【タイ山岳民族の村に暮らす】

チェンマイ南西200キロ。オムコイの地でカレン族の嫁と綴る“泣き笑い異文化体験記”

【真夜中の大捕り物】

2013年05月28日 | オムコイ便り

 深夜、飼い犬の激しい鳴き声で目が覚めた。

 隣でガバッと起きだし、寝室を飛び出て行く気配があった。

 後に続こうかとも思ったが、体が動かない。

 毛布をかぶり直すと、裏庭で「泥棒、泥棒!」とラーが叫んでいる。

「またかよ、仕様がないなあ・・・」

 やむなく起きだして、ベランダに出た。

      *

 ここ1~2ヶ月の間に、夜中に成鶏が数羽盗まれるという事件が続いた。

 一度は私も外で何かが動く気配を感じたのだが、鶏はまったく騒ぐことなく翌朝に忽然とその姿を消していたのである。

 それに、孵った雛の生存率もやけに急落している。

 平均すると10羽前後生まれて半分以上は生き残っていたのに、このところ3~4羽しか残らないのだ。

 ラーが推理する容疑者は、親戚の若い男二人連れだ。

 村の衆から、鶏の羽をむしった跡が残る川べりで彼らの姿を見かけたという通報があったのだという。

 そのうちの一人は、わが家の玄関口に積んでおいた米袋を白昼堂々と担いですぐそばの自分の家に持ち帰り、その姿を近所の人に目撃されてすぐに御用になったという間抜けな前歴を持っている。

 村長や世話役たちを交えた合議で、「今回はお咎めなし、すみやかに同量の米を返却すべし。但し、次回は百叩き」という採決を下したのだが、そいつが今度は仲間を誘ってわが家の鶏を盗んだに違いないとラーが深読みしても仕方がない。

 だが、通報者は二人が鶏を盗む現場を見たわけではないのである。

「とにかく現場を押さえてやる!」

 というわけで、夜中の犬の吠え声にラーはきわめて敏感になっているのだが、これまでに何度も空振りが続いているので、冒頭に書いたように私の反応はすこぶる鈍いものになっているのだった。

      *

 裏庭に降りると、ラーが崖の途中にある竹薮に向かってヘッドランプを照らしている。

「ほらほら、あそこに顔がみえるでしょ!」

 顔?  

 逃げた奴が、いつまでもそんなところに突っ立って顔をさらしているわけがない。

 もしや、ラーの霊力が犯人の顔を幻灯のように浮かび上がらせているのか。

 寝ぼけ眼を凝らすと、竹薮を透かした崖下の川のあたりでヘッドランプの明かりがチラチラしている。

「あいつが犯人だよ! いまジョーを呼んで来るから、ライトを当ててあいつを逃がさないようにしておいて!」

 んなこと言われても、こちらは武器を持って牽制しているわけではないのである。

 仕方がないから、一応その明かりの動きをヘッドランプで追いかけていると、なんと甥っ子のジョーが本当に猟銃を手に走ってきて目の前で弾込めを始めた。

 そこへ、従犯容疑者のひとりが「どうした、どうした?」と駆け込んで来た。

 あれれ、どうなっているんだ?

 念のために主犯容疑者の所在を確かめると、「あいつは家で寝てるよ」

 うーむ、どうやらラーの推理は外れていたようだ。

 そこへラーも駆け戻ってきて、ヘッドランプと猟銃を手にした三人組はこけつまろびつ、崖下への急斜面を川に向かって突進した。

      *

 ラーや男たちの怒鳴り声が聞こえる。

 飼い犬の元気が、甲高い声で吠え続ける。

 あれは、獲物を追いつめたときの吠え声である。

 そして、「ズドーン!」と猟銃の発砲音。

 おいおいおい!

 鶏窃盗容疑者に、いきなりぶっ放したのかい?

 相手も猟銃を持っていたら、銃撃戦になっちまうぞ。

 しかし、私のヘッドランプはラーに手渡したので闇夜の下を追いかけるわけにもいかない。

 崖で転んだりしては、またまた腰がひどいことになる。

 やむなく、煙草を巻いて一服することにした。

 一応銃撃戦の懸念もあるのに、ひとりで寝る訳にはいかない。

 元気の吠え声は、絶え間なく続いている。

      *

 1時間後、3つのヘッドランプが揺れながら崖をよじ登って来た。

「クンター、こいつを捕まえました!」

 ジョーが、右手に下げていた何かをどさっとベランダの上に置いた。

 なんだなんだなんだ?

 ライトを当てると、猫である。

 大きな丸い目を見開いたままだ。

 縮んでいた体を伸ばすと、で、でかい。

 体長が80センチほどもあるだろうか。

 耳が異様にでかく、口元は猫よりもはるかに獰猛に見える。

 これは、山猫に違いない。

 話には聞いていたものの、実物を目にするのは初めてのことだ。

 川に追い込まれて全身びしょ濡れなのでみすぼらしくみえるが、毛皮が乾いていれば小型の豹やピューマといった剽悍な風貌なのではあるまいか。



 元・従犯容疑者が、焚火を起こして毛皮を焼き始めた。

 腹を出して、料理の下ごしらえをしておくのだという。

 時計を見れば、午前1時半。

 人間の方の犯人はどうしたのだと訊いても、誰もが下ごしらえに夢中で生返事をするばかりだ。

 辛うじて分ったのは、元気が山猫を木の上に追い上げ、そこに三人がかりでパチンコの総攻撃を加えたということだけだ。

 猟銃は、ジョーが山猫に向かって一発ぶっ放したあとで壊れてしまったのだという。

 馬鹿馬鹿しくなって、ふとんに潜り込んだ。

      *

 今朝になって、哀れな犯人はぶつ切りにされ、頭ごと鍋にされてしまった。



 いつも以上に香りの強い香草や薬草、調味料を使っているから、肉に臭みがあるのかも知れない。

 ムササビ料理のときと同じ味付けである。

 爺様の特権として真っ先に肝臓を賞味すると、豚や鶏よりもはるかに固い。

 ラーに言わせれば、この固さが「男を強く」する滋養強壮効果の証明なのだという。

 いやはや。

 肝臓の味自体は、両者よりもやや淡白な感じだ。

 ぶつ切りにした肉の方も年を経た鶏のように固く、味はやや癖のある鶏肉といった趣きである。

 さほど「うまい!」とは思わないが、辛くて薬味の利いた濃厚スープと一緒に口に含んでいるうちに、普段以上の米を平らげてしまった。

 うふふ。

 今夜が、楽しみなことではある(見栄です、見栄です)。

      *

 さて、こうして深夜からの大騒ぎはひと段落したわけだが、山猫以外の複数犯の疑いが完全に消えたわけではない。

 確かに、崖下にゆれるヘッドランプは見えたわけだし、以前には夜目にちらりとイタチらしき姿を見かけたこともある。

 真夜中の捕り物劇は、完全に幕をおろした訳ではないらしい。

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8 コメント

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Unknown (ishi)
2013-05-28 23:31:27
なんとマァ.
後頭部の写真はありますか?
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残念ながら (クンター)
2013-05-29 13:42:44
ishiさん

 そのような専門的な角度からの写真は撮っておりません(笑)。見ようによっては、逃げ出して野性化した飼い猫のようにも思えますねえ。ゾゾッ。
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Unknown (ishi)
2013-05-29 23:15:16
うーん.ヤマネコだとすると,もう少し耳が小さいかなぁ.という気がしますよねぇ.
それと,体長80cmと言うには,少し頭が大きすぎるような.尾の先まで入れて80cmなのかしらん?
まあ,わかんないですけどねぇ.
いずれにしても,大分獣臭かったでしょうねぇ.猫科は....血中の尿素窒素高いだろうから...野趣溢れる味?でしょうかね?
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何ネコ? (クンター)
2013-05-31 13:55:12
ishiさん

 頭頂部からお尻までがそのくらいの長さだったように思います。体臭は、まったく感じませんでした。肉にも臭みはなかったと思います。
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Unknown (まつ)
2013-05-31 21:03:58
ishiさん とクンターのやり取りにほっこり笑わせていただきました^^

画像みた時はぞわぞわと来たのですが、コメントでのやり取りをみて、そんな世界もあるんだなぁと?考えさせられました !

話は変わりますが、前回コメントした時、クンターのブログで初めて知った「すわ」という言葉、お返事ありがとうございました!!しっかり確認したのですが、ブログも現在まで読み終わり、あのページがどこだったのか分からなくなってしまったのです!!

なのでここでお礼を書かせていただきました。先週、本も買いましたよ~♪オムコイの世界にはまっています。
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あとは実地検証? (クンター)
2013-06-01 13:49:40
まつさん

 写真を見て、このブログに見切りをつけた方も多かったようです(笑)。反応してくれたのは、やはりわが獣家族の主治医だけでした・・・。
 ブログをすべて読み終わり、本も読んで下さっているとのこと。次は、オムコイで実地検証していただくしかないようです(笑)。
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Unknown (ishi)
2013-06-01 22:50:24
なるほど.何事も経験してみないと分かりませんね.僕の大学時代のボスも韓国に行ったとき名物の肉鍋を食べてきましたし,やはり経験して......
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未体験 (クンター)
2013-06-04 17:17:15
ishiさん

 どんな味だったんでしょうね。私は「虎肉」は食しましたが、そちらはまだ公式体験とはなっていないようですので(笑)。
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