鏑木保ノート

ブックライターの書評、本読みブログ。

『漫画力 大学でマンガ始めました』佐川俊彦・マガジン・マガジン

2010年06月04日 | マンガ
 京都精華大学には日本初、いやおそらく世界初のマンガ学部がある。


 こんなことをいうと、「大学でマンガなんてふざけるな」と思うひとがいるらしい。

 マンガという娯楽を「ぼーっとしてても楽めるラクなもの」とだけ思っているからそういう文句が出るのだろうけれど、それは一般人の思考だ(もちろん日常生活においてはそれくらいの理解で十分ではあるのだけれど)。

 もしここに「ぼーっとしてても楽しめる娯楽作品」があるとすれば、それは「ぼーっとしてても楽しめるように作られた娯楽作品」なのだ。
 そこには読者に見えない、また見せる必要のない努力や難しい理屈がいっぱいつまっている。


 そのあたりの技術は後世に伝えなきゃいけないものだと思うし、自ら学ぼうと思う学生がいるのなら、それは素晴らしいことではなかろうか。
 僕はそんなふうに思う。


 さて。
 なんでこんな話をしたかというと、
 京都精華大学マンガ学部准教授である佐川俊彦氏の『漫画力~大学でマンガ始めました』を読んだからだ。

漫画力~大学でマンガ始めました (SUN MAGAZINE MOOK)漫画力~大学でマンガ始めました (SUN MAGAZINE MOOK)価格:¥ 1,260(税込)発売日:2010-04-10


 本書は京都精華大学マンガ学部の紹介と、佐川准教授の講義をもとにしたマンガ制作やストーリー創作に関してのウンチクやためになる話がちりばめられている。
→『漫画力~大学でマンガ始めました』佐川俊彦・マガジン・マガジン

 雑誌のように写真を多用した本文はかなり読みやすい。
 まぁ、マンガを教える学科の教授の本が読みにくかったら笑い話になってしまうのだから、当然と言えば当然なのだけれど。
 それでも有名作の引用が出たら同じページに必ずといっていいほど作品の表紙や名場面の写真を載せているのはとても丁寧な作りだ。


 本書は七章に分かれていて、第一章が『Lesson1 マンガ学部って何?』というタイトルで京都精華大学マンガ学部の紹介で、第二章以降が本編で以下
『Lesson2 マンガ進化論』
『Lesson3 マンガの神様』
『Lesson4 マンガの規則』
『Lesson5 ストーリー論』
『Lesson6 編集者とは』
『Lesson7 目指せマンガ家』
 となっている。


 本書のキモは『Lesson4 マンガの規則』と『Lesson5 ストーリー論』だろう。この二章はマンガを描く、または描こうと思っている人は絶対チェックしておくべき内容が次々と出てきて面白かった。
フキダシ、コマ割りにもルールがある読みやすさにも気を使うのが本当のプロのマンガ家なのです!!
ネームと完成原稿の違いはこうマンガ家はネームであれこれと試行錯誤や実験をしている!!
特徴のあるキャラの作り方
 なかでもプロマンガ家のネームと完成原稿が並べてあるページはマンガ家志望者には垂涎《すいぜん》モノだろう。プロがどのような経過で原稿を仕上げるのか実地で理解できてしまうかもしれない。


 マンガ家といえば。
 僕は投稿か持ち込みかアシスタントあたりからデビューするもんだろうと思っていたのだけれど、今はブログやコミケからなどいろいろな方法があるのだな。いやはや時代は変わるもんだ。
他人の棚ぼたをうらやましがる人がいますが、まず棚まで行かないと落ちたぼた餅は口に入りません。ときには、さらに下からつついてみる…。そのくらいのことはしてみてもいいと思います。
 まったくそのとおり。

 僕はマンガ家ではなく文章の仕事をしているのだけれど、その最初はやっぱり棚の下まで行ってつんつんしていたものだ。
 ときには自分の口に入る以上のぼた餅が落ちてきて窒息しそうになったこともある。でもその経験が今の僕の自信の一部になっているのも事実だ。


 だから若者よ、
 どんどん棚をつんつんしてどんどんぼた餅をキャッチするんだ。
 それは絶対、未来のキミの実力になるから。


 がんばれ、
 未来のマンガ家たち!


漫画力~大学でマンガ始めました (SUN MAGAZINE MOOK)漫画力~大学でマンガ始めました (SUN MAGAZINE MOOK)価格:¥ 1,260(税込)発売日:2010-04-10



京都精華大学マンガ学部


追伸:
 テキストとして紹介されている『石ノ森章太郎のマンガ家入門』(石ノ森章太郎・秋田書店)が読みたくなった。

『バオー来訪者』荒木飛呂彦・集英社

2010年03月26日 | マンガ
少年よ、ある種の事がらは死ぬことより恐ろしい
 いいなー、荒木のセリフ、いいっ! これぞ荒木節だよ。 ウォーム、バルバルバルバルバルバル

 荒木飛呂彦氏の名作漫画『バオー来訪者』の文庫版を読んでいたら、知人女性が通りかかった。

「怖そうな漫画読んでますね。それ、どんなホラーなの?」

 いや違う。
 表紙でよく間違われるんだけど、これはホラーじゃないんだ。

 あえてむりやりジャンル分けをするならヒーローものになる。健全な勧善懲悪ヒーローじゃなくて、アメコミとかにある等身大ダークヒーローって感じでね。敵と同時に自分の宿命とも戦うヒーローっているじゃん、あんな感じさ。


 まあここに座れ。
 オジさんがよーく講義してやるから。

バオー来訪者 (集英社文庫 コミック版)バオー来訪者 (集英社文庫 コミック版)価格:¥ 670(税込)発売日:2000-06

バオー来訪者

 物語はローカル線の車内から始まる。
 ローカル線といっても田舎を走るのどかな単線電車ではない。旧日本軍の細菌戦部隊に由来したアメリカ軍の軍事開発のための組織「ドレス」の専用車両なのだ。だから車内には実験用動物や機材などが並んで、さながらSF映画の実験室のよう。

 予知能力のために組織に研究されそうな少女・スミレが脱走を企てるのだけれど、混乱のどさくさで水槽の中に眠る生物兵器バオーの被検体(橋沢育朗《はしざわいくろう》)が目覚めてしまう。このシーンで研究者「霞の目博士」のセリフがすごい。
「バオー」を目覚めさせることは核爆発させること同じだッ!
 のちに明かされるバオーの能力と育朗の体に迫ったタイムリミットを考えると、このことばはけして誇張ではない。実際すごいのだからバオーは。
 さらに霞の目博士は言う。
やれッ! ヤツを逃がしてはらなん! 今なら殺せる!
 では「今」を逃したらどうなるのか?

 物語はバオーの少年・育朗と予知能力の少女・スミレの逃避行に移る。
 そう、二人は逃げ出したんだよ。
いけないッ!
僕に殺意を向けるのは
僕はあなたを殺すかもしれないッ!
 バオーの正体は寄生虫である。
 宿主の生命が脅かされると寄生虫バオーは分泌物によって宿主の肉体と意識を乗っ取り、恐るべき生物兵器に変えてしまう。このあいだ、宿主・橋沢育朗の意識はない。
 育朗にとってこれは怖い。
 自分の体のなかにいる何者かに意識を乗っ取られ、次に気が付いたら目の前に死体が転がっているのだから。


 最初は相手の殺意の「におい」に反応して虐殺するだけだったバオーなのだけれど、次々にやってくる暗殺者や追っ手と戦ううちにさまざまな「におい」を学習していく。追っ手の殺意の「におい」。殺された生物の悲しみの「におい」。スミレの生命危険の「におい」。
 バオーは次第に悲しみの「におい」を作る原因、つまり加害者を見分けてそちらに敵意を向けるようになる。

 劇中では犬のバオーも出てくるのだけれど、そっちのほうは見境なく暴れ回るだけでそれほど知性を持っているようには見えなかった。つまり「学習する」というのは人間のバオーだけが持つ特殊能力なのだろう。
化物の「力」よ 出現してみろッ! 出てみろッ!
おまえは人を殺すだけかッ!
 物語の大詰め、スミレが「ドレス」に拉致されるにいたって、
 育朗とバオーが下した決断はすべての根源である「ドレス」の「におい」を止めることだった。
 そして育朗は、みずからの意志でバオー化する。
バオー来訪者 (集英社文庫 コミック版)バオー来訪者 (集英社文庫 コミック版)価格:¥ 670(税込)発売日:2000-06
秘密機関”ドレス”が創り出した最強の生物兵器・バオー。橋沢育朗《はしざわいくろう》に寄生し、超能力少女・スミレと共にドレスから脱走したバオーに、暗殺者たちが次々と襲いかかる。その時、育朗の中に眠る無敵の生命・バオーが覚醒する!! 荒木飛呂彦が描く伝説のSFバイオレンス傑作が、今ここに文庫版で復活する
 どう? 面白そうでしょ?
 これは絶対、読まないとソンするよ。

 ウォーム、バルバルバルバルバルバル
★週刊少年ジャンプ1984年45号から1985年11号まで連載されたものです。(この作品はジャンプ・コミックスとして1985年9月、11月に、集英社より刊行された。)