IDE Lab.

北海道大学大学院教育学研究科井出研究室(福祉臨床心理)のブログです。

PCAGIPとIncident Process法(2)

2016-07-07 15:19:55 | 論考
さて,続きです。

PCAGIPとIncident Process法の違いはどこにあるのか,ということ。PigorsによるIP法をまとめた本がありますが,絶版になっていて手に入れることができません(古本も探しましたが見つかりませんでした)。なので,IP法について書かれた論文などを参考にするしかありません。
私の印象ではIP法は特別支援教育の領域で比較的多く用いられてきた印象があります。インターネット上で検索してみると,いくつかIP法について書かれた文献が見つかります。そうしたものを読んでみると,手続きとしてはPCAGIPはIP法をほぼ踏襲しているとみていいように思います。

IP法では「ステップ1:インシデントの提示」「ステップ2:事実情報の収集・確認」「ステップ3:解決すべき問題の明確化」「ステップ4:問題解決に有効支援策とその理由の検討」「ステップ5:リフレクション」となっています。
これに対してPCAGIPは3つのステップから構成されています(村山,2012)。ステップ1は「参加者に事例提供者とその事例をめぐる状況を理解することに徹してもらう」とされています。ここには事例提供者がインシデントを提示し,参加者が順番に質問を重ねながら事実情報の収集をし,確認をしていく作業が含まれています。また,IP法のステップ3に該当する解決する問題を明確化していく作業も,ここに含まれているようです。PCAGIPのステップ2は参加者各自が必要な援助,指導などについての意見を述べる段階で,ステップ3は実際のかかわりをイメージするという段階となっています。村山はPCAGIPでは特にステップ1が重要であるとしています。

よくよく読み込んでみると,このPCAGIPのステップ1の中にはいくつかの違いがあります。例えば,PCAGIPでは事例提供者が安心してその場にいられることを重視しています。それに対して,IP法ではあくまでもインシデントの理解と分析に重きが置かれています。また,出てきた情報の共有の方法にも違いがあるようです。PCAGIPではホワイトボードに情報を整理し,視覚化するということを大切にしていますが,IP法では必ずしもホワイトボード等に書き出すこと(視覚化すること)を推奨しているわけではないようです。それぞれが手元に持っている紙に書くというような教示も見られます。

もう1点,PCAGIPで強調されているのはファシリテーターの役割だと思われます。IP法でどうなのかということは残念ながら原著が手元にないので把握することができません。村山先生はPCAGIPのワークショップをされるときに,「事例提供者も参加者も,ファシリテーターも10人,人がいれば,1/10ずつの責任を持っている」とおっしゃっていました。これは事例検討の場はどうしても事例提供者に責任が集中してしまうが,事例検討会をグループ体験の場と位置付けることによって,誰かが責任を負うのではなく,皆でよい時間を作っていくということに意識を向けていくことが大切だということです。ファシリテーターにはそうした場が作られていくことをファシリテート(促進)していく役割があると位置付けられています。



村山(2012)はIP法から学んだことは「①事例提供の情報量を少なくして検討できるので準備の手間がいらず,②参加者が積極的になれる参加しやすいステップを踏むことができるので教えやすく,③進行具合がわかる」ということだったと述べています。確かにPCAGIPの中でも3つの点は採用されている点だと思います。

私自身もいろんな場面でPCAGIPを用います。ただ,ちゃんとPCAGIPになっているのかな…と反省することもあります。PCAGIPとIP法を比べた時にいずれかが優れていて,いずれかが劣っているとは考えませんが,事例検討の場をそこに参加する人がそれぞれ成長する機会としたいと思いながら進めていた時には「あぁ,自分のファシリテートがダメだったなぁ」と思います。

PCAGIPとIP法の相違点を整理してみると,PCAGIPが事例提供者を中心に据えるのに対してIP法がIncident(出来事)やその場面と作った子どもを中心に据えるという特徴があることが分かりました。また,IP法ではそこに参加した人が個々に学びを深めたり,考えをまとめたりすることを進めるのに対して,PCAGIPでは参加者がみんなで情報を共有し合い,事例提供者にとって役立つ助言をするというところに向かって進んでいくという違いがあることもわかりました。PCAGIPは事例検討の場を、グループ体験の場と捉えることによって特徴付けられているのですね。

最近は学会などでもPCAGIPの実践報告などを目にすることが多くなりました。ワークショップでもPCAGIPを冠に置いたものが見られるようになりました。そうした皆さんは体験的にPCAGIPとIP法の違いをどのように感じているのか,考えているのか知りたいなと思います。

PCAGIPの実践が多く行われるようになってきているからこそ、「PCAGIPっていいよね」と言いながら,実はIP法のことはよく知らないし… というのではちょっといけないのではないかなとも思ったりします。


PCAGIPとIncident Process法(1)

2016-07-07 09:19:53 | 論考
今回はちょっと論文調で…


学校現場などで活用されている事例検討にPCAGIPというものがあります。
これは村山が考案したもので,Person Centered Approachに基づいたGroupの考え方をマサチューセッツ工科大学のPigorsが考案したIncident Process法と統合して作り出したものです。

村山(2008)はPCAGIPに関する最初の論文で,忙しい学校現場では緻密な事例研究に基づいた事例検討をすることが困難なので,やり方を工夫する必要があるとしてPCAGIP法を開発することにしたとしています。
*村山は現在はPCAGIPとしていますが,当初はPCAGIP法としていました。「法」という言葉が抜けたのは単なる方法(型)としてではなく,そこに含まれるエッセンスに注目する必要があるという気持ちが含まれていると思います。

PCAGIPに関する研究は実践は年々重ねられていますが,研究の変遷については並木ら(2016)が『PCAGIP法研究の動向と課題』としてまとめているので,参照して下さい。
*PCAGIPではなく,PCAGIP法としているところが気になるところですが…

こうした中でずっと気になってきたのは,そもそも,もともとのPigorsが提唱したIncident Process法とPCAGIPの違いはなんだ?ということです。村山は当初,鵜飼美昭に刺激され,Incident ProcessとPerson Centered(Approach)Groupを組み合わせたと述べています。実際に,私が大学院生だったとき,その研修から戻ってきた村山先生が「今回は新しい事例研究の方法を勉強してきたよ」と言って,大学院の授業に一環としてその方法を体験しました。おそらくあの時がPCAGIPの最初の1回だったと思います。その時は当然,まだPCAGIPという名前もついていませんでした。
その後,PCAGIPを海外に紹介するHikasaらとの共著論文(2015)では,PCAGIPは

PCAGIP integrates Person-Centered Approach Group principles with the Incident Process method invented by Pigors (1980)

と紹介され,PogorsのIPを参考にしたことが示されています。
こうした中で,PigorsのIPとPCAGIPの相違点について議論した論文はありません。もちろん,村山らによる『新しい事例研究法 PCAGIP入門』等を読めばPCAGIPがどのようなところにそのオリジナリティを求めているのかを理解することはできますが,村山自身もPCAGIPとIPの相違点を明示してはいません。



PCAGIPを語る上では,IPとの違いやIPのどこを取り入れたかを明確にしておく必要があります。

次の記事ではそのことについて書いてみたいと思います。