴史から考え方までがわかりやすい身近なことばで語られていてとても読みやすい。
元々男性の、それも武士の嗜みごとであり、道具集めに身をやつして身代を持ち崩した方、天下人の勘気にふれて命を落とした方で、茶の湯の歴史は死屍累々《ししるいるい》です。
いわゆる「花嫁修業」としてのお茶、礼儀作法としてのお茶、というイメージは明治時代以降に生まれたもので、決定的に広まったのは、実は第二次世界大戦後のこと。つまり花嫁修業としてのお茶、礼儀作法としてのお茶というイメージは、長い茶の湯の歴史の中で、ごく最近登場してきたものなのです。
 茶道で大切なことは、形作られた伝統芸能や難しい作法なんかに惑わされず、一日の中でちょっと気持ちをリセットしてお茶を嗜《たしな》むその気持ち、なのだそうだ。「茶の湯」というと、とかくお客様にきちんとした作法でお茶をお出しして……と思うかもしれないけれど、一番大切なのは自分をもてなすことだ。なぜなら、自分をもてなすことができて初めて客をもてなすことが可能なのだから。

 さらに著者は「茶の湯の伝統」にも触れる。
 利休の時代、「茶の湯」とは日常の延長にあってしかも日常からわずかに切り離された非日常として存在していた。大切なのはそのエッセンスであって、ただ伝統にしがみつけばいいってわけじゃない。伝統も大事だけれど、でもだからといって現代で「桃山時代の日常」から地続きの茶をそのままやってしまったら、現代の日常からはとてつもなく離れた異空間になってしまうだろう。それでは伝わるものも伝わらない。

 元来、「伝統」とは「伝燈」と書いていて、つねに新しい油をつぎ足して(油が切れることを「油断」という)灯火を次代に伝えていくことなのだ。


 このあたりにサブタイトル「利休と今をつなぐ」の想いがあるんだろうな。伝統だからといって無批判になんでもそのまま伝えるのではなくて想いや思想を「つなぐ」のだ。こういうことを本家も本家、三千家のひとつの次期家元がなかなか言えることではないだろうし、言うからにはそうとうな覚悟もあるのだろう。 


 そうやって現代のことばで語ってくれる千さんの茶の湯はほんとうにわかりやすい。

 とりあえず「茶の湯ってどんなものなの?」という初心者の疑問にきちんと答えてくれる一冊だ。

→『茶 利休と今をつなぐ』千宗屋・新潮社
 茶道といえば、
 狭い和室で鹿威《ししおど》しがカポーンと鳴って和服の亭主が「粗茶でございますが」と言って濃茶を差し出すと茶碗を三度回してぐびっと飲んで「けっこうなお点前で」と礼をして終わり、という程度の知識しかない僕でも茶の湯の入口くらいはなんとなく理解できた。


 著者は、本書を読んでことばで理解できたなら、習ったことがなくてもいいから一度茶事に参加してほしいといっている。実際に触れればそれでいままで語ってきたことが深く理解出来るはずだから、と。
 素振りの練習を見て、面白そうだから野球を始めようという人がいないのと同じです。やはり両チームが死力を尽くして戦う試合を観て、選手のファインプレーに触れて、野球に憧れ、やりたい、という欲望を持つのが常道というものでしょう。そうして憧れる選手を目指して精進する少年たちの中から(最近では女子野球も盛んですが)、イチローやダルビッシュのような選手が育っていくのです。できれば茶の湯も、ああいうお点前がしたいとか、ああいう茶会に招かれてみたい、という、憧れの対象となる「ファインプレー」のできる茶人が育ち、また若者がそれを目指す、というサイクルが出来てくれたらと、未来を夢見ています。
 茶の湯は、「伝統芸能」や「お稽古事」ではなくて、現代でもちゃんと生きているもてなしの技術なのだ。

茶―利休と今をつなぐ (新潮新書)茶―利休と今をつなぐ (新潮新書)価格:¥ 777(税込)発売日:2010-11

『歴史魂<REKIDAMA> Vol.2』アスキー・メディアワークス

2011年03月19日 | 歴史

レビュープラスさまからご献本いただきました。

歴史魂 2011年 04月号 [雑誌]歴史魂 2011年 04月号 [雑誌]価格:¥ 680(税込)発売日:2011-03-05


歴史魂<REKIDAMA> Vol.2』は、正式には「電撃文庫 MAGAZINE 2011年4月号増刊」といい、アスキー・メディアワークスが刊行する歴史雑誌だ。
 今回はその第二巻。

 このデータだけで本書の雰囲気を推測できるひともいるのかもしれない。「電撃文庫」といえば、いわずと知れたライトノベルのレーベルもんな。


 結果。
 たいへん読みやすい本だった。

 でも、
 ライトすぎるわけでもない。

(ココ重要)


 巻頭特集「真田幸村と四人の勇者」を例にとるなら、二見敬之氏(カードゲーム『戦国大戦』の絵師さまだよね?)のイラストを扉に起用していたり、図版を多く用いた合戦の解説など、ゲームから歴史に興味をもった読者にも親しみやすいつくり。
 でも「『幸村』の本名は『信繁』で、生前はずっと『信繁』と呼ばれていた」とかいう歴史マニアな信繁ファンも納得できる解説がキチンとされていて、歴史読み物としての情報もばっちり。


 歴史雑誌と言えば「歴史群像」な世代の僕から見ても、歴史的考証とか見せ方がまったくもって隙がない。それでいて各所にカッコいいイラストや図版を用いて読みやすく作っているんだからすごいじゃないか。


 さらにさらに。

 本書は「総合歴史雑誌」とでもいうべきか、歴史の紹介のみならず、大河ドラマなどの時代劇や歴史モノのマンガ、アニメ、ゲーム、小説、オモチャにいたるまで各ジャンルに渡って「歴史モノ」を紹介している。


 これってあまりないことじゃないだろうか?


「最近、歴史に興味を持ったんだけど、歴史本は難しすぎて何を読んだらいいかわからない」というひとにはピッタリかもしれない。

→『歴史魂<REKIDAMA> Vol.2』アスキー・メディアワークス

 今号の付録は
 声優の中井和哉氏による「NEO 講談」の CD だ。

 若い人にはまったくわからない、っていうか存在さえ知らないであろう「講談」を、声優さんを起用して現代風にアレンジしているのだけれど、これがまたむちゃくちゃカッコイイんだな。


 巻頭特集のようなマジメでそれでいて若い人にも読みやすい記事から、付録CD、さらにはギャグやネタをまじえた肩の力の抜けた記事まで硬軟取りそろえてあって最後まで飽きない本だ。
もしも高校野球のマネージャーが江戸幕府の『武家諸法度』を読んだら
 いや読まねーから、ふつー(笑)。

歴史魂 2011年 04月号 [雑誌]歴史魂 2011年 04月号 [雑誌]価格:¥ 680(税込)発売日:2011-03-05

レビュープラス


●こんな本も
『広重の暗号 ヒロシゲ・コード』坂之王道・青春出版社
『安政五年の大脱走』五十嵐貴久・幻冬舎
『萌☆典 拝啓、姫君様っ』安倍ちひろ・総合科学出版
『江戸の用語辞典』善養寺ススム・廣済堂出版
『森田さんのなぞりがき 天気図で推理する[昭和・平成]の事件簿』森田正光・講談社

『猫神様の散歩道』八岩まどか・青弓社

2010年12月24日 | 歴史
表紙のことばより
お産や商売繁盛の猫神信仰、
身の毛がよだつ化け猫伝説、招き猫に睡り猫……。
全国各地60カ所の神社仏閣や祠を訪ね歩き、
猫の神秘の力とそれに魅入られた人々の心性を
あますところなく描く。
「猫神様」をご存じだろうか?

 フジテレビ制作のDVD『にゃんこ THE MOVIE』シリーズのロケ地の島、あそこの守り神は猫神様なんだよ、と言えばたいていの猫好きは「ああ、あそこね」と理解してくれる。


 でも。
 猫の神様がいらっしゃるのはなにもあの島だけの話ではない。僕たちが気が付いていないだけで、じつは日本全国の意外なところに猫の社《やしろ》がちんまりとお祀りされていたりするのだ。

 そんな猫神様たちを合計六十匹も紹介し、各地のさまざまな猫神様伝説をわかりやすい文章と写真で紹介した本書は、猫好きにとってはもう「聖書」と呼んでもおかしくないくらいなのだ。


 猫神様は、あなたの近くにもきっといる。


 本書を片手に、
 地元の猫神様に参拝しようではないか。
猫神様の散歩道猫神様の散歩道価格:¥ 1,680(税込)発売日:2005-06

→『猫神様の散歩道』八岩まどか・青弓社


 たくさん収録されている猫神様写真と、文化史・民俗史が専門で「旅の手帖」の温泉ライターでもある著者の文章がくっつくと、こんな「感じの良い本」が出来上がるのか。ツボを押さえた写真と説明文でそこがどういう場所でどんな交通手段で行けるのかをきちんと紹介するガイドブックの基本型をふまえながら、さらにその地に伝わる猫神様伝説をわかりやすい文章で読ませてくれるサービスぶりだ。

 あるところでは村を襲った化け猫への鎮魂の祠《ほこら》であったり、またあるところでは養蚕《ようさん》の天敵であるネズミを駆除してくれた守り神であったり、はたまたあるところでは飼い主の無念を晴らした忠猫であったり……。
 各地の猫神様話にドキドキワクワクしながら、読み終わったらむしょうに猫神様に会いたくなった。


 みんな一癖も二癖もあるキュートな猫神様たちを、日本全国から総勢六十匹も集めた本書。
 猫好きならば絶対買いの一冊だ。

 本書を持って猫まっしぐらな旅に出かけよう。

猫神様の散歩道猫神様の散歩道価格:¥ 1,680(税込)発売日:2005-06
 全国には、まだ多くの猫神様がいる。地域の人々の記憶からも忘れ去られて、ひっそりとたたずんでいる祠もあるにちがいない。読者の住む町の片隅にもそんな猫神様がいるかも……。
 ちなみに。 僕の地元大阪府では「大原神社《おおばらじんじゃ》」と「四天王寺」と「住吉大社」の猫神様たちがノミネートされていた。

 大原神社は「猫石」、住吉大社は「はったつさん」で有名だから知っているけれど、四天王寺は初耳。あそこ、猫神様いたっけ?


 なんでも、四天王寺の太子殿南門には梁の上に眠っている猫の彫り物がされていて、作者は左甚五郎なのだとか。そう、かの有名な日光東照宮の眠り猫と対になる存在の由緒正しい猫なのだ。だから太子殿南門はまたの名を「ニャン門」と言った。
 伝説が語るところによると、ニャン門の猫は毎年大晦日の夜に抜け出して逢い引きをしたり(わるいやつだ(笑))元旦の朝ににゃーにゃーにゃーと三回鳴いたりしていたのだけれど、残念にも第二次世界大戦でニャン門は焼失。現在の猫はそれから修復されたものなので作者は左甚五郎ではない。


 ……でもさ、
 信じていればきっと鳴いてくれるよね?

 四天王寺の眠り猫。
 元旦の朝に見に行こっかな♪

●こんな本も→『ユリイカ2010年11月号 特集=猫 この愛らしくも不可思議な隣人』青土社『みんなのねこめし』ねこめしを愛する会・春日出版

『書ける!遊べる!古代文字ヒエログリフ』未智研・国際語学社

2010年11月26日 | 歴史
 古代エジプト時代のことについて書かれた本を読んでいると、神殿の壁に刻まれた聖刻文字(ヒエログリフ)の写真があった。
 壁一面に刻まれたそれはとても美しく、実用的な洗練と美的センスの両立を感じて僕はため息が出た。


 そうか。
 考えてみれば、これって文字なんだよな。


 意味のわからない僕には形式化した絵にしか見えないけれど、数千年前の人々は神やそれに準ずる偉大な存在に向けての祈りのことばを石に刻んだ。そうやって、神への想いを永遠の形に留めようとした。

 つまり。
 この文字ひとつひとつには、古代人のたくさんの心が詰まっているってわけだ。


 なら、
 読みたいじゃないか、ヒエログリフ!


 そんなわけで『書ける!遊べる!古代文字ヒエログリフ』(未智研・国際語学社)を手に取る。

書ける!遊べる!古代文字ヒエログリフ書ける!遊べる!古代文字ヒエログリフ価格:¥ 1,575(税込)発売日:2010-01
そんなユニークなヒエログリフも、現代では「過去の遺物」として忘れられがちです。当のエジプトでも、公の文字としては使われていません。もっぱら、考古学や言語学などの、いわば学者の世界で研究されるだけの文字となってしまった感もあります。
 このようなしだいで、本書はこれまでのセミナーや講習会でやってきたことを一冊の本にまとめた形になっています。まさに「遊んで覚えるヒエログリフ」の集大成ということです。
 神への神聖なことばを「遊んで覚える」というのはいささか不謹慎なのかもしれないけれど、でも、言語の習得というのはそういうものだろう。 僕だって、小さいころは日本語を遊びながら覚えたもんだ。


 著者・未智研氏は古代言語などの分野で幅広い取材と執筆をされていて、大手旅行会社にヒエログリフ講座を依頼されたときに資料として配ったオリジナルのプリントがセミナー参加者に好評だったので一冊の本にまとめた。それが本書の生い立ちである。
→『書ける!遊べる!古代文字ヒエログリフ』未智研・国際語学社

もくじ
巻頭付録 ●「ヒエログリフ⇔アルファベット」学習カード
     ●ヒエログリフ「動物占い」カード
はじめに ~ヒエログリフともっと身近につきあおう!~
1 基礎編 ヒエログリフについて知ろう
2 実用編 ヒエログリフで名前を書こう!
3 応用編 ヒエログリフを使ったアート、占い、ゲーム
4 動物の文字の書き方を覚えよう
5 ヒエログリフで遊ぼう!
巻末資料1 ヒエログリフー五十音変換表
巻末資料2 古代エジプト時代のファラオの名前が刻まれたカルトゥーシュ
参考文献
 自分のことを「エジプト学者でもヒエログリフの文法学者でもありません」という著者が語る内容は、逆にとてもわかりやすい。
 なにしろ専門家の専門家口調というのがまったく出てこないので、こういうたとえを使うと褒めていることになるのか少し疑問なのだけれど、幼稚園のプリント。あれを想像していただきたい。「4つのえがあります。くまさんはどこですか?」というノリ。

 あんな感じの「だれでも直感的に理解できる本」だ。


 かといってレベルが低いかというと、そういうわけでもない。
 実は、この「ヒエログリフ」という言葉は「神聖な文字」という意味のギリシア語であって、当の古代エジプト人たちが「ヒエログリフ」と呼んでいたわけではないのです。
 など本文のあちこちにヒエログリフに関すウンチクがさらっと語られていて、古代エジプト人がこの神聖な文字に対してどう考えていたのかまでがなにげに説明されていた。
「ん。このあたりについて、もう少し知りたいな」と思ってページをめくると第二章「実用編」だった。

 実用編の内容は「では自分の名前をヒエログリフに変換して書いてみよう」というもの。


 えー、名前を書くのぉ~?


 と、思ったけれど。
 考えてみれば語学の初歩の初歩ってのは自分の名前を伝えること、つまりは自己紹介なんだよな。
 中学校ではじめてもらった英語の教科書『NEW HORIZON』を開いたら、第一ページ目にあったレッスンは「マイ・ネーム・イズ・マイクデイビス」だった(ごめんね。どうせ昭和生まれだよ)。


 よし。やったろうじゃんか。


 机に向かうこと三十分。
 その成果がこれである↓
画像・カルトゥーシュを書いてみた

 上段は僕のペンネーム「鏑木保(KABURAKI TAMOTSU)」を書いた。
 下段はもうひとつのペンネームを書いた。なんて書いたのかはもちろん秘密だ。上段が読めたら下段も読める……かもしれない。
あの有名なツタンカーメン王も、この文字を読んだり、また書いたりしたもかもしれませんね。
 そうか。僕はいま、ツタンカーメンが使っていた文字と同じ文字を書いてるのか。
 そう思うとなんかすげー。

 いつかこんな字をすらすら読めるようになりたいもんだ。

書ける!遊べる!古代文字ヒエログリフ書ける!遊べる!古代文字ヒエログリフ価格:¥ 1,575(税込)発売日:2010-01


●こんな本も
 本書の続編で『誰でも書ける!手書きヒエログリフ練習帳』というのもあるようだ。

【書評】『口語訳古事記 完全版』三浦佑之・文藝春秋

2010年10月22日 | 歴史
 日本人であるのなら、せめて日本の神話くらいはを知っておきたい。


 だから僕は『古事記』を読んでいるのだけれど、原文はあまりにも難解だった。なにしろ変体漢文と呼ばれる書き方で、基本的には漢文だけど日本独自の固有名詞とかになると万葉仮名のような当て字を使われているのだ。こんなの、僕程度の素人に読めるわけないよぉ。

 よって現代語訳を読んでお茶を濁すあたりに僕の惰弱っぷりが現れているのだけれど、現代語に置き換えるということは古代の伝承からもう一歩遠ざかってしまうわけで。ならせめて、できるだけきちんとしたものを選びたいよなと手に取ったのが本書。


口語訳古事記 完全版口語訳古事記 完全版価格:¥ 3,500(税込)発売日:2002-06


 著者・三浦佑之氏は立正大学教授で上代・古代文学の第一人者と言ってもいいひとである。
 Wikipedia によれば小説家三浦しをんの父でもあるそうだ。


 本書の最大の特徴は、『古事記』を古代の語り部が話す「語《かた》り」という形式で訳していることだ。
 語り部の古老の口を借りて神話や伝承を再現しようと試みたのは、私が古事記の背後には古代の語りが抱え込まれているとみなしているからである。
 みずからを「この老いぼれ」と称する老人の語り口として古来の神話が語られていくさまはとても読みやすい。
 ことばのリズムも調整されていて、小さいころ寝る前に読んでもらった絵本のように絵が浮かんでは動き出す気がした。僕の頭の中では黄泉の醜女を従えた恐ろしい形相のイザナミが黄泉比良坂を追いかけて来たりヤマトタケルが白鳥となって天を駆けていたもんだ。

 よくできた口語文の下三分の一は注釈欄になっていて、ちょっとでも意味が不明瞭なことばには詳細に解説がされている。


 意味も汲めるしリズムも味わえる
 至れり尽くせりでとても理解しやすい『古事記』である。


 でもなぜ「語り」なのだろうか?
 それは『古事記』の成立が、当時(七世紀頃)、すでに古代の伝承となっていた数々の物語を稗田阿礼《ひのだのあれ》に暗誦させて太安万侶《おおのやすまろ》が文字として書き起こして天皇に献上したものであったからだ。
 古来から口伝されている語りというのは、おそらく日本古来のやまとことばで伝わっていた。それを書き文字といえば漢文だった時代に文字に起こしたのだから、記録されたことと引き替えにどうしても漢文的な変化を余儀なくされたはずだ。

 ならば太安万侶《おおのやすまろ》が書いた『古事記』を現代に起こすのではなく、その向こう側にある「稗田阿礼《ひのだのあれ》が語ったであろう昔語り」を復活させるべきではないか。
 それが本書の狙いみたいだ。

口語訳古事記 完全版口語訳古事記 完全版価格:¥ 3,500(税込)発売日:2002-06

→『口語訳古事記 完全版』三浦佑之・文藝春秋
おそらく、古事記をきっちりと読んでみたいと思っても、なんの前提も知識もなしに読むことのできる書物はそれほど多くはないのだ。現代語になっているだけでは、筋はわかるが内容を理解できないし、いくら詳しく論述しても、わかるように説明していなければ役には立たない。
 そう。そうなんですよ。先生。
 だからページの下三分の一が注釈になっていて、そこには用語解説だけにとどまらず、なぜこういう形の物語になったのか。というところまで踏み込んで柳田國男などを例にとりながら「伝承にはこれこれこういう流れがある。だからこのエピソードはこういう結果になるのだ」などと解説されて、解説だけでも一幅の民俗・文学論を読んでいるようだった。


 本文は語り口なのですらすら読めるし、解説がうっとおしいのならいっそのこと全部パスして物語に没頭してしまえばいい。本文は注釈を無視してもわかるように書かれているのだから。


 わかりやすい語り口と民俗・文学的解説。
 さらには巻末には『古事記』を理解するうえでの索引や神名、地名、氏族の解説、神の系図など膨大な資料が付けられている。


 とにかく、すごい本だ。これは。
 値段は少し張るけれど、関連書籍十冊買ったよりも『古事記』が理解できるのではないか。

 これ一冊で入門から専門的考察まで入っていけるものすごい名著。
『古事記』を知りたい人すべてに薦める。

「完全版」はダテではないのだ。

口語訳古事記 完全版口語訳古事記 完全版価格:¥ 3,500(税込)発売日:2002-06


●本書は分冊で文庫にもなっている。
→『口語訳 古事記―神代篇 (文春文庫)
→『口語訳 古事記―人代篇 (文春文庫)

『スラムダンク孫子』遠越段・総合法令出版

2010年10月01日 | 歴史
 孫武先生……!! 兵法がしたいです……


 そんなわけで『スラムダンク孫子』を読む。

スラムダンク孫子スラムダンク孫子価格:¥ 1,470(税込)発売日:2010-09-18



 まず予備知識から。

『孫子』とは、
 中国の春秋戦国時代に孫武によって書かれた(※諸説ある)兵法の本である。
 内容は13篇に分かれていて、戦闘や戦略のノウハウだけにとどまらず、人心掌握術や組織運営のコツにも触れられている。
 成立からおよそ2500年ほど経った古い書物なのだけれど、その知識は現代でも第一線扱いされていて、各国の国防関係者必読の書……っていうか「この程度も知らないヤツが国防を語んなヴォケ!」とすら言われるほど超基本的な書物である。

 また、現代では軍事以外にもビジネスや生き方の指針など広く応用されて読まれている。


 しかしこの『孫子』。
 本文はハンパなくムツカシイ。
孫子曰、兵者國之大事、死生之地、存亡之道、不可不察也、故經之以五事、校之以計、而索其情、一曰道、二曰天、三曰地、四曰將、五曰法、
 冒頭からしてお経にしか見えない orz
 なにしろ書かれたのは紀元前500年の中国なんだから当然すべて漢文……いや、漢王朝が成立するよりもずっと前の文章なんだから「漢」文と言っていいのか? ……とにかくまぁ、大昔のムツカシイ本であるのは確か。


 その難解な『孫子』を、
 名作マンガ『スラムダンク』で読んでしまおうというのが本書。


スラムダンク』ファンの諸兄姉はコミック片手に本書を読むべし。


スラムダンク孫子スラムダンク孫子価格:¥ 1,470(税込)発売日:2010-09-18

→『スラムダンク孫子』遠越段・総合法令出版


 本書は四ページ単位で『孫子』の一節をマンガ『スラムダンク』で解説してくれる。


 まず、見開きの右側(一ページ目)にマンガ『スラムダンク』の名ゼリフが書かれていて、左側(二ページ目)にはそれに対応する『孫子』の書き下し文が書かれている。

 ページをめくった先(三ページ目)には『孫子』の書き下し文に対する日本語訳が載っていて、おまちかね最後のページ(四ページ目)でスラムダンク』の展開を踏まえながら『孫子』が言っていることを解説してくれる。

「湘北VS山王戦はこうだったでしょ。安西監督はこうした。そう、『孫子』が言っているのはこのことなのだ」という感じで解説してくれるのだ。

 これはわかりやすいじゃないか。


 本書42ページからだとこんな感じになる↓
あきらめたんじゃ
なかったのか
オヤジ……
あきらめる?
あきらめたら
そこで試合終了
ですよ……?
 まず『スラムダンク』の、あの有名すぎる名ゼリフがあり、次ページにはそれに関連した『孫子』の一節が書き下し文で書かれている。
夫れ未だ戦わずして廟算して勝つ者は、算を得ること多ければなり。(以下略)
 読者はここで疑問に思う。
 ふたつの関係がよくわからないのだ。

 頭にハテナマークを浮かべたままページをめくった先には『孫子』の日本語書き下し文に対する日本語訳があって
 戦争をする前に、宗廟(祖先をまつるみたまやのことで、ここで戦争についてなどの政治決定も行なった)で、味方の力と敵の力を計算してみて勝つ者は、その計算した結果が相手よりも多いからである。(以下略)
 そして。
 このあとがメインディッシュ。

 以上を踏まえ、『スラムダンク』では……


 肝心の解説部分はあえて引用しないでおく。
 我ながら相当イジワルだなとも思うけれど、この部分こそが本書の最大の楽しみなんだからバラしちゃダメでしょう。


 楽しみは本書を買った人だけのものなのだ。

 なるほどと思うこと多数。とだけ言っておく。

スラムダンク孫子スラムダンク孫子価格:¥ 1,470(税込)発売日:2010-09-18


SLAM DUNK 完全版 全24巻・全巻セット  (SLAM DUNK 完全版) (ジャンプコミックス デラックス)SLAM DUNK 完全版 全24巻・全巻セット (SLAM DUNK 完全版) (ジャンプコミックス デラックス)価格:¥ 23,512(税込)発売日:2002-03-22



『孫子』の解説についてはWikipediaを参考にさせていただいた。→孫子(書物)

『江戸の用語辞典』善養寺ススム・廣済堂出版

2010年04月02日 | 歴史
 縦書き文庫を読んでいたら岡本綺堂作品にハマッてしまった。


 岡本綺堂といえば、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズに影響を受け「自分もこんな話を書いてみたい!」と取り組んだのが代表作『半七捕物帳』シリーズである。というのは有名な話。

 読んでいると半七親分はいろいろなシチュエーションで依頼をうけ、推理力と同じくらい鋭い観察力で解決していく。なるほど。たしかにそういわれると形はいっしょだな。江戸情緒満載のホームズってところか。


 綺堂は明治五年生まれで昭和まで生きていたひとだから、僕たちよりもずっと江戸の残り香に触れて育った。しかしその時代は文明開化真っ盛りだったので、ともすれば「江戸情緒=古い=悪」とレッテルを貼られて急速に変化していく時代だった。
 綺堂が『半七捕物帳』で描いた江戸情緒は、もしかしたら世間の「古い=ダサイ」という安直な風潮へのアンチテーゼだったのでは? ……と展開するとなんちゃって批評家っぽくて我ながらしょっぱい文章だな。


 まあとにかく。
 ここまで江戸を書けるのはやっぱりすごい。現代風に言うとがっつりとした取材力ととことんまでのリサーチ力、そしてなによりすんごい構成力のたまものだろう。

 ことばづかいもきちんと「江戸」している。
 しかしきちんとしているからこそ僕たちにはわからない部分もあるわけで。


 そこで僕は、
 本棚から『イラスト・図説でよくわかる 江戸の用語辞典~時代小説のお供に~』(善養寺ススム・廣済堂出版)を取り出して調べながら読むのだ。


イラスト・図説でよくわかる 江戸の用語辞典~時代小説のお供に~イラスト・図説でよくわかる 江戸の用語辞典~時代小説のお供に~価格:¥ 1,575(税込)発売日:2010-01-23



 読んだのは半七親分のデビュー作『石灯籠』。
 ごく簡単に内容を述べると、小間物屋のお嬢さんが浅草の観音参りで失踪する。しかし次の日の夕方にお嬢さんはひょっこりと帰ってくるのだが、今度は衆人環視の密室からこつぜんと消えてしまう。という二重の失踪劇。

 二度目にお嬢さんを見た女中が、お嬢さんの姿を証言するセリフがこれ。
「おとといこの家を出たときの通りでした。黄八丈の着物をきて藤色の頭巾《ずきん》をかぶって……」
 この証言を聞いて半七親分は思う。
(注 この事件をきっかけに半七は親分になるので正確にはまだ親分ではない。しかし僕にとって半七親分は半七親分なんだ。だから僕はこう呼ばせてもらう)
襟付きの黄八丈に緋鹿子《ひかのこ》の帯をしめた可愛らしい下町の娘すがたを、半七は頭のなかに描き出した。
 ん? 「黄八丈」ってなんだ? 
 物語で半七親分が見事に「描き出した」「可愛らしい下町の娘」の絵が僕にはぜんぜん浮かばない。うーん困ったな。絵次第ではとても印象的なシーンだろうからおそらくこの作品のキモなんだろう。でもそこがわからない。なんか置いて行かれた感じだ。


 こんな時のために用意しておいた『江戸の用語辞典』の「き」の欄を広げる。
【黄八丈】きはちじょう
八丈島特産の絹織物でして、黄色と黒や鳶色《とびいろ》の格子、縞模様が特徴です。
 そうか。
 よく時代劇で町娘が着ているオレンジ色とか黄色の下地に黒っぽい格子柄が入ったやつだよ。長屋のアイドルのおみっちゃんとかが着てるあれだ。
Omitsu


 おかげで絵がキレイに浮かんだ。
 よくあるファッションでいかにも「どこにでもいる普通の女の子」という姿をしたお嬢さんが、密室から消失したわけだ。深窓の令嬢とか怪しい間者とかワケありなひとじゃなくて、ホントごく普通のかわいい女の子が密室から消えた。……うむ。謎はよけいに深まる。


 このあと半七親分が「石灯籠」の謎を解いて事件は解決するのだけれど、このシーンを逃したらおもしろみが半減するところだった。ありがとう『江戸の用語辞典』。



 ついでだから前から気になっていた『半七捕物帳』のタイトルの一部である「捕物帳」も調べてみた。
『石燈籠』の冒頭でも
「捕物帳というのは与力や同心が岡っ引らの報告を聞いて、更にこれを町奉行所に報告すると、御用部屋に当座帳のようなものがあって、書役が取りあえずこれに書き留めて置くんです。その帳面を捕物帳といっていました」
と丁寧に説明してくれるのだけれど、『江戸の用語辞典』の「と」の欄にはこうあった。
【捕り物】
逮捕のことを申します。【与力】【同心】が【岡引】に人足を揃えさせ、梯子や【袖絡】をもって捕縛に向かいました。その場で切ってしまえば手っ取り早いのですが、同心はわざと刃のない刀を携えて行きました。相手が庶民でも、まずは穏やかに諭し、往生際の悪い者にのみ、力で押さえお縄にしました。【捕り物帳】
【捕り物】の出動記録帳を申します。【奉行所】で記録するものでございました。
 文中の【】のついた部分は他のページで解説されている。

 ごらんのようにとても多くをフォローしているからちょっとでも「わからないな」と思うとさっと調べられるし、さらにちょっとした雑学や当時の心意気を伝えてくれる。現代ではどうしてもわからない髪型とか着物の名前とかはイラスト入りで解説してくれる親切ぶり。

 ホント重宝する。
 本ライターの資料としても充分実用に耐えうる良書だ。


イラスト・図説でよくわかる 江戸の用語辞典~時代小説のお供に~イラスト・図説でよくわかる 江戸の用語辞典~時代小説のお供に~価格:¥ 1,575(税込)発売日:2010-01-23


 これがあれば時代劇なんて怖くない。
鬼平犯科帳』の「犯科帳」の意味だってばっちりわかっちゃうもんね。


岡本綺堂(縦書き文庫)
→『石灯籠』(縦書き文庫)