自燈明・法燈明の考察

今の社会について思う事

 この週末は所用で動いていたりして、ちょっと疲れてしまっています。明日から仕事ですが、仕事面でもやることが相も変わらず山盛りで、今日くらいはまったりとしていたいです。まあ嫁から小言はいわれそうですが。

 昨日は終日、移動で自分の車を運転していましたが、SDGs(持続可能な開発計画目標)に基づいて「地球環境と共に進む云々」という様な企業広告をさんざ聞かされても居ました。しかしそもそも人類が今の文明による経済活動を続けるのであれば、嫌が応にも地球環境を破壊してしまうのは間違いないでしょう。いまの人類の文明の根底にあるのは「大量生産・大量消費」であり、そこでは物質だけではなく、他の生物をも「商品」として消費していくものになっています。



 しかしそんな私も、その様な人類文明の中に生きており、仕事をして給料を得て、この日本社会の中で「生きる権利」を得ている身分なので、偉そうな事は言えません。仕事をする上では電力を消費していますし、仕事で扱うプロダクト(商品)は確実に地球環境に負荷をかけ、自宅で食事をすれば肉や野菜など、他の生き物を頂く事をしていますが、そこには「無駄」として多くの食料の破棄物を生んでいます。

 だから大上段に私自身「今の人類は間違えている」なんて声を上げる事は出来ません。しかし自分自身が生きて行く中で、その裏にはどの様な仕組みがあり、この地球という惑星の上でどれだけ負荷をかけているのか、そこについての理解は深めていきたいと考えています。

 また政治の世界についても考える事が多くあります。

 今の日本は形式上「立憲民主主義」の形態を取っています。しかし最近になり感じている事は「民主主義」という制度は、いまの人類にはまだ手に余る様な制度なのでは無いかという事です。民主主義とはとても手間がかかるし、我慢が必要な制度であると、私自身は考えているのです。

 人間は多様な考え方の人々が集まり社会を形作っています。そこには積極的に社会に関わろうと考えている人、なるべく穏便に周囲との諍いを避けて行こうとする人、社会以前に自分自身の生活の課題で手いっぱいな人など、様々いて共にこの社会で生活を共にしています。そしてその社会の方向性やルール、場合によっては法律を決める為に政治があり、日本ではそこに自分の代理人を「選挙」で選択し、それらの事を選んだ人達に託すわけです。これが議会制民主主義ですよね。だから選挙民としては彼ら代理人がしっかりと自分の政治信条の代理として動いているのかを常に考えなければなりません。また政治に関しては巷間でも常に語らい、議論をしていく必要があるのですが、これを真面目に考えたら、結構心折れる作業でもありますし、そもそも全ての人が真面目に政治を考えたら、恐らく日本社会の中では諍いが絶えなくなるでしょう。

 結果どうなるかと言えば、そもそも代理人を選んだとしても、その代理人が百パーセント自分の政治信条と同じ行動を取る訳でもなく、また当然、多くの人達の思惑も絡んでくる事から、自分自身の意見が常に百パーセント反映されるわけでもないので、多くの人達は政治に対する関心を失っていきます。また時としてマスコミ等の扇動する報道によって、極端な政治行動がとられたりして「ポピュリズム(衆愚政治)」に動く事もあるでしょう。

 結果、今の日本の様に末期的な政治的なシラケが横行し、当に国の方向性が一部の既得権益者により決められ、グダグダな政治を生み出してしまいます。また歴史を振り返れば、ヨーロッパなどで独裁政治を生み出したのも、その母体となったのは常に民主主義政治という現実もあるのです。

 思うに今の人類の喉元に突き付けられているのは「自分の頭で考え続けられるのか」という事と「(意見の異なる)多様性の意見を受容出来るのか」の二点の様に私は思えるのです。

 考えてみれば徳川幕府から明治維新を成功させたと言っても、そこで身を賭して動いた中心的な人間は百人いないでしょう。アメリカでは独立戦争をして自由を勝ち取ったと歴史で書かれていますが、そのアメリカ独立戦争で中心になったのは当時のアメリカ人の3パーセントの人達に過ぎないと言います。その外多くの人達は状況は様々ありますが、その独立戦争の時には傍観者として、また指示された事だけ動く流れの中に乗っていただけ、という意見もありました。

 今世紀に入り、考えてみたら私は自分の目で多くのものを見てきました。代表的な出来事としてはアメリカのニューヨークであった同時多発テロ。湾岸戦争。東日本大震災。福島第一原子力発電所の事故。そして今回の新型コロナの世界的なパンデミック。細かい事を数え上げたらきりがありません。思うにこの時代は人類史の中で大きな「変革期」を迎えているという事と共に、地球環境も大きな変わり目に来ている様に思うのです。

 こんな時だからこそ、自分自身と向き合い、自分の心に「いま起きている事はどういう事なのか」を問いかけ、自分自身として「この事態にどの様に処すべきか」を常に考えていかなければならないという思いを強くしています。

 まあ一人の人間なんて、今の七十億人を超える総人口の人類社会の中では微々たる存在でしか無い事なんですけどね。でも自分自身の人生を生きているのは、この「自分」なんですから、しっかり考えないといけないのではないでしょうか。


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