自燈明・法燈明の考察

歴史観の必要性

 最近の日本という国の迷走ぶりは目も当てられません。岸田内閣はピントがボケた政策を連発し、政権与党たる自民党は、政治資金の問題を、何故か派閥の問題にすり替えてしまい空騒ぎしていて、マスコミもそれに同調しています。友党の公明党なんて、与党の働きすら出来ておらず、単なる自民党の集票組織に堕していますし、野党にしても自民党を追い落とす好機とばかりに、派閥論争を責め立てるだけではないでしょうか。

 日本は形式上、民主主義の国家です。政治家は選挙で選ばれ、その政治家が行政機関の長である内閣総理大臣を選任し、総理大臣が閣僚を選びます。そしてその閣僚が外交や内政全般を取り仕切るという、間接選挙という事で国の指導者を選出しています。

 しかしその政治家はというと、国家百年の計なんて微塵も考えれる人材がおらず、目先の選挙と、其の為の党利党略だけ考えて動き、肝心の内政に関して言えば、霞が関の官僚におんぶに抱っこ。政治家ならば国の方針とか、これからあるべき姿を考えて、官僚を使い熟さなければならないのに、そんな事を出来る政治家が今の日本に居ないのが、日本国最大の不幸としか私には思えてしまいます。

 形式的とは言え、その政治家を選んで議員にしているのが、紛うことなき国民であって、この政治家のレベルの低さとは、日本国民の政治に対する不誠実さが如実に現れてしまったという事なんでしょう。
 だから今の政治家でレベルが低く、どうしょうもないと嘆き憤った処で、そんな政治家を選んでいる選挙民がいる限り、これはどうにもならない事なのです。

 当に「民衆を害する権利は民衆にしかない」という、民主主義の短所を今の日本は如実に体現しています。一見すると政治家が国民を虐めている、無視して好き勝手にやっている様に見えますが、それを選択したのは紛うことなく国民自体なんです。自分たちを自分たちが害している。

 この日本の政治に見える問題を、根本的に解決するには、やはり国民の政治に対する姿勢を変えなければなりません。そこを変えることで政治家のレベルも変わっていき、民主主義国家としての成長も出てくると言うものです。

 しかしどう変わっていけば良いのでしょうか。

 これには国民が政治に対して関心を持つことがいちばん大事なのかもしれませんが、果たして今の日本国民は、この腐れきったと言ってもいい政治に対して関心を持てるでしょうか。恐らくそこも難しいのかもしれません。

「どうせ私一人が投票に行っても、日本を変える事なんて出来ない」

「どうせ私一人が投票に行っても、日本を変える事なんて出来ない」

 多くの国民はこの様に考えている事でしょう。確かにその言葉には理があるように思えますが、しかしそこには少し誤解が有るようです。確かに今の日本の現状が、一票如きで変えられる訳がありません。しかし政権与党の行動を容認出来るが、できないか。そこは今の社会制度では投票するという行為で表明しなければならないのです。

 しかしながらごう言った国民の行動には、自分たちの社会の成り立ちがどの様なものであったのか。しっかりと過去を理解しなければ出来ない事だと私は考えたりします。私達が生きている社会は、過去にどの様な人達が居て創り上げられて来たのか、良い事は何で悪かったのはどういう事だったのか。そして結果として現在があるという認識を持たない限り、こういった行動を取る事が困難な様に思えるのです。

 しかしながらごう言った国民の行動には、自分たちの社会の成り立ちがどの様なものであったのか。しっかりと過去を理解しなければ出来ない事だと私は考えたりします。私達が生きている社会は、過去にどの様な人達が居て創り上げられて来たのか、良い事は何で悪かったのはどういう事だったのか。そして結果として現在があるという認識を持たない限り、こういった行動を取る事が困難な様に思えるのです。

 確かに現在においても、一部の市民活動家と言われる人達が、与党の政策に反発して行動しているのが見受けられます。これはいわゆる「リベラル」と日本国内で呼ばれている人達が大半を占めています。彼らも彼らなりに社会を思っての行動と自覚はしていますが、問題なのは歴史観が間違っている為に、逆に国を損なう言動が多く見受けられ、特に近年では中国の覇権主義など、周辺国の外交に安易に利用されてしまっている事が残念でなりません。

 そういう意味でも、今の日本には歴史観の見直しと、過去に対する認識を改める事が必要なのではないでしょうか。

 ただしこれは、自民党や一部の人達の言う「自虐史観」とか「戦後レジュームからの脱却」に見られる過去の歴史観の事ではありません。そこには多くの浪花節的な観点や、過去の出来事に対するノスタルジーや民族としての「美しさ」を求めるものでもありません。そこは冷静にかつ客観的なものである必要もあり、善きにつけ悪しきにつけ、自分たちの国や民族が行った行動をみつめるものでなくてはならないでしょう。

 それが今一番、必要とされていると私は感じているのです。


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