新古今和歌集の部屋

歌論 無名抄 俊惠歌躰定事




俊惠云
世の常のよき哥は堅文の織物のごとし。よく艶優れぬる哥は浮文の織物を見るがごとし。空に景氣の浮べるなり。
ほの/\と明石の浦の朝霧に嶋隠れ行く舟をしぞ思ふ
(古今集 巻九 羈旅 古今和歌六帖 和漢朗詠集 前十五番歌合 三十人撰 三十六人撰 柿本人麻呂)
月やあらぬ春や昔の春ならむわが身ひとつはもとの身にして
(古今集 巻十四 恋四 古今和歌六帖 俊成三十六人歌合 伊勢物語 在原業平)
是等こそ餘情内に籠、景氣空に浮かびて侍れ。させる風情もなけれど、詞よく續けば、自づから姿に飾られて此を具する事も有るべし。木工頭の哥に
鶉鳴く眞野の入江の濱風に尾花波寄る秋の夕暮
(金葉集 源俊頼)
是もまがはぬ浮文に侍るべし。
但よき詞を續けたれど、求めたるやうになりぬるをば又失とすべし。或人の哥に、
月冴ゆる氷の上に霰降り心くだくる玉川の里
(千載集 冬 藤原俊成)
是は、たとへば石を立つる人の、よき石を得ずして、小さき石どもを取集めて高くさし合せつゝ立てたれど、いかにも眞の石には劣れるやうに、わざとびたるが失に侍るなり。
又、云
匡房卿哥に、
白雪と見ゆるにしるしみよし野の吉野の山の花盛りかも
(詞花集 巻一 春 大江匡房)
是こそはよき哥の本とは覺え侍れ。させる秀句もなく、飾れる詞もなけれど、姿うるはしくげにいひ下して、長高くとをしろき也。たとへば、白き色の異なる匂ひもなけれど、諸の色に優れたるがごとし。萬の事極まりてかしこきは、あはくすさまじきなり。此躰はやすきやうにて極めて難し。一文字も違ひなば怪しの腰折れに成りぬべし。いかにも境に至らずしてよみ出で難きさまなり。
又、
心あらん人にみせばや津の國の難波のわたりの春の景色を
(後拾遺集 巻一 春上 能因)
是は始めの歌のやうに限なくとをしろくなどはあらねど優深くたをやか也。たとへば、能書の書ける假名のし文字のごとし。させる點を加へ、筆を振へる所もなけれど、只安らかにこと少なにて、しかも妙なり。
又、云、
思ひかね妹がり行けば冬の夜の川風寒み千鳥鳴くなり
(拾遺集 巻四 冬 紀貫之)
この哥ばかり面影ある類はなし。
六月廿六日寛算が日も、是を詠ずれば寒くなる
とぞ或人は申し侍し。大方、優なる心詞なれど、態求めたるやうに見ゆるは、歌にとりて失とすべし。結ばぬ岑の杪、染めぬ野邊の草葉に、春秋につけて花の色/\を現すごとく、自ら寄り來ることを安らかにいへるが秀哥にては侍る也。


○俊惠
(1113~?)源俊頼の子。東大寺の歌林苑の月次、臨時の歌会を主催。鴨長明は弟子にあたる。
○匡房
大江匡房(1041~1111年)江帥、江都督ともいわれる。大宰権帥。後三条、白河、堀河三帝の侍読。
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