あと、1ヶ月ほどで、母が亡くなってから1年が経ちます。
そろそろ、一周忌の準備もしなければならないのですが、その前に問題が…。
実は、お墓をまだ決めていないんです。
まず、外のお墓にするか、納骨堂にするかで迷っています。
外にすると、北海道は雪が多いので、冬になると御参りにはなかなか行けません。
その間にお墓も荒れてしまって、かわいそうな気がします。
私はできるだけ母に会いに行きたいのです。
そうなると、近くの納骨堂となりますが、昨日見に行ってみたところ、やはり狭くて、なんだかかわいそうな気がします。
この狭い納骨堂に入れてしまうなら、家にずっと居てもらった方がいい様な気がしますが、そんな事はできないのでしょうね。
どうして家にお骨を置いておいてはいけないのでしょう。
土に還れないから…?
でも、納骨堂でも同じことになるのでは?
要するに、死んだ人への執着心をなくすということなのだと思いますが、どうして執着していてはいけないんでしょうね。
執着していたって、生きている人は日常生活を送れるのに…、というか送らざるを得ないです。
しばらくまた悩みそうです。
そろそろ、一周忌の準備もしなければならないのですが、その前に問題が…。
実は、お墓をまだ決めていないんです。
まず、外のお墓にするか、納骨堂にするかで迷っています。
外にすると、北海道は雪が多いので、冬になると御参りにはなかなか行けません。
その間にお墓も荒れてしまって、かわいそうな気がします。
私はできるだけ母に会いに行きたいのです。
そうなると、近くの納骨堂となりますが、昨日見に行ってみたところ、やはり狭くて、なんだかかわいそうな気がします。
この狭い納骨堂に入れてしまうなら、家にずっと居てもらった方がいい様な気がしますが、そんな事はできないのでしょうね。
どうして家にお骨を置いておいてはいけないのでしょう。
土に還れないから…?
でも、納骨堂でも同じことになるのでは?
要するに、死んだ人への執着心をなくすということなのだと思いますが、どうして執着していてはいけないんでしょうね。
執着していたって、生きている人は日常生活を送れるのに…、というか送らざるを得ないです。
しばらくまた悩みそうです。
みんなで、可哀想だし、私たちもあんなところに入れるのは嫌だと話し合った結果です。
執着するのは当たり前の話で何も悪くないと思ってます。
本当に両親が亡くなって何度も電車に乗って往復しましたが、私の精神状態は大変なのに、周囲の人にとっては何でもない日常なんですね。
虚しさがこみ上げてきたのを昨日のように覚えております。
私の書くこといつもまとまりのないことばかりですみません。
仏壇に置いている方がいると聞いて、ちょっと安心しました。
私としては外のお墓にしても、納骨堂にしても、納得のいく場所にしたいと思っています。大事な場所なので、妥協せずにじっくり選びたいと思います。
前に、樹木葬の事をTVで見たのですが、それ以来、これが母らしくていいなぁと思っています。が、なかなか問題がある様で、してくれる所はまだ数少ないようです。
そういえば、ネットサーフィンしていたら、遺灰でダイヤモンドを造るというサイトを発見しました。
前にTVか新聞かで見た事があったのですが、すっかり忘れていました。お値段はちょっと高価なようですが、それ以上に、母といつも一緒にいられるという精神的価値があります。
長々ととりとめのない事を書いてしまってすいません。この辺にしときます
それは 母のケジメだったようで・・・
いつまでも家にいて欲しいと私も思っていました。がらんとした仏壇を見ては涙・・・
でもお墓にお骨を納めることで 亡くなった人はあの世に心置きなく旅立てるとも聞いています。
この世界にいてはいけないんだと 自分自信でこの世に肉体が無くなったことを実感するのでしょうか・・・戻る場所がないので新たな世界に進むしかないですものね。
そして修行を積み仏となり・・・すると お墓というものはあの世とこの世を繋ぐドアのような役目をするそうです。
父が亡くなって 1週間が過ぎたころ我が家にやってきた父・・・それっきり来てはくれません。きっと修行を積んでいるのでしょうね。
住職さんにそのことを話したら「3年ぐらいしたらきっとまた遊びにくるよ」と言われました。仏になるには時間がかかるようです。あの世でもすることは色々ありそうですよ。
お墓というものはあの世とこの世を繋ぐドアとなる大事なところです。
ちなみに父のお墓は 小さいながらも極楽浄土の方をまっすぐに向いているというとってもいい場所に建てることができました。
あとで後悔のないように納得いく場所に出会えるといいですね。
いい場所が見つかって良かったですね。
そんな納得のいく場所が見つかって羨ましいです。
お墓と自宅は近いですか?
こちらは、近くに(と、言っても車で2、30分ですが)公営の霊園があるのですが、そこは申し込んでも直ぐに建てられる場所が無く、いつ建てられるか分からないといったような感じです。
直ぐ建てられれば、迷わずそこに決めるのですが…。
そうなるとどうしても納骨堂となってしまうのですが、どうも狭いし暗いし納得がいきません。
どうしたらいいんでしょうね?
ラッキーなことに 墓地としてあらたに広げたところを手にいれることができました。
ほんと狭いんです。一区画が墓石を乗せるだけしかないんですよ。
雪は滅多に降りませんが、2月5日(父の誕生日でした)にお墓参りに行ったら 花の水も凍り付いていました。寒そうでした。
納骨堂だったら寒さはしのげそうな気もしますが・・・でも窮屈そうですよね。
聞いた話ですが、ある納骨堂ではPCを使ってお参りができるとか・・・
画像ががーーっと出てきて お花の画像を供えたり、お線香点火とかマウスを使って動かしたりできるらしいのです。
今の時代を反映しているのでしょうか・・・
遠く離れている人には便利さがあっていいのかもしれませんが、やっぱりちゃんと手を合わせたいですよね。
父は元気なころ「自分が死んだら海に撒いてくれ」と言っていたこともありました。海釣りが大好きだったから・・・
でも遺された者は寂しすぎますよね。
どんな形になっても そこへ行けば会えるっていう拠り所があるだけで違いますよ。
PCを使ってお参りできる納骨堂、そういえば前にTVで見た事があります。
ネットもここまできたか?って感じですね。
どうしても行けない人には、いいかもしれませんけど…。
母も「海に撒いて。」ってよく言ってたけれど、やはり会いたい時に会える場所って必要ですよね。
でも、海は世界中どこでも繋がってるから、海に行けば、会えたことになるのかな?
そう素直に思えればそれもまた良しなんですけどね。