気の向くままに junne

不本意な時代の流れに迎合せず、
都合に合わせて阿らない生き方を善しとし
その様な人生を追及しています

(‘75) 8月21日 里帰り

2022年08月21日 | 日記・エッセイ・コラム

「私ちょっと那覇へ行って来る」
「えっ、どうしたの急に」
「なんでもないの。ちょっと家に帰るだけよ」
「首里に?」
「そうよ」
「もう、帰って来ないんじゃない?」
「な〜によ、そんな顔して。帰って来るわよ」
「本当に?」
「…私、好きなのよ、この石垣が。石垣はいい処サ。八重山は好きよ。大好きよ」
「嫌な事が起きても?」
「そうよ。それは…、石垣の良さとは別な事よ」
「それで、いつ?」
「お昼の飛行機で」
「えーっ、今日?また早い…」
「急に里心がついちゃったのよ。うん、そろそろ行こうかな」
「じゃ、空港迄一緒に行く」
という事で、キヨコは一時首里への里帰りをする事となった。
石垣空港。ここでの見送りのシーンの中で、もっとも辛いケースだ。単なる旅仲間ではなく、誰よりも心を通い合わせた人を見送るシーン。4~5日経てば戻って来るとは言うけれども、心の中では『もしかしたら』と思う気持ちが、私に焦りも似た高揚を覚えさせる。
「本当に4~5日で帰って来るの?…お願い、帰って来て…」
「ええ、帰って来るわよ。モチロン。…それじゃ、行って来るわ」
と言うと、キヨコは搭乗ゲートの中へと消えて行った。
いつもの様に屋上の見送りデッキに上がった時、丁度飛行機に乗り込むキヨコの姿が目に映った。私は手を振った。初めは小さく胸の辺りで。そして、いつしか大きく手を振っていた。彼女が私に気がついたのはタラップの最上段付近で、チラリと振り返り、そしてすぐに機内へ入って行った。やがて飛行機はゆっくりと動き始め滑走路に出た。短い滑走路の向かって左端に止まり、30~40秒ぐらい待機した後、南西航空の小さな飛行機はキヨコを連れ去って行った。私にはそう思えた。大空高く雲間を抜ける様に上昇していき、やがて見えなくなった。私は落胆しながらも『お姉さん、いや、キヨコだって女の人。今度の事で消耗しきっているのだろう。里帰りは避けられない事だったかも知れない。今は待とう。そう、待つしかない。またキヨコが元気になって戻って来る迄…』と思い、美崎町へ戻って来た。

いつもの様にアルバトロスで冷珈琲を飲んだ。日頃の習慣が私の足をここへ運ばせた。優しく暖かな陽射しを浴びながら、言葉にはならない程の美しい海を見るという、この贅沢な『いつもの』憩いのひとときも、私は虚ろだった。これから暫くこんな日々が続くのかと思うと寂しくなる。しかし、こんな気持ちでいる限り、私の『役立たず』は解消される事はない。彼女の為にも、先ず私がこんな自分から立ち直らなければいけない。グラスの中で戯ぶ小さな氷山の中にキヨコの笑顔を見つけ、私はアルバトロスを後にした。



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