goo blog サービス終了のお知らせ 

一歩先の経済展望

国内と世界の経済動向の一歩先を展望します

米中優先のトランプ政権、日本は対米持久戦に転換か 636兆円の利益剰余金が支え

2025-06-10 12:58:56 | 経済

 9日にロンドンで始まった米中通商協議は、10日午前10時(日本時間午後6時)から再開される。マーケットは米中合意を期待して10日の日経平均株価は続伸しているものの、継続協議になる可能性も相応にあると筆者は予想する。米側の交渉スタンスをみると、自動車や半導体の製造に欠かせないレアアース(希土類)に対する中国の輸出規制の緩和が最優先事項になっているとみられる。その結果、対日交渉の優先順位は下方に後退し、主要7カ国首脳会議(G7サミット)に合わせた日米首脳会談での基本合意は危ぶまれている。

 石破茂首相と日本政府は、この状況を踏まえて「交渉の長期化もやむなし」という塹壕戦に交渉戦術を切り替えた可能性があると予想する。仮に7月9日の米相互関税の実施延期期限を突破したとしても、日本が容認できる水準まで自動車関税や相互関税の水準を米国が引き下げなければ、塹壕に入ったまま「耐える」方針を採用したと予想する。その背景には、名目国内総生産(GDP)を上回る636兆円に上る企業の利益剰余金の存在があり、日本企業には持久戦に耐えられる体力があると日本政府は判断しているのではないか。

 

 <レアアースの輸出規制緩和、見合いに米は対中規制を緩める方針>

 米中通商協議の1日目が終了した後、トランプ米大統領は「中国とは順調にやっている。簡単な相手ではない」と記者団に語った。

 また、ハセット国家経済会議(NEC)委員長は、CNBCの番組で「ロンドンの協議では握手の後に、米国の輸出規制が緩和され、中国は多くのレアアースを供給する見通しだ」と語った。さらに「極めて高性能なエヌビディアの製品についてはこの限りではない」と述べ、同社製の最先端半導体は規制緩和の対象外とのスタンスを示した。

 こうした発言を勘案すると、中国によるレアアースの輸出規制で生産に影響が出ている自動車や半導体などへの影響を重視し、米国は半導体の輸出規制などを緩和することを中国に提案している可能性が高い。

 ブルームバーグによると、トランプ政権は半導体設計ソフトウエア、ジェットエンジン部品、化学物質などを対象とした一連の規制措置を撤回する用意があるという。

 また、ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)は、トランプ大統領がハイテク製品などの対中輸出規制について、解除に向けた交渉権限をベッセント財務長官ら交渉団に付与したと報道している。

 

 <TACOを見越した中国、米の大幅譲歩を要求か>

 6月3日の当欄で指摘したように、トランプ大統領はレアアースで決定的な弱みを握った中国に対して大幅な譲歩姿勢を示し、マーケットはそれを見越して半導体関連株などを買い戻し、10日の日経平均株価も大幅な上昇となっている。つまり、足元におけるリスクオン的な取引は、典型的なTACO「Trump Always Chickens Out(トランプはいつもビビッてやめる)」トレードと言うわけだ。

 だが、巧みな交渉戦術を駆使する中国は、一度握った弱みは決して離さない。エヌビディア製の人工知能(AI)関連製品に不可欠な最先端半導体の輸出規制の解除を求め、交渉が難航していると予想される。

 もし、ここで米国が譲歩すれば、この先のAIを中心とした最先端の経済ヘゲモニー(覇権)をかけた米中の争いは中国優位に傾き、トランプ2.0のチーム内で最優先の課題だった対中優位確立のための政策体系はもろくも瓦解する可能性が高まる。

 したがって10日の米中通商協議で最終合意に達することはなく、米中協議は長期化すると筆者は予想する。

 

 <対中交渉優先のトランプチーム、対日融和の姿勢見せず>

 一方、対中協議を優先したトランプ大統領の決断によって、基本合意が遠のいてしまったのが日米交渉だ。

 赤沢亮正・経済再生相が今週中に6回目の閣僚級交渉を行うため、訪米する予定と報道されているが、トランプ大統領が「何かのひらめき」によって、急転直下、日米交渉の妥結を決断しない限り、G7サミットの合間に開催される日米首脳会談で日米関税交渉が基本合意に達する可能性は大幅に低下したと予想する。

 石破首相が9日の参院決算委で、トランプ関税による悪影響が予想される自動車産業などを念頭に「何が何でもサプライチェーン(供給網)を守り抜く」と語ったのも、日本に不利な内容で基本合意する意思がないことを明確に示したと筆者は考える。

 日米間の交渉の実態は堅い情報コントロールによって全く外界に漏れてこないものの、日米通商交渉の実務に詳しい複数の関係者は、25%の自動車関税の適用を免れて、10-15%の低率関税を適用する対米輸出の自動車の台数をめぐって、最終的なつばぜり合いが展開されている可能性があると指摘する。

 例えば、2024年の対米自動車輸出の台数である約137万台に対し、米国が50万台に10%の関税を適用し、それ以外に25%を適用すると提案していたとすると、日本政府は「ノー」と言わざるを得ないだろう。

 

 <石破首相、不利な合意よりも塹壕戦を選択か>

 もし、G7サミット開催期間に行われる日米首脳会談で関税での合意ができなかった場合、次の交渉の節目は相互関税の凍結期限である7月9日が注目されることになる。

 ただ、数週間で日米の距離が急速に縮まると考えるのは、楽観的に過ぎるかもしれない。その場合は、日本に対する相互関税の凍結期限を数カ月単位で延長することに米側を誘導し、持久戦に持ち込む戦術が浮上するのではないか。

 米側は、対米自動車輸出に依存する日本経済の「ゆがみ」に着目し、強気に出れば日本は折れるとみて、対中交渉で見せているTACOとは対照的に、全く譲歩する姿勢を見せていない。

 

 <米側が見落としている636兆円の利益剰余金、持久戦に耐えられる規模>

 しかし、米側は見落としているものがある。それは、日本企業が欧米企業と比較して飛び抜けて巨額な利益剰余金を積み上げていることだ。 

 財務省が6月2日に発表した2025年1-3月期の法人企業統計によると、調査対象企業の利益剰余金は前年同期比プラス8.4%の636兆5314億円と過去最高を更新した。同じ期間の日本の名目GDPである625.3兆円を大幅に上回る規模となっている。

 永続的に25%の自動車関税がかかれば、日本の自動車産業が生き残る道は相当に限られるが、交渉妥結までの期間であれば、関税を企業が負担しても十分に対応が可能であることは明白だ。

 石破首相と日本政府の対米交渉チームは、その点を十分に認識して「塹壕戦」に臨み、米側との妥協点を探る道を取ったと筆者は考える。

 

 <内閣と自民の支持率上昇、日米交渉の長期化なら内閣不信任案の可決可能性も低下へ>

 NHKが6月3日から3日間にわたって実施した世論調査によると、石破内閣の支持率は6ポイント上昇して39%となり、不支持率は6ポイント低下して42%となった。政党支持率でも自民党が5.2ポイント上昇の31.6%になったのに対し、主要な野党の支持率は軒並み低下した。

 日米関税交渉の長期化は、7月に予定されている参院選に不利との観測もあったが、交渉中は内閣不信任案を提出する大義が生じないとの声が、野党第1党の立憲民主党内にあり、内閣不信任案の可決によって日米交渉を行う政治的基盤が毀損されるという最悪の展開も回避できそうな状況になってきた。

 石破首相は、日米関税交渉を塹壕戦で戦う環境が整ってきたと判断しているのではないか。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする