山形大学庄内地域文化研究会

新たな研究会(会長:農学部渡辺理絵准教授、会員:岩鼻通明山形大学名誉教授・農学部前田直己客員教授)のブログに変更します。

「映画館をめぐる現代民俗-鶴岡まちなかキネマを事例として」

2014年11月26日 | 日記
 本論文は『山形民俗』第28号、2014年11月、に寄稿したものです。誤記などを若干の修正の上でアップします。いちばん下の表が見づらいですが、お許しを。

 映画館をめぐる現代民俗-鶴岡まちなかキネマを事例として
                           岩鼻 通明
 一 はじめに
 本論文は、2011年度東北地理学会春季大会および2012年度人文地理学会大会において報告した「鶴岡まちなかキネマと中心市街地活性化」に関して、その後の継続的な調査の結果をとりまとめて報告するものである。
 筆者は、この数年来、映画を通した地域活性化についての調査研究を行ってきた。従来の地域活性化に関する研究は、どちらかといえば経済効果を中心に行われてきたが、本論文では、それのみにとどまらず、文化地理学的および民俗学的アプローチからの地域活性化研究を模索するものである。

 二 映画を通した地域活性化
 映画を通した地域活性化は、大きく3つに大別される。
 ひとつは、映画のロケを通した地域活性化であり、地域で映画が撮影されることによって、スタッフや俳優が滞在する期間中に宿泊・飲食費などの直接的な経済効果が発生する。大規模な映画撮影の場合は総勢百人を超え、現地ロケの期間もひと月以上におよぶことも少なくない。
 それに加え、その映画がヒットすれば、いわゆるロケ地観光もしくはスクリーン・ツーリズムと称される旅のスタイルで、映画の中の名場面を訪問する観光客が増加し、間接的な経済効果がもたらされる。韓流ブームにおける、いわゆる「冬ソナ」効果は広く知られており、ロケ地となったソウルや春川を多くの観光客が訪問した。
 もうひとつは、映画祭の開催にともなう地域活性化である。たとえば、アジア最大の映画祭とされる韓国の釜山国際映画祭は、毎年10月上旬の2週間近い開催期間中に延べ20万人の観客が来場する経済効果は非常に大きいものがある。
 日本の例としては、山形市で2年に一度開催される山形国際ドキュメンタリー映画祭もまた、一週間の会期中で延べ2万人の観客を集める国際的に知られた映画祭である。地方都市における地域活性化効果は大きいものがあり、国際的な知名度アップにもつながるといえよう。
 最後に、映画館を通した地域活性化をあげることができる。日本の映画館は、テレビの普及以来、どんどん減少に向かったが、1990年代半ばに、いわゆるシネマ・コンプレックス(以下ではシネコンと略する)が登場して以来、スクリーン数は増加傾向に転じた。
 ただし、このシネコンは郊外大型店舗に併設される傾向が当初は一般的で、映画館そのものの立地が郊外化し、中心市街地に存在した旧来の映画館は閉鎖が相次いだ。中心商店街が、シャッター通りと化した原因のひとつに、集客力のある映画館が郊外化したことがあげられる。

 三 中心市街地と映画館
 そこで、21世紀に入る頃から、地方都市の中心市街地に小規模な映画館を設置して、人の流れを呼び戻そうとする試みが始まった。国土交通省や経済産業省の補助金事業として、ミニシアターと称される小規模映画館が空き店舗などを活用して、中心商店街の一角に設置されるようになった。
 東京などの大都会では、大手映画会社の系列の映画館が自社作品やハリウッド映画しか上映しないために、自主制作や低予算映画、ないしハリウッド以外で製作されたアート系の映画を上映するミニシアターが1980年代に立ち上げられた。その動きが、地方都市にも波及したものといえよう。
 地方都市におけるミニシアターの先駆的な例としては、群馬県高崎市のシネマテークたかさきや、埼玉県深谷市の深谷シネマなどをあげることができる。それらの先行事例を参考にして、新たに開業した映画館が、本論文で取り上げる山形県鶴岡市の鶴岡まちなかキネマである。

 四 鶴岡まちなかキネマの誕生とその後の展開
 鶴岡まちなかキネマ(以下では、まちキネと略する)は、鶴岡の中心市街地に位置する松文産業の工場跡地を再開発して造成された映画館である。2010年5月にオープンしたが、木造の工場建築を映画館として再生したもので、その建物は世界的建築賞であるリーブ賞の2010年における商業建築部門で入選している。
 映画館の内部には、広いロビーと定員165名から40名までの4つのスクリーンが存在し、レストランも併設されている。将来に施設を拡充できるスペースも用意されている。
 さて、山形大学農学部の2010年度卒業論文で、このまちキネに関する調査研究をまとめたものを、卒業生との連名で2011年度東北地理学会春季大会において発表した。
 この卒業研究の要点を示すと、農学部学生およびまちキネの観客に対して実施したアンケート結果から考察したものであり、農学部学生に関しては、新しくオープンした映画館よりも、三川町にあるシネコンのほうをよく利用していることが判明した。その理由としては、まちなかキネマでは見たい映画があまり上映されていないという意見がめだった。
 一方で、まちキネの観客は、旧鶴岡市内のみならず、庄内地方のかなり広域的な範囲から集まっていることが明らかになったが、連携する近隣の商店街はあまり積極的に利用されていないことも明らかになった。以上の卒業研究の結果について、その後の展開を明らかにするために、以下のような追跡調査を実施した。

 五 追跡調査の結果について
 この調査を踏まえて、まちキネのその後の利用の変化を把握すべく、2012年5月および2013年7月に農学部学生に対するアンケート調査、2012年7月および2013年5月に映画館での観客アンケート調査を実施した。その集計データを、2011年のデータと比較しながら、以下で分析したい。
 その結果として、まず農学部学生が、どのような手段で映画を鑑賞するか、という設問については、まちキネの利用は漸増傾向にあるものの、三川町のシネコンの利用は大きく落ち込んでいて、レンタルで映画を見るという回答が年々増加傾向にあり(表1)、むしろ映画館で映画を見る機会が全体的には減少していることが明らかになった。その背景には、百円レンタルなどのDVDレンタル業者の過当競争などが存在するものと推測される。
 その一方で、まちキネ利用者は若干の増加があり(表2)、認知度は開業当初から比べると大きく増加しており(表3)、開業から3周年を迎えて、それなりに浸透しつつあることが確認された。
 また、まちキネの建物や設備、雰囲気に対する評価は高いものの、上映作品および上映時間に対する不満の声は依然として継続している(表4)。その面では十分な改善が映画館側で試みられたかは微妙であろうか。そもそも、まちキネの観客層は、いわゆる交通弱者とされる高齢者および高校生までの未成年層が主たる対象と想定されているために、大学生が見たい映画とのずれが生じるのは、やむをえない側面が存在するといえよう。
 それに対して、まちキネの観客アンケートの結果からは、固定客が増えつつある状況を把握することができた。2012・2013年の結果では、男女比で女性のほうが多くなっているが、これは平日の午後に調査を行ったことが影響したものとみられる(表5)。
 また、観客層も、かなり高齢者に偏っていることが明らかになった(表6)。これもまたアンケートの実施が平日の日中の時間帯であったことに加え、上映作品自体も高齢者向けの内容であったことから、若年層の意見を十分に集約できなかったという課題が残された。
 一方、職業別では、会社員と無職が多くみられるが、2012年は自営業が多かったのが、2013年では主婦が多くみられる。いずれも平日の午後という時間帯に来場しやすい職業といえ、それが反映したものといえよう(表7)。
 そして、居住地では、いずれも旧鶴岡市内が圧倒的に多いが、2011年では羽黒・朝日・温海・藤島といった周辺部からも、それなりの観客を集めており、これは休日に調査した影響があるとも考えられる。また、2012・2013年では、酒田や遊佐といった最上川以北からも観客を集めており、集客圏が拡大したものとみられる(表8)。さらに、映画の鑑賞回数からは、年々、鑑賞回数の多い観客が増えつつある傾向がうかがわれ、いわば常連客が定着しつつあることを物語るといえようか(表9)。
 映画の情報源としては、新聞や館内のチラシ・上映プログラムなどの紙媒体の比重が意外に大きく、ホームページをあげる回答は、さほど多くはなかった(表10)。高齢層の観客が多いとはいえ、若い世代の観客を集めるためには、多様な情報発信が不可欠であると思われる。
 交通手段としては、自動車という回答が圧倒的多数で、まちなかに位置するにもかかわらず、徒歩や自転車利用は少数にとどまった(表11)。このことは近隣商店街の利用とも関わる問題であり、徒歩や自転車利用による商店街との回遊性を高める工夫が必要であろう。
 同行者については、2011年の調査では家族が多かったが、これも休日の調査が影響したものと思われ、2012・2013年の調査では単独が多くなっている(表12)。これは、かつて被災地の映画館での調査時も同じ傾向がみられたのであるが、日本人は単独で好みの映画を鑑賞するというパターンが存在するといえる。韓国では、デートや家族ないし友人と映画鑑賞するパターンが一般的であり、好対照ではあるが、観客を増やすためには複数で映画鑑賞することを習慣づける動機付けも試みられるべきであろう。
 商店街での買い物行動との関連をみると、買い物をしないという回答が少しづつ減少傾向にはあるものの、まだまだ連携が十分とは言いがたい(表13)。駐車場の開放などが実施されてはいるものの、さらなる商店街との連携強化は大きな課題であろう。
 最後に、この映画館がなければ、どの手段で映画を鑑賞するか、という回答では、他の映画館で鑑賞する、というものが多数となり、三川のシネコンの影響力が大きいことを物語っている(表14)。ビデオやテレビで、という回答は多くはないものの、ウェブ上での映画のネット配信が急速に広まっていることから、若い世代の映画館離れがますます加速する不安は大きい。
 
 六 おわりに
 まちキネは、工場跡地の再開発であるために、もよりの商店街から数百メートル離れており、それらの連携が当初からの課題となってきた。見終わった映画の半券で、近隣商店街での割引などの特典が存在し、協力店も次第に増加してはいるのだが、この半券利用の浸透度は、依然として十分とはいいがたい。
 映画館へ自家用車で訪れる観客が近隣商店街を行き帰りに利用する機会は、まだまだ多くはなく、商店街との連携を如何に深めていくかが、中心市街地活性化の成功例となるかどうかの岐路であるといえよう。
 また、鶴岡市には、庄内映画村という、野外ロケセットを有する撮影場が立地しており、この庄内映画村で撮影が行われた作品が、まちキネでも、いくつも上映されてきた。地元出身の小説家である故藤沢周平氏の作品の映画化も活発に進められてきており、それらのいくつかは鶴岡城下町が舞台となっている。
 このような、地元を舞台とする時代小説の映画化と地元での上映がリンクすることによって、相乗効果が得られるのであり、冒頭で紹介した映画ロケや映画祭などと一体化しながら、文化事業としての側面を高めていくことで、鶴岡市の中心市街地活性化が、真の効果を発揮するものと期待したい。
 以上、まちキネをめぐる分析を試みたが、映画が誕生して百年余りで、映画をめぐる環境は大きく変わりつつある。まず、テレビの普及によって、家庭のお茶の間で一家団欒しながら映像を楽しむことが可能になった。
 ついで、1980年代になると、ビデオの普及によって、映像を記録することが容易になり、また、旧作映画をビデオで鑑賞することも可能となり、しかも映像を静止画面でくまなく確認することすら簡単に行えるようになった。
 さらに、1990年代後半になると、ウインドウズ・パソコンの普及によって、映像をパソコンで編集できるようになり、ビデオカメラで撮影した映像を編集して、映像作品を制作することが手軽に行えるようになった。そのために、自主制作やドキュメンタリー作品が大幅に増加した。
 21世紀に入ると、映像のデジタル化が進み、記録媒体も磁気テープからメモリーカードなどへ移行し、2010年代に入ると、映画の配給そのものも急激にデジタル化が進み、フィルム上映はほとんど消滅しつつある。
 ただ、デジタル化にともない、公開するスクリーン数だけ、フィルムを焼き増しする必要はなくなり、全国の映画館で同時公開が可能となった。これまで、まちキネでは大都市より数ヶ月遅れての公開作品が散見したが、デジタル化にともない、宮崎アニメの同時公開も実現した。
 最後に、前述のようにインターネットの高速化にともない、大量のデータ通信が可能となり、映像のネット配信が盛んに行われるようになりつつある。これこそ、現代民俗の一端を如実に示すものといえ、映画の鑑賞スタイルが短期間で大きく変貌する可能性を含んでいることを再度、指摘して結びに代えたい。

<参考文献>
岩鼻通明:スクリーンツーリズムの効用と限界、季刊地理学63-4(2012)
岩鼻通明:被災地をめぐる現代民俗ー映画館の観客アンケートを通した試論、
     村山民俗27(2013)
岩鼻通明:震災特集上映をめぐる現代民俗ー映画祭の観客アンケートを通した試論、
     村山民俗28(2014)
半田 幸:山形県鶴岡市中心市街地の活性化に関する考察ー鶴岡まちなかキネマを核としてー、
     山形大学農学部2011年度卒業論文(2012)

<付記>
 本稿で利用した統計データの集計には、2012・2013年度日本学術振興会科学研究費基盤研究(C)「映画を通した地域活性化の日韓比較研究」(研究代表者・岩鼻通明)の一部を使用した。

 まちキネ イオン三川 レンタル 自己所有 その他 計
2011 3    19 61  10 9 102
2012 4 6 45 9 3 67
2013 3 6 27 6 4 46
表1 映画鑑賞の手段

有 無 不明 計
2011 18 89 2 109
2012 24 47 0 71
2013 20 26 0 46
表2 まちキネの利用

知らない 場所不明 みたい映画なし 高い 映画ぎらい その他 計
2011 4 23 42 10 7 23 109
2012 4 15 29 1 2 11 62
2013 1 4 13 1 2 30 51
表3  まちキネの認知度

建物 設備 作品 上映時間 料金 雰囲気 その他 計
2011 15(1) 8(2) 4(12) 1(7) 5(5) 14(0) 7(11) 54(38)
2012 18(1) 10(1) 2(17) 0(6) 8(3) 17(2) 1(1) 56(31)
2013 14(0) 8(5) 6(12) 0(7) 8(5) 17(0) 0(1) 53(30)
表4 まちキネの評価 ( )内は不満とする意見

男性 女性 計
2011 52 52 104
2012 18 24 42
2013 12 22 34
表5 観客の男女比

10代 20 30 40 50 60~ 計
2011 0 7 20 22 20 35 104
2012 0 3 5 4 8 24 44
2013 0 2 3 5 6 20 36
表6 観客の年齢層

会社員 公務員 自営業 パート・バイト 主婦 学生 無職 その他 計
2012 8 3 9 2 5 0 11 6 44
2013 11 0 1 2 11 0 9 1 35
表7 観客の職業

旧鶴岡 羽黒 櫛引 朝日 温海 藤島 三川 庄内 酒田 遊佐 鶴岡市 その他 計
2011 64 5 1 5 5 5 21 106
2012 24 3 0 0 1 0 0 2 2 1 11 0 44
2013 27 0 1 1 1 1 0 0 2 1 1 35
表8 観客の居住地

1回 2回 3回 4回 5~9回 10回~ 計
2011 3 9 9 4 16 11 79
2012 5 2 15 0 12 9 43
2013 3 2 3 3 9 14 34
表9 観客の映画鑑賞回数

新聞 館内 HP その他 計
2011 60 10 20 40 130
2012 15 10 4 15 44
2013 8 8 7 12 35
表10 観客の情報源

徒歩 自転車 自動車 バス 鉄道 計
2011 6 2 94 0 2 104
2012 2 5 35 0 1 43
2013 7 4 25 0 1 37
表11 観客の交通手段

家族 友人 親戚 その他 単独 計
2011 68 11 1 1 23 104
2012 14 7 0 0 22 43
2013 7 9 0 0 19 35
表12 観客の同伴者

買物せず 時々する する 計
2011 74 26 1 101
2012 22 17 3 42
2013 16 13 2 31
表13 観客の商店街利用

他の映画館 DVD テレビ 見ない 計
2012 26 7 5 5 43
2013 25 2 4 3 34
表14 映画鑑賞の他の手段

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