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IDE Lab.

北海道大学大学院教育学研究科井出研究室(福祉臨床心理)のブログです。

”じょうたん”心理部会の講演で気付いたこと

2017-11-03 08:20:20 | 講演・研修
先日(と言ってもずいぶん時間が経ってしまいましたが…),全国児童心理治療施設心理部会で基調講演をさせていただきました。 心理治療施設とは,これまで情緒障害児短期治療施設(情短施設)と呼ばれてきた施設です。



今回は以前,私が勤めていた熊本の施設が開催担当施設という事でお声をかけて頂きました。地震の後,復興が進む熊本で,このタイミングでお話をする機会を頂いたことには少し宿命的なものを感じました。



じょうたん(児童心理治療施設を略すと児心施設ですが、それはあんまりだろという事で,定着している"じょうたん"を平仮名表記で略称とするみたいです)は,児童福祉における心理治療の最前線だと思っていますし,そこで働く心理の方たちもエキスパートだと思っています。そんな方たちにどんなお話ができるかな?とこの一年ずっと考えてきました。でも,結局は自分の中にあるものしかお話しできないので,これまで私が取り組んできたことを中心にお話をさせて頂きました。



話をさせて頂くにあたって,改めて自分がやってきたことや考えてきたこと,学んできたことを整理してみると,自分がやってきたことには何本かの柱があって,(良くも悪くも)そこから大きくはぶれていないんだなぁということに気付かされました。自分がやっていることを「それはソーシャルワークでしょ」と言われれば「あぁ,そうだな」と思うし,「臨床心理学的だね」と言われれば「あぁ,そうだなぁ」とも思います。でも,「自分が子どもにとっていいと思うこと」をやってきたことには間違いがないようだし,それがソーシャルワークであっても,心理学であってもどっちでもいいや,という感覚なんだなと思いました。


カンボジアの施設の子どもたちの絵画展@岡崎

2017-08-02 09:42:17 | 講演・研修
数年前にカンボジアに行った時に訪ねた施設の子どもたちの絵画展が愛知県岡崎市で開催されていました。

スナーダイクマエ(カンボジアの人の手によるもの)という名前の施設ですが,日本人が施設長をされています。
日本での絵画展はカンボジアの子どもたちのことを知ってもらうことと,運営費の一部を得るために開催されています。
スナーダイクマエ

私がカンボジアを訪ねたのは,大学時代の親友がカンボジアの田舎で支援活動をやっていたので,そこを見るためでした。独裁政治や内戦など混乱の時代を超えて,少しずつ発展しているカンボジアの中で,私が訪ねた村はまだまだ貧しい村でした。
私は日本から画用紙とクレヨンを持っていき,その村の子どもたちにプレゼントしました。
嬉しそうな顔をして受け取ってくれた子どもたちでしたが,それを使う様子はありません。
言葉も通じないので,身振り手振りでこうやって使うんだよ,ということを伝え,私が画用紙の上に葉っぱの絵を描くと,子どもたちはそれを真似して描きました。
ところが,その後も,子どもたちは自由に描くということをしませんでした。
そもそも,クレヨンや画用紙を使って描くということが日常の中にないのだ,ということに気付かされました。
(でも,経済的に厳しくても,彼らの暮らしはとても魅力的で,温かい場所でした)

その後,シェムリアップというアンコールワットがある街に行きました。
シェムリアップは世界遺産の街なので,多くの外国人もいて,生活に不自由を感じるようなことはない街です。
その一角に,スナーダイクマエはありました。

施設見学をさせて頂いて,いたるところに子どもたちの絵が飾られているのを見て驚きました。
たくさんの絵が描かれていることだけではなく,それぞれの絵がとても自由に表現されていることにも驚きました。

正直,日本にいると施設で暮らす子どもが描いた絵を売ってお金を得るってどうなの?という感覚も持ちました。
しかし,カンボジアでは施設を公費で運営していたり,国からの補助があるわけではないため,施設を運営していくのはそれぞれの施設の責任なのです(インターネットで見ていると,疑問を持つような取り組みをしている施設もないわけではありません)。

今回は「パン」という題名の絵を頂きました。



パンの上の紫色のものは何だろう?と思いますし,「パン」という題名が付いていなければジャガイモにも見えます。
自由でいいなと思います。

一緒に日本の施設の職員さんと行きましたが,日本の施設の子どもたちはこんな風に自由に絵を描くことってできるかな?と帰り道で話しました。



アイとアユムの父,松沢哲郎先生の講演

2016-12-04 23:43:22 | 講演・研修
12月4日(日)に京都国際会議場で日本臨床心理士資格認定協会が主催した『心の健康・文化フォーラム』が開催されました。
紅葉も終盤の京都の街並みも素敵でしたが,今回はずっと話を伺ってみたかった京都大学霊長類研究所の松沢哲郎先生の講演がメインで企画されていたこともあって楽しみにしていました。



松沢先生は京都大学でチンパンジーの研究をされてきた著名な先生です。
京都大学霊長類研究所
NHKなどテレビでも取り上げられた天才チンパンジーアイの研究者として有名です。
アイは数字の概念を理解しただけではなく,その息子であるアユムとともに色や漢字の理解にもチャレンジをしており,世界的にみても大きな研究の業績を残されている比較認知科学がご専門の先生です。何よりもテレビで拝見する松沢先生は語り口も穏やかで,かつ理路整然と話をされるとても素敵な印象の先生でした。私は父が獣医だったこともあって子どもの頃から父の本棚に並んでいた動物の本を手にしていたので,動物の行動や進化に自然と触れてきたことも松沢先生にひかれたこととつながっているかもしれません。また地元,熊本の天草に向かう途中に京大霊長類研究所の熊本サンクチュアリーがあり,その話を父に聞いていたことも身近に感じてきたことと関係しているような気がします。

さて,楽しみにして臨んだ松沢先生の講演。
チンパンジーの話から始まるのかな?と思いきや登山の話からは始まりました。
松沢先生は京大の登山部だったそうで,未登頂の8000m級の山を目指した本格派の山屋なのだそうです。ご自分の研究に向かう姿勢を説明されるのにその山屋のお話をしてくださいました。

「パイオニアワーク」

未踏峰にチャレンジしようとしてきた経験が研究に取り組む姿勢につながっている,と。
誰かがチャレンジしたことではなく,新しいことに取り組み,その頂上に立つことで誰も見たことのない景色を見たい,という想いが独創的な研究につながってきたということでした。研究者として私も時々意識することですが,もっと強く意識したいなと思いました。
研究者はそれぞれ自分のニッチを見つけなければいけない,と。どんな小さな領域でも誰かがしたことをなぞるのではなく,自分だけの住処を見つけることが研究者として生きていくことだと。

アイとの出会いは偶然の巡り合わせだったそうですが,チンパンジーと向き合う姿勢についてのお話にも刺激を受けました。
まず,松沢先生はチンパンジーのことを「彼」「彼女」と呼びます。また,数を数える時も○頭ではなく,○人と表現されます。そして最もすてきだなと思ったのは,例え話としてチンパンジーに注射をするときのことをお話ししてくださった時でした。欧米で行われてきた研究対象のチンパンジーに注射を行う時に用いられるのはオペラント条件付けなのだそうです。簡単に言うと,注射は痛くて嫌なものなので,弱い刺激から慣らしていくというものです。最初は注射を打つところに触れ,ご褒美をあげる。次に,針のついていない注射をそこにあて,我慢できたらご褒美をあげる。というように徐々に刺激を強め,その都度ご褒美をあげながら慣らしていく。そして最終的に注射を打つことができるようになるという方法を用いるということでしたが,松沢先生が用いた方法はチンパンジーとの間に信頼関係を築く,という方法でした。それは注射を打つために,ではなく,信頼関係ができればなんでもできる,という考えに基づいた関りだということです。
松沢先生がそのために意識したのは①気に入られる:叱らない,叩かない(母チンパンジーが子どもにしているのと同じこと),②歳月:毎日,決まった時間に会いに行くということだったそうです。なんだか,これは認知行動療法と来談者中心療法の論理と似ているように感じました。
さて,そのことともつながるのですが,アイに息子が生まれた時,松沢先生はアユムも研究の対象にしました。その時に,アユムを母親であるアイから取り上げて実験を行うのではなく,アイもアユムと一緒に実験する場所にいてもらうという方法を選択したということでした。もっというとアユムに実験することをアイに許可をもらったということでした。これは乳幼児の検査をする際にその子どもの養育者にそこにいてもらうこととと同じです。それをチンパンジーにも同じように適用したということです。たぶん,松沢先生にとっては当たり前のことなのだと思いました。松沢先生にとってチンパンジーは研究対象ではなく,仲間であり,ともに研究するパートナーなのだと感じました。

松沢先生はヒトに最も近いチンパンジーという動物と人間を比較することによって「人とは何か?」という研究課題に取り組んでおられます。今回,まとめとして松沢先生が示してくださったチンパンジーと比較した時の人の特徴は「他者が困っている時に手を差し伸べる共感の力」,「想像する力の時間と空間が広がり」という2点でした。それと子どもの育ちを考える時に目の前の現象を理解することだけではなく,背景にある文化や環境,特にどのようにそこに適応しようとしているのかという視点から考えてみては,という示唆を臨床心理士に向けてくださいました。

やはりその道の一流の話からは多くの刺激を受けますし,そうした話には本質的なものがあり,それはどんなことにもつながっていくように感じました。





講演「不適切な養育を受けた不登校児童生徒に対する支援」

2016-11-10 09:25:45 | 講演・研修
昨日,静岡市子ども若者相談センターから依頼を受けて,「不適切な養育を受けた不登校児童生徒に対する支援」というテーマで講演をしました。
子ども若者相談センターは適応指導教室を運営している市の機関で,不登校の子どもたちが学校に通学する代わりに通ってくる教室を提供していたり,相談の機会を提供していたりする場所です。
毎年,ゼミの学生が実習でもお世話になっていて,学校に行けない,行かない子どもたちや先生方にいろいろなことを学ばせて頂いています。



そうしたご縁もあって,2年ほど前にもお話をさせて頂いたのですが,今回はもう少し愛着の問題に焦点を当てて,という依頼だったので,愛着障害と発達障害に主題を置いてお話をしました。愛着障害と発達障害の子どもたちの行動は表面的には類似しているところがあって,区別することが難しいですが,前者は養育者と子どもの関係性を基盤とする問題,後者は脳の器質的な問題による障害を基盤とする問題なので,問題が起きているメカニズム自体が異なります。
しかし,年齢があがってくればくるほど,両者を見分けることはより難しくなると感じます。
対人関係や情動,行動のコントロールが難しいとそれだけ養育者との関係をはじめ,対人関係においてよい関係を築けないという経験をすることも多くなります。すると,今,目の前で起きている問題が愛着障害にルーツがあるものなのか,発達障害にルーツがあるものなのかわかりにくくなるように思います。

とはいえ,愛着障害の子どもと発達障害の子どもにはちょっとした違いのようなものもあります。
例えば,ネグレクトを経験した子どもたちは抑制型の愛着障害といって積極的に他者を頼るということをしなくなり,関係を閉じてしまう傾向にあるので,自閉症スペクトラムの子どもと似た様子を示すとされています。確かに経験的にもそうだなぁと思うところがありますが,成育歴を確認すると抑制型の愛着障害の子どもの場合にはネグレクトの経験があるのに対して,自閉症スペクトラムの子どもには見られなかったりします。また,常同行動が見られるかどうかというのも大きな違いの1つのようにも感じます。あとは,人や場面によって特徴が異なるか?というのも1つのポイントになるように思います。
また,脱抑制型の愛着障害の子どもたちはその場その場で最も有利な関係を選択しようとするために,周囲の刺激に対して敏感で,AD/HDの子どものように多動で,不注意が強い子どものように見えます。しかし,それでも場面による違いがあるか?(愛着障害の場合には特に対人関係場面でAD/HD様の傾向が強まるように感じます) 挑発的な行動が顕著か?(愛着障害のこの場合には顕著ですが,AD/HDの子でも二次障害が強くなると顕著にみられるようになるので難しいところです)といったところから両者の違いを考えることができます。

とはいえ,やはり両者の間に明確に線を引くことは難しいです。

もう1つ,支援の際に気を付けることとして,発達障害の子どもに対して「構造化」という支援が用いられますが,愛着障害の子どもたちに対してもこの「構造化」は有効な支援の方法となります。その時に,発達障害の子どもに対する「構造化」が認知的側面(視覚刺激,聴覚刺激の統制)であるのに対して,愛着障害の子どもに対する「構造化」は“関係性”を中心に据える必要があると考えています。できるだけ,同じ人が同じ場所で同じ時間に,長期にわたって継続的に関わるということです。でも,実際にはそれはなかなか難しいので,チームアプローチや一貫した関わりといったものが必要になってきます。

先にも書いたように,適応指導教室には不登校の子どもたちが通ってきていますが,中には十分な養育を経験できなかった子どもたちもいるようで,先生方やスタッフと関係を構築することが難しい子どもたちもいるようです。発達障害だけではなく,そうした子どもの特徴をAttachmentという視点から捉えてもらえるようになるといいなと思います。

*この記事では「愛着障害」とまとめて記載しましたが,「愛着障害」という診断を受けた子どもだけを指すのではなく,愛着障害のような,あるいはAttachmentに問題を抱える子どもと少し広く理解してもらえるといいかなと思います。

*愛着障害や愛着障害と発達障害に関連する本としては以下のようなものがおススメです。